夜景の見える場所に行きたいと言われ、都内では有名なイルミネーションの見える、展望台へ、彼女を連れ出した。

 仕事しか頭がなかった僕にとって、デートの為に早く仕事を切り上げることなど、初めてだった。どうして彼女が夜景を見たいと言い出したのかはわからないが、東京ウォーカーというデート特集の雑誌をコンビニで買ったりして、彼女の好きそうな静かな展望台を選んだ。

「あれ、その本ってデート特集で有名な本だよな」同僚の酒井が、ニヤニヤとしながら、言った。

「そうだよ。彼女が行きたいって」

「へえ。俺なんか、そんなデート、何年もしてないよ」

「そっか」

 都会の人は、あっさりと会話に溶け込んで、あっさりと会話から離れていく。 さっきまで近くにいたと思ったら、瞬間移動し、もう離れた場所で違う誰かと談笑している。

 そんなことは当たり前の風景だった。

 僕は、東京ウォーカーでランキング一位……ではなく、三位くらいの場所を選んだ。

 その方が人がいなくて落ち着いて見れるだろうと思ったからだ。

 寒くないように、ホッカイロ、膝掛けを用意した。

 行きの車内、BGMに耳を傾ける桃は、嬉しそうだった。

「私、こういうデート、初めてなの」

「俺も」

「今まで、夜景デートはなかったの?」

「実は、女性と付き合ったことがないんだ」

「へえ。じゃあ、たけしさん、まだ知らないことだらけなんだ」

「30歳で、恥ずかしいよな……」

「恥ずかしくないよ。私は、そういった真面目な人と、最初から出会えばよかったって、今になって後悔してる」

 桃の言葉に、胸が高鳴った。

 理想の女性と出会えた、心からそう思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る