「彼女さんは、いないんですか?」

「いないよ」

「そうですか」

「桃さんは、どうして、東京へ来たの?」

「……旦那と離れる為です」

「結婚していたの?」

「二十代前半に。でも、すぐ離婚しました。旦那からのDVがひどくて。あの時、お互いに若かったんです。解り合えないことを言い合って、それで、旦那はすぐに手が伸びて……、私も仕事のストレスとか色々な事が重なって自暴自棄になっていたし、旦那に言う言葉も乱暴なものでした。だから、仕方なかったんだと思います。でも、別れた後にも、旦那はストーカーのようになっていって。私は、それが怖くて。それで、今も、旦那の呪縛から逃れたい一心でいて。本当は、静岡が好きなんです。実家も。でも、旦那との思い出があるから、私の中で、あの街は、思い出したくない場所なんです」

 同じ月日を過ごしているのに、彼女は波乱万丈な人生経験をしているのだと思った。少しだけ、胸が締め付けられるほどの痛みを感じた。

「そうなんだ。ごめんね、変な事聞いて」

「いえ。こうやって誰かに話せるってこと、ここへ来てから初めてです」

「まだ来たばかり?」

「半年前に。ようやく、こっちの仕事が決まって」

「そうなんだ」

「たけしさん」

「何?」

「私と、付き合ってくれませんか?」

「付き合う?どうして、急にそんなことを」

「私、一目見て、思ったんです。あなたとなら、第二の人生を歩めるかも、って」

 まっすぐに瞳を見つめられると、どうしてもたじろいでしまう。不思議と、彼女の言っている意味の裏側が理解できる気がした。

 彼女は、味方がほしいのだ。

 自分のことをわかってくれる誰かを、求めているんだ。

 それは、僕も同じだった。

「お互いに、いい出会いになったら、いいね」

 店員が笑顔で運んで来た紅茶を一口飲むと、アールグレイの微かな苦みが、舌の上に転がった。

 彼女は照れながら、嬉しそうに、「そうですね」と、答えた。

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