第九ノ変『徐福伝説』

 七人の魔人武術家は文字通り、壊滅していった。残された外法道士、徐雲は、うなだれたまま動かなかった。

「徐雲。あなたの野望は完全に潰れました。いや・・・あの武当山の頂きで、すでに終わっていたのです・・・」

 童玄の言葉にも反応しない。が、しばらくすると、小さな含み笑いの声が聞こえる。

「こいつ・・・狂ったのか?」

「違う・・・気をつけろ。こいつはまだ何かやるつもりだ・・・」

 含み笑いが哄笑になった。地下の壁に反射してひどい反響音になる。

「野望が潰れただと? 笑わせるなっ! デク人形を壊したくらいで勝ったつもりかっ! 貴様ら、全員、我が邪眼功の威力で捻り殺してくれるわっ!」

 うつむいていた顔を挙げた徐雲の額に、縦に裂け目ができて、眼のような器官がのぞいている。まるで、妖怪のような顔である。

「マジかっ?」

 徐雲が悪魔のような形相で疾駆してきた。戦いを終えて精根尽きかけていた皆は、慌てて武器を構えた。

 しかし、本性を現した徐雲の実力は、ケタ違いだった。全員で立ち向かっても、ダンプカーに跳ねられるように次々に跳ね飛ばされてしまい、かろうじて避けた黒沼と茜が立ち向かえているだけだった・・・。


「嘘だろ・・・? あいつの強さはデタラメ過ぎだよぉ〜・・・」

 今泉が泣き顔で頭を抱えた。

「上矢君。予想はしていたが、最悪の展開になってしまった。こうなったら、アレを使うしかない。用意してくれ」

 見ているしかできなかった佐伯童玄が、意を決したように上矢女史に命令する。

 が、初めて上矢女史が感情のこもった顔になった。

「先生。やめてください。アレを使えば、もう・・・元には戻れなくなります・・・」

 泣き声になっていた。

「君は、やっぱり、思った通り、優しい人だね〜。大丈夫。心配しないでくれ。私が死んだら全財産は君のものになるようにしておいたから・・・」

「ダメです! 近づいたのはお金目的だといいましたが、アレは嘘です。先生・・・」

「こんな時にワガママはいわんでくれ。私は、弱い女は大っ嫌いなんだ。いつものように高飛車にしていたまえ! 命令だ! 早くしなさいっ!」

 泣きながら渋々と注射器を取り出した上矢女史から注射器を引ったくると、佐伯童玄は自分のミイラのようになった腕の動脈に針を刺した・・・。

 佐伯童玄の喉から野獣のような声が出た・・・。髪が逆立ち、筋肉が膨張し、血管が浮き上がって脈打っている・・・。

「佐伯・・・先生・・・?」

 今泉が、変身しつつある童玄に恐怖の視線を向けていた。


 スピードは何とか互角だが、パワーが圧倒的に違う。一発食らえば確実に内臓破裂で死ぬだろう。

 茜は何とか戦っていたが、黒沼がバテてきた。攻撃を避けるのに蛟龍歩法を遣い過ぎてしまったのだ。しかし、遣わなければ避け切れない。

 黒沼をかばって戦うから、茜も全力を出し切れない。他の皆は、爆風に弾かれたように吹っ飛ばされて気絶している。帰神融魂之法を遣って戦ったので、気力も体力も落ちていたのであるが、万全の状態でも、どうなったか判らない。そのくらい、邪眼功を全開にした徐雲の強さは圧倒的だった。

「茜・・・多分、ヤツの急所は、あの真ん中の眼だろう。俺にヤツが気を取られているうちにヤツの眼を刺せ! いいな・・・」

 小声で指示する黒沼を見つめた徐雲が悪魔のように笑った。

 黒沼が飛び出して、目一杯のスピードで徐雲の意識を自分に引き付け、茜が飛天剣法で跳躍し、柱を蹴って向きを変え、徐雲に殺到する。

 が、予測していたように徐雲から殺到してくると、黒沼も茜も吹っ飛ばされる。

「一つ、教えておいてやる。邪眼功は、身体能力を最大限まで引き出すと同時に、五感も鋭敏にし、テレパシー能力も高める。お前達の考えることは筒抜けだ・・・」

「は〜、冗談じゃねえ・・・反則過ぎだろう?」

 倒れた黒沼が天を仰ぐ・・・。

「ほう・・・そうだったのか? おい、娘。そこの男はお前の父親だそうだぞ? 今、娘だけは何とかして助けてやらねば・・・と考えていたぞ?」

「えっ? 大師兄?」

「あっ、嘘、嘘・・・こいつ、撹乱しようとして話つくってんぞ? 心が読めるってのも嘘だぞ、こいつ・・・」

 黒沼が慌てて作り笑いをする。

「こいつ、要らんこといいやがって・・・と、思ってるぞ?」

「このヤローッ! あんまし、調子こいてんじゃねえぞっ!」

 黒沼が怒りの形相で立ち上がり、徐雲に立ち向かう。が、掌打を食らって跳ね飛ばされ、コンクリートの柱に激突してズルズルと落ちてくる・・・。

「大師兄っ!」

「おやっ? 気絶したか? それとも、死んだかな?」

 徐雲がサディストの顔で迫ってくる。が、ふいに立ち止まる。

 茜の背後に何者かが立っていた。

「んっ? 誰だ?」

「徐雲・・・貴様が欲しがっていたのは、コレだ・・・」

 三十歳くらいだろうか? スーツ姿の見慣れない男が立っていた。しかし、その顔に徐雲は見覚えがあった。

「佐伯か? 貴様・・・まさか、秘薬を使ったのか?」

「秘薬?」

「茜君。皆を巻き込んで済まなかったね? 最初からこうすれば良かったのに、私は意気地がなかったよ・・・さあ、徐雲。秘薬の効き目を自分の身体で味わってみなさい」

 若返った佐伯童玄?が、徐雲に立ち向かった。

 歩法も突き蹴りも、あまりに速くてまったく見えない。ただ、打たれた徐雲が吹っ飛ぶ様子で確認できるだけだった。

 一分とかからず、徐雲は完全に追い詰められていた。

「待て・・・待ってくれ。佐伯。秘薬の効き目はよく判った。もう、諦めるから、助けてくれ・・・」

「助けろ? 随分、虫のいい話ですね? 一体、どれだけの人間を犠牲にして、自分の欲望を満足させようとしたんですか? 判ってますよ。お前は徐福の末裔なんですよね?」

「徐福?」

 徐福は、不老不死を求めた秦の始皇帝に取り入り、東方にあるという不老不死の霊薬がある蓬莱山を求めて多数の少年少女を伴って旅立った方術士であるといわれる。そして、この伝説は、日本各地に徐福が到着したとされる土地の伝承と共に、知られている。その中には、徐福が神武天皇になったという伝説まであるのだ。

「教えてあげましょう。武当山に伝わった神剣八咫烏には、徐福の発見した不老不死の秘薬の製法が神代文字と呼ばれる特殊な文字で刻まれているとも伝承されていました。私は、それを調べるために櫻澤から預かった刀をいろいろ分析しました。茎に刻まれているのか?と最初は思っていたんですが、違っていました。しかし、ある時に刀身に反射した光に文字が浮かんでいることに気づきました。光を当てることで、反射した光に文字が浮かび上がる魔鏡の原理で刻まれていたんですね。古代の最先端テクノロジーだったんです。神剣といわれるのも道理ですね〜」

「貴様は、そこまで解明していたのか?」

 佐伯童玄は、徐雲に哀れみの視線を向け、自嘲的に話を続けた。

「ええ、だから、こんな巨万の富を得ることができたんですよ。分析した秘薬の成分を研究したい製薬会社から、いくらでも金は貰えましたからね。いろんな薬が作られたそうですよ。でも、肝心の不老不死の薬はできなかったんです・・・」

「なぜだ? お前は、その薬を使って、死ぬ寸前の身体から、そこまで若返ったんじゃないのか?」

「いや、これは違いますよ。そうですね〜? 一種の強壮剤みたいなもんですかね〜?」

「強壮剤?」

「ええ、そうです。一時的に人間の肉体を急激に活性化するものなんです。超人薬って呼んだ方がいいかな?」

「超人薬だと?」

 佐伯の若々しい姿が、次第に崩れてきた。

「何?」

 徐雲ばかりでなく、茜もギョッとする。佐伯の肉体が元の老人になっていく・・・。

「副作用がひどいんですよ・・・一時的に超人的力が得られる代償として、こうなるんです・・・」

 佐伯童玄が、徐雲の足元に崩れるように倒れる。

「不老不死の霊薬・・・なんて、どこにも・・・なかった・・・んですよ・・・」

 瀕死の老人に戻った佐伯童玄を目前にして、徐雲が狂気に駆られた目で立ち上がった。

「この・・・腐りかけの爺ぃめっ!」

 徐雲が、倒れて虫の息の佐伯を蹴りつけた。と、蹴られた佐伯が目を見開き、徐雲の足首を掴む。

「今だっ! 柳一朗、こいつを殺れっ!」

 茜の意識が柳一朗と入れ替わる。八咫烏を持ち、一気に空中を飛翔し、徐雲の額の眼を貫いた。

「くたばれ、クソ野郎っ!」

 剣をグリッと捻ると、串刺しになった眼球のような器官が額からズルリと抜き出され、徐雲は完全に息絶えた・・・。

 今泉に支えられた放心状態の上矢女史が、フラフラと歩いてくる。と、佐伯童玄の身体にしがみついて嗚咽した。

「忠志・・・お前、よく頑張ったな〜」

 櫻澤柳一朗が、佐伯の昔の名前で呼びかけた。が、親友の返事はなかった・・・。

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