第八ノ変『神剣八咫烏』
酔鬼張三が拳法の間合では圧倒的に強いか?と思っていたら、魅幽の手鉤にてこずっていた。
白猿通背拳の迅速な連環掌打も、手鉤に引っかけられると動きが止まってしまう。手鉤の掌打は猫パンチみたいに鉤爪に引っ掻かれる。
反魂の術で得た肉体だから痛みは感じないが、傷つけられて血が出ると動きが鈍くなってしまう。優勢になってきた魅幽がサディスティックに攻める。
突然、張三の動きが変わる。酔ったようにフラフラになる。
「よしっ、もうちょいだっ!」
魅幽がトドメをさしにいこうとした瞬間、倒れそうだった張三がクルッと体勢を入れ替えて魅幽の背後に回り込み、腕を首に回し、脚で胴体を挟んで後ろに倒れ込んだ。
「酔拳かっ?」
酔拳は、張三の奥の手だった。ダテに酔鬼と呼ばれている訳ではない。
普通の拳法は立ったまま突き蹴りを主体に戦うが、酔拳は地面に倒れ転がりながら戦う地功拳の一種であり、投げ技や関節技、絞め技も含む。
後ろから胴体を挟まれて首を絞められれば、普通はもう、逃れることはできない。
殺される前にギブアップしてしまうか?と、黒沼が考えた時、茜が黒沼を止めた。
「まだです・・・」
さすがに苦しそうだが、魅幽は手鉤で首に巻かれた張三の腕と、胴を締めている脚の腱をかき切った。
少々肉を切っても腕や脚は動かせるが、骨と繋がっている腱が切れると動かせなくなるのである。
魅幽は、ブラーンと力なく垂れ下がった張三の腕と脚を外して逃れた。
「どうする? まだ続ける?」
「いや、もう腕も脚も動かせぬ。わしの負けだ・・・」
「爺さん」
「何だ?」
「あんた、凄い強かったよ・・・」
「慰められても負けは負けだ・・・」
酔鬼張三は、寂しそうに笑って見せると崩れ去った。
戻ってきた魅幽に茜が尋ねた。
「魅幽さん。途中で術が解けたんでしょう?」
「あ〜、判った? 手鉤つけた辺りからは、自分で戦ってたと思う。何か、身体が馴染んだんじゃないか?と思うけど、考えなくても身体が勝手に動くんだよ」
「やっぱり、そうですか・・・?」
「やっぱりって、どういうこと?」
「魅幽さんがいった通りのことです。召還された剣豪の動きと同調したんですよ」
徐雲が、憎しみのこもった眼でにらんでいる。せっかく、苦労して蘇らせた武術名人達を次々に倒されて、怒りが火山のマグマ溜まりが沸騰するみたいになっているのだ。
「次は、霍元甲が出てくるみたいだな?」
もう、名乗りも挙げない。暗い視線を向けるだけだ。
「よし、高田正義!」
三節棍を持った霍に、十文字鎌槍を持った正義が対峙した。
正義には黒沼が秘策を授けていた。
『いいか? 正義。槍は手元に入られると動きが制限される。一撃だ。遠くから縮地法を遣って先々の先で一撃で仕留めるんだ。高田又兵衛と同調したお前なら、必ずやれる』と、黒沼はいっていた。
黒沼は、霍の迷蹤芸を見ている。後の先や対の先で霍の動きを見切って合わせようとすれば、翻弄されてやられる。先々の先で霍が技を出す寸前に仕留めるしかない・・・と考えたのである。
正義は十メートル以上、離れて霍に対した。
(馬鹿め・・・槍の間合を確保しようと思ったのだろうが、これだけ離れていれば迷蹤芸のエジキになるだけだ・・・)
三節棍を構えて歩法で撹乱しようと考えた瞬間、「タァーッ!」という気合と共に、正義の槍が一直線に伸びてきた。躱す余裕もない。三節棍を振って払おうとするが、回転しながら殺到する鎌槍の穂に弾かれた。が、わずかに穂先が逸れて、頭をギリギリで傾けて躱した。(危なかった・・・)と思った瞬間、後ろ首筋に槍の鎌刃が食い込む感触があり、霍の首は落ちた・・・。
一瞬で首を落とされた霍の胴体が、そのまま三節棍をクルンクルンッと二度回して、バタンッと倒れた。その様子を見ていた霍の首は、キョトンとした表情のまま固まり、崩れさった。
「すげえ〜っ! 一撃必殺だ! やったぜ、空手バカ!」
皆が興奮している。
(やっぱり、高田正義は天才だ! 空手と槍術を合体させたんだ・・・)
今泉は、正義の勝利に泣き顔になっていた。
「いや、最初のを躱された時はあせったけど、十文字鎌槍の鎌刃は後ろ側にもついてるから、躱されても引き戻す時に切り込むことができる・・・って又兵衛さんが・・・」
「よっしゃあっ! 後、二人だ!」
「徐雲殿、次は、この李書文が出る。あのような槍術を見せられては、我慢できん」
李書文が出てきた。
「沙織さん。いよいよ、武蔵先生の出番だよ?」
「わかった。任せて!」
「次、宮本沙織!」
李書文は、中国武術最強の遣い手といわれている。六合大槍の槍術は、壁に留まった蝿を、壁に傷をつけずに突き殺すほど精妙だとされ、神槍李の異名を持つ。そして、八極拳の拳法は、「二の打ち要らず」といわれるほど強烈で、李に打たれた武芸者が、両耳、両目、両鼻、口の七つの穴から血を噴出して死んだ逸話から、「七孔噴血」という言葉ができたという。
しかし、沙織に憑依する宮本武蔵は、いわずとしれた日本最強の剣豪とされる。六十数度の真剣勝負で敵を倒し、二天一流を創始したことは、あまりにも有名である。
日中最強武術家決戦ともいうべきであった。
沙織に比べて李は小さい。しかし、異様なオーラをまとっている。そのオーラが槍の先端まで鬼火のように続いていた。
沙織が両刀を抜いた。最初から二刀で向かうつもりだ。
李は、槍を構えない。沙織が二刀を下段から中段に揚げて、大小の刀の先端が自分の中心線に位置するように構えた。そのままスリ足でスルスルと李に近づいていく・・・。
槍を打ち降ろせば届く距離に入った。が、李は打ち降ろさない。このまま一気に間合を詰めれば勝てる・・・。
が、さらに踏み込もうとした瞬間、槍が唸りをあげて振り下ろされた。
沙織が両刀を交叉して受け止める。が、ズシンと重さが加わり、沙織の両足がコンクリートにめり込んだ。
李が、驚いた顔で槍を戻した。
今の一撃で沙織が潰されるはずだった。七孔噴血の威力を三メートルの大槍に乗せたのである。人間に耐えられるはずがない。仮に化勁のような技術を遣ったとしても、体勢が崩れないはずはないのだ。
李は、改めて槍を構えた。神槍と呼ばれた自分の一撃を食らって平然としている相手に遠慮は無用である。
大槍を実に精緻に操る。それを沙織は大小二刀で弾いて間合を詰めようとする。
両者の攻防は、チンチンチン・・・と、軽やかな金属音が音楽のように鳴るばかりである。針が当たっているような音とは別に、二人は滝のような汗を吹き出している。
どちらからともなく、一歩退いた。間を開けて戦法を変えるしかなかった。
沙織が両刀を下げて下段無構えにとった。
李が用心深くうかがう。
沙織が半歩踏み込んだ。李が反射的に槍を突き出した。と、槍穂が沙織の喉に触れる位置で止まっている。槍の柄に大小の刀の刃が食い込んで動きを止めていた。
槍は万力に挟まれたみたいに動かない。
すると、李が槍を手放して、一挙に突き込んできた。ほぼ同時に沙織も両刀を手放して、前方回転受け身をしていた。
二人の身体が交錯して、もつれたように倒れる。
沙織が荒い息で立ち上がる。
倒れた李の後ろ首に鎧通しが深々と突き刺さっていた。延髄を貫いているので、さすがの魔人も崩壊するしかなく、砂のように崩れていった。
「黒沼先生、作戦通りにいきました。有り難うございます!」
戻ってきた沙織がお辞儀して礼をいう。
作戦とは、こうだった。
槍と二刀の攻防では、とにかく槍の動きを止めること。そうすれば、李書文は即座に槍を捨てて、自慢の八極拳の突きに切り替える。それが狙い目で、沙織も刀を捨てて、回転受け身して避けながら、カカト落としを李の脳天に浴びせる。これが当たっても当たらなくても、瞬間、体勢が居着いた李の後ろ首に鎧通しを突き刺す・・・。
これが、黒沼が伝授した作戦だった。
宮本武蔵が竹内流腰廻り小具足術を体得していたことも活用したのである。回転受け身しながらのカカト落としの技は、実際に竹内流の裏技なのである。
「よし、これで残るは、董海川だ。茜、ようやく出番だぞ。董海川は走圏の歩法が厄介だ。注意してやれよ」
「はい、大師兄!」
董海川と茜が向き合った。両手に子母鴛鴦鉞を持つ董は、嬉しそうな顔である。
「待ちかねました・・・。さあ、思う存分、技を出してください・・・」
董が満面の笑顔で構えると、茜の周囲を回り出した。
茜が、八咫烏を抜くと、飛び上がった。頭上から剣に襲われた董が、鴛鴦鉞で頭をなでるようにして払う。着地した茜に目がけて回転しながら刃をふるってくる・・・。
跳躍して避けると同時に頭上から刺突すると、また、払われ、着地と同時に切り込んでくる・・・。
この攻防を繰り返した後、茜が柱を利用して広い範囲を飛び回った。
「あたしより、ずっと凄い・・・」
魅幽が舌を巻く。
攻撃しないで逃げ回る茜を追いかける董は、ついに足を止めた。諦めたかと思ったが、グルンッと勢いよく身体を回すと、鴛鴦鉞を飛ばした。回転しながら飛んでくる鴛鴦鉞を躱すと、鴛鴦鉞はブーメランのように曲がって、董の手に戻った。
「あの武器は、ブーメランにもなるのか?」
今泉が驚愕の顔をしている。
ブーメランのように操られる二つの鴛鴦鉞に追われて、茜も地上に降りた。董が狂喜の表情で斬り込んできた。が、茜も一直線に董に向かった。董の顔色が変わる。スピードがつき過ぎていて回って躱すことができない。
八咫烏に心臓を貫かれていた。
「あの・・・歩法が見れなかったのが、心残りだ。頼む。見せてくれない・・・か?」
茜が八咫烏を抜くと、董の周囲を猛烈な速度で巡り動いて見せた。
「これが、大師兄が教えてくれた蛟龍無影掌の完成形です・・・」
董が夢見るような陶然とした顔になった。
「あ〜、何と、何と凄い技・・・この董海川の眼をもってしても見切れない・・・あなたに破れるなら、本望・・・」
砂像が崩れるように董海川も崩れていった・・・。
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