第七ノ変『太極無限』

 瞬く間に六日が過ぎ、ついに対戦の日になった。

 対戦に向けて、全員が道着に野袴を着ている。男が紺の道着に茶染めの野袴。女が白の道着に緋の野袴。タスキとハチマキもしている。が、足元はスニーカーにしていた。下がコンクリートなのだ。

 黒沼の秘策に、全員が帰神融魂之法を体得、そして、必殺の武器を携えて万全の備えになったはずである。

「いいか? やれることはやった。勝負は時の運というが、俺は充分に勝てると思う。後は、お前らが自分を信じて、当たって砕けろの精神状態を保てるかどうか?だ」

「はいっ!」

 全員の顔付きが別人のようになっていた。まだ、術は遣っていない。純粋に本人の変化である。

「やつらは死人だ。カンフーを遣うゾンビだ。遠慮なく、そっ首、たたき落として地獄に叩き帰してやれっ!」

「おおーっ!」

 様子を見ていた今泉は、(な〜んか、この辺は体育会系だな〜?)と、微笑ましく思えた。

 黒沼が控室でゲキを飛ばしていると、上矢女史が押す車椅子に座った佐伯童玄がやってきた。

 部屋に入ると、上矢女史に支えられて車椅子から立った童玄が、そのまま床に膝をついて深々と頭を下げた。

 日本の政財界の陰の顔役とも噂されている老人が土下座していた。

「まだ若い、将来ある皆さんに、こんな命懸けの戦いを強いることを、どうぞ、許してください」

 あまりの予想外のことに、皆が絶句して言葉が出ない。何と、童玄は嗚咽していた。

「会場は、地下の武道場のさらに下に用意しています。こちらへ・・・」

 上矢女史が佐伯童玄を車椅子に座らせると、全員を会場へ案内した・・・。


 S市には米軍の基地が点在しているが、戦前には軍の秘密の施設が地下にあったとされている。学園は、その施設の上に建設されており、地下の武道場のさらに地下には広大な空間があった。

 かなり深く作られているのだろう。エレベーターで向かう中で、童玄が説明する。

「S市は、登戸にも近い。登戸研究所と呼ばれる軍の秘密兵器研究施設があったのはご存じでしょうか? もともと、原爆は日本でも研究していたのです。当然、アメリカに使われた時の対策も考えていた。首都に近いS市のここは、本土決戦に備えた核シェルターであると同時に、いわゆる地下要塞だったのです」

「地下要塞?」

「そうです。風水の理論に沿って地脈の要所要所に、地下要塞が作られていたのですが、その中でも最大のものを、戦後、米軍に悟られないように学園を建設して隠したのです」

 掘り返されれば存在がわかってしまう。最良の策だろう。

「米軍の基地が、この周辺にいくつもあるのは・・・?」

「もちろん、没収された資料や関係者の尋問で、この辺りに地下要塞が存在していることまでは判っていたでしょうから、日本が隠れて軍備を増強しないよう、抑えの拠点を近くに置いたのでしょう」

「生かさず殺さず・・・独立国家に見せかけた植民地政策に、逆らえないように全国的に原発を作らせる。勝手なもんだ・・・」

 黒沼がぼやいた。大地震がアメリカの陰謀で、原発事故も仕組まれていたという都市伝説もある。日本政府のその後の対応を見ていると、まんざら、嘘とも思えなくなる。

「戦争に負ければ、そうなるんだよ。黒沼君。だから、戦いは勝たなきゃならない。正しい者が勝たなくては、この世は邪悪な闇に支配されてしまうんだよ・・・」

 童玄の言葉には深い苦渋の念があるようだった。

「認めたくはありませんけど、それが現実なんでしょうね・・・」

 今泉がつぶやいた。童玄が無言でうなずいた。

「着きました・・・」

 上矢女史が相変わらず事務的な口調で告げた・・・。


 想像を超える広大な空間だった。地下要塞というより、地下都市を建設しようとしていたのではないだろうか? 巨大なコンクリートの柱がいくつも建っており、小川のような水路がある。

「戦車や飛行機を格納できる広さが必要だったそうです」

「なるほど、これなら・・・」

 日本軍は武蔵や大和といった巨大戦艦が知られるが、戦況の悪化を挽回するには巨大な兵器を作ればいいと思っていたフシがあった。

「上矢君。徐雲達は・・・?」

「先に、御案内しております」

 皆に緊張が走った。

 鉄骨の階段を降りてコンクリートで覆われた床に立つと、前方百メートルくらい離れて、徐雲と七人の魔人武術家軍団がいた。郭が、憎しみのこもった眼で、じっと黒沼をにらんでいる。掌打を食らったお返しをしたくてたまらないのだ。

「ええっ? あいつら・・・?」

「武器を・・・持ってる?」

 七人の魔人武術家もまた、手に手に武器を持っていた。

 李書文は三メートルの大槍。

 郭雲深は薙刀に似た関羽大刀。

 楊露禪は長剣。

 董海川は両手に子母鴛鴦鉞。

 霍元甲は三節棍。

 黄飛鴻はコウモリ傘と匕首。

 酔鬼張三は九節鞭。

「先生、どうすんの?」

 魅幽が黒沼に小声で質問した。

「問題ない。対武器も想定して練習しただろう? 教えた通りにやればいい・・・」

 黒沼は涼しい顔をしていた。

 中国武術は日本の武道のように素手の技と武器術が分かれていない。名だたる名手なら武器も当たり前に遣えるのである。黒沼はそれを見越して、いろんな武器への対応法も伝授していた。

 杖をついた徐雲が、ニヤニヤとした顔で歩いてくると、童玄に呼びかけた。

「お前、あの時に櫻澤と一緒にいたヤツか?」

「そうだ・・・」

「フフフ・・・随分と老け込んだな〜? わしより、随分、若かったはずだが?」

「徐さん。あなたは邪眼功というのを幽閉されている間に修行されたのだろう? 以前よりずっと実力を上げておられるようだ・・・」

「ほう・・・詳しいな? それでは、武当派の秘宝もお前が持っているのだな?」

「うむ。預かっている。茜君が持っている剣がそれだよ」

「何っ?」

 徐雲が鋭い視線を茜に向ける。

「それが・・・武当派の秘宝か?」

「さよう・・・」

「勝負に勝てばくれるのだな?」

「勝てるかな?」

 童玄が、ニヤッと薄く笑うと、徐雲がムッとした顔をする。

「時間の無駄だ。早く始めよう。最初は、楊露禪殿だ・・・」

 黒沼と七人の対戦者を残して、童玄と上矢女史、今泉は一階上の観覧席に座った。対戦場より五メートルくらい上から眺められる。劇場の二階席みたいだった。

 指名された楊が前に出た。

「こちらの先鋒は真里谷怜だ・・・」

 怜は、白い道着に緋色の野袴という女子の扮装になっていた。見た目が美少女なので、女子として戦った方がやりやすいという結論になっていた。

 楊も、さすがに驚いた顔をしていた。

「女で・・・しかも、子供ではないか?」

「楊殿。侮ってはならぬ。こいつら、必ず策を秘めておるぞ・・・」

 董がアドバイスした。

 楊も、うなずいて、長剣の鞘を払った。ビィーンと剣身がしなって音が鳴る。

「碧銘剣か・・・」

 黒沼がつぶやく。鉄をも斬り裂く名剣として有名なものだった。剣身は柔らかくしなり、細かい彫刻がほどこされている。

 太極剣は、太極拳の身法と同一の原理で用いられる。

 中国の武術では、武器は手の延長と考えられているのだ。剣身を触れ合わせたまま離さず、攻撃の挙動を察知して攻撃線をずらして重心を崩させ、体勢が崩れたところに付け込んで急所に一突き・・・というのが基本的な戦法である。

 楊は緩やかに舞うように、ゆっくりと剣を操りながら、間を詰めていく・・・。

 怜は、郷義弘をスルリと抜くと、右手に握った義弘を、じわじわと片手で持ち上げていった。

 徐雲達が、ざわめいた。およそ、日本剣術らしくない動きなのである。

 普通、剣道のように刀を中段に両手で構えて、気合鋭く打ち込んでくるものだと思っていたが、まるで見たこともない刀法である。

 まるで殺気がない。

 怜が、義弘を右手一本で頭上に構えていた。

 そのまま、ゆらゆらと楊に近づいていく。

「マズイ! 逃げろ!」

 董が叫んだ時には、怜の義弘が振り下ろされていた。

 楊は碧銘剣で、ピタリと止めた・・・つもりだったが、剣身がピシリと割れた。

 義弘の刃を額にめり込ませた楊が、驚愕の顔で倒れる。

 無理もなかった。楊の剣術には化勁(敵の力を受け止めずに受け流してしまう高級技法)が効いており、どんな強力な斬撃をも柔軟に受け止めてしまうはずだったのである。

 剣も名剣中の名剣である。まさか斬り折られてしまうとは・・・?

「剣を触れ合わせて戦えば、術中にはまる。だから、触れ合わせないまま一撃で倒せる技の持ち主でなければ勝てないと考えたんだ。つまり、千勝無敗の真里谷円四郎だ」

 黒沼が解説すると、皆が歓声を挙げた。が・・・。

 楊がムクリと起き上がった。

「驚いた。日本に、こんな遣い手がいるとは?」

 額を割られて頭蓋骨の奥の脳髄まで見えている楊が、さして驚いていない様子で向かってくる。折れた剣は捨てて、素手になっているが、さきほどのように舞うような動きで両手をうごめかせる。

 しかし、優美に見えた動きも、割れた脳天から脳髄をのぞかせたおぞましいゾンビの顔では悪夢の舞踏にしか見えない。

「陰陽合一にして太極は無限なり・・・」

 スタスタと歩いてくる楊に、恐れを抱いた怜は、術が解けて悲鳴をあげて逃げた。まるで美少女を追いかける痴漢のようなありさまだ。

 怜が悲鳴をあげながら義弘でメッタ斬りにすると、耳がそげ、指が落ち、腕がぶら下がる。どんどんひどいありさまになるが、ついにしがみついて、押し倒す。

「こいつめ、こいつめ・・・離れろっ!」

「太極は無限なりぃ〜・・・」

 義弘でザクザクと突き刺すが、顔面の肉がこそげた顔の楊がのしかかってくる。失神しそうになった怜が、両目をつぶって観念した時、急に楊が動かなくなった。

「?・・・」

 こわごわ目を開くと、楊の頭がなくなっている。ゴロンゴロンとボールのようなものが転がる音がしたので、そちらを向くと、楊の頭部だった。

「見苦しいヤツだ・・・」

 見かねた郭雲深が、楊の首を関羽大刀ではね飛ばしたのである。楊の頭部は、恨めしそうに郭をにらんだ。

「郭雲深・・・なにゆえ、邪魔をする?」

「楊無敵の名を辱めるような戦いをしおって・・・この勝負はお前の負けだ」

「そうか・・・負けたか?」

 楊の頭部が目をつぶり、動かなくなると、急激に砂のように崩れていった。

「術の効力が消えたか?」

 徐雲がつぶやく。

「負ければ、我らもこうなるのか?」

 酔鬼張三がつぶやく。

「ふぬけたことをいうなっ! 要は、勝てばよいのだろう? 次は俺がやるっ!」

 生前、任侠の徒として有名だった郭は、それゆえに牢に繋がれ数年を手枷足枷をつけたまま過ごしたという。しかし、そのまま形意十二形拳の一つ、虎形拳を修練し、半歩崩拳と並ぶ得意技、虎撲把(両掌の同時打ち)を会得したという。

 血の気の多いだけの男ではないのだ。

「よしっ、次は、柳生友矩!」

 郭雲深に対するは、柳生十兵衛である。

「うむっ? さっきは軟弱そうに見えたが・・・?」

 郭は、友矩の変化に目を見張った。オーラの大きさが違う。

「何だ、その目は?」

 友矩は、右目をつぶっていた。柳生十兵衛は片目だったといわれるが、残っている肖像画には両目が描かれている。それで、片目ではなかったというのが、最近の説である。

 しかし、やはり片目だったという伝承が口伝えで柳生家には伝えられていた。父、宗矩との稽古中に木刀の先を受けて潰れたとも、手裏剣を受け損なって潰れたともいわれている。

 友矩が大典太光世を車の構え(下段後方に構える甲冑刀法の時代の構え)に構える。

 関羽大刀は振り回して横から斬るのが通常であるが、この構えだと前に出ている左脚を払って、体勢の崩れたところを真上から一刀両断にするのが上策だろう。

 形意拳の攻撃は硬打硬進。全力を込めて攻めて攻めて攻め潰すのを本分にしている。

 郭は、しかし、黒沼の攻撃を食らったことを思い出した。無闇に攻めればやられるかもしれない。ここは、上策通りに攻めてみることにした。

 寄り足で間を詰めていき、前に出ている左脚を関羽大刀で横から払った。

 と、友矩は、左脚を引きながら、その勢いを遣って光世で、はね斬ってきた。

 関羽大刀の刀身が根本から切断されて、ふっ飛んだ。そのまま斬り上げた光世の刃を返して、郭の右首袈裟に斬り込む。が、郭がかろうじて切断された柄で受け止める。これも両断されると、のけ反って、躱した。

 かすめた刃に胸を斜めに斬られたが、絶叫しながら必殺の虎撲把を繰り出す。

 が、虎撲把の姿勢のまま、郭は動きを止めた。

 斬りを外された友矩が、そのまま平突きで心臓を貫いていた。

 友矩は両目を開いていた。肩で息をしている。

「友矩、よくやったな・・・」

 蔵人が声をかけるが、様子がおかしい。黒沼が近寄る。

「まだ、術が解けていない・・・。が、柳生十兵衛ではないな? あなたは、誰です?」

「拙者は、柳生左門友矩と申す。この者には勝てぬと悟った十兵衛兄に代わってくれと頼まれ申した・・・」

 柳生左門友矩は、十兵衛とは異母弟で、二十七歳で病没したとされているが、三代将軍家光の寵愛を受けて厚遇されている。実は暗殺されたのではないか?といわれているが、十兵衛をしのぐ剣才の持ち主であったともいわれている。

 奇しくも、友矩と同名であるから、実は十兵衛の末裔ではなく友矩の血が濃かったのかもしれない。今泉なら、死の真相についてあれこれ聞き出したかっただろうが、黒沼にその気はなかった。

「御助力、かたじけない」

 一礼すると、左門友矩の魂魄は去っていった。

 郭雲深が、黒沼をじっと見た。

「・・・お前と、決着をつけられなかったのが・・・残念だ・・・」

 そういうと、砂の像が崩れるように崩壊していった。

「何ということだ? 楊に続いて郭も敗れるとは・・・?」

 徐雲が青ざめていた。余裕で薄笑いしていた顔に動揺が走っている。大喜びして手を振って声援を送っている今泉を、ギロリとにらむと、今泉はオドオドしておとなしくなった。

「どうした? もう止めておくか?」

 童玄がいうと、徐雲がにらみつける。

「徐雲殿。次は私にお任せください」

 黄飛鴻が前に出た。

 中国南方の武術、洪家拳の遣い手である。鋼のような肉体で剛拳をふるう鉄繊拳と、神腿(神の足技)と呼ばれた無影脚の遣い手として、香港では多くの映画でクァン・タクヒン、ジェット・リーなどがヒーロー的に演じている。ジャッキー・チェンの出世作『ドランクモンキー酔拳』も、若い頃の黄飛鴻が主人公である。

「よしっ! 今度は俺だ!」

 丸目蔵人が出る。「これ、邪魔だな・・・」と、スニーカーを脱いで裸足になった。

「よし・・・丸目蔵人!」

 黄と蔵人が対峙する。蔵人が術に入った。丸目蔵人佐が召還される。

「異国の人。その傘が武器か?」

「これで充分だ」

「さようか・・・?」

 蔵人が、いきなり手裏剣を飛ばした。黄がコウモリ傘を回転させながら開き、手裏剣を弾き飛ばし、傘を眼前に差し出して視界をさえぎりながら、猛烈な連続蹴りを繰り出してくる。

 蔵人はクルリと後ろを向いて蹴りを躱すと、跳躍して回り込み、逆手抜きにした同田貫で斬り上げ、斬り下げる。コウモリ傘を斬り裂かれた黄は、傘を投げ付けてくる。蔵人が傘を両断した瞬間、黄の蹴り足が蔵人の同田貫の柄を蹴り飛ばす。

「あっ、ヤバいっ!」

 魅幽と沙織が同時に叫んだ。

 しかし、刀を蹴り飛ばされた蔵人は、黄の無影脚を側転して躱すと、そのまま目まぐるしく回転しながら下から蹴りを繰り出した。

「あれは・・・カポエィラ?」

 無影脚対カポエィラの対戦になっていた。

「蔵人のヤツ・・・蔵人佐に憑依されたまま自分の技もミックスしてやがる?」

「じゃあ、タイ捨流カポエィラ派ってこと・・・?」

 蔵人は、ストリートダンスが趣味であるが、カポエィラの遣い手でもあった。演舞主体のヘイジョナール派に飽き足らず、源流の実戦的なアンゴーラ派も学んでいる。

「ギャッ!」

 黄が両目から血を流して、立ち止まる。と、蔵人のつむじ風のような蹴りが走り過ぎる度に、次々に身体に切り裂かれる傷ができていった。

「あいつ、足の指に手裏剣挟んでるぞ?」

 カポエィラの隠し技に、足指にカミソリの刃を挟んで戦う術がある。それをとっさに応用したのだ。

「トドメだっ!」

 足指に手裏剣を挟んだまま、回し蹴りを黄のコメカミに叩き込む。深々と手裏剣が突き刺さり、黄はぐるんっと白眼を剥いて倒れた。

「よっしゃーっ! やったぞぉーっ!」

 蔵人が吠えた。倒れた黄の身体は急速に崩れていった。

 酔鬼張三が無言で前に出た。

「次は、この酔鬼張三がやる。楊露禪、郭雲深、黄飛鴻の仇はとってやる!」

「こちらは、加藤魅幽!」

 張三と魅幽がにらみあった。

「子供でも、容赦はせぬ・・・」

「こっちもだ。爺さんでも遠慮はしねえ・・・」

 飛び加藤と呼ばれた加藤段蔵と、飛行術の酔鬼張三の勝負であるから、重力を無視したような戦いになった。

 魅幽がコンクリートの柱を駆け上がり、手裏剣を連続して放つと、張三もフワリと飛翔し、ピャオ(中国の手裏剣)を放つ。

 しばらく、この戦い方が続いたが、飛び上がった魅幽の足首に、張三の九節鞭がからんで引きずり降ろした。

 が、倒れた魅幽が鎖鎌の分銅を投げ付けてくる。張三が分銅鎖を左腕で受けると、クルクルッと巻き付いた鎖を逆に引っ張る。軽量の魅幽が引っ張られると抵抗できない。

「危ないっ!」

 沙織が叫ぶと同時に、張三に鎌が飛んできた。魅幽が鎖を引かれたので、とっさに鎌を投げ付けたのである。張三がかろうじて躱すと、その隙に足首の九節鞭を抜いた魅幽が忍び刀で斬り込む。

 すると、張三は九節鞭を捨て、腕にからんだ鎖鎌の鎖を解くと、何と! 手のひらで忍び刀を受ける?

 ニヤッとした張三が猛烈なスピードで両掌を二本の鞭のように振り出してくる。

 必死で刀で払うが、なぜか忍び刀が金属音をたてて刃毀れしていった。大きく飛んで距離を開き、荒い息を整える魅幽。忍び刀はボロボロに刃毀れし、少し曲がっている。

 ニヤ〜ッとした張三が手のひらを開いて見せると、両手に鉄の棒みたいなものがある。

「判官筆(パンガンピン)か?」

「何ですか? それ?」

「鉄の筆のような形の短い棒に、指輪がついていて、中指にはめて手の中で自在に方向を変えて突くことができる中国武術の暗器だ。点穴針、峨嵋刺といった類似の武器があって、日本にも寸鉄や手の内という同構造の隠し武器がある」

 黒沼が皆に説明する。が、魅幽はニヤリと不敵に笑う。

「なるほど、暗器遣いって訳か? それなら・・・」

 魅幽が、忍び刀を捨てて、懐から手鉤を出して両手にはめる。

「さあ・・・続けようか?」

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