第六ノ変『迷蹤芸』

 黒沼をコーチに迎えた理由は、魔人武術家達の技の弱点を知ることだった。

「バスの中でも話したが、俺は、櫻澤先生や、茜みたいな天才じゃねえ。素質も才能もねえ。だから、徹底的に技を分析してきた。それが、教えて上手いといわれる理由かな?」

 謙遜しているふうでもなく、淡々と話した。

「さっき、新宿で化けもん二人と戦ってみたが、はっきりいって、今のお前らじゃあ、どうにもならねえよ」

「え〜? そんな〜?」

 魅幽が不平をいい、友矩がメソメソする。他の者も憮然とした顔になる。

「本当は、アンチマテリアルライフルで遠くから狙撃して、頭ふっ飛ばしてやるくらいしか手はないと思うが、そうもいかねえだろうな。警察が乗り出して特殊部隊や狙撃隊が投入されるまでに、やつらの犠牲者が山ほど出ちまうだろう・・・だったら、俺らで始末するのが一番いい。佐伯さんもそのつもりなんだろう?」

「おっしゃる通りです。ごけい眼、恐れ入ります」

 上矢女史が無表情に応える。(この人は、本当はアンドロイドではないのか?)と、今泉は真剣に思った。

 黒沼は、気にする様子もなく無精髭をなでながら話を続けた。

「いいか? 相手は化け物だ。人間じゃあねえ。ゾンビだ。いや、中国だから、キョンシーか? まあ、どっちでもいいが、要は死人だ。死んでるんだから、殺しても罪にはならん。遠慮なく、ぶっ殺せ!」

 いきなり、過激なことをいうので、今泉は、ちょっと怖くなった。

「あの・・・黒沼先生。その言い方は、青少年に対しては、ちょっと不適切じゃないかな〜?と・・・」

「あんたが戦う訳じゃないんだから、ちょっと黙ってなさいよ、ねっ?」

「はいっ・・・(この人、絶対、ヤクザだ! ヤクザじゃなくても、俺の中でヤクザ決定!)」

 ビビりまくっている今泉を無視して黒沼が話を続ける。

「さて、それで・・・だ。実戦というのは、勝って生き残り、負けて死ぬってことだ。これは戦争だったら当たり前だろ? 今でも世界の紛争地域だったら、日常的なことだ。そして、日本だって、地震や津波、火山の噴火なんかの自然災害も、いつ起こるかわからない。もっと簡単にいえば、自動車事故や病気なんかでも人は予想もしない時に死ぬ。これは運命ってヤツだから、どうしようもない。でも、死ぬのは嫌だろ? 怖いだろ?」

 黒沼の問いかけに、全員が神妙な顔になって聞いていた。

「あの化け物どもが、何で、あんなに強いか、わかるか?」

「達人が蘇ったから?」

「いや、そうじゃないな。あいつらが死人だからだよ。死ぬことが怖くないんだ。虚無感しかないんだよ、あいつらは・・・そうじゃないか? 茜?」

「はい、私もそう思います。彼らは、虚無感にさいなまれていて、生きている喜びが感じられない。だから、生前の記憶に従って、ギリギリの生死を賭けた戦いをしたがっているんじゃないでしょうか?」

「多分、当たりだ。徐雲以外の化け物は、そうだと俺は思う・・・」

「徐雲は違うんでしょうか?」

「あいつは、多分、死ぬのを怖がってる。考えてみろよ。どう計算したって百歳は超えてるだろう? いつ死ぬかもわからないから、ビクビクしてるんじゃないか?」

「さあ・・・それは、わかりません」

「茜、八咫烏の刀には、ある噂があるんだよ」

「えっ? それは・・・?」

「不老不死の霊薬の製法が隠されているんだそうだ。なっ? 上矢さんは知ってるだろう?」

「はい、佐伯より、そのようにうかがっております」

「これで徐雲の目的ははっきりしたな。やつの目的は不老不死を得ることだ・・・」

 話がホラーアクションから、伝奇ファンタジー路線になってきた。


「で、黄と張三の話を徐雲殿は承知したんだな?」

「一カ月から一週間に早まったんだ。断る理由はなかろう・・・」

 学園を見張っている霍元甲と楊露禪は、小高い丘の上にある公園のベンチに座って、話し合っていた。

「対戦が早まったのはいいが、その間、ヒトを食えないのは困るな・・・」

「李先生は牧場の馬を打ち殺して食っていたぞ」

「それで郭が牛を打ち殺して食ったと自慢していたのか?」

「自慢の崩拳で打ち損なったから、虎撲把でトドメをさしたといっていた・・・」

「ヤツは小娘に針を打たれた時から荒れておるからな」

「新宿から戻った時も、大荒れだったな? 何があったか董に聞いてみるか?」

「まさか、董とやり合ったのかも?」

「それはない。徐雲殿に知れたら無事では済まぬだろう」

「しかし、あの血の気が多い郭なら、わからんぞ」

 霍の言葉に、楊は応えず、苦笑いで返した。

「さて・・・我らも役目を果たすとするか?」

「よかろう・・・」

 二人の魔人はベンチから立ち上がると、学園に向けて歩き出していた。


 黒沼の指導が始まった。昼間は黒沼が技を、夜は茜が帰神融魂之法を指導する。遊んでいる時間はない。指導内容を盗み見ることができないよう、地下の剣道場を締め切って修行に入った。

「いいか? 繰り返すが、今のお前らじゃ、たとえ先祖の剣豪の力を借りても、まともにやって太刀打ちできる相手じゃない。だが、ただ勝つことだけなら、不可能じゃない。戦略戦術を練った方が勝つ! それが戦闘のセオリーだ」

 黒沼が、上矢女史に用意させたものを示した。

「素手じゃ、どうあがいたって勝てない。これを使え!」

「ええっ? それは・・・」

「そうだ。見た通り、武器だ・・・」

 ズラリと並べられたのは、日本刀。槍と鎖鎌、手裏剣もある。

「先生、そんなの銃刀法違反じゃ・・・?」

「安心しろ。お前らの理事長は政界にも司法界にも顔が利く大物だ。捕まる心配はねえ。この武器も、理事長が裏から手を回して集めた名刀ばかりだ。あんなゾンビを相手にするのに素手で立ち向かえとはいえんだろう?」

「本当に、生きるか死ぬかの勝負なんだ・・・」

 友矩がつぶやくと、見守っている今泉が気の毒そうな顔でうなずいた。

(高校生を、あんな化け物と戦わせようなんて・・・童玄先生。あんた、ひどい人だよ)「よく考えてみろ。お前らの先祖は剣の遣い手ばっかりだろう? 剣がなくて、どうやって戦うんだ?」

「確かに・・・」

(そうか? 童玄先生は、最初からこうするつもりだったのか? そりゃあ、そうだ。いくら武道に力を入れている学園だからって、こんなに都合よく剣の達人の末裔を集められるはずがないじゃないか? もしかすると、戦後に教育界に入った時から、計画していたのかも? だとしたら、佐伯童玄の目的は、もっと別のことなのかも・・・? いや、落ち着け、オレ! 今は、とにかく、あの化け物退治だけに集中するしかない)

 客観的に見守る立場の今泉が、まるで一緒に戦う一員のような気持ちになっていた。

「それじゃあ、それぞれ専用の武器を渡す。まず、高田正義!」

「はいっ!」

 正義が前に出る。

「お前の先祖は槍術の名人だからな。これだ」

 黒沼は正義に全長三メートルの十文字鎌槍を渡す。槍を受け取った正義は少し緊張した顔で槍を眺めた。

「宮本沙織!」

「はいっ!」

 沙織は二刀を渡された。

「大刀は二尺七寸あるから、普通のヤツには遣えないが、お前のタッパなら問題ないだろう。脇差は平作りで一尺五寸ある。両方とも無銘だが、斬れ味は抜群だ」

 身長のことをいわれて、柳眉をピクリと動かしたが、沙織は文句をいわずに黙って受け取った。

「柳生友矩!」

「は・・・はい・・・」

「ほらっ、気合入れろ!」

「はいっっっ!」

「よし。お前はこれだ。柳生十兵衛が遣ったといわれる大典太光世だ」

「先生! 質問よろしいでしょうか?」

「何だ? 沙織」

「大典太光世といえば、加賀前田家に伝わった国宝級の刀のはずですが?」

 刀剣マニアの沙織ならではの質問だった。

「さあな〜? 本物かどうかは俺は知らん。だが、理事長の力で本物を入手したのかもしれないな〜?」

 沙織が渋々、納得し、友矩はニコニコと刀を受け取った。

「丸目蔵人!」

「うっス!」

「丸目蔵人佐は隠密斬りの暗殺剣の遣い手だったそうだからな。この戦場刀、同田貫正国だ」

「あっ、ドウタヌキって、子連れ狼の?」

 友矩が、嬉しそうに声をあげた。

「そうだ。子連れ狼の主人公、拝一刀をテレビで演じた萬屋錦之介は、同田貫の愛好家で、亡くなった後で何振りも所持していたのが出てきたそうだぞ?」

 黒沼も変なマニアのようだ。どこで、そんな情報を仕入れたのか?

「へえ〜? そうなんだ?」

 蔵人が、興味深そうに受け取った刀を眺めた。

「待て。お前にはこれもやる」

 黒沼は棒手裏剣の入った革ケースを渡した。

「なに、コレ?」

「手裏剣だ。丸目蔵人佐は、九州人吉の相良家につかえた相良忍者の頭領だったそうだ。蔵人佐が創始したタイ捨流の形の中にも手裏剣を打つ動作が入っている」

「よし、次は・・・真里谷怜!」

「はいっ!」

 さすがに男子用学生服に着替えているが、逆に女子が男装しているような違和感があって、余計に妖しい・・・。

「お前の先祖の真里谷円四郎は、日本剣術史上最強だったかもしれない幻の名人といわれてる。他流仕合、一千回無敗という男だからな。刀も特別だ。マンションが買えるくらいの値段がする、郷義弘だ」

「郷と化け物は見たことがないっていわれる貴重な刀・・・本物?」

 沙織が青ざめた顔で口走る。

「ふぅ〜ん・・・そうなんだ〜?」

 怜が、不思議そうに刀を見つめた。

「あっ、それからな。真里谷? お前、女の格好してていいぞ」

「えっ? いいんですか?」

「お前が男の格好してると、余計に変な気持ちがして気色悪い・・・」

「は?・・・はい・・・」

 怜が、複雑な顔になった。微妙に傷ついたかもしれない・・・。

「最後に、加藤魅幽!」

「おっしゃーっ! 待ってましたあっ!」

「戦国最強の忍者と呼ばれた加藤段蔵だからな・・・忍者刀、鎖鎌、十字手裏剣・・・一通り揃ってるから、好きなのを遣え」

「やったぜぇ〜!」

 皆が、はしゃいで、もらった武器を構えて写メを撮ろうとすると、上矢女史から指導が入った。

「皆さん。これらの武器のことは秘密にしてください。メールでインターネット動画にあげたりすれば、トラブルになるのは避けられません。今、お渡しした武器も、練習と仕合の時以外は、こちらで管理します」

「はぁ〜い・・・」

「何だ? くれたんじゃねえんだ・・・」

「当たり前じゃん? マンション買えるような刀、おたから屋に売られたりしたらどうすんだよ?」

 皆がワイワイやっていると、突然、上の方からドカーンッ!と大音響がとどろいた。

「地震? いや、また、やつらか?」

「まさか、痺れを切らして攻めてきたのかも?」

「お前らは、ここにいろ。茜、ついて来い!」

「待ってくださいっ! 俺も行きます!」

 黒沼と茜に続いて今泉も慌てて走った。見届け人としての役目を佐伯童玄から依頼されているのだ・・・。


 一階の武道場に、霍元甲と楊露禪がいた。

「ほう・・・地下にいたのか?」

 下に向かう階段から上がってきた三人を見て、霍がニヤッと笑った。

「勝負はまだ先の約束だが、何をしに来た?」

「心配するな。約束は守る。ただ、董殿がえらく誉めていたから、師匠殿の顔を見にきたのだ」

「ふぅ〜ん。なるほどね・・・で、本人を見て、満足したか? 満足したら帰ってくれ。修行の邪魔になる」

「見ただけではわからんな。俺の迷蹤芸と、お前の歩法。どっちが速いか、試してみたいな」

「はは〜? あんたが霍元甲か? 董海川に聞いたのか? なら、未完成なのも聞いてるだろう? 試すまでもなく、あんたの方が速いよ。さあ、帰ってくれ!」

「見せる気はないか?・・・ならば・・・」

 霍が、突然、黒沼に向かって走った。

 黒沼は、じっと動かない。

 ぶつかる寸前、霍のスピードが減速しないまま、突如、方向を変えた。ジグザグに動いたかと思うと、回転し、飛び下がる。幻惑するように目まぐるしく四方八方に動き回る。

「これが・・・迷蹤芸といわれた歩法か?」

 黒沼が小声でささやくようにいう。茜に聞かせているのだった。

「霍。もうよせ。この男、いくら挑発してもやっては見せぬ。逆にお前の技の弱点を探っておるぞ・・・」

 楊の言葉で、霍がピタリと動きを止めた。

「フフフ・・・迷蹤芸の弱点などある訳がない。が、見せる気がないなら、仕方がないな。おとなしく仕合まで待ってやろう。帰るか? 楊」

 楊が無言でうなずいた。

「待てよ。さっきのでかい音は何だ?」

 立ち去りかけた二人に黒沼が尋ねた。

「あれか? あれは楊が足踏みしたのさ・・・ハッハッハ・・・」

 二人がいなくなってから、黒沼がポツリと、「震脚か? アレが・・・」とつぶやく。

「震脚」とは、瞬間的に体重心を沈め、脚で地面を踏み締めることで生じる反発倍加のエネルギーを得る技法であり、発勁の打撃力を増大するテクニックである。陳家太極拳の陳発科が体育館で震脚をやると、ガラス窓が振動するほどだったといわれる。陳家を学んで楊家太極拳を創始した楊ができても不思議ではない。

「大師兄、アレが震脚だとすると、楊露禪は侮れませんね」

「楊無敵と呼ばれた大名人だからな・・・」

(とんでもねえ〜。あんな化け物に、どうやって勝つんだよ・・・?)

 今泉は、ますます落ち込み、絶望ばかりが広がっていった・・・。

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