第五ノ変『八卦走圏』

「どうするんですか? 一週間って、そんな短期間で術を体得できるんですか?」

 今泉が茜に抗議する。

「あんな化けもんと俺ら、戦うの?」

 蔵人が、身をすくめる。

「だけど・・・茜さんはあいつらに全然、負けてない。むしろ、勝ってたよ」

 沙織がフォローする。術を会得すれば自分もあのように戦えるのかも?という希望が湧いていた。

「何でもいいから、早く術を教えてくれよ〜! あんなヘンタイ爺いに生きながら踊り食いされるなんか嫌だよぉ〜!」

 魅幽がヒスを起こして叫んだ。

「すまん。成り行きでああいったが、正直、時間が足らん・・・あ〜、術の使い過ぎだ。後は茜と相談してくれ・・・」

「あ〜っ、こらっ! 爺さん、逃げんなよっ? 責任取ってくれよぉっ!」

 柳一朗が引っ込むと、茜に戻る。

「申し訳ありません・・・祖父が困った約束をしてしまいました」

 畳に頭を擦り付けて謝る茜に、皆が困惑する。

「茜のせいじゃないよ。仕方がないよ。もう、戦うしかないんだったら、とことん、やってやろうよ」

 沙織が慰めると、皆も同感だという顔でうなずいた。

「計画が狂いましたが、予定を短縮するということで、よろしいですね?」

 上矢女史が事務的に皆の意志を確認すると、童玄に連絡してくると道場から出ていき、しばらくして戻った。

「とにかく時間がありません。皆さんは今からここに合宿して修行していただきます」

 皆、もう不平不満もいわなかった。魔人を実際に見て、覚悟が決まったのだ。

「まずは、沙織さんから始めましょう」

「宮本武蔵を憑依させるんだね?」

「そうです。何といっても、一番の戦力になるでしょうから・・・」


 茜は、沙織を座らせて眼を閉じさせた。頭頂部に右掌を少し離して置き、左掌を背骨に沿ってゆっくり動かしていく動作を繰り返しながら、小声で呪文を唱えた。

 しばらくして、沙織の顔付きが変化した。閉じていた眼が薄く開き、半眼になった眼が野獣の精気を放つ。沙織の全身をオーラが包んでいるのが肉眼でも見える。その中心が下丹田に濃く凝縮している。

 燃え上がる赤いオーラを内に秘めて、やがてオーラが青い燐光のように変化し、全身からわずかに包む程度に凝縮して安定する。

「宮本・・・武蔵・・・?」

 今泉が呻くようにつぶやいた。全員が唖然となって見ている。

 沙織の肉体に日本剣術史上に燦然と輝く孤高の剣魔、宮本武蔵藤原玄信の魂魄が宿っていた。

「ここは・・・どこじゃ?・・・わしの身体は・・・」

 武蔵には、現世に帰ってきたことを理解させ、これから魔人と戦うことを説得しなければならない。

 茜が答えた。

「あなたは宮本武蔵藤原玄信様ですね?」

「うむ・・・確かに現世にいた頃はそう名乗っておった・・・が、この身体は・・・おなごか? それに若過ぎる・・・わしは六十をとうに過ぎて黄泉の国へと旅立ったのじゃ・・・」

 武蔵は、いぶかし気に自分の手を見つめて首を捻っている。数百年ぶりに肉体を得てとまどっている様子だった。しかも、少女の肉体である。

「武蔵様。あなたを現世に呼び戻したのはあなたの子孫で、名前を宮本沙織と申します。武蔵様の魂魄は、あなたの子孫である宮本沙織の肉体に入っております」

「ほう・・・それは、なにゆえに・・・?」

 武蔵がニヤリと笑って茜を見た。射すくめるような恐ろしい視線だった。沙織の整った精悍な顔立ちに凶悪な気が抑えようもなくあふれてくる。

 茜以外の者は、背筋に冷たい汗が滴り落ちるのを感じていた。

 が、茜は平然と、そんな武蔵の視線を受け止めた。

「あなたにある武芸者と戦って欲しいからです」

「ある武芸者・・・」

 武蔵の眼に異様な殺気のような光が浮かび、全身のオーラが赤く変化して膨れ上がってくる。剣魔の本能が未知の武芸者との戦いを渇望し始めていた。こうなれば後は簡単だ。

 しかし、茜は決してあせらなかった。口をつぐんで武蔵の反応を待つ。

「女・・・そなたの名は・・・?」

 武蔵のほうから質問した。

「私は、櫻澤茜と申します」

 武蔵はじぃっと茜の顔を観察していたが、やがて、不気味にニヤリと笑った。

「相わかった。事の子細は問わぬ。茜の言葉を信じよう・・・。話せ。わしのごとき魂魄となりし者を、黄泉の国より呼び出してまで戦わせようとするならば、常人ではあるまい。その武芸者とはどういう者だ・・・」

「さすがは宮本武蔵様。お察しのごとく、その武芸者達もまた、この世の者ではございません。かつて明国で名高い武芸者であった者七人の骨に、外法の術をほどこして蘇らせた魔人達なのです。それ故に、現世の者では太刀打ちできず、恥ずかしながらお力をお借りしたく、お願いする次第です・・・」

 その後、茜は、武蔵のいう通り、七人の魔人についてだけ語った。

 武蔵は黙って聞いていたが、神槍李こと李書文の話に聞き入っている様子だった。

「魔人か・・・。確かに現世の者では太刀打ちは、かなうまいのう。しかも、異国の武芸者とは・・・フフフ・・・面白い。で、戦う相手は選べるか?」

 黙って聞いていた武蔵が、茜の話が終わってから尋ねた。

「無論です」

「ならば、わしは、その神槍李という者と戦ってみたいな」

「武蔵様ならば、そうおっしゃると思っておりました・・・」

 茜が微笑むと、武蔵は少し照れ臭そうな顔をして笑った。その笑い顔は沙織本人の笑顔と少しも変わらなかった・・・。


 宮本武蔵の召還術は成功した。この後、深夜まで、高田又兵衛、丸目蔵人佐、柳生十兵衛、真里谷円四郎、加藤段蔵を次々に召還し、中国武術の魔人との戦いに力を貸すことを約束させるのに何とか成功したところで、茜が力尽きた。

 朝まで寝込んだ茜が目覚めると、沙織が食事を持ってきた。調理室で朝食を作ったのだという。食材は深夜営業のスーパーに上矢女史の車で魅幽と怜と沙織で買い出しにいったのだそうだ。

「うわ〜、美味しいです! 沙織さん、料理が上手いんですね〜」

「居酒屋でバイトしてんだよ。大学生って嘘ついてんだけどさ〜」

 沙織が照れ笑いをすると、年相応に幼く見えた。

「すみません。沙織さん達に命懸けの戦いをやらせるなんて、私はしたくなかったんですけど・・・」

「気にすんなよ。これも運命ってもんだよ? あたしさぁ〜、福島から出てきたんだけどさ〜。あの地震の時に母さんと妹が津波に巻き込まれて行方不明のままなんだよ」

「そうだったんですか・・・」

「親父と一緒に、こっちに引っ越してきたんだけど、親父のヤツ、さっさと愛人つくっちゃってさ〜。それで家にいるのが嫌んなっちゃって、独りでアパート借りて住んでんだよ。部屋代は親父が出してくれてるけど、あんまり世話かけたくないじゃん? それでバイトしてるって訳だよ。これ、内緒だけどさ〜。モデルのバイトもやってんの。こっちの方が儲かるんだけど、学校にバレるとマズイからさ〜。黙っといてよ」

「沙織さんは立派ですよ。もう自立してるじゃないですか? 料理も上手いし・・・このお漬物なんか最高ですよ!」

「それ、違うから。買ってきたのを盛っただけ・・・」

「あっ・・・失礼しました・・・」


 茜の体力が戻ったので、練習が再開された。

「昨日、皆さんの御先祖様を召還しました。今度は、皆さん自身で召還できるようになってもらいます。戦うことは御先祖様が引き受けてくださいましたから、後は自分で召還できるようになれば問題なく戦えるでしょう。ただし・・・」

 茜が次の言葉を出すのをためらった。

「茜さん、もう後がないんだ。遠慮しないで何でもいってくれ」

「わかりました。では、申します。本来、帰神融魂之法術を安定して使えるようになるには何年もの修行が必要なのです。一週間の修行では、とても、そこまでには至りません。ですから、術が上手くいかなかった場合には自分の力で戦うしかありません。そのための訓練もやる必要があるのですが、そのためには私一人ではなく別のコーチを招くしかないか?と・・・」

「わかった! とにかく、できることは何でもやろうぜ!」

「上矢さん、それでは、すぐに行きましょう。お願いします」

「承知いたしました」

 上矢女史が道場の前に学園のバスを運転してきた。

「さあ、皆で行きましょう。乗ってください」

「茜ちゃんはどうする?」

 今泉が心配して尋ねる。正義も不安顔である。

「大丈夫だ。車に乗ってる間は俺が入れ替わっておくよ」

 柳一朗の声で茜が応えたので、今泉がバスのステップを踏み外してズッこけた。

「なるほど・・・その手があったよね〜? 正義君?」

 聞かれた正義も苦笑いしていた。


「コーチって、どんな人なんですか?」

「俺の不肖の弟子なんだが、腕は一流で、何より、教えるのが天才的に上手い」

「そんな人がいたんですね?」

「上矢君の調査報告では、新宿の公園に住んでいるらしい・・・」

「はあ、公園の管理人とかやってるんですか?」

「いや、ホームレスだ・・・」

「ホームレス?」

 今泉の声が裏返っていた。

「そんなの、探していなかったら、どうするんですか?」

「う〜ん・・・あっ、そろそろダメか・・・? 茜に替わるか・・・」

「都合が悪くなると、すぐチェンジするんだから、もう〜・・・ちょっと待って! 先生! 茜ちゃんに替わっちゃ、ダメ〜!」

 今泉がパニクる。

「あ〜、気持ち悪い〜、吐く〜、吐く〜・・・」

「あ〜、ダメだっ! ここで吐いちゃ、ダメ〜!」

 茜の強度の車酔いを知っている今泉と正義が慌てふためく・・・。


「何かに秀でている人って、その分、凄い欠陥があるって話・・・本当なんだね?」

 怜が、ボソッとつぶやくと、全員が哀れみの視線でグッタリしている茜を見た。

「初めて車に乗った犬猫よりひどいよ」

「何か、拷問された後みたいだね?」

 朝食を全部、戻して吐いてしまった茜に、沙織は呆れた視線を向けてしまった。

「今、襲われたら、ひとたまりもないだろうな〜?」

「僕は、なんか、ゲロ吐いてる茜さんが可愛いって思えました・・・」

 友矩がポツッというと、魅幽がにらんだ。

「オメー、ゲロリアン少女に恋したっていいたいのか? おいっ?」

「いや、違いますって・・・あんな超人的な人なのに、こんな物凄い弱点があったりするのって、可愛いんじゃないかな〜?って・・・」

「バッカじゃね〜の?」

 皆が、ぶつくさいいながら、新宿の公園を歩いていると、青いビニールシートで覆われた段ボールの小屋があった。

「あれっ? この辺りのホームレスは追い出されているはずなんだけど、まだ、こんなところにいるのかな?」

 今泉が近づくと、中から中年の男が出てきた。

 無精髭が伸びている外は、意外に普通の格好だ。が、近づくと、ちょっと体臭が臭う。

「大師兄!」

 突然、茜が元気になって飛び出してくる。

「えっ?」

「もしかして、この人が目的の人?」

 皆が、あっさりと見つかった目的の人物に拍子抜けしてしまった。

「いや〜、何時間も探しまわって、見つからずに諦めるってパターンかと思ってたよ」

 茜が、ちょっと臭い中年男を引っ張ってくる。

「皆さん、御紹介します。祖父の一番弟子の黒沼剣治先生です」

「黒沼先生、突然で恐縮ですが、礼金は弾みますので、我々と一緒に来てください。理由は車の中でお話しますので・・・」

 上矢女史が有無をいわさず引っ張っていく作戦に出た。

「おい、茜」

「はい?」

「お前、危ない連中に狙われてるんじゃないか?」

 黒沼の視線の先に、またも二人の魔人が現れた。

 今度は、郭雲深と董海川。

「ヤベ〜な・・・あの殺気は、尋常じゃあねぇ〜ぞ? 逃げた方がいいと思うぞ・・・」

 黒沼が二人の魔人から視線を外さず、全員に逃げるよう、うながした。

「行けっ!」

 全員が脱兎のごとく走りだした・・・。


 郭雲深、董海川が追ってくる。

 彼らは軽功も心得ているので飛ぶような速度でみるみる追いついてくる。

「大師兄っ。どうしますかっ?」

 茜は、ここで応戦するか?という意味で黒沼に聞いた。約束を破ることになるが、先に破ったのは向こうである。

「いや、俺とお前でやっと五分。他の連中は、やつらと戦うのは無理だろう。足手まといになるだけだな。よし、ここは俺がくい止めるから、お前らは逃げろ!」

 黒沼はいうが早いか、魔人達の前に立ちはだかった。

「大師兄・・・」

「茜。心配するな。俺は時間かせいだらちゃんと逃げるさ・・・」

 茜は、瞬間、考えを巡らせるようにしたが、すぐにうなずいて走り出した。

「おいっ、茜。おっさん一人で大丈夫なのかよ?」

 蔵人が聞く。

「大師兄が心配するなといった以上、大丈夫です」

 茜はそういうと、縮地法の速力を上げた。蔵人の質問に答えたのではなく自分に言い聞かせたのだと、皆、判っている。話している暇はない。遅れないように必死で走るだけだった・・・。


「ほう・・・弟子を逃がすために師匠が犠牲になる。日本人にも情はあるのか?」

 郭が感心したようにいう。

「な〜に、勘違いしてやがんだ」

 黒沼は、ニヤリと嘲笑った。

「何だと?」

 挑発された郭が怒りの表情になる。

「人前で見せたくないんだよ。これからやる技は・・・」

「まさか・・・飛天剣法か?」

「いや・・・この技の名は、蛟龍無影掌・・・俺が編み出した」

 いったと同時に黒沼の姿がブレて消える。と、郭の身体がフワリと浮かび、激しくふっ飛ぶ。後ろのビルの壁に激突して落ちてきた郭が、ブワッとドス黒い血を吐いた。

 次の瞬間、董が背後に殺気を感じてクルリと回身する。ほとんど同時にサブマシンガンのような猛烈な速度で連発された掌打が空を裂いた。

「ちぇっ、惜しい・・・八卦掌の遣い手か? これを避けられたのは初めてだぜ」

 黒沼がニヤリと笑って立っていた・・・。

「櫻澤の弟子だといっていたが、これは驚いた腕前だ。目にも止まらぬというが、目に映らぬ程の歩法と連動した掌打の迅さは、我らをも上回るか・・・」

 董が冷静に技の分析をする。直情型の多い魔人の中でも、厄介な相手である。

「ちったあ、驚いてくれたか?」

「おのれ・・・油断しておった。海川! こいつは俺に任せてくれ。半歩崩拳の威力を思い知らせてくれる・・・」

「待て、雲深。お主の技は、こやつには当たらぬ。当たらねば、半歩崩拳打遍天下の異名も用を成さぬ」

「何だと?」

 郭が口元の血を拭いながら、董をにらみつける。

「落ち着け。こやつの歩法は神速を超えた超神速。おぬしの方が威力は上でも、まともに打ち合っても当たらぬ。ここは我に任せよ・・・」

 董は、技の秘訣を観抜いている様子だった。短気な郭も、董には一目置いている。素直に引き下がった。

(ヤベェ〜。こいつはマズイ相手かも・・・?)

 黒沼は内心で舌打ちした。技の分析をしてのけただけでなく、すでに対応策を考えているらしい。

 黒沼は、今度はいきなり攻撃せずに慎重に様子をみた。不意打ちをも避けた相手に正面から攻撃しても当たるとは思えない。

 じわじわと間合を詰めて、ぎりぎりの間合で超神速の歩法を駆使して連環掌打を打ち込むしかない・・・が、その間合まで詰めた瞬間、董がぐるりと回り出した。

 ボクシングでいうサークリング。

 相手を中心点にして、その回りを円を描くように動くステップワークに近いが、八卦掌の場合、スリ足のように地面を這うようにスルスルと移動する。

 そんなに速く動いてはいないが、超高速で動く歩法で追いかけて掌打を繰り出しても、わずかにタイミングを外されて当たらない・・・そんな攻防がしばらく続いた。

 そのうち、いつの間にか両者の動きは肉眼で確認できないほどの異様な速度になり、残像さえ見えなくなった。

・・・と、ドスっという音がして、黒沼が膝をつき、そのまま後方回転受け身をとって董の間合から離れた。

 黒沼は荒い呼吸と滝のような汗を滴らせて、よろめきながら立ち上がる。

 打たれた脇腹を押さえているが、ダメージは大したものではなかった。打たれた瞬間、自分から倒れて威力を削減したのだ。

 蛟龍無影掌にも弱点がある。超神速の歩法と連動して掌打を放つことそのものが、著しく体力を消耗してしまうのだ。

「浅かったか?」

「・・・ふぅ〜・・・。さすがだぜ。よくぞ俺の技の弱点を突いてくれたな」

「いや、貴殿の技は素晴らしい。まともに戦えば誰も勝てぬだろう。しかし、まだ完成はしておらぬようだな」

 董が、本心から感心した風に称賛した。

「大当たり・・・確かに、まだ未完成なんだよな〜」

 黒沼が冷や汗を拭いながら、軽口をたたいてみせた。

「貴殿の技は身体に負担がかかり過ぎる。人間に出せる速度ではない。身体がついていかぬから短い時間しかできぬ。我は正面ではなく斜めに躱し続けながら、徐々に速度を上げた。貴殿は命中させようと加速し続けた。我は身体の限界に来た貴殿の動きが鈍る瞬間を狙って打った・・・しかし、留めを刺す間を外して逃げられた。引き分けだ」

「何をおっしゃる。このまま続ければ俺に勝ち目はない。あんたの勝ちだ」

 黒沼の絶技を称賛しながら欠点を指摘する余裕が董にはあった。かろうじて躱した黒沼も完敗を認めざるを得ない。

「海川。どうした? 早く、そいつを殺せ。殺さぬなら、俺が殺るぞ・・・」

 黒沼の技を食らった郭はメンツが潰れて激怒している。今にも董を押しのけて襲いかからんばかりだ。

「待て。この男の技は面白い。我も初めて見た。完成した技を見たい。貴殿に尋ねる。あの弟子たちにも使える者がいるのか?」

 董は、黒沼を、茜達の師匠だと思い込んでいるらしいが、そう思わせておいた方が都合が良い様子だった。

「教えればできるだろうな。俺よりも、あいつらの方が若いから、もっとできるようになるはずだ」

 答えを聞いて、董が考え込んだ。

「そうか・・・。よし、では、行け。勝負の日までに、弟子たちを鍛えて我らを楽しませてくれ」

「おい、海川。貴様、何を勝手に・・・」

「雲深。徐雲殿の命令を無視して勝手に動いたのはお前ではないか? 我はお目付役として徐雲殿に申し付けられてついて来たのだ」

 何と、董が郭を押し留めてくれている。予想外の展開だったが、これは好都合だ。黒沼には、もう戦う体力が残っていなかった。

「さあ、早く去れ。我らは勝負の日まで楽しみにしておるぞ」

 仮面のように表情の見えなかった董の顔に、明らかに歓喜の色があった。

 しかし、それは不吉な前兆でしかなかったことを黒沼は充分に理解していた。


 魔人二人を後にして、先に逃げた茜達を追った黒沼を、茜独りで探しに戻ってきた。

「大師兄! 大丈夫ですか?」

「大丈夫・・・といいたいが、一発食らった。何、大したことないさ。心配するな。それより、あの化け物みたいな連中は外にもいるのか?」

「はい、全部で八人です」

「あいつら、俺がお前達の師匠だと思い込んでいたぞ?」

「それを頼みに来ました」

「う〜ん・・・で、お前達があいつらと戦おうってのか? ありゃあ、本気で殺しにくるぞ? お行儀よく試合なんかするタマじゃねえ・・・」

「だから、大師兄の力を借りに来たんです・・・」

 茜の大きな瞳で見つめられると、黒沼には断りようがなかった・・・。

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