「ようこそ、ワシントン基地へ。私はヴラドレン・アナニエフ中将だ。歓迎するよ。いやぁ、最新の2機が我が基地所属の部隊へ実験配備とは、うれしいね。新たな仲間が増えるのはいいことだ」

「出迎え有難うございます、アナニエフ中将。ブラックゴート研究所から参りました、ジョン・ウェバーです。さっそくですが、こちらは新機種のS-5とK-12です。手入れは先に配備されている他の機体と変わりません。注意事項はこのディスクに」


 案内役の研究員がにこやかにここワシントン基地の顔役と挨拶するのを、白けた気持ちで見ていた。

 研究員の名前は初めて知ったし、この中将もなんだか気にさわる。胡散臭いな、と思ってしまった。この男が上官になるのか。元とはいえアメリカの基地にいる中将がスラヴ語系の名前なのがひっかかるが、ゲームで「北半球はほとんど焦土化した」と言っていたことだし、そこまで気にすることではないだろう。どちらにせよユーラシア大陸も戦場になったのは、ゲーム展開からほぼ確定しているとみて間違いない。壊滅した国の生き残りだろう。

 研究員は一通りの挨拶をすませると、レプリカントの生成プラントと修理設備を確認するといって、オートマタに案内されていった。そのあと輸送機で研究所で戻るそうだ。ご武運を、と言われて脱帽敬礼で返した。


 オートマタはレプリカントと違って「人の記憶を持たない」ヒューマノイドロボットだから、動きが機械的で無駄がない。人の形をとっているが人工皮膚すらまとっていないラバーのボディ。頭部に三文字、ヘブライ語で「真理エメス」と装飾されている。ユダヤ教のゴーレムにあやかっているのだろう。すれ違うオートマタはすべて同じ形、違いは胸部と背部にある六桁の識別番号のみ。

 のは、みていると気持ち悪くなってきそうで、少し目をそらす。自身もそうなったのだとわかっていても、これとは違うと思いたかった。

 部隊配備されると、システム登録のために基地のマザーコンピュータに有線接続を行わなければいけない。そのため、基地最深部に向かっている道中についでだからと生活動線の説明も受けた。


「ここがマザーコンピュータ、パンドラボックスのメインルームです。といっても床と壁に埋め込まれているので、この部屋自体がパンドラボックスでもあります。滅多に用はないと思いますが、有線接続が行えるのはこの部屋のみですので覚えておいてください」


 オートマタの中世的な声で促され、コードを後ろ首のうなじに刺す。抵抗感。


 [ようこそ、私はPANDRA'sパンドラ BOXボックス。あなたは今から私の手足であり、耳目であり、子どもになります。私はあなたのゆりかごで、母親です。あなたを歓迎します。良い夢を]


 正直、できの悪い翻訳機みたいだなとおもった。というか良い夢をってなんだ。今の状況が悪夢だ。

 繋がれたのは3秒程度で、それで登録は終わった。個別認識登録だけでなく部隊や施設情報や新規機能概要までぶちこまれ、かなりの量があって、すこしくらくらする。冗談じゃなくショートするかと思った。せめて通信速度落としてほしい。


 これでこの施設内での不自由はなくなるという。基地内のマップ表示機能や通信機能などが付随され、たしかに便利になった。まだ若干慣れていなくて気持ち悪いが。

 レプリカント同士の思念通話が行えて、音声会話をしなくていいというのは楽だ。特に戦場やあの輸送機みたいな騒音の中ではかなり重宝するだろう。実際に使用するのは戦場に出てからだろうが、何度か練習して使い熟せるようになっておきたいものだ。


 オートマタはここまでの案内のようで、そこからは別行動となった。

 すでに行動予定表が通信機能で送られてきており、18時まで自由行動となっている。それからレセプションと食事会だ。17時45分には食堂へ着くよう赴いた方がいいだろう。食堂内も確認したい。


 てっきり別行動になると思ったのだが、S-5は一緒に基地内を見回った。というか、勝手についてきた。

 少し後ろをついて歩かれる。視界を塞がれないのはうれしいが、常に背後だと気になって仕方ない。意識が後ろに引っ張られている。


「アンタ、いつまでついてくるんだ。気が散る」

「オレはアルのためにいるつもりなんだけど。配属直後の新入りが案内役も連れないでいろいろ見て回ってたら、不審に思われるかもしれねえだろ。いつもこんなことしてんの、配属先で」

「必要だと思っているから行っている。それにフレンドリーファイアがないようにマザーコンピュータに登録したんだろ。もうすでに俺の情報が閲覧されたのを確認した、顔を知っているものもいるだろう。アンタこそシステムをなんだとおもっている」

「システムに登録されたって、心理的な配慮が必要じゃねえのかって話だ。新人にいろいろ漁られて良い気がする奴なんていねえだろ。基地内のマップが開くようになったのに、何がそんなに必要なんだ?」

「施設内のマップがあるのは助かるが、どこになにがあるのか実際に見ておかないと気が済まない。それにこの体での戦闘経験がない。不測の事態に備えて常に警戒しておくべきだと思うが?アンタが別についてくる必要はない、顔見せの前に挨拶回りしているだけだ」


 基地内のマップがあるなら迷わないで済むが、目で見ておきたい。PBパンドラボックスと接続したときに、深く潜れば施設内監視カメラのリアルタイム映像で確認できることはわかった。だがそれで済ましてしまうと、いざという時に距離感や空間把握が間に合わない可能性がある。それに、生活する場所はすべて確認したい。


「慎重すぎるね」


 それはわたしも同感だが、アルベリヒの記憶ではいつもこうしていた。アルベリヒはゲリラ戦も得意だが、それでも用心深く周到に準備する癖をつけていた。几帳面というか、すこし神経質なように思える。ゲームの印象だともう少し悠然と構えていたように見えたのだが。


 だがこの入念な確認と細心の注意を払う警戒心の強さは、“わたし”にはちょうどいいように思えた。

 ここにはK-2がいる。彼は自分の若い頃と“わたし”の差異を見つけ、指摘してくるかもしれない。

 それに、アルベリヒは軍人でも“わたし”は一般市民だったから、そういう意識の違いが出てしまう可能性がある。今はアルベリヒの記憶に判断を委ねているが、とっさの行動までアルベリヒに似せられる自信がない。ただアルベリヒに成り代わっただけならともかく、この身体はアルベリヒに似せただけの機械なのだから、感覚や経験は全くないのだ。つまり、身体が覚えた無意識の癖がない。“わたし”がアルベリヒじゃないと知れれば、わたしはきっと破棄されるだろう。そう簡単に死にたくない。


「……これか、コクーン」


 足を止めたのは、用意された自分の寝泊まりする部屋だった。ふつうのパイプベッドと移動式クローク、ライトのついたデスクとキャスターがついたワークチェア。デスクの隣には金庫があった。それとは別に、楕円状の大きな繭。

 重度の損傷で修復を受ける以外は定期的にこの繭に入らなければいけない。そのままコクーンと呼ばれているらしいこれは、ゲーム公式の設定であって気になっていた。


「うへえ、こんなのに浸かるのか?」

「研究所にもあっただろう」

「オレ使ってない、データは有線で送った。おまえは?」

「何度か。悪くなかった」


 皮膚とおなじ温度に保たれた、特殊な液体にぷかぷかと浮いて眠るのだ。マスクと耳栓を着用して完全に沈むが、中空に浮いている感覚になる。完全に遮音された環境と、アクリルガラスの中から見る屈折した景色はおもしろい。


 時間を確認すると、そろそろ食堂へ行った方が良さそうだ。距離的にここから歩いて10分程度になる。

 ある程度確認し終えたこともあり、無言で部屋を出るとやはりS-5もついてきた。同じことに思い至ったのか、それともただ付いて回るだけなのかわからないが。

 結局、なんだかんだ言ってサマースキルは全ての行程を同じくした。


 

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