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あれから、ずっと考えている。
Hangover from The Last Orderというのが、あのゲームの正式名称だった。時は2300年、五度の世界大戦を越え、文明の過渡期を越え、増えすぎた人類は減少の一途をたどるようになる。プレイヤーは基地司令となり、レプリカントとよばれるアルファベットと数字で管理されたヒューマノイドロボットを指揮して、焦土と化した北半球の大陸にはびこる異形のモンスターを屠っていくというカード形式に近い戦略シミュレーションだ。ちなみにブラウザゲームだった。
レプリカントはおおまかに6つに分けられ、男性体と女性体、少年、青年、老年と年齢に区分される。全26種のレプリカントはそのほとんどが少年体として登場したが、中には成長した姿の老年体になったレプリカントもいた。そこで、同じアルファベットのレプリカントは同じ人物の
レプリカントはそれぞれ装備できる武器が区分によって違い、装備の補充手段は出撃して敵部隊に勝利したときや偵察といった戦闘のない時間経過制の任務の成功報酬、あとはノルマ達成で本部とよばれる運営からもらえる物資から作成する。物資はレプリカントの修理や作成にも使われた。作成されたレプリカントがダブったら、補強に使うと能力値が上がるんだっけ。
そうだ、同じ部隊に特定のキャラクターを組み込んで特定の戦場へ出撃させると、出撃前にキャラクター同士での会話が発生するイベントがあった。K-12にインプットされた記憶を回想してみるが、たしかに彼らのセリフと合致する。アルベリヒ・エル・キングスレイヴこそ、K-12で間違いない。
だが、自分のものだというのはどうしても薄い。なにせ「わたし」の記憶は別にあるのだから。プロテクト処理をしてしまえば外部管制にバレてしまうから、こうして思うしかできない。思考制御中ならともかく、輸送中の今なら外部管制からは外れている。遠隔地での記録管理は録音と視覚情報の録画だけだったはず、というのもゲーム知識だからどこまで信用できるか怪しい。
それにしても、K-12は途中参戦だったとはいえ、そんなに珍しい機体ではないはずなんだが、なぜあんなにもラボコートを着た人たちに喜ばれたんだろう。あれか?最初の一機とか、そういう。
たしか、K-12以前のKシリーズは老年体のK-2を除いて全部失敗作だったという設定があったはずだ。アルベリヒはその生涯にわたって長期的で危険な任務が多く、下手な時期に年齢設定をすると混乱して自壊するということが多かった、と。これも記憶と一致する。K-12はやっと上手くいった貴重な例で、24歳10ヶ月の、次の任務までの準備期間で束の間の休息中だった記憶で途切れている。
しかしこうなってみて思うが、ゲームがリリースされてからしばらくして囁かれ始めた、人間の一生をサルベージしてヒューマノイドロボットにしたんじゃないか、というのが本当だったのが笑えない。わたしがゲームをやり始めた時期にはもう主流の説だったが、18禁ゲームだからいいようなものの、倫理的な問題が山積みすぎると話題になった。
輸送機に揺られながら、眼下に広がる草木ひとつない大地を眺める。ひどくさびしく、そしてむなしい光景だった。輸送機内も無機質で息がつまる。
向かいに座っている、ゲームで同時期に投入されたレプリカントのS-5だけが色を持っていた。公式で太陽と謳われた男。
「外に面白いもんあったか?」
ヘッドマイク越しに話しかけられる。
同部隊に配属されているわけではないからか、まだテレパスが使えない。プロペラから発生する音がこんなにうるさいなんて知らなかった。轟音の合間に聞こえたヘッドフォンの音声は、それでも嬉々とした感情を伝えてくる。
「あるわけないだろ。こんな荒野にあるもんなんて、廃墟とモンスターと死体だけだ」
「結構あるじゃねえか。何にもないよりマシさ」
「……うるせえのは顔だけにしろ」
「ひっでえな!オレの顔のどこがうるせえんだよ!こんないいオトコ他にいねえだろ!?」
身振り手振りで主張するS-5に、少しうんざりした。よかった、感情まで記録されたシステムのおかげでアルベリヒの思考がきちんとトレースできている。こうなってから初めて顔を合わせたアルベリヒの顔見知りが、ゲームでも絡みのあったSシリーズというのも助かった。
Sシリーズのフィデリス・ノア・サマースキルとアルベリヒはちょうど
「存在からうるせえな、厚かましいにもほどがある」
「そこまで言わなくてもいいだろぉ。そりゃアルのおキレイな顔には負けるけどオレもそこそこイケてると思うんだけどなー、これでも結構もてるんだぜ?」
アル、と言われて一瞬誰のことを指したのかわからなかった。
「サマースキル、誰が愛称で呼んでいいと言った。せめてK-12と呼べ」
「オレとおまえの仲だろ?やっとこんなにオープンな会話ができるようになったんだ。せっかくだしアルもオレのことファーストネームで呼べよ」
「誰が呼ぶか……待て、アンタいつまで記憶がある」
「ええ?おまえと初めて一緒の任務ついて、いつもこんなくっそ長い任務なんてなかったから疲れたって言いながら休暇に入った時までだけど。まあ驚くよなあ、起きてみたら体が機械になってるしさ。それに、ほんとの体はとっくに死んで土の中だろ?意味わかんねえよ、でもほんとに戦争終わってんしさ。よく考えたらオレ、入営時に生体記録の同意書にサインしてるから、こうなっててもおかしくないんだよなあ」
なんだかまだわめいているが、まあ聞き流して問題なさそうだ。
焦った、確認不足で失態を犯すところだった。見た目も年齢にできるだけ合わせるようにしているからさほど外れていないと思ったが、記憶にある姿と変わらないからそう外れていないと推測していた。当たっていて良かった。
S-5だって状況は同じはずなのに、なんでこんなに明るく表情豊かで楽しそうなのか理解できない。元の人格が明るいのは知っているが、これは楽観的というんじゃないだろうか。眩しくて困る。
正直、アルベリヒとしてもわたしとしても、人間じゃなくなったことが受け入れられていない。ああ、だからKシリーズはあんなに機嫌が悪いのか。
「お話中失礼。S-5、K-12、5分後に目的地に到着します。準備を」
「了解」
「了解」
輸送機の副操縦席に座った研究員から無線が流れて、普通の兵士と同じように準備する。
視線を輸送機の外に向ければ、先程は見えなかった灰色の建築物が見えた。
初期サーバーだったUSA。サーバー名が全部国名の省略記号と同じだからそうじゃないかと思っていたけれど、やはり“わたし”の知るアメリカ合衆国だ。“わたし”の記憶にあった高層ビル群は崩れ落ち、とても人が住めるようには見えない。といっても、アルベリヒの記憶にもあったからほぼ確信していたが。
目覚めた日付から予想していたが、ゲームが現実になるとやはり精神的に辛くなる。
2318年10月17日、起動してから10日目の16時。奇しくもゲームのメンテナンス明け時間、つまり実装と同じ時刻に、わたしは最初の赴任地へ到着した。
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