Hangover from The Last Order
すぎざき涼子
1:Oneday,They were alive again.
1
機械音が定期的に小刻みに流れる室内は、スクリーンを叩く爪の音と機材につながれたコードがたまに、雑音で乱す。リノリウムの床は靴裏のゴムとときたま甲高い音を擦り上げ、ポリエステルの衣擦れは耳障りで、ひどくせわしい。
実験室の気温は常に一定に保たれている。セルシウスなら21度、ファーレンハイトなら70度。
中央に置かれた金属台の上、様々な管がつながれた上半身裸の男性体が寝かされている。
「K-12、起動します。五秒前、三、二、一」
ぴくりと動いた指先は少し角ばっているが整っていてかたちの良い爪で、長い指がそっと握るように丸くなる。ほどよく筋肉のついた胸が上下すると、腹筋も同様に動いていく。鼻梁は高くまっすぐで、それでいて小鼻はきれいにまとまっていた。白磁のような肌に産毛はきらきらとひかっていて、薄い唇は青ざめていたがだんだんと淡いバラ色に染まり、美しく色づく。身動ぎするのに合わせて額からさらりと流れた前髪がまぶたに触ると、生えそろった長いまつげがふるえた。
生気のない人形は、血が通ってはじめてヒトになる。銀色をまとった男が、その青と緑と入り混じった瞳を見せると、周囲に歓声がわいた。
「自発呼吸確認、経管外します。人工呼吸器切り替え用意」
「酸素濃度通常域です、脳波異常なし」
「意識確認します。K-12、自分が今どんな状況かわかりますか」
冷たい、金属でできたベッドのうえで、彼は
じわじわとしびれるような全身に血が巡る感覚がもどかしく、そして、
「あ……わ、たし、は」
わたしはK-12なんて名前じゃなかった。だけど、今は。
「わたしはK-12、戦闘用単独思考制御型自律駆動人形の実験体です。現在2318年、10月7日午前10時32分19秒。前回の起動実験で思考制御用神経接続の伝播に異常がみられたため実験を中止し、本日再起動実験となりました。ボディチェック、オールクリア。アルベリヒ・エル・キングスレイヴの記憶サルヴェージ、回廊処理、プロテクトできました。身体制御用神経コネクト、思考制御用神経コネクト、チェック、オールクリア。外部管制、戦闘訓練に移行できます」
K-12、アルベリヒ・エル・キングスレイヴという人間の男性体の十二番目の複製品。銀色のまつ毛に縁どられた、熱帯のサンゴ礁を閉じ込めたような瞳が印象的だった。一見するとつめたい容姿に反して苛烈な性格と強靭な肉体を持った、人間にしては規格外の戦闘能力を有していたあの男は、そう、うつくしくてプライドが高い、だけど性根は素直で、激情家だったけど、それも理由があって、わたしはそんな彼が好きだった。
ぞっとした。
なんだこの記憶は。
アルベリヒの記憶ならまだわかる。そしてアルベリヒの記憶はまだある。今、保護処理をした。あのおぞましい、欺瞞にあふれて、血にまみれた、死体だらけの記憶なら。そうじゃない。アルベリヒの記憶じゃない。この記憶は、今の意識は、誰なんだ。
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