第3話 抗え

「おおお?! んおおお!!」

 我流大輝は一枚の紙を見ながら固まっていた。丁度隣を通りがかった白鳥里香が様子を気にしてチラっと覗いてみると、彼が持っているのは今返されたテストの答案用紙である。

 しかし、上から下までの回答内容に対するバツの多さに、里香は珍しい物を発見したかのように凝視していた。

「に、二十五点…今回のテスト難しかったけど、今時小学生でもこんな点数取らないわ」

「うっ、うるせ!! たまたま今回はマトが外れただけだ、数学は俺の苦手分野!!」

「自慢げにいうことか! 体育学科だから授業単位落としても専門学科で平均より上の点数取れば成績に赤点はつかないけど、来年進級する時点数足りなくなるよ?」

「大丈夫だ! 赤点がなんだ! 怖くもなんともねーや!」

 能天気に高笑いする我流大輝を見て、ため息交じりに肩を落とす白鳥里香であった。ふと、教室奥の席辺りにいる生徒達の話声がザワザワと騒ぎ始める。

 気になった大輝は輪の中心にいる北浦のところへ駆け寄っていく。

「どした、なんか面白ことでもあったのか!」

「最近駅改装しただろ、その中に食べ物屋が何件か入ったらしいからテスト終わりの祝いに皆で食べに行こうかって話をしていたのだ。丁度全部活も顧問が研修に出かけていて休みだからな」

「おお!! 行こうぜ!!」

「まって。駅でしょ? 今日の朝駅の近くで銀行強盗があって、今も犯人が逃走中だし危ないんじゃない?」

「そんな漫画みたいに出くわすことはねーよ」

「決まりだ、鈴木もどうだ?」

 北浦は窓際の席に座っている女子生徒に声をかけた。肩まで伸びたショートボブで頬はこけていて目もうつろ気味で幸が薄そうな雰囲気を纏っている。ゆらりとこちらを振り向く女子生徒鈴木は席を立つと、生徒達が集まっている輪の外側を通り過ぎざまに、遠慮しとく、と呟くように言葉を残し教室を後にした。

 出て行くのを見ていた他の女子生徒が小さく舌打ちする。

「秀才様は凡人と付き合えない食らい忙しいってね」

「おい、やめとけ…。あぁ見えて鈴木はいいやつなのだよ」

「知らないわけじゃないだろ。鈴木がどんな風に見られているか」

「あん、どういうことだ?」

 我流は北浦の隣に座っているパンチパーマの男子生徒村上に目を向ける。

「高校一年の時に、親泣かせて高い学校来させてもらっているくせにロクに成績も上げられないバカばっかり連中ばかりしかないと豪語したんだ。加えてキッパリ言う性格だから尚更拍車がかかって、成績は良く学年では常に一位で先生からの受けもいいがお高く止まっているだけの性格が悪い女として見られるようになったのさ」

「ほえー」

「家も父親が医者と母親が弁護士ってエリート家族で、えらく厳しいらしいぜ。弟もいるが裕福な家のお坊ちゃましか通えない学校に通わせているらしい」

「ふーん…なんか面倒くさそうだな」

 顔が動くたびにプルンプルンっとしなやかに震動する村上のリーゼントの先端の動きを目で追いながら、我流大輝はパックの野菜ジュースとストローで静かに飲むのであった。

 5時間目の休み時間の一間である。







「うっぷ……もう食えね」

 制服の前ボタン全部開けて少し張っているお腹をさすりながら、我流大輝は帰宅の途についていた。放課後北浦達に誘われて訪れた朝日が丘駅改装後2階に出来た新しい飲食店で評判となっている3人前ジャンボメガ盛りかつ丼を他の男子3人と早食い競争し勝利したのはいいが、満足感と同時に来る吐き気と格闘していたのが先程までのハイライトである。

「カツ美味しかったなぁ。皮サクサクで中の肉が厚みあって…また食べにいきてぇなぁ、ん?」

 防音シートが張り巡らされた工事現場の前に差し掛かると、前を歩く同じ朝日が丘高校の制服を着た女性の後ろ姿が目に入った。腰まで伸びた髪は風に靡き華奢な体格でスカートから伸びるか弱い足は細く色白で、その後姿には見覚えがある。

「お、鈴木だ。おー…」

 声をかけようとした我流大輝だが、曲がり角から出てきた少年が鈴木に駆け寄るのを見て咄嗟に止める。黒いランドセルを背負っており少し距離が離れて内容は聞こえないが身ぶり手ぶりで何か話している少年に対して小さく肩を震わせ笑う鈴木は教室で見たことない表情だ。

「なんだ、笑えんじゃねーか」

 見ていた大輝も思わず口元がほころぶ。

 次の瞬間、遥か頭上で金属同士のぶつかる音が飛んできた。振り向くと、長さ約5メートルほどの分厚い鉄骨が4本折り重なり鈴木と少年のいる場所目がけて落ちてくる。

「なっ、ちぃっ!!」

 背に手を回す大輝は布を取り振り抜き魔神の剣片手に黒から白へ伸び変わる長い髪を靡かせアスファルトを蹴って飛び出す。

 鈴木と少年の真上に降り注ぐ鉄骨に一閃。真っ二つになった鉄骨は、鈴木と少年の左右にガゴォンっと鈍い音を立てながら落ち土煙が立ちあがる。

「あぶねぇ、なんで急にこんな物が……あっ。大丈夫か?! 怪我ねぇか!?」

 工事現場を見上げた後に大輝は体を屈ませ鈴木と少年の顔を覗き込む。しかし、目が合った鈴木は尻もちついて後ずさりし距離を取る。異常な拒否反応に困惑の表情を浮かべる大輝が歩み寄ろうとすると、鈴木は少年の手を取りまるで化け物から逃げるように慌てて走り去って行ってしまった。

 一人取り残された大輝は、近くにある地域掲示板のガラス扉に映る今の自分の姿に眉を顰める。

「……しょうがないよな、ん?」

 大輝は足元に手帳らしきものが落ちていることに気づく。表面には金色の装飾で“朝日が丘高等学校生徒証明書”と書かれている。

「うちの学校の生徒手帳か。そいや俺貰ってないなぁ、無くても困りはしないけど」

 拾い上げ折りたたみ式になっている生徒手帳を開けてみると一枚の紙が出てきた。アスファルトに落ちる前にキャッチした大輝は紙切れをくるくる回し、開ける。

「…届にいってやるか」






 あの後音を聞きつけた近所の人達がやってきたので、慌てて工事現場を後にした我流大輝は生徒手帳に書かれた住所を頼りに閑静な住宅街へやってきた。

 道路沿いに並ぶ住宅の表札を一個一個確認しながら歩いていると、鈴木の名前を発見した大輝はその後ろに聳え立つ家の外観に目を見開く。

「な、なんじゃこりゃ?!」

 テニスコート4面分程ある芝生が敷き詰められた広い庭には25メートルプールや白で統一された高級感あふれるカフェテラスにバスケットコート、赤や紫などの花で彩られた花畑。車庫には最近発売したばかりの新型プリウス3台に外車が2台止まっている。

 そして庭の後ろには外壁がシルク色の煉瓦に赤い屋根と外国風仕様となっている3階建ての大きな家が聳え立っていた。

「鈴木の家って、もしかしてすげぇ金持ち………?」

 大輝は恐る恐るアーチ状の門を潜ると、豪華な庭の雰囲気に押されながら見渡ししつつ玄関の前までやってくる。自分の背丈以上ある大きな扉の存在感にごくりと息を飲み扉の横にあるインターホンを指で押す。

 その時だ、扉の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。

「な、なんだ?!」

 大輝は咄嗟にインターホンから手を放し、近づいて耳を扉に当てる。

「またお前はほっつき歩きよって!! あんな学校の出来そこない連中と遊ぶことはない、時間の無駄だ!! お前はエリートなのだ!! 私の言うことだけを聞いていればいい!!」

「私だって、自由な時間がほしい…。毎日勉強ばっかりはイヤだ! もうこんなの嫌…」

「わがままをいうんじゃない!! 忘れたわけじゃないだろうなぁ…? お前は疫病神だ。一緒にいる奴は不幸な目に会う、過去にお前と一緒に居た友達や言い寄ってきた男共は皆酷い目にあっているじゃないか、中には死んだ奴もいる!! 親にさえ見捨てられたお前を拾ってやったのは、だれだ…? 私だろ!!」

「…」

「そんなお前に約束された将来のレールを敷いてやったのは誰だ? 裕福な生活を与えてやったのは誰だ? 今こうして学校に通えるのは誰のおかげだ? 血もつながってないのにここまでしてやっている恩義に泥を塗るのか!! このポンコツめが!!」

パァンっと乾いた音が扉の向こうから聞こえてきた。キッ、と大輝は奥歯を噛みしめる。

「今度盾ついてみろ。地下に張り付けにして監禁してやるからな!!」

その時。大輝は目を見開き、扉を蹴破って中に入った。

「おいテメェ!!! そんな言い方はねぇだろ!! それでも親か!!」

「あぁ? なんだァ、お前は」

 玄関に入ると、そこに居たのは壁に寄り添う形で蹲っている鈴木と、ふかふかのガウンにハマキを加えている太ったバーコード頭の男性だった。

「俺はこいつの友達だ!! さっきから聞いてりゃ酷いことばかりいいやがって!! 好んで疫病神になったやつがいるかよ!!!」

「何処の馬の骨とも分からん外野が、うちの家に突っ込まないで貰おうか!! 帰れ!!」

「帰らねぇ!! なんでコイツが学校で嫌われ者なのかも、態度が素っ気ないのかも、ようやくわかった…コイツが学校でどれだけ辛い思いしているのか知らないだろ!!!」

「あそこで得るものなど将来の何の役にもたたない。友達? 一時的なモノでしかない。時が経てば縁は薄れ会うこともない、その時だけの関係に時間を割くくらいなら将来性のある方に費やした方がよっぽど利口だ。そうじゃないかね?」

「現にコイツはそれを嫌だって言っているだろうが!! 都合のいいペットじゃねぇんだぞ!!! なにがエリートだ!! 何が約束された将来だ、くだらねぇ!! 自分の勝手な都合で娘を縛っているだけだろうが!! 娘はテメェのオモチャじゃねぇんだぞ!! やりたいことだって沢山ある!! 将来の夢もあるんだよ!!」

「実にくだらない。夢だ、希望だ…叶う保証など無いモノに人生を棒にだけだ!!」

「そんなもんやってみなきゃ分からねぇだろうが!! やらないで後悔するよりやって後悔した方が、よっぽどマシだと思うぜ俺ァ!!!」

「根拠のないものを信じることほど愚かなことはない!!」

「最初から根拠がないから抗って抗って追いかけるんだろうよ!! それが自分の好きなことなら尚更だ!!!」

「もうやめて!」

 鈴木は玄関から外へ飛び出して行った。

「あっ! おい!!」

 その後を追いかけて大輝は鈴木宅を後にする。






 閑静な住宅街からビル立ち並ぶ大通りに出た大輝は、辺りを見渡す。路肩の乗り場に停車しているバスに乗る鈴木を発見した大輝も走っていきドアが閉まる直前でバスに転がり込むように飛び乗った。

「ふぃー、間一髪」

 大輝は立ち上がると、窓際の席に座っている鈴木の隣にいく。

「ここ、座っていいか」

「え…が…いつ乗ってきたの?」

「今さっきだ、危うくドアに挟まれるところだった」

「そう…」

 素っ気ない態度の鈴木は頬杖付いて窓の外へ向く。しばらく二人は黙り込んだまま喋ることもなく、ただバスに揺られていた。車内には赤子連れの女性に学生服を着た女の子に猫背で俯いているスーツ姿の男や、黒いサングラスにマスクを掛けた男性しか乗っておらず静まり返っている。

 6個目のバス停を過ぎたあたりのことだった。

「凄かったよね、さっきの言い合い。しかも人の家の玄関でさ」

「あー、あはは…ついカっとなっちまった。見過ごせなかった…あっ、そうだ。これ届けに来たんだった」

 大輝は制服のポケットから取り出した鈴木の生徒手帳を、差し出す。

「…どこで」

「さっき工事現場の前で拾ったのだ。それとー…」

 その時、突然ガラスの割れる音が聞こえた。






音がした前の運転席方向に目を向けると黒い眼鏡にマスクを掛けた男性が拳銃を頭上に掲げながら立っていた。

「大人しくしろ!! 全員動くな!! おい、運転手。頭打ち抜かれたく無かったら言う通りにしろ、いいな?!」

 バスの運転手の頭を銃口で突く男性は、次にそれを乗客へ向ける。

「お前らもだ!! 俺は朝銀行で4人殺して気が立ってる…外部へ連絡したりする素振りを見せたら容赦なく撃ち殺す!! わかったな!!」

 真上に向けて発砲する男性。悲鳴と共に身を顰める乗客。車内は一瞬にして緊迫した状態となった。走り続けるバスはビル街を抜けて海岸沿いへと出た。

 隣で運転手の頭の銃を突きつける男性の示す先へ向かっているのだろう。誰もが身を頑なにして強張った表情で居る中、一人席から立ち上がり運転席へ向かう者が居た。

「あぁ? 座れ! 座らんとドタマ打ち抜くぞ!!」

「いやだ!!」

「だったら座れ!」

「それもやだ!!」

「おちょくいっていんのか、殺すぞ!! どのみちお前らは死ぬんだ…!! 五キロ先にある崖からバスと共に海の底へ真っ逆さまだ!! オレは人を殺した…もう逃げ場はねぇ。心中してもらうぜ!! ひゃっははははっはははははは!!」

 そんなのいやよ! っと赤ん坊連れの女性が立ちあがって叫ぶ。

 舌打ちする男性は咄嗟に銃を向け発砲。バスの座席裏に身を顰める女性。

 が、弾は飛んで来なかった。

「い、でぇ…!!」

 庇うように前で両腕を広げ立つ男が居た、大輝だ。肩から流れ出る血は学生服にしみ込み赤く染まる。しかし、痛みに顔を歪めながらも両腕は下ろさない。一歩、一歩と距離を詰める大輝とは逆に後ずさる男は震える手でトリガーを引く。

車内に響き渡る2回の銃声。座席裏に身をひそめる乗客。一発目は大輝の左太ももに命中し、もう一発は頬を掠める。深く蹲る大輝、バスの床に落ちる血痕。

しかし、大輝はゆらりと立ちあがり、男との距離を一歩ずつ詰めていく。その目は力強く、真っすぐである。

「ひぃ…くっ、来るな! 来るなぁ!!」

 次の瞬間、

 男の顔が真ん中で裂け、中から首長の目玉が飛び出す。体は膨らみ腕や足は岩のように強固な巨体へと変化し、バキバキと音を立てながら皮膚を突き破り現れた触手は管うねりながら現れた先端についている口は、涎を垂らしながら周囲へ撒き散らすように甲高い咆哮を放つ。

 先ほどまで普通だった男が異型な姿へと変わりバスは左右に揺れ、乗客の悲鳴が車内に響き渡る。

「堕神(おちがみ)だったのか?!」

墜神と化した男の右斜め上から振り下ろされる拳を真後ろに飛んで避ける大輝は、鈴木がいる座席のところまで下がる。立てかけて置いて魔神の剣を手に取り見えないようにかぶせて置いた布を振りほどく。

神を斬り裂き魔を滅することが出来るとされているその剣こそが、目の前にいる堕神に唯一対抗できる武器なのだ。一度握ると使い手は体が緑に発光し白く長い髪を、纏い瞳は金色に鋭く変化し口の中には鋭利な牙が生え、形相が険しく変化する。

「え…」

その我流大輝の変わりように乗客達や鈴木は目を丸め絶句。堕神の体から放たれる3本の触手は弾丸のごとく速さ。大輝は天井まで飛び上がり白く長い髪をなびかせ回避しやり過ごす。落下の速度に乗り真上から魔神の剣を振りおろし3本同時に切断。着地と同時に床を蹴って接近し、バスの窓枠やガラスを斬り裂きながら鋭い横一閃、水を喫り裂く肉音とともに堕神の左腕を斬り落とす。

 直後に体から飛び出す6本の触手に両腕と両足、胴体、首を締め付けられ宙に持ち上げられバスの天井や座席、ガラスや窓枠に当てながら振りまわさる大輝は床に激しく叩きつけられ吐血。触手の締め付けが強くなり、大輝の口からかすれたうめき声が漏れる。

「苦しいか…? ひと思いには殺さん、じわじわいたぶってから葬り去ってやる」

「へっ、痛くもかゆくもねーや!」

さらに締め付けが強まりミシミシときしむ音が鳴り出す。だが、大輝は片目を眇めながらもニヤリと笑っている。

その時だ。

走ってきた一人の男性が、堕神の体にしがみついた。猫背のサラリーマン男性だ。腰を落とし、間の抜けた叫び声を出しながら後ろに押そうと片足を延ばして踏ん張っている。

「なっ…何やってんだ!! あぶねぇって!!」

「あはは…若い子が頑張っているのに大人が隠れているわけにはいかないでしょ! それに君を見ていたら、30社受けて全部落ちたことなんて小さく思えてきてね」

「小癪なまね、ぐっ?! なんだ…?」

 堕神の体にボールが当たった。飛んできた方向をみると、女子学生二人がソフトボールを片手に持ち身構えている。堕神と目が合い身を後ろに引く強張った表情の女子学生二人だが手に持っているボールを同時に投球。一個は堕神の目玉に直撃し、一個は胸に直撃する。

その瞬間、締め付けが緩み大輝は魔神の剣で体にまとわりついている触手を斬り裂き脱出。堕神と距離を取ってから床を蹴って一気に詰め寄り魔神の剣を突き出す。ザクンっと腹部に突き刺さり態勢を担ぐように持ち変え剣を思い切り振り下ろす。

真っ二つに切断された堕神は左右に倒れ、黒い塵となって静かに消え去ったのであった。

ガキィンっと魔神の剣を床に突き立てる大輝は両膝をつき座り込む。

「だ、大丈夫?!」

「ぢょっど無茶しすぎだ…けど平気」

左太股と肩から流れ出る血はポトポトと床に落ちる。近づいてきた猫背のサラリーマン男性が、大輝の制服の腕裾をまくりあげた。

「君。腕が青白く変色してるじゃないか…もしや、さっきので全身の骨が」

「大丈夫だって」

「一応これでも医者なんだ。隠してもわかる、これは骨折ってレベルじゃな―…」

「ああああああ!!」

 突然運転席から悲鳴が飛んできた。

「どうした?!」

「バスが…止まらない…!!」

「なんだと?!」

 立ちあがった大輝は足を引きずりながら運転席へ向かうと、スピードメーターは既に80キロにまで達していた。運転手はブレーキを踏んでおりギアレバーも動かし必死に止めようとしているが、流れる景色が段々と早くなりバスのスピードが落ちている様子はない。

「ま…まさか」

―このままでは終わらさない。貴様らもろとも俺と心中してもらうぞ!!

「この声はさっきの…バスに取り付きやがったのか!!」

「まずい…崖まで一キロもないぞ…どうすれば…」

「…手はある」

大輝はジャギン、っと魔神の剣を構える。

「これでバスを止める!!」

「無茶だぁ! 何をするか知らないがッこんな猛スピードで無茶にも程がある! やめとけ!」

 運転手の言葉も聞かず大輝は運転席を離れると車体の真ん中あたりに立った。

「どの道何もしなくても皆死ぬんだ!! だったら最後まで出来るをやるまでだ!!」

大輝は魔神の剣を逆手に持ち変え、真上に掲げる。体を大きく反り後ろまで引っ張り、背筋のバネを生かし魔神の剣を勢いよく振りおろす。

バゴォン!! 床を貫通し、そのまま真下のアスファルトに到達。しかし、バスは止まることなく速度を上げる。

「とぉおおおおおおまぁああああああ…れぇぇええええええああああああ!!!!」

叫ぶ大輝の肩と左太股から血が噴き出す。ミシミシと軋む音が加速する。だが、大輝は魔神の剣を離さず、ぐっと柄を握り締める。

「諦めなよ…」

「ヤダ!!」

「もういいよ! 無理だよ! 死ぬ覚悟はできたから!諦めよよう!」

「無理じゃねぇ!! 諦めんな!!」

「助からないよ!」

「やってみなきゃわからんねぇ!!」

「なんで!! どうしてそこまで一生懸命になれるの!! 頑張ったって無理なものは無理だよ!! 現実みなよ!! 世の中にはどうしたって叶えられないことなんてたくさんある!! これもその一つなんだよ!!」

「んなんで最初から無理と諦めていたら何も出来ねぇだろうが!! そっちのほうがよっぽど逃げているぜ!! 一つでも可能性があるなら!! 俺は…それに掛ける!! 例えそれがすげぇ困難な道でも俺は絶対に諦めない!!  わかったかッ鈴木!!」

 ブハッ、と吐血する大輝は腹の底から雄たけびを上げる。しかし、山沿いの道を走っていたバスは立ち入り禁止の看板を突き破り廃止され今は使われていない旧道に入った。

 枝や木にぶつかり運転席の窓ガラスが割れミラーが吹き飛び、車体の傷をつけながら茂みの中を突っ切るバスに夕日が差し込む。

―がっはっはははは! もうじき海だ! 仲良くそこでおっちんじまいなァ!!!

「まだだ!! まだ諦めんぞ!!」

「微力ながら力に!」

 必死に食らいつく大輝に、女子学生二人が寄り添い一緒に魔神の剣を握る。次に猫背のサラリーマン男性が、最後は子連れの女性も。

「おっしゃああああ!! とめるぞっ!!」

だが、鈴木は遠目で見ているだけだった。


わたしは―………。


助かる余地もないのに、頑張ったってしょうがないのに。今さら何になるっていうの…ばかばかしい。なのに…何故か我流の言葉が頭の中でちらつく。

でも、正直現実味がないし、このまま死ぬんだ…………。



”んなんで最初から無理と諦めていたら何も出来ねぇだろうが!! そっちのほうがよっぽど逃げているぜ!!”



 大輝の手に重ねる形で鈴木は魔神の剣を掴む。

「え…?」

「わたしも、逃げるのはやめにした」

車内に真っ赤な光が差し込む。バスは茂みを抜け、広い場所に出た。その先に道はなく海が広がっている。

ふと、景色の流れる速度がゆるくなっていく。

ーなんだとぉ?! どういうことだ!

「このスピードならなら飛び降りる事が出来る!! 皆早く外へ出るんだ!!」

「君はどうする?!」

「止めとかないとまた早く走りだしてしまう!! いいから早く!! 運転手もだ!!」

 大輝の指示にためらう乗客たちだが、力強く頷くとバス後方の扉を開け子連れの女性は猫背のサラリーマンと。

 女子学生は二人で、そしてバスの運転手と次々に飛び降りて行った。

「鈴木も早くいけ!」

「我流はどうするの!?」

「ギリギリまで止めておく!!」

「一緒に!」

「馬鹿!! 助からなくなるだろ!! いいからいけ!! それと…」

「なに!」

「美容師になりたいんだろ!! 夢、諦めるなよ!!」

「え…」

「生徒手帳に挟まっていたメモ書き見ちまった!! 髪のとかし方とかヘアメイクとか、すげぇ細かく書いてあった!!」

「あ…」

「今度一緒に昼休み、弁当食おうぜ!!」

「……………………うん!」

「おら、いけ!!」

 力強く頷く鈴木は大輝に押され、後ろの出入り口からバスを飛び下りた。

 岩場に転がり落ちる鈴木は体を強く打ち付けるもすぐに立ち上がる。剣も持つ青年を乗せたバスは崖を超え、真っ赤な夕焼け空へ飛び出す。そして宙を舞うバスに光の筋が走り車体は真っ二つに割れ、そのまま海へ真っ逆さまに落ちて行く。

崖のところに駆け寄る乗客達や鈴木。 ドパァンっという大きな水柱を立ちあげながら、長い道のりを猛スピードで激走した暴走バスは今、静かに朝日が丘湾の底へと沈んでいったのであった。







バスジャック事件から数日後の、とある昼休み。

我流大輝と白鳥里香はいつものように、屋上にいた。コンビニのおにぎりやフライドチキンとお財布にも優しい品ぞろえな大輝に対して、可愛い鳥の形をしている弁当箱に敷き詰められた華やかなおかずの数々やふりかけが掛ったご飯に味噌汁と、一人暮らしと実家暮らしの差がにじみ出ている昼食となっていた。

特に付き合っているわけでもなく、二人で屋上で食べるのが最近の日課にりつつある。

「その唐揚げうまそうだな…」

「お母さんの手作りよ」

そういって里香は弁当から唐揚げを箸でつかむと、大輝の口元に持っていく。パクっと加えてモグモグと食べる大輝は、さらに里香の弁当をマジマジを見つめる。

「毎日そんなに物珍しそうに見るなら、私が作りに行ってあげようか?」

「え、いやいいよ。そこまでしてもらうのは悪い」

「毎日コンビニの食べ物じゃ、いつか体調崩すよ。傷の治りも早くならないし」

「魔神の剣握っていれば問題ねぇ。ただ、今回のはちょっと無茶しすぎて深かっただけだ!」

 勢いよくおにぎりにかぶりつく大輝の頬の傷や両手の指先まで巻かれた包帯を見て、目を細める。何日前に朝日が丘市内で起きた銀行強盗の犯人がバスジャックをした事件が発生した際に、そのバスを偶然見かけた数名の目撃者によると、暴走するバスの中で大きな剣らしきものを振りまわしている白く長い髪の人物と見たことない怪物っぽいのとにらみ合っている話がチラホラ上がっている。

 そして、里香は目撃された片割れの正体を知っていた。今も大輝が傍らに置いてる布でまかれたその中身は魔神の剣と呼び、堕神という謎の化け物を唯一倒すことができる武器らしく一度使うと容姿が変化する。普段とはガラリと変わるので知り合いに見つかっても正体がばれることはないが、毎回のように傷だらけになって翌日学校に現れる彼を里香は少なからず何回か見ていた。

 しかし、里香はあえて深くは何も言わない。

「一緒にいいかしら」

 食事をしている二人の元に、一人の女子生徒がやってきた。

「お、鈴木。おうよ、一緒に食おうぜ」

横にずれて場所を譲った大輝の隣に座る鈴木。普段は一人で食べていることが多い彼女が自分から輪に入ってきたことに、里香は驚きの表情を隠せない。

手に持っている風呂敷をほどき弁当箱を開けると、ハンバーグにウィンナーにかまぼこ、ゼリーにご飯は日の丸と平凡な内容だった。

しばらく何もしゃべらないでそれぞれの昼食をする3人。

ふと、その気まずいが重くもない静寂を破ったのは鈴木だった。

「ありがとう」

「え?」

「決心がついた。家の出ることにした」

「そうか! 美容師に?」

「うん…今から進路変更は厳しいけど、なんとかやってみる」

「へへっ、そうか。大変だろうけど踏ん張るんだぞ!」

「…うん」

力強くうなづく鈴木に、ニカっと笑う大輝。

その二人のやり取りの内容をイマイチ理解してない里香は不思議そうに首を傾げる。









「ところで……二人は付き合ってるの?」

「ブーーーーーーーー!??!」

「ほえ? つきあってねーけど」

「そそそそそそそうよ! 友達っ、そう私達は友達よ!」

「じゃあさ、我流。わたしと付き合わない?」

「は、はぁあああああああ?!」

「んお。なんで俺?」

「あっはははは、冗談だよっ。それにしても白鳥さん…凄くきょどってるわよ?」

「きゃ、きょ、きょどってなんかないから!! ちょっと喉に唐揚げ詰まっただけだから!!」

必死に否定する里香をポカーンとみている大輝。

そんな二人を見てクスクス笑う鈴木は、快晴の空を見上げる。


「わたしも、捨てたもんじゃないわね…・」

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