第2話 時を超えて

傷だらけのランドセル、傷だらけの手足、泥で汚れた服。泣きじゃくりながら通学路を一人あるく少女の顔には無数の痣があった。

これは、遠い日に過ぎ去った幼き頃の記憶の一部に過ぎない。

「また虐められたのか」

後ろから聞こえた声に振り向くと、一人の少年が立っていた。目つきは悪く、トレードマークは鼻の絆創膏。

少女は震える声で少年の名を呼ぶ。

「―…。」

「なんだよ」

「それ、どうしたの?」

指摘された少年は目を横に反らし眉を顰める。顔中殴られたような痣が沢山あり瞼の上には大きなたんこぶが出来ていて片方の目は半開き状態、鼻の周りは血を拭った跡が残っている。

「ちょっと中学生に絡まれてよ。喧嘩してきた!」

ニカっと笑顔を見せる少年は少女の手を取った。

「一緒に帰るぞ」

「…うん」

そのぶっきら棒な振る舞いに、少女は少しだけ微笑みを溢す。夕焼けの河川敷、二人で手を繋いで帰った遠い日の記憶はやがて白い風景の中へと消えていき、遠くから鳥のさえずりが聞こえてくるのであった。




 午前7時24分。

白鳥里香は居間で食事を取りながら茫然としていた。

「顔色悪いみたいだけど大丈夫?」

 食事が並ぶテーブルを挟んだ対面から覗きこんでくる母:マコの顔がぼやけていた視界にはいってきたことに気づき、里香は反射的に我へ返りビクッと後づさった。

その娘の異様な反応にマコは何かを悟ったかのようなに、口元をニヤニヤさせる。

「ははーん…さては気になる男子でも出来た?」

「ち、違うから! 小学校の頃の夢だけど、出てきた子のこと思い出そうとしているけど出てこなくて」

「男の子?」

「うん。鼻に絆創膏付けていて、目つきの悪い」

と、言いかけたところで居間のテレビのニュースをチラっと見た里香は4月22日と画面左上に表示されている日付に目を丸める。

「しまった! 今日は生徒会の朝会議あるの忘れてた!! いってきます!!」

「え、あっ…」

テーブルの上にある食パンだけを掻っ攫い玄関へ走っていく娘の後ろ姿に呆れ混じりのため息を溢すマコは、やれやれと言わんばかりに口元を綻ばせながらコーヒーを一口。

「…ん、そういえば居たわね。あの子が小学生の時、鼻に絆創膏をつけて目つきが悪い男の子」



「いったぞ、我流!!」

 コートの隅から回ってきたパスを受け取る大輝は、ドリブルをしながらゴール下に突っ込む。途中3人のディフェンス陣が行く手を阻むも1人目を左右に揺さぶってからフェイントで右にかわす。2人目は股の下にボールをワンドリブルで潜らせやり過ごし、3人目の前に行くとボールを高々と真上に放り投げる。同時に我流大輝も飛び上がり、空中でボールをキャッチしてそのままゴールにダゴォンっと盛大な音を響かせながらダンクを叩きこむ。

審判をしていた担当教員やコートに立っていた生徒達、別のコートでバレーをしていた数人の女子達は大輝のプレーに呑まれ静まり返っていた。

ピッ、というタイマーの音と共にコートにいる生徒と外野に居る生徒達のメンバーチェンジが行われる。2時間目の体育の授業では、男子4チームあるうち2チームが試合をし、点数の多かったチームが勝ちで決勝と言うトーナメント方式のバスケ試合をやっているのだ。

「お疲れ」

体育館の隅に転がり込むように座る我流大輝に歩み寄る一人の男子生徒はタオルを差し出す。現代っ子には珍しい前髪を切りそろえた河童ヘアーに伊達メガネをかけけた陰気なキャラ要素が揃った容姿だが、体つきはラグビー部に所属しているので胸板は厚く腕や腰回りも太く足もたくましい。

北村雄介(きたむらゆうすけ)は我流大輝と同じ3年B組のクラスメイトだ。

「愛知の学校でバスケやってたのか?」

「部活入ってねぇよ。帰宅部」

もらったタオルで汗をぬぐう大輝は肩にかけ、ふぅーっと息を吐く。

「意外だな、その運動神経なら何処でも通用すると思うが」

不思議そうに北村は中指でメガネを押し上げる。

「運動は好きだけど縛られるのは嫌なんだ。自由にやるのが好きだから」

遠い目で昔を思い出す大輝。愛知の高校に居た時、一時期サッカー部に所属していたが上下関係を利用した先輩全員からの後輩への圧力ある命令という名のイジメと、見て見ぬふりの顧問の態度に頭に来て部員全員部室へ呼び出し一人残らず再起不能にした経歴がある。

以降部活という組織には、良い印象を持っていないのだ。

そんな愛知時代の高校生活を思い出しながら向こうとこちらの体育館の広さを見比べていると、隣のコートで女子がバレーの試合をしているのが目に入った。

バックからトスで上がったボール目掛けポニーテールを靡かせ走る白鳥里香は、周りに高貴なキラキラを纏っていてもおかしくない綺麗なフォームで飛び上がる。ボォン!! っというボールをたたく音共に放たれたスマッシュは鋭い傾斜で相手方のコートへ飛び込む。後ろの女子生徒がダイブで拾いに行くが一歩及ばず、ギリギリ線の内側に入りブザーがなった。

その活躍を見ていたのかバスケ側のコートで出番待ちしている男子も群れがこぞって男臭い歓声を上げるのに、大輝の表情が引き攣る。

「可愛いよな、白鳥」

「は…? 可愛いか?」

「何言ってんだ、この学校のマドンナだぞ。横を通り過ぎれば振り返らない男子は殆んどいない。容姿端麗で成績優秀のスポーツ万能で今年は生徒会という大役を任されたことで、更に磨きがかかった。学校中の男子が憧れる注目の的だぞ?」

北村は右こぶしを握り締め熱く語っているが、大輝にはその魅力が分からず適当な返事で流しながら数日前の出来事を思い出していた。

蜘蛛の姿をした堕神を倒した後、変化した姿や魔神の剣を見られてしまったので仕方なく事情を説明したところ信じられないが、理解はしてくれたようだった。そりゃ当然だ、アニメや漫画の世界じゃあるまいしと一般人は笑い話にとって終わるが、現に白鳥里香は目の前でフィクションのようなノーフィクションの出来事を実際に体験したので冗談話で済ますことは出来ない。

しかし、その後である。

白鳥里香から言わない代わりの代償として、とあることを課せられたのだった。

「けっ、なにがマドンナだっ。腹黒女の間違いじゃねーのか」

一人毒を吐いているとコートにいる白鳥里香と目が合う。向こうは何を思ったのかウィンクしてくるが大輝は全力で無視しそっぽ向く。

ふと、視線の先に、綺麗な内装の体育館とは異なる一昔前っぽい扉が目に入った。長年放置しているのか表面には錆がびっしりついており、入り口には絶対に入るんじゃないと言わんばかりに板でバツ印に封鎖され鎖でがっちり閉じてある。

「あの扉使ってないのか?」

「あれは開かずの体育館倉庫だ。この倉庫には死んだ女子生徒の霊が住み着いているらしく、除霊をしてもらったが効果はなかった。取り壊そうとしても業者が大怪我したとかで作業が進まず、仕方なく放置という形で開かずの体育倉庫と呼ばれるようになったのさ」

「へー、呪われた倉庫ってわけか」

「この学校の七不思議のひとつさ。他にも、深夜の校庭で聞こえる機関銃とか、音楽室の肖像画のベートーベンが夜中一人でピアノ引いているのとか、いろんな怪談話があるぞ」

そうこう話していると、ピッピーっというタイマーの音が鳴りチームの順番が回ってきた我流と北村は再びコートへ戻った。

しかし、二人は気づいていない。

開かずの倉庫の扉の、わずかな隙間から覗く視線に…。



…タス、ケ…テ…






「ほら、持ってきたぞ。先生から頼まれた生徒会の資料、っと」

生徒会室に入ってきた我流大輝は生徒会長専用机の上に山積みの紙の束をドサっと置いた。

「ありがとう、助かったわ~」

「へーへーどーうも!!」

キラキラオーラを纏う満面の笑みの白鳥里香に対して、大輝はムスっとなる。蜘蛛の化け物が出た時、魔神の剣と、それを扱っている時の変化した自分の姿を見られた大輝は白鳥里香に他言無用しないでくれと頼み、彼女自身も詳しい事情は知らないが了承してくれたのである。

だが、それからというもの何かしら身の回りの雑務を地味に手伝わされているのであった。

「人の秘密を握っているのって、なんて気持ちがいいのかしら!」

「くっそ…何がマドンナだ。何処かマドンナだ、ただの腹黒い女じゃねぇか…!」

「何か言った?」

「いいえ! なんでも!!」

ドカっと椅子に腰かけ頬杖をつく大輝はいつか仕返ししてやるからなと、心の中で小さく誓ったのであった。

生徒会長専用の椅子に腰かけた里香が山積みの資料を手に取り作業し始めたのを見て、我流大輝も暇つぶし部屋の中を見渡し始めた。

出入り口のドア横に飾ってあるトロフィーや盾、本棚一杯に詰め込まれたファイルや分厚い本の数々。木目調の床も年季が入っているのか彼方此方はがれた部分を何度か上から塗りなおした跡が見られる。

うと、里香の座っている生徒会長専用席の後ろの上に飾ってある歴代の生徒会長らしき人物達の写真が目に入り、左の白黒写真で着物を纏った女性の写真からザーっと見ていく。

「なぁ、あれだけ何もないけど、なんでだ?」

「あの年の生徒会長だけ卒業式の時に写真が取れなかったのよ。卒業直前になって行方不明になってしまって捜索願も出されて探したけど結局見つからなかったの」

「へー…2006年っていうと丁度俺がこの町から引っ越す年だな」

「え、朝日が丘に住んでいたの?」

「言わなかったっけ。昔は野手山地区に住んでたんだぜ。父ちゃんと母ちゃんが死んじまって身よりがなくなって、愛知に親戚に引き取られた」

「知らなかった」

「言う機会なかったからな…お、なんだ、テレビあんのかよ」

生徒会長専用テーブルの隣にある薄型テレビを発見した大輝は、付けないよう注意する里香をなだめながらスイッチを入れた。

映ったのは毎週恒例お昼のバラエティー番組だが、テロップのニュース速報が流れている。「ほえー、身剣孝也と緒方土門が刑務所から脱走。現在朝日が丘市に潜伏中と見られる…」

「この二人って10年ほど前に、連続殺人や監禁とか婦女暴行に窃盗を繰り返していて最後は滋賀の草津駅で張り込みしていた警察に捕まったの」

「はーん…危ない連中ってことか」

「こっちに来ることはないだろうけどね」

ふーん、と適当に返事する大輝は、そのままバラエティー番組をボーっと視聴。里香は山積みの資料に一枚一枚目を通してはハンコを押す作業を再開する。

それから数十分後、生徒会室に無精ひげを生やしたジャージ姿の中年男性が入ってきた。

「おお、生徒会長。いいところに」

「小宮山先生」

「すまないが体育館倉庫に行って早急に体育祭競技で使う備品があるか、見てきてほしいんだ。業者の方から連絡があってね、体育器具と取り寄せている会社が今月で倒産するっていうから、今のうちに頼めるものを頼んでおこうと思ってね」

「はい、分かりました。リストってあります?」

椅子から立ち上がった里香は小宮山先生にリストを張り付けた黒い下敷きの板を貰うと、生徒会室を後にした。彼女の去り際に先生は、間違っても開かずの方はいくんじゃないぞと半分冗談交じりに言葉をかける。

「なぁ先生、そんなにあの倉庫ってやべーの?」

「あぁ…」

小宮山先生の表情が、少しばかり険しくなった。それを見逃さなかった大輝は片目を眇める。

「おれは、この学校に勤めて10年になる。数えきれないほどの生徒を見てきたが、今でも物凄く印象に残っている女子生徒がいる…就任して間もない頃だ。真田真琴(さなだまこと)という子で、当時生徒会長をしていた」

「あの写真がないやつが、そうか?」

「そうだ。彼女は成績優秀でスポーヅ万能、常に学年トップで東大進学も確定していた矢先のことだ…」

小宮山先生は廊下の窓の外から空を見上げる。

「丁度、こんな風に曇っていて薄暗かった。体育館倉庫に忘れ物をした真田さんが、突如として姿を消した。すぐに捜索願も出されたが見つかることはなく、当時この近辺では中学の拉致があるだのって騒がれていた時期でもあったから、その線もないか捜索されたが空振り…結局真相は分からないまま終わったのさ」

「その開かずの倉庫の中は捜したのかよ?」

「器具を退かし天井裏や床下も探したが、見つからなかった。その出来事から数年後、今は開かずの体育倉庫となっている体育館倉庫をまだ使っていた頃のことだ…女の子の悲鳴が聞こえてくるという噂が流れてきてな」

ゴウっという雷が鳴り響き激しく窓に雨粒の当たる音が聞こえてきた。

「気味が悪くなって出ようとした女子生徒が、見たそうだ…体育倉庫の奥から笑い声を上げながら走ってくる制服を着たミイラを」

雨脚は増し更に窓の打つ音が激しくなっていく。

「逃げようと倉庫から出ようとしたが何かに足を掴まれたのか下を見ると……そのミイラが足を掴んでいたそうだ」

「ミイラ…」

ゴクリ、と大輝は息を飲む。

「その女子生徒が次に目を覚ました時には、保健室で寝ていた。発見した先生の話では体育館倉庫の前で倒れていたらしい…そして女子生徒の足首には何かで強く掴まれたような跡があったそうだ」

「後で倉庫の中を見てみたのかよ。本当にそんなミイラが居たのかどうかを」

「確認したが何も居なかった。もぬけの殻だった…」

「その子がー」

ピロリンロリンロンリンロンっという着信音が我流の言葉を遮る。あ、ごめん、っと先生に謝りを入れながら制服のポケットから携帯を取り出す我流は通話開始を押す。

「どうした、白と…」

『助けて!!!!』

電話の向こうから聞こえてきた叫び声を最後に、通話は切れた。あまりの声の大きさに一瞬携帯を遠ざけた我流だが、もう一度耳に近付ける。

しかし、何度呼びかけてもツーツーツーの通話が切れた音しか返ってこなかった。

「なんだ、今の…?」





「ん、ぅ……ここは…」

「開かずの体育館倉庫だ。かわえぇのう、フッヒヒヒヒヒ」

 後ろから聞こえた声で重い瞼が一気に上がった。振り向くと、全身包帯まみれで人の姿をしており、口を半月上にあけむき出しになっている鋭利なな牙が鋭い輝きを放つ。

腕と足は包帯でがっちり掴まれ、白鳥の全身をまさぐるように触る。

「久しぶりの女子…いい匂いのする女子…柔らかい体、フヒヒヒ…ヒヒ」

「やぁ…! 気持ち悪い…!」

「もうお前はここから逃げられない、10年ぶりの女体。干からびるまで堪能させてもらうぜ、フッヒヒヒヒヒヒ」

「いやぁ! 放してっ、放してっ!」

腕と足を動かすがまるでビクともせず、包帯人間は白鳥の制服の胸元部分と手で強引に引きちぎる。後ろから白鳥の耳や首筋を蛇のようにうねうね動く下で舐めまわし、胸を鷲掴み堪能するかのようにもみしだき始めた。

ドゴォンっという轟音と共に壁が崩れる。

「ん? なんだァ!!」

立ち込める土煙の中で立ち上がる影。

ぶぅんっとなぎ払われた土煙が晴れた跡に立っているのは我流大輝だった。手には魔神の剣を持ち髪が白く変化し腰の位置まで伸びており、瞳の色は金色に変色している。

「なんだぁ貴様!!」

「うるせぇ!! さっさとそいつを返しやがれ!!」

魔神の剣を横なぎに振り払。床を蹴って飛び出す。包帯人間は白鳥を放し倉庫の隅に放り投げると体から包帯を触手のように発射する。

が、大輝は一発目を真横にかわし二発目を魔神の剣で切り裂き、3発目は手の甲で弾き、4発目は真上に飛んで回避。

真下の包帯人間目がけて体を反る。

ガキィンっと金属音。剣が振り下ろせない、剣が天井に突き刺さってしまう。包帯人間からの追撃、先端がやりのように鋭く鋭利に変化した包帯が我流の腹部と右肩、左足を貫く。

ブシュっと血を噴き出す大輝が床に落下する。

「はっはは! 間抜けだな、人間!」

余裕の笑い声を上げながら歩み寄る包帯人間、次の瞬間。

蹲っている大輝は魔神の剣で相手の腹部を貫く。

フッ、っと手応えが無くなった。

「き、消え…た?! そうだ、白鳥」

大輝は倉庫の隅に居る白鳥を抱き上げ、体育館へ出る。薄暗い体育館の中に天窓や観覧席から差し込む光は赤みを帯びておりカラスの鳴き声も遠くで聞こえてきた。

「夕方か…くそぅ、ドジったなぁ」

「す、凄い出血の量。だ、大丈夫なの?」

「この剣を持っている時は身体能力とかが異常に跳ね上がる、回復も同じなのだ。けど物凄く体力を消費するから傷の治りが早い分負担も相当でかい…」

「そ、そう……………ねぇ。さっきのたつ襲ってこない…」

大輝は何かひらめいたのか目を見開きニヤっと口元がほころぶ。

「白鳥、ちょっとだけ力を貸してくれ」

「え?」




「ほぉ、自分から姿を見せてきたか」

大輝は魔神の剣片手に白く長い髪を靡かせながら、日陰になっている体育館の中心に向かってゆっくり歩いて行く。対面には包帯人間が仁王立ちで待ち構えている。

床を蹴って飛び出す我流大輝の先制攻撃。一気に間合いへ飛び込み剣を振り下ろす。横に飛ぶ包帯人間は鋭利な先端に変化した包帯を大輝の横腹に命中するが手ごたえはない。

(残像か?! この人間、反応速度が上がっている…!)

振りかえり様の遠心力で魔神の剣を振り回し包帯人間の背中に一撃。しかし、腕を包帯でぐるぐる巻かれ引っ張られ我流大輝は空中でぶんぶん振り回され、体育館の分厚い鉄の扉に叩きつけられ、ずるずると床に崩れ落ちる。

剣を杖代わりに立ちあがる大輝は、腰を深く落とし走り出す。

「まだ向かってくる気か?! そんなに死にたいか人間!!」

包帯人間は手をレイピア風の剣に変化。

がぎぃんっという金属音が体育館に響き渡る。

押し合う刀身同士の鍔迫り合いは火花を散らす。

「はっ……」

我流大輝は目を見開く。次第に剣を持つ手にグッと力がこもる。

押される包帯人間は咄嗟に左ひざをドリルに変化させ腹部目がけて蹴り上げた。グチッ、っと乾いた水音が鳴り響きドリルが回転しながら食い込む。刺さったドリルが回転しながら横腹を抉り血が噴き出すも、我流大輝は奥歯を噛みしめる力を解かず更に腰を落として込めて両足に力をいれる。

「しぶとい、だがこれで!」

「今だ!! 白鳥――――!!!!」

大輝は叫ぶと同時に深くしゃがむ。

次の瞬間、後方の体育館の鉄扉が開き真っ赤な夕日の光が差し込んできた。全身に光を浴びた包帯男は目を押さえ断末魔に似た悲鳴を上げながらのた打ち回り、体中から湯気が出始め蒸発の音が鳴り始める。

「さっき、何処からでも襲える場所に俺達は居たのに襲ってこなかった。あそこは天窓から外の光が差し込んでいたからだ…けどオマエは俺が日陰のところに来ると姿を見せた…苦手なんだろ、光が!!」

「だから夕日が当たる位置に誘導を…」

我流大輝は力を振り絞り一閃振り下ろす。

「こっちには女神がついてるからよ…!」

真っ二つに斬られた包帯男は黒い血を大量に吹きだしながら黒い塵となり、消えていったのであった。



…太陽、の、女…神…。



「き、傷は大丈夫…?」

「あぁ。それよりも、まだやらなきゃいけないことがある」

「え?」

 我流大輝は開かずの体育館倉庫に再び入ると、奥にある壁の前で立ち止まった。つい先程まで白鳥里香が包帯人間によって拘束されていた場所である。

魔神の剣を壁に突き刺すと壁面が崩れ落ち、六畳一間よりも狭く薄暗い小部屋が現れた。

「さっきアイツと戦っている時に不思議と何かが流れ込んできた…壁の中にいる、と。助けって、と…アイツも堕神だった。そして生み出した主が、この人だろう」

「え…」

小部屋を覗き込む白鳥は、思わず目を疑う。

そこには胴体がコンクリートに埋まっている白骨化した遺体の姿があった。頭蓋骨から垂れ下がった髪は枝垂れ木のように干からびており、手首は腐敗した肉か皮膚のようなものが僅かにこべりついていて、性別も確認できないほどに腐敗が進んでいた。

足元にはピンクの塗装が剥げ落ちたガラパゴス携帯が空いた状態で転がっているが画面が真っ暗なことから電源は、とうの昔にきれてしまったと思われる。

「こ、これって」

「この人骨の正体は10年前行方不明になった真田真琴さんだ。当時ここの生徒会長だった…俺が突き破った壁の外を見てきな」

「え? う、うん」

言われるがまま白鳥は、先程我流大輝が助けに来る際突き破った壁の穴から外に出る。グランドはすっかり夕焼けに染まっており、遠くに見える山の水平線は薄暗い紫に染まりつつあった。

ふと、壁の穴のすぐそばにロープでグルグル巻きにされた男2人が座っているの発見する。

「あれ…この人達っ」

「昼間ニュースでやっていた逃亡犯だ。俺もさっき、こいつらから聞いた」

「どういうこと?」

「10年前、近くの宝石店から何百億もする宝石品を多数窃盗し逃亡している時隠し場所に困った2人は、その時期丁度改修工事をしていた体育館に隠そうとしていたところを偶然居合わせた真田真琴さんに見つかって証拠隠滅のためコンクリートの柱に宝石と一緒に埋めたんだよ」

「そんな…」

「生き埋めになった真田真琴さんは、そのまま息絶えたが怨念だけが残りそれを堕神が食らい、包帯人間を生み出した。学校でたびたび噂になっていたミイラは、真田真琴さんの助けてという強い意思から生み出された幻だろう」

我流大輝は窃盗犯二人の男の前までいくと、目の前で魔神の剣を乱暴に突き刺す。

「人の命を何だと思っていんだ!! ふざけんじゃねぇぞ屑野郎が!!」

「ご、ごめんなさ…」

「そんな軽々しい言葉ですませんじゃねぇ!! コンクリの中に埋められた真田真琴さんがどんな気持ちだったか、どんなに辛かったか考えたことあるか?! これからまだまだ沢山やらなきゃいけないことがあったのに、お前等なんかの都合のために人生おじゃんにされた女の子気持ちをよ!! 考えたことがあるのかよ!! えぇ?!」

「ち、違う…ただおれ達は…」

大輝は男の胸倉を掴み上げ更に叫ぶ。

「辛いに決まっているだろうが!! 冷たいコンクリの中で死んでいくのがどんなに辛いか、苦しいか!! 辛くて辛くて…辛かっただろうに……辛かったよな…」

―もういいの。

「え?」

涙を流す我流大輝の耳に聞こえてきた、微かな声。振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。

長い髪を靡かせ穏やかな表情をした、可憐な女性が。

―もう、いいのよ。貴方がワタシの気持ちを代弁してくれたから、そういってくれたから、もういいの。

女性の体が光に包まれていく。

―ワタシを冷たい暗闇から救ってくれて、ありがとう…本当にありがとう。

透明な声は虚空へと消えていき、少女の体は光となって夕焼けの空へ昇って行った。白鳥は風に靡く髪を耳に掛け、我流大輝は白い髪をなびかせながらその光が消えるまで、静かに真っ赤に染まる茜色の空を見つめるのであった。

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