LINEDRIVE

@temutemu

第1話 運命の再会

その昔、世界は暗黒より生まれた邪悪なる黒い龍の炎に包まれ滅亡の危機を迎える。誰もが希望を捨て絶望の淵に打ちひしがれている時、突如何処からともなく現れた一本の剣により世界は救われた。

神を切り裂き魔を滅する剣の名は「魔神の剣」、その剣は後に地上で伝説の剣として語り継がれるようになっていったのだった…。



それから月日は流れ、数千億年後。

止まっていた運命の歯車は再び音を立てて動き出す。平和になった現代に忍び寄る不穏な影は、日々を過ごす人々のすぐそこまで迫っていることに、

まだ…誰も気づいていない。







「んおー! なつかしー!」

 朝の陽気を一杯に浴びながら目の前に広がる数年ぶりの故郷を眺める男が一人。真新しい制服に身を包み背丈は中肉中背で程よい筋肉質体形、ボサボサの髪に頑固そうな眉と人のよさそうな大きな目で顔立ちに少年のような雰囲気を纏う。背中には布で巻かれた背丈ほどの大きなボード上の荷物を担ぎ、右手にはスクールバックを持っている。

「相変わらず静かな町だなぁ」

大通りを挟んだ向こう側に見える商店街の方に目をやると、シャッターを閉めた店が軒を連ねていた。柱や屋根には春という季節に便乗してなのか華やかな飾りは見られるが人は殆ど歩いておらず、店は片手で数えられるほど営業している様子が窺え、無理して若干空回りしている様子が分かる。

駅の入り口の上に2020年国体と大きく掲げられているが、盛り上がっているのは一番上の都心の方だけで、真逆にあるこの小さな海町”朝日ヶ丘市”には活気すら届いてないのが肌で感じられる。

「こんなんで大丈夫なのかねぇ…と、そうだった」

男はポケットから携帯を取り出す。

「げっ、8時10分?! 朝の8時半まで学校に来てくれって言われているんだった! 転向の手続きとか書類とか書かされるんだっけなぁ…あぁ~! タクシー拾うにも銀行で金を下ろさねーとだけど…」

駅のロータリー周辺を見渡すが殆どシャッターの閉まった店が目立ち、銀行どころかコンビニすら見当たらない。流石は田舎町といったところか、と困り顔で腕を組み考える大輝は手のひらをポンっとたたき閃く。

「…走るか!」

ニィっと笑う大輝は背中に担いでいる布に巻いた大きな荷物に手を触れた。目の色が変化し目の下に濃い筋が浮かび上がり、周りの通行人がその異変に気づき驚きで後ろに引き下がる。

瞬きの刹那、男の姿が消えた。アスファルトが抉られ数秒遅れて衝撃波の風が発生し周りにいた女子高生のスカートを巻き上げ近くで携帯をいじっているサラリーマンのズラを吹き飛ばす。男は砂埃を巻き上げながら御年寄を乗せのんびり運転するタクシーを追い抜き、最新モデルのスポーツカーをぶっちぎり街路樹を揺らし疾風のごとく駆け抜けていく。

後に凄まじい速さ故しばらく商店街で噂になったことは、言うまでもない。





午前8時25分。教室にて。

白鳥里香が窓際の自分の席で雑誌を読んでいる時のことだった。

「転校生?」

「うん、どんなのが来るの?」

話しかけてきたのは高校一年のころからの付き合いで仲のいい佐藤歩だ。キリっとした眉に大きな目で元気そうな口元をしており、クラスのムードメーカ的存在でソフトボール部のキャプテンを務め、その明るい性格から密かに惹かれる男子も多いが元気すぎてうるさいのがたまに傷である。

「え、何も聞いてないよ」

「あれ? 生徒会長も聞いてないの。んじゃデマなのかなー」

みんなその噂でもちきりだよーっと言いながら、後ろから白鳥に抱きつき頭の顔を押し当てる。確かに、教室中に目をやるとクラスメイト達からチラホラその話題が耳に入ってきた。発信源は分からないが、こんだけ多くの人の話のネタになっているところを見ると噂ではないのかもしれないと疑い始めてしまう。

しかし数日前の生徒会と指導部の会議で何も言われてないし、どうなんだろう…。

「いい匂いするー…変えたの?」

「うん、前から欲しかったネット宅配で届いたから使ってみたのよ」

「そーなんだ、結構よさげな匂いじゃん! マドンナに更なる磨きがかかったわけですな!」

「もー、またそうやってからかう~」

ムっと白鳥はジト目で佐藤を睨む。

「おー怖い怖い。正直さ、なんで彼氏作んないのさ? 今までだって告白されてきてるんでしょ? お世辞抜きでもったいないよ、マジでかわいいんだからさ」

「私は付き合うのに興味はないの! それに私達今年から受験生だよ、尚更ない」

白鳥が狙う大学へ行くには学年での成績は常にトップだが現在の偏差値より10以上、上げなければならない。加えて今年から生徒会長という大役を任され4月の初めから一年間の行事の規格見直しから予算編成など、予想以上の仕事量だった。友達と少しお茶する時間はあるが、土日も勉強で部屋に缶詰め状態なので彼氏など作っている暇はない。過去に佐藤の言う通り1年から2年の末期までに何人かの男子生徒に告白されたことはある、同じテニス部のキャプテンにサッカー部のキャプテンにバスケ部のキャプテンに野球部のエースに弓道部の主将と、殆んどが校内で女子生徒の注目を集めるイケメンばかりだったが、付き合うこと自体に意識がない白鳥は全て断っている。

この私立朝日ヶ丘高等学校のマドンナであり憧れの存在であり、成績もよく、テニスでも全国大会へ行くほどの実力を持つ運動神経の持ち主で前年度副生徒会長で高いリーダーシップを見せ、容姿端麗な美人を我先に落とさんとばかりに現在次々と狙う男子生徒が続出中とのことらしい。

「まったく、もっと他にいるでしょうが」

「アンタも大変よねー…とと、来た」

担任が教室へ入ってくると同時に佐藤や他の生徒たちが自分の席へ戻っていく。ホームルーム開始の挨拶から始まり点呼後に、本日の始業式と新入生歓迎会の確認を終えると担任はチョークで黒板に文字を書きだす。

「それと今日から、このクラスに新しい仲間が加わります。まずは自己紹介からだ、入ってきなさい」

ジロリっとクラスメイト達の視線が黒板横の出入り口に注がれる。ざわざわざわめく教室内。どんな奴が来るのか入ってくるのか、その時を今かと待つこと数十秒経過するが誰も現れない。

おかしいな、と担任が出入り口の扉を開ける。

ガシャン!! 反対側の教室の窓ガラスが割れた。振り向くと、ロープを握った男がターザンのごとく飛び込んでくる。勢い余って担任ごと教室の出入り口の扉を突き破り廊下の壁に顔から激突し静止した。

突然の出来事に教室内は意識を持っていかれたように呆然となる。音を聞きつけたのかほかの教室の生徒たちも廊下に流れ出てきて、一気にやじ馬で溢れかえった。

「いーっ…でぇぇぇ…!! いでぇぇ…くっそいてぇぇぇ…!!」

顔を抑えながら起き上がる男は注がれる視線に気づき周囲を見渡すと、パンパンっと制服のほこりをはらってから立ち上がり手を上げる。

「ドーモ=我流大輝(がりゅうだいき)です!! よろしくっ!!」

「ドアホ! 窓から飛び込んでくるやつがあるか!」

我流大輝の下敷きになっていた担任の先生が起き上がり、罵声を浴びせる。

「だ、だってよ!! 皆と早く馴染むには記憶に残る登場の仕方の方がいいって言ったのは先生だろ!! だから先生の机の引き出しに入っていたローソクと一緒に入ってたロープ使ってターザン登場したんだぜ!!」

「やめろ貴様! 俺の性癖ばらして社会的に抹殺する気か!」

「どうよ!! 見ろよ先生っ、皆めっちゃ見てる!!」

大輝は腰に手を当て誇らしげに胸を張るが、担任の先生は息を吸い込んでから更に大きな罵声を吐き出す。

「ぶぁっかもーん!!!! 誰が窓壊してまでやれといった?!! 後で貴様は反省文5枚だ!」

「は?! 嘘だろ?! 勘弁してくれよ!!」

大輝は逃げ出しやじ馬をかき分け現場からトンズラッシュ。後ろから担任の先生の飛んでくる罵声に頭を縮めながら、ちょっとやりすぎちまったかなーっと眉毛をへの字に曲げる。

その時、走っていた大輝は立ち止まった。

ドクンドクン。

「この反応は…」





私立朝日ヶ丘高等学校は県内の唯一の水産高校で通常の科目以外に船舶免許や衛生管理など、漁業や食品加工の資格を習得できる学科がいくつか存在する。その一部の生徒達が使用する実習校舎の一階にあるボイラー室は普段人の出入りは少なく施錠されているが、最も誰も立ち寄らない朝の時間帯に関わらず扉が開いている。

「いや…誰か…!」

女子生徒は息せき切って走る。窓が一切ない閉ざされた暗闇に差し込む天窓の光の下を通り、ボイラーの間を抜け反対側の出入り口の扉まで来た。後ろの暗闇から迫る足音に煽られ焦る女子生徒は扉を開けようとするが、まるでビクともしない。よく見ると鎖で二重ロックがかけられていた。1年前くらいに今の3年生の誰かがボイラー室に入って遊んでいたら大火傷し、救急車で病院に運び込まれた事件があって以降、誰も入れないように現状な施錠ロックがかかるようになったのを思い出した女子生徒は諦めて周囲を見渡す。

しかし、ボイラー室自体窓が一切なく他に脱出する方法はない。

「美味ソウナァ娘ダナァ…」

下から嘗め回すような高い獣の声に全身悪寒が走る。恐る恐る振り返ると、視界を遥かに超える大きさの生物に逃げられないよう完全包囲されていた。全身に細かい毛を纏い蜘蛛のような姿をしたそいつの胴体から生えている人型は女の体形で肌が青く、顔に一目では数え切れないほどの目玉がある。

手に持っている大きな鎌の刃が女子生徒の首筋を舐めるように撫でた。

「食ベゴタエガアリソウナハダ…透キ通ッタ肌、肉モ歯応エアリソウダネェ…」

前足二本で女子生徒を品定めるする蜘蛛の怪物は待ちきれないとばかりに、じわじわ追い込んでいく。グワっと口が開き手招きするようにパキパキ音を立てて小刻みに動く鋭利な歯がむき出しになり、流れ出る緑の唾液が落ちて下のコンクリートの床をジューシーな音と共に溶かす。

蜘蛛の胴体から生え出ている女性型の首が飛び出し、女子生徒めがけて噛みつく。

ガキィン!! っと金属音が響く。

身を縮めていた女子生徒が瞼を開けると、大きな背中があった。

「あぶねぇ…間一髪だったな」

一人の男が布で巻かれたボード状の板らしきもので、女性型の攻撃を受け止めている。

「ムッ?! 誰ジャ貴様ッ!」

「我流大輝だッ、覚えとッけ!!」

大輝はボードの板で女性型の顔を押し払い更に顔面に蹴りを入れる。女子生徒の手を引き、蜘蛛が顔を抑え怯んでいる隙に足の間を潜って脱出し、ボイラーの間を抜けて施錠されていない出入り口のところまで来ると外へ追い出すように逃がす。

「いいか!! 絶対に入ってくるんじゃねーぞ!!」

そう言って大輝は扉をバンっと強く閉めた。振り向くと、逆上した様子の蜘蛛の怪物の大きな鎌の刃が既に攻撃軌道上に入っているのを見て歯を噛みしめる。完全に余裕はないと判断し、振り下ろされる鎌の刃をボード状の板で受け止める大輝の足元が陥没。蜘蛛の前足が真横から飛んでくる。横腹に入り骨まで染み込むような衝突と共に、そのまま吹き飛ばされボイラー室の壁を突き破り外へ放り出され学校の喧騒とは離れた人気のない体育館裏に出た。

雑草の中を転がり木にぶつかって静止する大輝は、横腹を抑えながら起き上がる。

「ホォ、オマエ…普通ノ人間ジャナイナ…?」

少し大輝に興味が出てきた様子の蜘蛛の目がニヤっと笑う。その時だ、体育館裏の狭い通り道から誰か人が出てくる。

「ちょ、なにこれ…?!」

現れたのは白鳥里香だった。

あ、あいつ。さっき俺が飛び込んだ教室にいた窓際の…。

「マタ美味ソウナ人間ガ迷イ込ンダカ…」

嬉しそうに目を細める蜘蛛は体の向きを変える。状況を理解できていない白鳥里香は視界を覆うほどの怪物を前に脳は凍り付き思考を奪われ立ちすくみ、その存在を前に芯から体が震えだす。

蜘蛛が身を絞り振りかぶった。真横から鎌の刃が突き上げる。ガギン、と金属音。回り込む大輝が間合いに入りボード状の板で正面から受け止めた。

「邪魔ヲスルナ、オ前ハ後ノ楽シミダ」

「食われそうになっているヤツを目の前で見過ごせるかよ…!!」

「威勢ダケハイイナ…ダガ、タダノ人間ニ何ガデキル?」

見下しの眼差しを跳ね返すように、ニィっと大輝の口元がほころぶ。鎌の刃を押し返し、ボード状の板を覆う布を解き放つ。

姿を見せたのは、背丈ほどある鉄の大剣だった。年層ある傷が複数刻まれた分厚い刀身で両刃ついており柄の先端に白い透明な玉が三つ連なってついている。

「ンゥ…ソノ剣…………マサカ?!」

驚きの色を見せる蜘蛛の怪物は後退さる。

周囲から吸い寄せられるように集まっていく光が、大輝の頭に張り付いていく。脳天から色が浸透するように変化する髪は白く荒々しく肩周りを覆い尽くすほどの勢いで流れ腰の位置まで長く伸びる。鋭く吊り上がる睫毛に縁どられた瞳に金色の光が灯り、目の下に硬い筋が浮かび上がり顔つきや容姿が別人へと変化を遂げた。

鉄の大剣を右手で閃かせ、ずどんっと盛大な音を立てて足元の地面に突き立てる。その衝撃で周囲を取り囲んでいた光の渦は消え去り、気迫に呑まれたかのように蜘蛛の怪物が更に後退さった。

続けて大輝は片頬に獰猛な笑みを浮かべる。

「…お前ら”堕神(おちがみ)”が最も大嫌いな天敵、”魔神の剣”だ!!」

鉄の大剣”魔神の剣”を煌めかせ地面を蹴り飛ばし蜘蛛の怪物”堕神”に向かってダッシュを開始。来るなと言わんばかりに襲い来る鎌の乱暴な太刀筋を掻い潜り腹の下に潜り込むと体を起こし、魔神の剣をブン回し横一文字に一閃放つ。

数秒遅れで8本の脚を切断し倒れてくる直前で脱出し木を足場に高く飛翔。堕神の真上に飛び上がり魔神の剣を真上に掲げ落下の速度と全身の重さに乗せ、力いっぱいの剣を振り下ろす。

ずべしゃん!! 真っ二つに切断された堕神は左右に倒れると黒い塵となって景色の中へと溶け込むように消えていった。

―始マルノダナ、ツイニ奴ガ目覚メルノダナ…ココデ死ンドイテ良カッタゼ…。

完全に姿が見えなくなる直前に聞こえた最後の微かな声に振り返るが、既に跡形もなく消滅した後だった。

周りに増援がいないことを確認すると大輝は肩の力を抜く。髪はスルスルと抜け、元の容姿へと戻る。魔神の剣を再び布で巻き隠しながらチラリと白鳥を方を見ると目を大きく丸め固まっていた。

今目の前で非現実的なことが起きたのだ、当然と言えば当然だ。

「貴方…一体何者なの…?」





この時は、誰も知らなかった。


世界に黒い影が迫りつつあることを。


そして、止まっていた運命の歯車が音を立てて、動き出したことを…。












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