第8話
「和田が彼氏だなんて嘘なの。ずっと脅されてお父さんを騙してたんだ……」
と、佳乃はすべてを父に話し始めた。
「それで、高校から入学してきて同じクラスになった矢野美咲って子や、先輩たちが、いろいろ助けてくれようとしてくれてるの。励ましてくれる。
でもって、今日警察に行ってきた。けっこう被害届け出てるそうだから、私が被害者さんの顔を見て、立件に持っていくって」
「そうか、本当なんだな」
「私は人を陥れるための嘘はつかないわ」
父は佳乃をふわりと抱きしめた。
「お父さん」
「すまなかった。てっきり安心していたんだ。とんでもないことになっていたんだな。
2学期からおばあちゃんのところへ行きなさい。転校だ。夏休みまでは俺が送り迎えする」
父は福岡出身だ。祖母が1人で実家に住んでいる。
「そんな、せっかく友達になれたのに。それに送り迎えなんて、仕事はどうするつもり?」
佳乃は両手で父の胸を押しやって言った。
「朝は一緒に出よう。夕方は……その前につらい目にあった学校だろう。いい思い出もないんじゃないのか?」
「奴らが学校にいられないわ」
「お前だって学校にいられないだろう」
「だって……」
「決めた。今なら編入試験に間に合うだろう。勉強しとくんだぞ。
つらかったな。
そうだ、携帯も変えなさい。明日お金あげるから。夕方は……」
「友達と遊びたいわ」
「友達と帰りなさい。もう寝るんだぞ」
「はい……」
3ヶ月前なら嬉しかった話が今は悲しい。
美咲と。リカ先輩と。詩織先輩と。
もっと同じ校舎で過ごしたい!
もっと笑いあって、他愛ないことを一生懸命話してまぜっかえして……。
ええい!
今夜はさっさと寝てしまおう!
その前にお風呂に入るかな。
それでも少し気分が軽くなったのは、親に隠していることがなくなったからだろうか。
「最近体調いいよなー」
と独り言。
湯船で、美咲に出会った日以来の鼻歌も出た。
佳乃は、お風呂からあがってから、
『父に全部話したの。そしたら転校だって』
と美咲にメール。
『え!? 反応早いねお父さん。電話していい?』
と返事が来た。
こっちから電話する。
「もしもし?」
『はいはい、声がなんか明るいね』
「そーお?」
『しかし、転校とはねえ』
「謝ってたしね。 あ。明日携帯買うからつきあって?」
「佳乃―? 寝たんじゃないのかあ?」
「あっお父さんだ。明日ね? ごめんね」
『うん、良かったね、わかってもらえて。じゃあ明日ね』
電話を切る。
とりあえず明日明日。
父親に臨時お小遣いをもらって、携帯電話を買いに行く。
美咲のとおそろいの色にした。
メールアドレスを決めて、先輩たち、父親、それから横沢課長にメールをする。
『番号とアドレス変わりました。これからはこちらに連絡よろしくお願いします』
翌日。
昼休みの午後0時32分、携帯電話が鳴った。
「切り忘れちゃった」
クラスの注目を浴びる。
携帯変わって初電話。
「はい」
『もしもし、園川佳乃さんの携帯ですか?』
「はい、園川ですが」
『わたくしS警察署の横沢ですが……』
「ああ! この度はありがとうございます」
『それで、被害者とアポが取れたんで、明後日……日曜日の12時に来ていただきたいんですが、お時間大丈夫ですか?』
「はい。行きます。よろしくお願いします」
『良かった。元気出してくださいね。失礼します』
「失礼します」
佳乃は電話を切った。
中庭で4人は会った。
今日は全員パンである。天気は良い。
リカが先にサンドウイッチにかぶりついている。
「先にいただいてるよー」
と現れた佳乃と美咲に言った。
「はい、いただきまーす」
とりあえず食べるのが先、とばかりに4人は食べる。
「それで、被害者さんとアポが取れたそうで、明後日12時に警察署へ行くことになってるんです」
「うんうん」
「しかし佳乃ちゃん、今日ニコニコしてるね」
詩織が言った。
「携帯変えたんだよね」
「うっとうしいメールが来なくなって嬉しいんです」
「でもさ、携帯変えて連絡がつきにくくなったことで、なおさらあたしたちの隙狙ってくるよ」
一足早く食べ終わってブリックパックのコーヒーを飲みつつ詩織の膝枕でごろんとしているリカが言った。
「リカの言うとおりだと思う」
「だったら。今日これからあたしが待ち合わせ場所に来なかったら、警察を配備してもらってください」
佳乃は真面目な顔で言った。
「外したらどうすんの?」
「奴らもう3週間収入がないんです。だからあたしが戻ったらすぐ勝負に出ると思うんです」
「なるほどね」
と詩織。
「わかった。だったらいっそおとり捜査しない?」
と言ってリカは佳乃を見つめていたずらっぽい顔をした。
「先輩! 危険すぎます!」
「ん、それが問題なんだけどさ」
「あたしやります」
「大丈夫?」
「明後日警察と相談してからですけど」
「そうね、その方がいいわ」
「じゃあ明後日決めましょう。さ、これで今日の作戦会議はおしまい!」
「いつから作戦会議になったんですか」
美咲がツッコミを入れて、みんな笑った。
「みんなその通りです。覚えがあります」
ドアの、縦は上から2割、中央の位置にある窓から、集まった被害者を見て佳乃は言った。
「わかりました」
横沢課長はノートをばたんと閉じた。
「多分ひとりひとりの名刺は奴らが持ってます。あとで脅すために、名刺を手に入れることにすごく熱心でしたから。家宅捜索すれば見つかると思います。捨ててなければですけど」
「奴ら狡猾だから捨ててないんじゃないかしら」
詩織が言った。
「ところで、おとり捜査しませんか?」
「本気だったんですか先輩?」
「ダメだよ! 園川さんがまたつらい思いするよ」
驚く表情を浮かべる美咲と、慌てる横沢課長。
「佳乃ちゃんなら大丈夫です」
「はい。
携帯変えたら自宅にやたら電話来るようになったんです。もううんざりするんで早く決着つけちゃいたいんです」
「そうか……」
横沢課長は目を閉じて腕組みして何かを考え始めた。
「課長サン?」
黙ったままの課長に声をかけるリカに、
「作戦考えてるのよ」
女性警官が言うが、この時パン! と手をたたく音が響いた。
「よし固まった! ただ、念のために、園川さん、和田のマンションの住所教えてもらえるかな?」
課長が目を開けて佳乃に質問した。
7月1日。試験3日前。午後4時。
いつもの駅前。どんより曇り空。
スターバックスに待機するのは美咲・リカ・詩織と佐々木という女性警官。
そこここに私服警官を配置してある。
佳乃はいつものように、壁によっかかる。
義春と明が、サラリーマンを捕まえて口説き始めた。
午後6時。
「なかなかひっかかりませんね……」
「みんな暇じゃないのよ、美咲ちゃん」
「あっ!」
佐々木巡査が叫んだ。
明と義春が男を佳乃のほうに押し出す。
男が佳乃と向き合い、そして隣にまわってその細い肩を抱いた。
ラブホテルの方角へ歩いていく。
その時、義春と明、佳乃と男に向かってたくさんの私服警官が走っていった。
「鎖は壊れた……」
私服警官に保護された時、佳乃はこうつぶやいた。
連絡を受けて。和田の自宅マンションを張っていた警察官も彼の部屋へ踏み込み、彼は逮捕された。家宅捜索で、300人分の男の名刺が見つかった。
ワイドショーは、美人局の主犯の少年が、先ごろ捕まった衆議院議員の三男だというのでこの話で持ちきりだった。
学校にもテレビクルーが来て、期末試験なのでやめてくださいと言う職員ともめた。
試験が終わった頃、春の殺人事件にも決着がついた。
和田が自供したのだ。
何もかも佳乃が予想したとおりだった。
夏休み、佳乃は忙しかった。
福岡と東京を行ったり来たりだった。
8月の終わり、羽田空港で。
旅立つ佳乃を美咲・リカ・詩織が見送りに来た。
「せっかく仲良くなれたのにね」
「ゆっくりしなさいね」
「向こうに居着いちゃってもいいから」
「リカ」
リカ先輩って微妙に外すよな、と佳乃は一度思ってから次の発言をする。
「あたし、みんなのこと忘れない。絶対東京に帰ってくる」
「ありがとう」
「絶対帰ってきて。
あたしたちはそれから始まるんだからね」
美咲と佳乃は一度抱き合ってから。
身体を離して、佳乃は3人に手を振った。
3年後。2月。
某大学入学試験場。
美咲は人を待っていた。
「遅いな……ホントに来るのかな?」
「美咲ぃー!」
「あーっ、佳乃―っ!」
きゃいきゃい再会を喜び始めた。その横を通り過ぎる受験生は、入学式ならともかくなんなんだ、とワケがわからない顔をしている。
「番号何番?」
「1729」
「あー、離れちゃったね」
「時間気にしなよ!」
「じゃお昼ねえ」
二人は別れた。
休みのたびに行き来し、メール・電話が飛び交い、と二人は交流していたのだが、やはり会うと特別だ。
春。
入学式用の服を買うという目的で、2人は待ち合わせ。
美咲がドキドキしながら待っている。
佳乃は、美咲の後ろに回って、彼女の右肩を叩いた。
FIN
BREAK THESE CHAIN 西山香葉子 @piaf7688
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