五章 決着
住宅街から三十分くらい走って、車が廃工場の跡に来た。
「よし、これから急いで準備するぞ。篠はウォーミングアップ。優花と美幸ちゃんは手伝ってくれ」
出雲が車から段ボールを降ろすと、荷物を次々に取り出した。
篠は短刀ではなく、伸縮警棒を持っていた。鋼鉄製で鐔が付いている。これを短刀代わりに逆手に持ち、敵との攻防をイメージしながら身体を動かす。
「短刀だと刃毀れして引っ掛かったり、折れる心配もあるからな」
「でも、あれじゃ~、急所を殴りつけないと倒せないんじゃあ?」
「いや、とにかく一発きちんと入ればいいんだ」
「ふぅ~ん?」
作業が終わり、優花と美幸もウォーミングアップする。
美幸が白臘棍をビュンビュン振り回すと、あまりの速度に見えなくなる。これは頼もしい味方だ。スピードだけなら蔵人佐を凌いでいるだろう。
優花の居合もなかなかのものだった。優美な動きの中に左右の持ち手を入れ替える柄捌きが入る。模擬刀とは言っても、刀好きの優花の愛刀は超硬質合金製の特製居合刀であり、下手な真剣より丈夫で軽く、刃が付いていない刃挽の刀に近いものだった。
「よし、みんな、準備できたな? 約束の刻限まで、後は休んでおけ」
(刻限? 父さん、時代劇じゃないんだから・・・)
どうも、出雲の様子がおかしい。優花はそう思っていた。
一時間が経過した。
「そろそろ、来る頃だ・・・」
出雲の言葉に緊張が走る。
「来たっ・・・お頭だ」
篠が小声で囁いた。
昼近くで太陽が真上に来て地面が熱され、陽炎がたっている。その陽炎で揺らめくように黒笠を被った丸目蔵人佐が、ゆっくりと近づいて来た。
篠が立ち上がり、蔵人佐の正面に立ち塞がる。
蔵人佐が、ゆっくりと刀を抜いて片手下段に構えた。
「お頭ーっ!」
篠が叫びながら、伸縮警棒をシャキーンと延ばし、自分から攻めて出た。
短刀と違って、警棒は長脇差くらいの長さがあった。その分、やや離れた間合でも届くので、短刀を相手にした時とは勝手が違う。
蔵人佐が刀で払い受けして返す刀で胴斬りを狙うが、篠は一気に間合の外に跳びすさった。もとから身ごなしは速かったが、これは異常に速い!
最新のエアクッションが付いたスニーカーのお陰だった。
下は砂利だらけで足場が良くない。蔵人佐は足袋に草履を履いているのに対して、篠のスニーカーは格段にフットワークを助けてくれる。
しかし、恐らく、六十歳を超えているであろう蔵人佐の動きが篠を僅かに上回っているのだ。
動き廻って疲れさせ、足場の悪さでバランスを崩させる作戦だったが、蔵人佐の動きは衰えず、安定していた。
「そうか? 縮地法ができるのか?」
「しゅくちほう?」
「武術に伝わる秘伝の歩法だ。足で地面を蹴って動くのでなく、腰から動いて足は後からついてくる。だから安定したまま高速で動ける・・・まずいな。これじゃあ、作戦通りいかないぞ?」
出雲が唇を噛んだ。
篠が、手裏剣で蔵人佐の刀を受け止め、警棒を突き出す。が、蔵人佐が躱して離れる。
篠が顔面を狙って手裏剣を打つ。蔵人佐が笠を傾げると、手裏剣が笠に刺さる。蔵人佐が刺さった手裏剣を抜いて捨てる。
激しい攻防が続いた・・・。
刀と警棒で鍔ぜり合いになると、蔵人佐が転身して掌打を篠の腹に打ち込んできた。
吹っ飛ばされた篠が放置されているクレーン車に当たりそうになった。が、足で蹴って激突を止めた。
「くそ~、一発入れさえしたら・・・」
挑発するように蔵人佐が刀を下げる。篠が足下の砂利にスニーカーの先を潜らせ、蹴り出す。と、砂利がバラバラと蔵人佐を襲う。
(今だっ!)
突っ込む篠・・・しかし、その腹に蔵人佐の足刀蹴りが深々と突き刺さり、篠は数メートルも蹴り飛ばされた。
辛うじて出雲がキャッチして地面への激突は避けたが、気絶している。
「美幸っ、行くよっ!」
優花と美幸が篠を庇って蔵人佐の前に立ち塞がった。
「父さん! あたし達がくい止めてる間に、篠を回復させて」
優花が居合刀をスラリと抜き、美幸が白臘棍をビュビュンッと振って構える。
「小娘ども、邪魔すればぬしらも斬るぞ・・・」
「へえ~? 面白い冗談だね、爺さん?」
美幸が棍を回転させながら打ちかかる。蔵人佐が無造作に棍を左手で掴む。凄い握力で振りほどけない。
優花が居合刀で斬り込むと、掴んだ棍で受け止める。そのまま、身体を沈めて刀の柄頭で水月の急所に当て身を入れられ、優花が悶絶した。
さらに棍を一振りして美幸を吹き飛ばす。
まったく問題にもしていない。圧倒的な実力差があった。
「この妖怪爺ぃ~! あったま来たっ!」
美幸が立ち上がると、懐から九節鞭を二つ取り出す。物凄いスピードで二つの九節鞭が高速回転し、砂利を飛ばす。
「おらおら~っ!」
立ち向かう美幸に対して、蔵人佐が握っているままの白臘棍の先端を回転している九節鞭の中に突っ込んだ。
「あっ!」
美幸が慌てる。突っ込まれた棍に鞭が巻き付き回転が止まる。そのままもう一つの九節鞭にも突っ込まれて両方が巻き取られてしまった。
武器を奪われてしまった美幸に、蔵人佐が迫る・・・。
と、突然、プシューッという音と共に白い煙りのようなものが充満してきた。
出雲が用意していた炭酸ガス噴射器であった。
「お頭ぁーっ!」
目覚めた篠が向かってきた。白煙でよく見えない。勘で躱し続けるのは限界がある。
蔵人佐が舌打ちして刀を納めた。
得意の居合抜きの一撃で決するつもりなのだ。
篠はこれを待っていた。自ら目を閉じて、青木先生の演武の様子をイメージした。そのまま突っ込む。蔵人佐が抜刀する。間一髪で刃をかい潜り、蔵人佐の胸元に警棒の先端を圧し当て、握りのボタンを押す!
次の瞬間、青白い電撃がバリバリと走った!
「スタンガン?」
優花が、苦しそうな顔で見上げた。
電撃が呼んだのか、曇天の空から雷鳴が轟いた。
ドーンッ!という恐ろしい音が響き・・・白煙が消える。
蔵人佐の姿は消えていた。ただ、面頬だけが地面に残されている。
篠が面頬を拾う。
「お頭・・・」
死闘は終わった・・・。
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