最終章 家族

 丸目蔵人佐との死闘が終わって、車で帰る途中、遠回りして美幸を家まで送った。

「美幸! サンキュー」

「美幸殿。かたじけない」

「だから、借りを返しただけだって・・・それより、勝ったんだよな? あたし達」

 美幸がしんみりした顔で言う。

「う~ん、だと思うけど・・・?」

 優花が歯切れの悪い言い方をすると、出雲が補った。

「もちろんさ。丸目蔵人佐は元の世界に帰ったさ。何しろ、九十歳まで長生きしたんだから・・・」

「えっ、そうなんだ?」

「ってことは、あの爺さん、死んでないんだ? しぶといね~」

 美幸が笑った・・・。


 家に帰ってから、出雲が巻物を持ってきた。家系図である。

「これを見てくれ」

「何これ? うちの家系図?」

「そうだ。ここを見てみろ」

 出雲が指さした箇所には、「篠 行方不明」と書かれている。

「何これ? どういうこと? 篠が私の御先祖様だってこと?」

「いや、ちょっと違うな」

 篠の名前の上に「仙」の名がある。その下の線が延々と優花の母、静香にまで繋がっていた。

「この、仙という人には娘が居たが行方不明になった。その後、うちの服部一族の嫁になって子孫を伝えた。ということは?」

「母さん? 母さんが生きていたってこと?」

「そうなるな・・・」

 篠が涙ぐんだ。

「ちょっと待って・・・ややこしいけど、そうすると、やっぱり篠ちゃんは私の遠い御先祖様ってこと?」

「いや、篠ちゃんは今、生きているんだから、現代人だろ?」

「どうして、そうなるのよ?」

「優花、父さんの秘密を教えてあげよう。実は、俺も四百年前から二十年前にタイムスリップしてきたんだ。この仙というのは俺の妹だ」

「えっ、それでは、出雲殿は私の叔父ということになるのですか?」

「まあ、そういうことになるな」

 この世に偶然は無い。すべてが必然だという・・・。

「篠ちゃんの今の気持ちはよく解る。俺も昔は驚いたよ。言葉は通じても世界がまるで違うんだからな。でも、忍びの訓練をしていたからな。割りと短期間でこの世界に馴染んだ。養子になったのも身分証明が必要だったからだ。もちろん、母さんは愛してるけどな」

「マジぃ~?」

 優花が頭を抱える。

「もっとも、結婚して妹の子孫だと知った時は、流石に複雑な気持ちだったけどな」

「母さんは知ってるの?」

「うん、この前、話したら怒って家出しちゃった」

 呑気に笑う出雲に、篠も優花も呆れ顔になった。

「そういう訳で、篠ちゃん。俺は実の叔父だし、優花も静香も血の繋がりがあるんだから、これからは安心して一緒に暮らそう」

(道理で妙な懐かしさを感じた筈だ)

 篠はぼんやりとそんなことを考えていた・・・。


 夏休みも終わり、新学期になった。大学に行くのにスーツ姿になった出雲が朝食のテーブルにつく。優花がスクランブルエッグを作っている。

「あれっ、出雲殿、今日は変わった着物ですね?」

「え~、仕事の時はこの服だよ」

 ピンポーン!と玄関のチャイムが鳴った。

「は~い! あっ、篠、代わりに出て・・・」

 篠が玄関に向かい、鍵を開ける。

「優花、ただ今!」

 そこに立っていたのはお仙?ではなく、家出していた優花の母、静香であった。

「か、母さん・・・」

 篠の両目にみるみる涙が溢れてくる。

「あら、何よ~、ちょっと家出してたぐらいで・・・」

「母さん・・・」

 篠が抱き着く。涙が止まらない。

「何よ~、甘えん坊さんね~」

 そこに優花が現れた。

「あらっ、母さん、お帰り~」

「んっ? 優花? えっ? えええ~?」

 静香が混乱して絶叫してしまっても、篠は至福の瞬間にいた・・・。


 丸目蔵人佐が目覚めると、そこは見慣れた人吉の地だった。蔵人佐は草原に大の字になっていた。

(わしは、もとの世界に帰ってきたのか? あれは夢だったのか?)

 脇腹に手をやると血が滲んでいた。顔に装着していた面頬も無い。

「お頭~っ!」

 伝林坊の声が近づいてきた。

「お~、伝林坊、ここじゃ~」

「お頭、どこへ行かれていたのです? 半日も探しましたぞ?」

「半日? そうか・・・」

「篠はいかがなさいましたか?」

「篠か・・・流石はわしの娘じゃ・・・フハハハハハ・・・」

 丸目蔵人佐の哄笑が人吉の山々に、いつまでも木霊していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る