三章 襲来

 岩槻駅前の大通を異様な風体の男が歩いていた。道往く人が盗み見るようにしているが、「映画の撮影か何かだろう?」と小声で囁く者もいた。

 着物姿なのは別に珍しいという程ではない。

 が、黒笠を被り、黒い面頬を着けて顔を隠している。その上、大小の刀を腰に差しているのだから、時代劇ドラマの撮影か、祭りに出るコスプレイヤーくらいに思われた。

 しかし、それにしては撮影スタッフもいなければ他のコスプレイヤーもいない。

 通報か何かがあったのだろうか? 婦人警官が二人、小走りにやってきた。

「すみませ~ん? ここは公道ですから、そういう格好していたらいけないんですよ」

 呼びかけられても男は無視する。苛立った一人がきつく注意した。

「銃刀法って、御存じですよね? その刀、まさか本物じゃないですよね?」

 男が立ち止まり、ゆっくり振り向く。婦警が近づく・・・。

「ちょっと、その刀、見せなさい!」

 刀の柄に手をかけた。と、男が「無礼者っ!」と一喝すると、逆手抜きにした刀を一閃して鞘に納めた。

 婦警がばったりと倒れ、身体の下から赤い血が広がった。

「キャアアアアーッ!」

 もう一人の婦警が悲鳴を挙げると、男の周囲の通行人も悲鳴を挙げて逃げ出した。

 この時の様子がビルの監視カメラに映っていたことから、その一部がテレビのニュースに流れ、それを篠達が見たのだった。

 つまり、この男こそが、篠を追っているうちに現代にタイムスリップしてきた丸目蔵人佐だったのである。

 当然、蔵人佐は四百年後の世界に来ている事実は知らない。それでも、混乱しないのは、暗殺者としての目的があるからである。抜け忍となった篠を掟通りに始末すること。それしか考えていなかった。

 婦人警官殺害も、邪魔者を排除しただけだったのだが、それが通用する時代ではない。

 数分後にはパトカーが数台やって来た。

 蔵人佐の前方をパトカーが塞ぐ。と、ばらばらと私服警官が車から降りてきて拳銃を構えた。M360J、通称SAKURA。日本のミネベア社製ニューナンブM60リボルヴァーの後継機種である。

「犯人に告ぐ。速やかに武器を置いて投降しなさい」

 スピーカーで警官隊の主任が呼びかけた。

 が、蔵人佐が突然、真っすぐに走りだした。複数の拳銃で狙われていることを理解していないのだろうか?

「とっ、止まれ! 止まらないと撃つぞっ!」

 先頭にいた警官が威嚇射撃に空に拳銃を向けた時には、蔵人佐が迫っていた。

 ピュンッと風を切る音と共に、拳銃を握った手首から先が消失した。抜き斬りに切断されたのである。返す刀が喉を切り裂く。

 唖然とした警官達が立ちすくんでいる間に、蔵人佐が大根でも斬るみたいに刀をふるっていく・・・。

 主任を残して、あっという間に警官隊は血の海に沈んでしまった。

 日本の警察では拳銃使用に関する規定が細かく定められているが、練習する時間は非常に少ない。個人的に練習しない限り、拳銃を自在に武器として遣えるようにはならない。

 この時も、誰一人として拳銃を発砲できなかった。躊躇している間に斬られてしまったのである。

 だが、部下を惨殺された主任は、怒りで恐怖を押さえ込んでいた。両手で構えたSAKURAの銃口を蔵人佐に向けると、撃鉄を起こした。ダブルアクションのリボルヴァーは、こうすることでシングルアクションとなって引き金が軽くなり、ガク引きせずに命中度が増す。

「貴様ぁ~っ!」

 目の前の殺人鬼を倒さないと、次々に犠牲者が出るだろう。殺された警察の仲間の恨みもある。拳銃を発砲して山のような報告書を書かねばならなくなっても、今、ここで倒さなくてはならない・・・そう考えた。

「パァンッ!」

 乾いた炸裂音が響いた。初めて人を射殺する緊張感で思わず目を瞑った。落下する感覚があってから衝撃を感じ、目を開いた。すると、自分の目線が地面スレスレにあった。

 視界に二人の男が映った。

 一人は丸目蔵人佐。もう一人は・・・自分? 拳銃を構えたまま突っ立っている。が、あるべき場所に首から上が喪失していた。

 蔵人佐がビュンッと刀を一回転させると刀身に付着した血の飛沫が飛んできた。カチンと刀を納めて、蔵人佐が去っていく。

(おいっ、待て・・・)

 追おうとするが、身体が動かない。その時、彼は気づいた。

 自分は首を切断されて即死しているのだと・・・。

 首が切断されても、僅かな時間だが意識があるという研究があると雑学本で読んだ記憶が蘇った。死の瞬間は意外にもゆっくりと訪れるのだった・・・。


 岩槻区内に外出禁止の警報が出た。祭りが中断され、警察の捜索が続いた。が、蔵人佐は都市伝説の怪人のように消息を断ってしまっていた。

 二日後に警報が解除され、警官のパトロールが強化された中で祭りも復活した。

「まったく、篠ちゃんはどこに行ったんだよ?」

「父さん、篠ちゃんはきっと、蔵人佐を止めるつもりなんだよ」

 優花と出雲は、篠を探し歩いていた。ニュースを見た夜、篠が行方をくらませてしまったのだ。

「あっ、美幸ちゃん!」

 優花が美幸を見つけて駆け寄る。美幸は困惑顔で逃げようとするが、優花は、その腕を掴んだ。美幸はあからさまに嫌そうな顔をした。

「なっ、何だよ?」

「ねっ? 美幸ちゃん。篠を見なかった?」

 真剣な顔の優花にただならぬものを感じて、美幸も真顔になった。

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

「家出しちゃったのよ。それも・・・」

 優花が篠と丸目蔵人佐のことを美幸に説明した。

 美幸は腕組みして黙って聞いていた。

「そうか・・・、あいつ、忍者だったのか? 道理で強いと思った」

「信じてくれる?」

「いや、話の内容は信じられないが、篠があの連続日本刀殺人犯に追われているというのは解る気がする」

「だったら、篠を見つけたら知らせて!」

「よしっ、任せろ!」

 優花と出雲が去っていくと、木田美幸はニヤッと不敵に笑った。

「よしよし、これであいつに借りを返せるかも?」


 優花と出雲が祭りの出店が並んでいる通りから脇に逸れて、岩槻城内から移築された史跡、刻の鐘のある小さな公園を通った。

「まったく、篠はどこ行っちゃったのよぉ~?」

「もしかして、四百年前にまた戻ったのかな~?」

「え~っ? そんなの嫌だっ!」

「嫌だっつったって、お前・・・えっ?」

 偶然、刻の鐘の方を見上げた出雲が絶句した。優花もつられて見る。

 すると、そこにはニュース映像で見た丸目蔵人佐が立っていた。

「でっ、出た~っ!」

 二人がつんのめりそうになりながら、慌てふためいて逃げる。と、蔵人佐が階段を飛ぶように駆け降りてきた。

 出雲が転がっていたコウモリ傘を掴んで構えて牽制すると、蔵人佐が抜刀一閃し、クルクルッと廻して納めた。と、コウモリ傘の根本から先がポトリと落ちた。

「ヒエエ~ッ!」

 残った取っ手を投げ捨てて、出雲が優花の手を引いて逃げる。

「何で、私達を狙ってるの~?」

「お前を篠ちゃんと間違えてるんだよぉ~っ!」

「そんな~っ!」

 二人に迫ってきた蔵人佐が、威圧するように、ゆっくりと刀を抜いた。

「篠。覚悟せい・・・」

 蔵人佐が刀を右甲段(斜め八相)に構えた。その時・・・

「お頭ーっ!」

 篠の叫び声が響いた。刻の鐘の後ろから篠が疾風のように駆けつけてくると、大きく跳躍して蔵人佐と優花達の間に着地した。

「逃げてっ!」

 寸延び短刀を逆手抜きにして構えた篠が、優花と出雲を庇うように蔵人佐に立ち塞がった。

「ほう・・・そこの娘、よう似とると思ったが、別人だったか?」

「お頭、この二人は関係ない。見逃してください」

「無関係なら始末する必要はなか・・・」

「なっ、何言ってんのよ? たくさん人殺したくせに・・・」

 優花が罵る。

「邪魔する者は殺す。それが忍びの掟じゃ」

 蔵人佐がそう言うと、袈裟斬りに斬りつけてきた。篠が短刀でがしりと受けるが、バランスを崩しそうになる。

(重い・・・受け太刀しては不利か?)

 篠が浮身を遣って、フワリと後ろに跳躍して間合を取った。

 すかさず蔵人佐が臑斬りを狙って刀を一閃させてきたのを、ジャンプして躱す。着地と同時に斬りつけると、蔵人佐も半歩退いて切っ先を躱す。

 両者、間を取って隙をうかがう。

 今度は篠から攻撃した。余裕で受け止める蔵人佐が、受けた刀から右手を離して当身を繰り出してきた。意表を突かれた篠が突き倒されるが、回転後ろ受身を取って間合を取ると、半座半立ちの姿勢で身構える。

(やっぱり、まともに戦っても勝ち目は無い。ならば・・・)

 篠が短刀を持った右手を背中に廻す。左手も背後に廻す。

 右か左か、どちらから刀が出るか判らなくして、敵を撹乱する秘伝の必殺技、影の太刀である。昔、お仙に教わった技で、霞斬りの異名がある。

「いいか、篠? この技は捨て身の覚悟でないとできない技だ。相手が自分よりずっと強くて、とても勝てないと思う場合にも勝たなくちゃならない。そんな時に遣う技だ。自分が斬られても必ず相手を斬る。運が良ければ生き残れる。そこまで追い詰められた時の技だから、滅多なことで遣うんじゃないよ」

 お仙はそう言っていた。

(母さんは、この技を遣うことができなかったけど、私がやる!)

 篠はハラを決めていた。

 蔵人佐もそれを察して、刀を納めた。戦いを止めるのか?と思うと、腰を沈めて半身になり、居合抜きの体勢となった。居合術で仕留めるつもりなのである。

 二人はじりじりと睨み合っていたが、ほぼ同時に前に出た。

 勝負は一瞬でついた。

 蔵人佐と篠が交錯してすれ違う。蔵人佐は刀を斜め横払いに抜き付け、篠は短刀を持っていなかった。

 バタリと篠が横倒しに倒れる。

 蔵人佐は横腹に突き刺さった短刀を抜くと、地面に放った。

 相討ちだった。

 ただし、僅かに蔵人佐の抜き付けが速かったのか? 篠の短刀の刃は浅く止まった。

「人殺しーっ!」

 優花が泣きながら怒りの叫びをぶつけたが、蔵人佐は、無言で去っていった・・・。


「篠ーっ!」

 泣きながら、優花が倒れている篠を抱き起こした。

「ゴホッ、ゴホッ・・・」

 篠が咳き込みながら、目を覚ます。気絶していただけだったのだ。着物の腹部から斜めに切れており、銀色のチョッキのようなものが覗いているが、これも切れ込みがある。

「あっちゃ~? こりゃあもう、使い物にならないな?」

「何、これ?」

「んっ? 防刃ベスト。篠ちゃんにプレゼントしたの・・・」

 優花が能面のような顔になり、黙って出雲の後ろに回る。

「そうじゃなくて・・・」

 いきなりグー拳で出雲のこめかみを挟むようにグリグリする。

「イデデデ・・・ッ!」

「何で私に黙ってたのよぉ~? 篠が死んじゃったと思って大泣きしちゃって、私がバカみたいじゃないのよぉっ! このバカ親父~!」

「イデデ~、ごめんごめん、悪かった~!」

 篠も呆然として声がかけられなかった・・・。


 帰宅してから、篠の怪我を見てみると、肋骨にヒビが入っているくらいで内臓破裂などは起こしていなかったようである。

 湿布薬を貼って包帯を巻くだけで足りたが、出雲は切り裂かれた防刃ベストを見て、改めて丸目蔵人佐の実力を思い知った。

「ケブラー繊維とスカンジウム合金で編んだ現代の最先端科学技術でできた防刃ベストを簡単に切り裂くなんて、化け物としか思えないな? もし、これが無かったら、助からなかっただろう」

「父さん、あの時のプレゼントって、これだったの?」

「うん、そう・・・。役に立っただろ?」

 優花が両目を見開いて、出雲を見つめた。尊敬の眼差しになっている。

「父さん、偉いっ! まるで篠ちゃんに危険が迫ってるのを判ってたみたいじゃん?」

「いや~、照れるな~。ハハハっ・・・あれっ? どうしたの、篠ちゃん?」

 篠は無言で沈鬱な表情だった。

「篠ちゃん・・・あなた、蔵人佐と相討ちを狙ったでしょう?」

 篠は無言だった。

「隠してもダメ! こう見えても私は居合の黒帯持ってるんだから、ごまかせないよ」

「あれが母さんに教わった最期の秘伝の技だった。どうしても勝てない敵に遣う捨て身の技・・・でも、お頭には通じなかった・・・」

「それは仕方がないよ。篠ちゃんのお母さんにあの技を教えたのが丸目蔵人佐だったんだろう? 傷を負わせただけでも大したもんだ」

「そうだよ。それに蔵人佐は篠ちゃんが死んだと思ってるだろうから、もう出て来ないんじゃないかな?」

「来るよ」

「えっ?」

「お頭はきっと来るよ・・・」

 鬱々とした顔でつぶやく篠を、優花と出雲は痛ましそうな目で見つめた・・・。


 翌日、優花が篠を誘って電車で遠出をした。東武野田線で大宮に出て、ジェイアールに乗り換える。

「優花殿、どこへ向かうのですか?」

 電車に初めて乗る篠は落ち着かない。

「いいからいいから・・・」

 池袋で山手線に乗り換える。

「さっ、到着!」

 二人が降りた駅は原宿駅だった。ファッションの町、原宿に気晴らしに誘ったのか?というと、違っていた。優花は人通りの多い通りから裏路地のような中に入って行く。

「はい、到着!」

 そこは霜剣堂という刀剣店だった。中には所狭しと刀剣がショーウインドーに並べられていた。幕末の刀匠、固山宗次の刀や、同田貫上野介正国、大和守安定、長曽袮虎徹、孫六兼元、安綱、来国俊、古備前正恒、肥前国忠吉、福岡一文字、藤四郎吉光、長船長光といった名刀が並んでいる。

 篠は、長巻直しの形をした切っ先が大きい刀に魅入られた。

「気に入った? それは、幕末の刀匠、源清麿の打った刀だよ。私と好みが同じだね?」

 優花が微笑んだ。

「おう、優花、来たね?」

 奥からスーツ姿の若い美女が現れた。背筋がピシッと伸びていて無駄な力みが無い。武芸か舞踊の心得があるのだろうと思われた。

「姉さん、お久しぶりっス! こっちが篠です」

 優花が直立不動で挨拶する。

「へぇ~? ホントに優花とそっくりなんだ~? おもしろ~い! 双子にしか思えないよ」

「篠ちゃん、この人は私が修行している剣武天真流居合道の師範をしている青木怜子先生だよ」

「先生はやめてくれよ。高校の先輩後輩なんだからさ~」

 怜子が苦笑した。武道家といっても肩肘張ったタイプではない様子だった。

「はっ、はい、篠と申します。宜しくお願い致します・・・」

「うんうん・・・わかった。じゃあ、早速、行こうか?」

「えっ? あの・・・どこへ?」

「黙ってついておいで・・・」

 怜子が有無を言わせず、二人を連れ出した。大通でタクシーを捕まえて乗り込む。

「新宿のコズミックスポーツセンターまで・・・」

 怜子が行く先を告げると、タクシーが走りだした・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る