第2話
さて、旅に出るというのは大変なことである。
古くは三蔵法師ご一行が唐から天竺まで中央アジアを抜けていった話が残っているがその困難は相当であったという。
交通と通信が発達しだした近代においても船で太平洋を行くのに1か月という有様で、行った先では外人に対する偏見、差別に遭う可能性も捨てきれなかったのである。
そうは言っても、今や通信手段も交通手段も全世界を覆っている。ただ、厄介なことに彼は何故か現代では非常に政情不安な土地に向かいたいと考えていたのであった。
その最大にし唯一の理由が青春時代に読みふけった旅行記がそこを舞台にしているからという酷く単純明快な理由である。
あれほど慎重な男が自らの憧憬を求める段になるとむしろ直情的になることは非常に興味深い事柄である。
ただ、周りにとってはたまったものではない。
「どう考えてもただのおっさんが生き残れるとは思えない。英語だって通じない上に警察も軍もいないような場所に行けば人質にされた挙句、首を切られて獄門磔がオチだ」とは息子の弁。
「少し長い間、旅に出たいのはわかるけどなぜそこを選ぶのかが理解できない」とは妻の弁。
「お前は怖くなって空港のロビーでちょっとうろうろしたら近くのホテルで数日過ごしてすぐ帰ってくるよ」とは旧友の弁。
まず、だれも信用しない。それ以上に彼自身も少し不安に思ってきたのである。
放浪の旅に出たいとは 石川暁 @nanzenji
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