放浪の旅に出たいとは
石川暁
第1話
いざ参らん。
さて、彼はそう言ったものの果たして一体どうすればよいのか全く見当がついていない。ただ一つ、ここを去ることを決めた以外は。
彼は旅人というものに常々憧れを抱いていた。それは青春時代から成人後、壮年と呼ばれる年頃になろうとも変化せざる心情であり、ただきっかけがなかっただけである。
否、本当はいつでも踏み出せば良かったのであるが結局のところそのたった一歩を踏み出すことに躊躇いを抱き続けた人生だったのである。
そして今、彼は大いなる旅路を歩まんと決意したのであった。
なぜ今なのか。
もう失うものはない。そう確信を得たからである。
彼の数少ない友人は「石橋を叩いて渡るような性格」と評したがその言葉の裏には「極端に臆病な性格」というネガティブな表現もまた存在している。
無論、彼もそのことに気付いている。重々自覚している。齢五十を重ね、さすがに己がいかなる人間であるかを理解し始めたのだ。正確には自覚しているつもり、ではあるが。
しかし、彼はここにきて反論を試みるのである。
「では俺はやりたいこともせず仕事をし結婚をし子のために我が身をささげる一生なのか」と。
「それでは面白くはない。たとえ子が巣立つことで束縛がいくらか解かれるにしてもすでに我が身は老骨となっているではないか。
そうなる前に俺は己を試したいのだ。今一度若き頃の夢を果たすことは叶わぬものか」
そう述べた彼は唐突に自宅で放浪の旅への支度をコツコツと始めたのであった。
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