第1話 霧を抜けると漂流

  これは、語り継がれる『童話』の世界の物語

 

   白く濁った霧が広がっている。通称『沈黙の霧』と、呼ばれていた


 何も見えない、誰とも会わない。この空間で、少女は1冊の本を手にした

            仄かに輝く1冊の本を


       少女が手にした本は、黒い靄に包まれていく

             本を捲りながら

  まるで子をあやす母親のような優しい口調で、少女は本を読みだした

               すると…

  

     少女は本の中に吸い込まれ、新たな『想区』へと旅立った


                 ◆


 ざばん… と。

 空は、晴天が広がり透き通った蒼々。

 思わず、目を細めてしまうほどの太陽の日差し。白い雲。

 風は、妙に生暖く潮の香りが漂っていた。

「どうやらついたようね。 …ここは―――… ?」

 燐灰色の輝きを見せる大きな瞳を細めて、レイナは晴天の空を眺めた。

 ゆっくりと足を踏み出していると、

「危ない! お嬢!」

 いきなり、後ろからレイナは肩を掴まれた。

 大きな手は、レイナの肩をしっかりと掴んでいた。力強い男の腕だ。

「え!?」

 レイナが声を漏らし驚くのも無理はない。なぜなら、踏み出そうとした足元は、地面では無かった。波打つ海面に、足を踏み出そうとしていた。レイナは言葉を無くし、冷たい汗が頬を伝う。

「ふぅ、間一髪ってとこだったな」

 大きなため息を吐き、タオは言った。

「なぜ止めたのですか? タオ兄。面白い展開だったのに」

 後ろから歩いてきたシェインは、舌打ちしながら言った。その隣を歩いていたエクスは、苦笑い。

 沈黙の霧の中から4人が姿を現すと、沈黙の霧は晴れていった。どうやら、ここが目的地の『想区』らしい。

 4人が足をつけた場所は、海で流されている丸太で組まれた筏の上。大陸では無かった。沈黙の霧が広がる世界を抜けた先が、大陸だとは限らないという事だ。


 まあ、筏の上だっただけでもマシな方なんだな。もしも、海の上だったら今頃は―――… と、思うとレイナは冷や汗が止まらなかった。


「なぜ、筏の上!?」

 驚きが隠せないレイナ。

 だが、他の3人はさほど驚いてはいない。目を輝かせて辺りを眺めながら、興味を沸かせていた。

「おい! すっげぇぇぞ! どこを見ても大陸なんて見えやしないぞ」

 翡翠色の瞳を輝かせ、タオは言った。

「おお! 海の下に、大きな魚がいっぱいいますよ」

 と、シェインも言う。

「・・・ あなたたち… ことの深刻さに気付いてる?」

 呆れ顔で、レイナは言った。

「え? だって、海の上だってだけだろ? こんなの悩んでも仕方ないって。それよりさ、せっかくの海なんだから泳ごうぜ! こいよ新入り!」

 言って、服を脱ぎ捨てタオは海へ飛び込んだ。

「ちょっ―――… 」

 レイナが文句を言おうとしている時に、服を脱ぎ終わったエクスも海へ飛び込んだ。勢いよく飛び散る水飛沫が、レイナを濡らす。言葉を無くすレイナに「これを」と、シェインは布物を渡した。レイナは、てっきり拭く物を渡してくれたのだと思った。が、渡されたのは水着だった。

「早く着替えた方がいいですよ、姉御」

 服を脱ぎ出しながら、シェインは言った。

「なんで、水着を渡すのよ!」

「あれ? こっちの水着の方が良かったですか?」

「違うわよ! なんで、こんな状況で泳ぐのかっていってるのよ!」

「え? 海だからですよ?」

「・・・ もういいわ。訊いた私が間違いでした」

「じゃあ、泳ぎましょうか。姉御」

「お・よ・ぎ・ま・せ・ん!」

 怒りを露わにして、レイナは叫んだ。

 気持ち良さそうに泳ぐ、タオとエクス。不機嫌に頬を膨らましているレイナを気にして、シェインは泳げずにいた。いいな、タオ兄… と、ぶつぶつと独り言を呟いている。


「もうちょっと、遠くまで泳いでみようぜ! 新入り」

 タオは、海面に顔を出して言った。

「え? 筏を見失うかもしれないよ」

 と、エクスは返答した。

「大丈夫! 俺についてこい」

 言うと、タオは豪快に泳ぎ出した。

 タオの後を追うように、エクスも泳ぎ出す。が、海のない想区で生まれたエクスの泳ぎはぎこちない。それでも、タオの方まで泳いでいた。振り返ると、レイナとシェインが乗っている筏が米粒のように小さく見えるところまで泳いでいた。

「何とか… 追いついた…」

 体を海面に浮かして、エクスは言った。

「やるじゃねぇか。それでこそ、タオ・ファミリーのメンバーだ」

 笑いながら、タオは言った。

 そんな時、タオは遠くが暗くなっている事に気づく。ん? 曇り空か? … と、タオは思ったが、何か違和感を感じた。曇り空にしては、少々、規模が小さい。どちらかというと、霧のようだ。黒い霧だとすると… やばい… と、タオは思う。タオの背筋に悪寒が奔った。

「やばい! 急いで筏に戻るぞ!」

 言うと、タオは筏の方へ全速力で泳ぎ出した。

「え? 待って―――… 」

 エクスも、急いで泳ぎ出した。が、やはりタオのように速く泳げない。タオとの距離が引き離されていく。


「… ったく、何でよ。何で、この状況で楽しめる訳? 信じられない」

 まだ不機嫌なレイナは、ぼやいていた。

「姉御… 何かタオ兄が、叫びながら戻ってきますよ」

 遠くから戻ってくるタオを見ながら、シェインは言った。

「―――… ラ… だ!」

 離れすぎて、よく聞き取れない。

「何を叫んでるんでしょうね? 大陸でも発見したんでしょうか?」

「知らない! どうせ、一緒に泳ごうとか叫んでるんじゃない!」

 見向きもせずに、レイナは言った。

 だが、シェインはタオとエクスが泳いで戻ってきている後方で、黒い霧が迫ってきているのに気がついた。そこで、タオが何を叫んでいたか悟った。


 タオ兄は、ヴィランだ! と、叫んでいるのだと―――


 黒い霧は沈黙の霧のように、違う空間へと繋がっている。だけど黒い霧がどこの空間に繋がっているのかは、誰も分からない。

 黒い霧の中からは、破滅をもたらす<ヴィラン>という存在が姿を現す。現れたヴィランは、世界が滅ぶまで喰らい尽くすのだ。

 凝視するシェインは、黒い霧の中から次々とヴィランが現れるのが見えた。

「姉御!」

 言って、シェインは一冊の本を手にした。

 何も書かれていない空白の頁しかない『空白の書』だ。ぱらぱらと、空白の頁を開いた。すると、本は仄かに青白い光を照らし出す。そこに契約を交わしたヒーローの魂が宿った<導きの栞>を挟んだ。

「―――… お願いします。エルノア・リィンレース」

 と、シェインが囁いた。


 シェインは、エルノアと『接続コネクト』した。


 突然、シェインの体は光に包まれた。その光は、美しい女性の姿へと変わっていく。花に包まれたような姿は、まさに妖精のようだ。さらり… と、伸びる美しい金髪。幼さが残る童顔。手には、似つかわしくない大きな弓を持っていた。

 シェインの容姿はエルノアの容姿へと変貌した。


 ――― お願いします、エルノア・リィンレース。タオ兄と新人さんを救うために力を貸して下さい。

 シェインは、意識の中でエルノアに話しかけた。


「この矢が、あなたの悲しみを貫きますわ」

 エルノアは、弓矢を構えた。

「射ぬけ! 希望のプランタン!」

 言って、エルノアは矢を放った。

 一閃。一直線に放たれた矢は、もはや巨大な光の粒子が放たれたようだった。黒い霧まで一直線に伸びた光の粒子は、次々とヴィランを消滅させていく。これでかなりの数のヴィランを、一掃する事ができた。

 次は、エクスの後ろから浮遊して迫ってくるゴーストヴィランを、確実に仕留めていく。今の技を連発すると、タオとエクスに当たる危険性があるかもしれないと判断したからだ。が、このままだとエクスが襲われるのは時間の問題だった。焦りながらも、確実にエクスに一番近づくヴィランを仕留めていく。


 ――― 早く… もっと早くです。新人さん。

 シェインは、願った。


 タオは先に筏に到着する事ができた。

「はぁはぁ… 新入り! 急げ!」

 筏に上がりながら、タオは叫んだ。

 エクスは、まだ筏には到着できない。

 焦っているからもあるのだろうが、泳ぎはもたついていた。エルノアが援護攻撃をしてくれるので、エクスはかなり救われている。

 もう少しだ… と、エクスは自分に言い聞かせて泳ぐ。

 かなり遅れて、エクスもようやく筏に辿り着いた。筏に上がろうとした時は、もう気力は残っていない。タオがエクスを引っ張って筏に上げていく。疲労しきって力無くしたエクスは、笑顔を溢す。

 エクスが胸を撫で下ろして、

「たすか―――…」

 言った時、海中からプギーヴィランの手がエクスの足を掴んだ。

「新入り!」

 タオは、焦った。

 誰もが、海中からくるとは思っていなかったのだ。

 すぐに、エルノアは弓を引こうとしたが躊躇して動きを止めた。この近距離で矢を放ったら、エクスの足まで射貫いてしまうかもしれない… と、思ったからだ。

 刹那、レイナの蹴り。ヒーローの攻撃より凄まじい蹴りが、プギーヴィランを吹き飛ばす。エクスは助かったのだが、

「のいてなさい… 」

 低い口調で言うレイナに、凍えそうな冷たさを肌に感じた。

 レイナの異様な雰囲気に、一同は息を呑んだ。

「だから言ったのよ。こんな状況で優雅に泳ぎですって… ったく、だから襲われるんでしょ!」

「わ、悪かった… れ、冷静に… なっ、お嬢… 」

 タオは謝るが、レイナは聞いている様子はない。


 ――― まずいです。姉御から、ダークなオーラが漂っています…

 シェインも、恐怖に怯えた。


「きて、アリス」

 と、言って空白の書を捲った。

 レイナは、中世の服を着たかわいい少女に変化した。片手には剣。清楚にお辞儀をすると、純粋な微笑みをみせる。

「レディのたしなみ、教えてあげる」

 レイナは、アリスと接続コネクトした。

 アリスは、筏に上がってきそうになったプギーヴィランを斬りつけた。次々と斬り払っていく。

 タオとエクスは、急いで服を着ていた。早くしないと「最悪の事態になりかねない」と、予感していたからだ。が、残念な事に予感は的中してしまう。タオとエクスは、アリスが力を込めて剣を振り上げる姿を捉えたのだ。

 咄嗟にテオは止めようとして、

「ちょ… 待て―――…」

 何かを言おうとしたが、

「いくわよ! ワンダー・ラビリンス!」

 アリスが振り上げる剣に、稲光が奔った。その剣を、勢いよく振り下ろす。

 まるで隕石が落ちてきたかのような、凄まじい大爆発。海に巨大な穴が、開いた。無数のヴィランが一瞬にして消滅していく。

 が… おかげで乗っていた筏も、砕けて飛び散ってしまった。


 4人も、筏ごと吹き飛ばされてしまう… 


                   ◆


 砂浜では緩やかな波が、流れて来ては帰るを繰り返す。

 筏はばらばらに破壊され、朽ち果てた丸太が散乱していた。そんな砂浜で、砂に埋もれて倒れ込んでいる4人の姿が。最初に、目覚めたのはタオだった。ぴくっ… と、指先が動く。眉間に皺を寄せながら、タオは小さく唸りながら目を覚ます。

「う~ん… どこだ、ここは…」

 辺りを見渡しながら、タオは言った。

 全員いる事は確認できた。とりあえず、胸を撫で下ろす。頭を振りながら、エクスとシェインも目を覚ました。まだ意識は朦朧としているようで、この状況を頭で整理できない。頭に付いた海藻を取りながら、エクスは言う。

「みんな、無事みたいだね… ここは?」

「どうやら、島? のようですね」

 シェインは、答えた。

 砂浜の先は、緑の生い茂った森林になっていた。人が住んでいるような建物は見えない。ここ以外、どこにも大陸らしいものは見当たらなかった。もしかしたら、無人島なのかもしれない… と、一同は思う。

「ったく… とんでもないな。お嬢は…」

「まったくです。危うく、死にかけました」

 タオとシェインの会話に、エクスは苦笑う。

 レイナは、まだ目を覚ましていない。なぜか、いつもと変わらない気持ちよさそうな寝顔だ。そんなレイナの寝顔を見ながら、

「こんな状況で、気持ちよさそうに寝てるなんて… さすがお嬢だぜ」

 呆れ顔でタオは言った。

「なんか… こんな寝顔をみてると、変な怒りが込み上げてくるね…」

 レイナを見つめる琥珀色の瞳には、感情が籠っていない。エクスは、言った。

 エクスの言葉に、同じように感情の無い目つきでレイナを見据えながら、タオとシェインも賛同。3人は、眠っているレイナを取り囲んだ。「ここはこうだな」とか「ここはこうした方が」とか、3人の会話する声がしばらく続いた。

「これでよし… っと。さてと、まずは、この大陸を探索してみるか」

 腰を上げて、満悦な笑みを浮かべてタオは言った。

 エクスとシェインも、何やら満足そうに腰を上げた。

「レイナは、起こさないでいいの?」

 エクスが訊ねると、

「まあ、お嬢を起こしたら、色々とまた面倒を起こしそうだからな。とりあえず、ここは安全そうだし、寝かせておいた方がいいだろうな」

 タオは返答した。

「ですね。それに、何か手掛かりと食料を持って帰ってきた方が姉御のご機嫌が取れそうですしね」

 大きく頷きながら、シェインは言った。その意見には、エクスも賛同して頷く。

「じゃあ、新入りは砂浜の周りの探索を頼む。シェインは、俺と一緒に森林の方を探索だ。緊急事態の時は、何でもいいから大きな音をだせ。いいな」

「了解」

「了解です」

「じゃあ、いくとするか。お嬢が起きる前に戻ってこないと、また何をしでかすか…」

「ですね… いきましょう」

 テオとシェインは、森林の方へ歩き出した。

 エクスも、レイナが眠っている事を確認して歩き出した。

 エクスは、果てしなく広がる海を眺めながら歩く。砂浜は、足を取られて歩き難い。見えるのは、空と海だけ。船など一隻も見えないし、砂浜を歩いている人の姿も見えない。

 やはり、無人島だな… と、エクスは思う。

 そして、穏やかな海を眺めながら幼馴染みのシンデレラの事を思い出していた。

 

 彼女は、あるべき世界で平穏に暮らしているのだろうか… と。


 幼馴染みのシンデレラと別れて故郷の想区を後にしてから、歳月は経つ。

 あの時の想区は、カオステラーによって狂い出していた。

 想区の住人は、運命の書に記述されている通りに従い、ただ生まれてから死ぬまで役を演じ続けている。だから、想区が狂い出しても疑う者などいない。

 だが、エクスだけは違和感を感じていた。なぜなら、エクスは運命の書に従わう住人では無いからだ。生まれ持った本は、何も書かれていない運命の書。

 だから、なぜ自分だけ運命が記述されていないのか… と、ずっと思って生きていた。

 そんな時、レイナ達と出会う。レイナ、タオ、シェインは自分と同じ空白の書を持つ者だった。3人は、タオ・ファミリーとして様々な想区を冒険していた。カオステラーの事とかヴィランの事とか、戦い方も教えてくれた。

 そして、レイナが『調律の巫女』で想区をあるべき世界へ戻してくれる… と、いう事も。

 だから、カオステラーと壮絶な戦いを勝利して、レイナのおかげであるべき世界へ戻す事ができた。だが、想区が戻っても自分の居場所は無くなっていた。

 だから、タオ・ファミリーの一員として旅に出る事を決意したのだ。


 なぜ、自分の運命の書は空白なのか… その意味を探す旅に…


 だから、あるべき世界に戻ってからの想区もシンデレラも知らないのだ。

 だから、故郷の想区の事も、シンデレラの事も、無事であることを祈るのだ。


                 ◆


 ぐっすりといい気持で寝ているレイナは、砂浜にいたカニに尻を挟まれて飛び起きた。

「いっっったぁぁぁい!!」

 涙目になって、レイナは叫んだ。

 尻を挟んだカニを振り払い、挟まれたところを叩く。いったい何が起きたのか理解できなかった。

 えっと… 確か… 想区に着いたら筏の上で… それから… ヴィランが現れて、一掃したら… と、そこまでレイナは思い返す。自分がとんでもない事をしてしまった事も。が、それは皆が事の深刻さが分かってなかったからで… と、レイナは自分に言い訳をしていた。

「皆は? どうしよう… 無事なのかしら…」

 辺りを見ても自分しかいない事に、レイナは動揺した。思わず、瞳が潤んだ。

 無事でいて、皆… と、レイナは願った。

 どうしたらいいのか、考えられない。だが、このまま、ここにいても何も解決しないという事は、分かっていた。だけど、何か行動を起こさないといけないのだが、何も思いつかなかった。座り込んで、呆然と海を眺めていた。

 その時、海が黒い霧に包まれ出した。レイナは、目を凝らす。黒い霧の中からヴィランが迫ってきた。それも、筏にいた時に襲ってきた数より遥かに多い。

「よりによって、こんな時に…」

 レイナは、愚痴を溢す。

 ぱらぱらと空白の書を捲り、導きの栞を挟んだ。現れたのは、ガラスの靴を履いた美しい女性。さらりと、伸びた髪が白いドレスの背中を隠す。

「12時の鐘が鳴るまで魔法は解けないわ」

 レイナが接続コネクトしたのは、シンデレラ。


 ――― かかってきなさい!

 レイナは、鋭い眼光で迫ってくるヴィランの集団を睨んだ。


 シンデレラは、片手に持つスタッフを砂浜に叩き付けた。シンデレラの周囲は蒼白い輝きを放つ、円状の魔法陣が浮かび上がった。

「クァ、クァァァアアアアアア」

 咆哮が聞こえた時は、シンデレラの目と鼻の先にまで迫っていた。

 太い腕で大きな爪を持つ化け物。黒い肌。目は吊り上がっていて、大きく切り開かれた口から覗かれるのは、無数の牙。獣タイプの、ビーストヴィランだ。

 シンデレラに近づくなり、数匹のビーストヴィランがシンデレラを同時に攻撃を仕掛けてきた。大きな手の爪が、シンデレラを襲う。だが、シンデレラがスタッフを振るだけで、周囲にいるビーストヴィランを吹き飛ばした。さらに、もう一振りで後方に控えていたブギーヴィランを消滅させた。次々に、ヴィランを消滅させてゆく。


 ――― この程度じゃ負けはしないわ!

 レイナは、勝利を確信していた。


 刹那、シンデレラの元に魔力を籠めた球体が飛んできた。シンデレラは気が付いて、後方へ退いたが、一瞬の遅れをとった。目の前の砂浜で、魔力を籠めた球体が大爆発を起こすと、シンデレラは爆風に巻き込まれ飛ばされてしまう。

「―――… っ!」

 シンデレラは苦痛に顔を歪ませ、倒れ込んだ。

 すぐに起き上がり、


 ――― 接続切替コネクトチェンジ! きて、アリス!

 意識の中でレイナが言うと、シンデレラの体はアリスへと姿を変えた。


 アリスのダッシュ攻撃。一直線にブギーヴィランを切り払う。からの、素早い連続攻撃。次々と、襲い来るヴィランを消滅させていく。だが、魔力を籠めた球体を飛ばしてきた敵は、まだ後方にいた。

 魔力を籠めた球体を飛ばしているのは、メガ・ファントム。他のヴィランとは違う、大型のヴィランだ。尖った嘴の仮面。細長い手は骨と皮しかない。ふわふわと、体は浮遊している。この世界に未練を残す幽霊のようだ。

 メガ・ファントムは遠距離攻撃を得意としているため、近づいてはこない。アリスは他のヴィランを倒しながら近づこうとするが、なかなか近づけない。メガ・ファントムの飛ばしてくる魔力を籠めた球体を回避するだけで、精一杯だった。


 ――― さすがに、このままでは… と、レイナは思った。


 この状況をどう打破するか悩んでいる瞬間、隙が生まれてしまう。

「しまっ―――… !」

 魔力の籠った球体が直撃してしまった。体中から煙を出しながら、アリスは吹き飛んでしまう。砂浜に埋もれるように、アリスは倒れ込んだ。接続コネクトしていたアリスは、衝撃でレイナの姿に戻ってしまった。全身、傷だらけ。すでに、立ち上がろうにも自力で立ち上がるのは困難になっていた。

「っつ! 足が… もうダメみたい」

 足首を手で触り、レイナは苦痛に顔を歪ませながら言った。

 ビーストヴィランの攻撃を避ける事はできない。襲い来る鋭利な爪に恐怖を抱き、力強く目を瞑った。終わった… と、レイナは覚悟した。

 だが、ビーストヴィランは攻撃を当ててこない。ビーストヴィランが攻撃を外した? と、レイナは思った。が、ゆっくりと目を開けると、

「呪われたここ体の力を、見るがいい」

 大声で叫ぶ野獣ラ・ベットの姿が、見えた。


 ――― おらぁ! てめぇら、うちのお嬢になにしやがる!

 意識の中で、タオは叫ぶ。


 巨大な盾で、ビーストヴィランの攻撃を防いでいた。そして、不格好な斧で、ビーストヴィランを斬りつける。がるる… と、威嚇。大きな口からは牙を覗かせた。鋭い眼光で、ヴィランを睨む。

 タオが接続コネクトしている、野獣ラ・ベットの姿だった。

「タオ!」

 と、レイナは歓喜の声を漏らした。


 ――― 砂浜の方で爆発音が聞こえたんで戻ってきたんだが、正解だったようだぜ。危な かったな、おじょ―――… ぷっ!

 意識の中だが、タオはレイナを見ると、吹きだそうとする笑いを堪えて目線を反らした。


 次々と、レイナの後方から矢が放たれた。ヴィランを貫いていく。もちろん、これはシェインが接続コネクトしたエルノアの矢だ。一見、冷静そうな表情に見えるが瞳は怒りを露わにしていた。


 ――― 大丈夫ですか? あね―――… ぷっ!

 シェインも、意識の中だがレイナと目が合うと、吹きだそうとする笑いを堪えて目線を反らした。


「なんだろ… なぜか不快感を感じるんだけど」

 レイナには、タオとシェインの姿は見えていない。が、なぜか2人に笑われているようで不愉快さを感じた。

 レイナの前に、野獣ラ・ベットとエルノアが立ち塞がった。


 ――― よくがんばったな、お嬢。後は俺達に任せて、ゆっくり休んでな。いくぜ、野獣ラ・ベット!

 タオは、野獣ラ・ベットに話しかけた。


 ヴィランがどんな猛攻をしようと、全て盾で防いだ。そして、突き進みながら薙ぎ払う、野獣ラ・ベット。後方からは、エルノアが矢を放ち支援攻撃をしている。またたくまに、ヴィランを一掃していく。だが、メガ・ファントムを追い詰めるまでには至らない。あと一歩が攻め込めず、消耗戦が続く。疲れが見え始め、野獣ラ・ベットとエルノアの額から汗が伝う。


 ――― くっ! と、とどかねぇ… ちくしょう。

 タオは、疲れと苛立ちが募っていた。

 ――― せめて、矢が射貫けるように体を曝け出してくれれば… 。

 シェインも。


 そんな時、メガ・ファントムの背後から、

「ヘブンズ・ブレイブ!」

 子供の叫ぶ声が聞こえた。

 大きな瞳は、蒸着水晶の輝き。体躯は小さい。重厚そうな鎧を着ているが、動きは非常に軽い。悪戯好きそうな笑顔を見せる子供のようだ。

 それが、エクスが接続コネクトした、ジャックの姿だった。

 ジャックの必殺技。剣の波動が一直線に伸びて、メガ・ファントムを斬りつけた。メガ・ファントムは、断末魔の呻き声をあげながら消滅していく。

 砂浜の周りを探索していたエクスも、大爆発の音に気づき戻ってきたのだ。そして、運良くヴィランの背後を取る事ができたのだ。メガ・ファントムを倒した事によって、他のヴィランは総崩れした。

 黒い霧が、どんどん晴れていく。現れたヴィランが消滅した事によって、黒い霧も消滅した。

 接続コネクトを解除して、

「はぁはぁ… おまたせ」

 息を切らしてエクスは、言った。

「おせぇぞ! 新入り」

 不服そうだが笑顔でタオは、言った。

「まったくです」

 無表情でシェインは、言った。

「皆、無事だったんだね。良かった… 本当に、良かった。そして、助けにきてくれてありがとう」

 いつもの皆がいる光景を見て、感情が込み上げてレイナは微笑みを浮かべた。

「何言ってんだ、おじょ―――… ぷっ!」

 レイナと顔を合わせたタオは、喋っている途中で吹きだしそうな笑いを堪えた。

「何なの? 今、笑える場面シーンじゃないでしょ? あっ、顔が汚れてるからかな。ちょっと、待ってて」

 首を傾げて、レイナは言った。

 タオ、シェイン、エクスは「まずい」と漏らして、顔が青褪めた。ゆっくりと忍び足で、レイナから離れていく。

 汚れた顔を洗おうとレイナは、海面に映った自分を見た。刹那、レイナの背後に黒いオーラが漂い出す。体と声を震わせて、

「あなた達… これは、どういう事か説明してもらえるかしら…」

 振り返りながら、レイナは言った。

 びくっ… と、3人は肩が竦み上がった。ゆっくりと、3人はレイナの方へ顔を向けた。レイナは、鬼の形相。否、鬼の方がまだ可愛いかもしれない。このままでは、殺されてもおかしくはない… と、恐怖を抱いた。

 レイナの怒りが吹き出しているのも無理はない。


 なぜなら、レイナの顔には無数の落書きがされているからだ… 


「お、お、落ち着け… こ、これはだな皆で―――…」

 タオが言い訳をしようとした時、

「兄貴です」

 俯いて、シェインは言う。

「!? おま―――…」

「兄貴がやったんです。ですよね、新人さん」

 シェインの返答に、俯いてエクスは頷いた。

「新入りまで… てめぇら―――…」

「タオ、ゆっくり話をしましょうか」

 ゆらりゆらりと、レイナはタオに歩み寄りながら言う。

「てめぇら! 覚えてろ!」

 涙目で走り去りながら、タオは言った。

「待ちなさい!」

 逃げていくタオを、レイナは追いかけていった。

「タオ・ファミリーの頭として、潔く死んでください。兄貴」

「・・・ ごめんね、タオ」

 タオが無事である事を祈りながら、エクスとシェインは見送った。


 その後、タオの悲鳴が大陸中に響き渡ったのは言うまでもない―――… 

 

 

 

 

 

 



 

 


 

 

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