ℏook ~ 鉤の左手を持つ海賊 ~

@kesibaragi

第0話 果し合い

 荒れ狂う高波に揺さぶられているのは 海賊船 〝 ジョリー・ロジャー号 〟


 もちろん船長は、言わずと知れた悪名高い 〝 大海賊キャプテン・フック 〟

 わがまま、短気、極悪非道、などなど短所をあげればきりがない。自分がほしいものは力尽くでも奪い取り、気に食わない奴がいれば牙をむく。とてもいい性格とはいえない。が、なぜだか妙に荒くれ者どもに好かれる存在だ。

「がははははははは! さすが好敵手!」

 と、フックは高々と笑う。

 フックが、そう称賛する相手は 〝 ピーター・パン 〟

 いつも元気で、屈託のない笑顔が似合う童顔。まだまだ、年端もいかない少年だ。妖精ティンカー・ベルのおかげで、自由自在に空を飛び回れた。故に、フックの攻撃を回避する事など容易かった。

「へへ どうしたの? 全然、当たらないけど?」

「これからだ。もうすぐ、叩き落してやるから待っとけ」

 フックの攻撃が遅いわけでは、断じてない。

 右手に持った細身の剣は、肉眼では捉えられないほどの連続突きを繰り出す。そして、相手が態勢を崩したところに会心の一撃を。以前、ピーター・パンに切り取られた左腕に付けた鉤を思いっきり振り下ろすのだ。左腕の鉤は喰らわせれば、相手の肉を削り骨をも砕く。この連続攻撃を喰らわせれば、強靭な大男を相手だとしても立っていた奴はいない。… なのだが、ピーター・パンが速すぎるのだ。

 何度も、何度も、攻撃を仕掛けるがかすりもしない。

「どうしたの? 息があがってるんじゃない? 少し休憩する?」

 平然とした顔で、ピーター・パンは聞いた。

「ハァ… ハァ… まだまだ… 」

 ピーター・パンの余裕の笑みに苛立ち、強気の態度で言ったものの

「ま、まぁ… ハァハァ… 疲れてるんなら… ハァハァ… す、少し休んでやろうじゃないか ハァハァ… 」

 言い直して、取り囲んでいる仲間から水の入った袋を奪い取った。喉音を鳴らしながら、一気に飲んでゆく。濡れた顎鬚を豪快に手で拭いて、

「よし! 再開だ」

 言いながら、すぐピーター・パンに襲い掛かった。当然だが、ピーター・パンに当たるはずがない。手数なら圧倒的にフックの方が多いが、ピーター・パンは回避しながらフックを後退りさせていく。完全に、ピーター・パンの方が優位だった。

「年なんじゃない? 足がふらついてるよ」

「はっ⁉ もう、勝った気でいるのか? ガキは目元の勝利にとらわれ過ぎなんだよ!」

「でも、もう後がないよ?」

 言われて気がついたが、フックは船から伸ばした板の上にいた。しかも、あと一歩でも後退りすれば海に落ちるというところに。フックは、後ろを見下ろして息を呑んだ。

「こ、こっから、華麗な逆転劇が始まるんだよ… たぶんな… 」

 強がっているだけではない。フックは、本当にここから逆転できると思っているのだ。その証拠に、切れ長の目には闘志が溢れていた。ゆっくりと構え、ピーター・パンを見据える。

「一つ訊きたい。お前は、何者だ?」

「僕? 若さかな? それとも歓び? いや… 卵から出てきた小さな鳥だな」

 ピーター・パンに訊いた自分が馬鹿だった事に気づいた。

 たぶん、こいつは自分が何者なのか知らないのだ… と、フックは思った。

「あれ? なんだろあれ?」

 ピーター・パンはフックより先の遠方を見据えながら、言った。

「なるほど、そうやって、俺様が向こうを見た瞬間に落とす作戦か。せこい奴だな、クソガキ」

 その手は食らわないとばかりに、フックは振り向かない。

「違うよ! 本当に、向こうに何かあるんだって!」

 フックと目線を合わさずに、ピーター・パンは言った。

 ピーター・パンが必死に言うので、フックはちょっと後ろを覗いたら、

「だから、やり口がガキなんだ―――…」

 確かに異常な状況だという事に、気が付いて言葉を失う。

 そこには、黒い霧が漂っていた。

 薄気味悪い。なぜか見ているだけで、悪寒が奔った。ここにいる誰もが「近づいてはいけないものだ」と、直感で理解できたが体が動かなかない。ただ、近づいてきている脅威を見据えるだけしかできなかった。

 

 力がほしくないかい。運命を変えるほどの力で… 贖ってみないかい。

 

 その声は、黒い霧の方から聞こえてきた。

 細身で長身の男性。肌は青白く、顔つきは精悍。が、顔の半分は悲しそうな表情をしたような仮面を付けていた。誰もが思う、こいつはやばい… と。そう印象づけるのは、まるで地上を歩いてくるかのように海面を歩いてくるからだ。

 この状況下で、物静かな口調で、もう一度、訊ねてきた。

 

 さあ、力を手に入れてみないかい。贖ってみないかい。


 ―――… と。

 


 



 

 

                     


 


 

 

 

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