第9話「血液活性(ブラッドエンジン)」


 ARFでは、子供とその家族は、比較的安全な船に住むことができた。

 地上がゾンビで溢れても、空気感染を防げるワクチンがあれば、感染の危険の殆どない船の上は安全だったから。

 僕の父さんは船内のお医者さんだった。

 あれは忘れもしない、数時間後にゾンビが溢れた日、あの時父さんは血の止まらない患者さんの止血を済ませたばかりだった。

「父さん、どうしてあんなに慌てていたの?どうして血を止めなきゃいけないの?」

 血塗れで必死に働く父さんを見て、僕は素朴に疑問に思った。そんな僕に父さんは真剣な目をして言ったんだ。

「血液はね?人間にとって無くてはならない大事な物なんだ」

 父さんは僕の胸にそっと触れる。

「血液は人間が力を発揮するために必要な物をすべて運んでいるんだよ、心臓というエンジンから全身にね」


・・・


 口に含み、飲み込んだ血液が、心臓に染み渡る。人間の構造的にはありえないはずだけど、僕にはそんな風に感じられた。

 最初に感じたのは、熱、心臓からマグマが流れて、血管を焼きながら全身の隅から隅まで流れていくような、悍ましいほどの熱が全身に走っているように感じた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 息が苦しい、自然と息が荒くなり、心拍数が、心臓の音が頭に響く、視界が赤く染まっていく。

「チー君?チー君!?」

 くうの声が凄く遠くに聞こえる、なんでそんな心配そうな声を出しているのだろう?

 誰が彼女にそんな顔をさせた?誰が彼女に怪我をさせた?誰のせいだ?


 誰が僕の友達に手を出した?


「おい!お前ら伏せろ!」


 バクの声で、一気に僕の頭の中がクリアになる。いつの間にか粉塵が晴れて、相手の指揮車両が僕らに狙いを定めていた。

 撃ち出された弾丸は先程と同じ先端が杭になった物、僕ではなく、くうの頭に向かって飛んでくる。

 一瞬よりも短い時間だった、それでも今の僕にはゆっくり考えて、そして行動するのに十分な時間だった。

「ふっ!!」

 くうを両手で庇いながら、頭のわずかな動きだけで銃弾をそらす。周囲から見れば僕の頭が銃弾を弾いたように見えたかもしれない。

「そうだった……お前らがくうに怪我をさせたんだった」

 目線で歩数を量る、ここからは容赦しない、一瞬で終わらせる。

 一歩目、一番近くにいた敵兵に一瞬で距離を詰める、相手の顔が驚愕に変わりきる前に、その腕を掴み、負傷兵を引きずっている二人の方に投げる。

 二歩目、敵兵たちがドミノみたいに倒れていくのを横目で確認しながら、さらに指揮車両に迫る。

 三歩目、自動か手動かは分からないけれど、指揮車両から連続で空気弾が発射された。狙いは僕のようだけれど、その殆どは後方を穿つ軌道。

 四歩目と同時に、僕は指揮車両の装甲を引き裂いた。

その金属が何て名前で、どれほど固いのかはわからない。漫画の様にバリアでも張られていたのかもしれない、それでも僕の腕は紙でも引き裂くように装甲を引き裂き、中から壮年の男性を引きずり出す。

「こ、この化け物がぁ!」

 引き摺り出された中年の男性は、ゾンビに食われる人間ですら上げそうにない恐怖の叫び声を上げながら、それでも抵抗しようとしない

「話せ!私は中将だ!この部隊の隊長だ!今地球上で一番尊い人類なんだぞ!分かっているのか、我々が今一度、科学の力で人類を復興しようというのに!」

 最早命乞いなのか、それとも最後の抵抗なのか、唾を飛ばし目を見開いて、男性、中将は叫び続ける。

「人間の進化から外れた貴様らが、邪魔をしようというのか!!人類を滅ぼすというのか!!」

「別に、僕はただ」

 中将から手を放す、彼らにも目的が、理由が、正義があるのだろう。 だけど彼らの思いが如何に強かろうと、僕が生きる目的を撃ち殺す言い訳にはならない。

「友達と……くうと生きたいだけだ!」

 叫びながら、ありったけの力を込めて、僕は指揮車両を二つに引き裂いた。もうこれで彼らは僕らを害する手段がない。

「二度と、くうに……僕らに手を出すな。次は……加減できない」

 体から力が抜ける。そのまま僕の意識は悪夢すら見ない深い闇の中に落ちていった。

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