第8話「僕の喉が渇く訳」

「戻って!くう!」

「大丈夫!まっすぐ行ってガブってやればいいんだから!」

 くうが飛び出すと同時に、向こうの銀色の球体から『何か』が産み落とされた。

 いや実際には生まれたわけではなく、防衛部隊として出撃したのだろう、先ほどの機械の敵、いやPWAという名前だったか、PWAが全部で四機、くうの周囲を囲むように布陣する。

「攻撃が来る」

「伏せろ!くう」

 鳴君が見た攻撃の予兆に僕が声を上げるよりも早く、彼らの腕から何かが発射され、全方向からくうを打ち据える。

「やっぱり弾が見えねえ、マジでエネルギー弾なのか!?」

「違う、そういう音じゃない・・・・・・たぶんあれは空気の弾だね」

「空気だぁ?つまりものすごい勢いで空気を発射してるってか?エネルギーがある限り弾が無限じゃねえか?不味い、援護を」

「ダメだよバク、バクの爆弾じゃたぶん、牽制にもならない」

 くうは敵に撃たれるがまま微動だにしない、これだけ大きな音を立てていれば、ゾンビたちがいつ襲ってきてもおかしくない、事前に彼らが掃討したのだろうか。結果、僕たちは梅雨払いもできないし、ほかの敵を足止めすることも出来ない。

「ふふふ、たいしたことないじゃん!」

「なに!?」

 撃たれ続けていたくうが、反撃に出る、幸いゾンビを食べづづけることによって、丈夫になっていた彼女の皮膚は、空気の弾を無効化できる程度には頑丈だったらしい。

 そのまま正面のPWAの腕をつかみ、握りつぶす

「ぎゃああああああああ!?」

 捕まれた兵が信じられない悲鳴を上げ、周囲の兵も射撃をやめて後ずさる。

「君、ゾンビより不味そうだから、噛むだけね!」

 さらに掴んでいた手をそのまま引っ張り、相手を抱きしめるように、いや相手を捕まえて、その首元に、歯を立てる。

 機械を壊す、バキバキという音と生々しいグチュリという音が混じり、悲鳴は絶叫に変わった。

「あああああああああああああ!?」

 首を抑え、のたうち回る仲間を見て、二人が傷を負った兵士を引きずり、もう一人は何か肩に筒のようなものを構えて後ずさる。鍛えられた兵士としての行動というよりも、逃げるためになりふり構っていられないようだった。

「前見た時より、歯も握力も噛力も強くなってやがるな」

「くう姉はゾンビを食べれば食べるほど強くなるから」

「観察してる場合じゃないってば、くう!気を付けて!」

 声援を送ることしかできない自分が悔しい、それでも僕が介入できる戦いじゃないから、僕らは、僕はこうして見ていることしかできない。

 ドン!という大きな音と共に、くうの体が少し押し戻された。恐らくさっきの空気の弾の大きいバージョンが放たれたのだろう。

 空も少しお腹を抑えて痛そうな表情をしている。それでも倒れないくうに、相手側の動揺が広がる、さらに逃げるように負傷した兵を引きずりながら、キューンと何かを集めるような音が響く

「空気を集めてる、第二射が来るよ」

「くっそ、一体ぐらい捕まえられないかな?あいつら」

 僕らの見つめる先で、くうがお腹を押さえつつも、ジグザグに走りながら、大砲を構えている兵に向かって走る。

 再び、ドン!という発射音、紙一重で見えない弾を掻い潜ったくうが、空いている右手を振りかぶって、相手の頭部を鷲掴みにした。

「は、はなせ!化け物め!汚染された地球人め!」

「乙女にそういうこと、言わない・・・・・・でぇやぁ!」

 メキメキと相手の頭部部分が凹み、相手がじたばたと暴れる、それでもくうはビクともしない、半分ほど顔面がつぶれたところで、くうは相手を突き飛ばした。

「がっ……汚染された……空気が」

「ほら地球の空気、たっぷり吸いこんでね?」

 僕らを虫けらのように、ゾンビと同じように蹂躙出来る相手、さぞ凶悪な顔をしているのだろうと勝手に思い込んでいたが、PWAの中から出てきたのは普通の、いたって普通の人間の顔だった。

「さあ、次はだれ?これ以上やるっていうなら……噛むよ?」

 ぞくりと、この場のくう以外の全員に寒気が走った、僕だってこんなに怒った、いや殺意にあふれたくうを見たことがない。

「……はっだめだくう姉!」

 そのせいでくうを含め全員の判断が遅れた。

 PWAを出撃させて以後沈黙を保っていた、指揮官の乗った銀色の球体、そこからいつの間にか銃口のような筒が飛び出していた。

 気づくのが遅れた、あれはただの輸送用の乗り物じゃない、たぶんあれも戦闘用の兵器なんだ。

「くう、避けろ!」

「え!?」

 パシュンという発射音を響かせ、銃口から銃弾が発射される、先ほどの空気弾とは違い、今度は実態のある弾、一瞬だったけど先端が鋭く尖っているように見えた。

「きゃう!」

「バク、爆弾!なんでもいい、投げろ!」

「唐突だなおい!」

 バクの投げた爆弾が爆発し、爆炎と粉塵があたりに舞う。それが目くらましになっていることを祈りつつ、僕はくうのもとに駆け込んだ。

「いたた……やっちゃった」

「しゃべるなよ、くそっ」

 くうの肩に杭のような物が刺さっている、先ほど撃ち出された弾丸はくうのように、空気弾が効かない相手のために用意された物理的弾丸だったようだ。

 緊張なのか、こんな時にですら、喉が渇く。

「くそっ、ゾンビの次は超兵器の兵器、どこまで……どこまでくうを無茶させなきゃいけないんだよ!」

 爆弾に反応した敵がバク達の方を狙って攻撃している、バクも心配だが、こっちも早く射線の通らない所に隠れないといけない。

「チー君、私は大丈夫、私頑張るから、だから」

「喋るなよ、隊長命令だ!……僕に力があれば、くうにそんな顔させなくても済むのにな」

 くうは、空・アユムは昔からそうだ、特に力を得てからは、積極的に危険に飛び込んで、怖くても悲しくても、僕らには笑顔を見せようとする。

 他のやつらは気づいてなくても僕には分かる。あの地獄のような船内を生き残ってから、ずっと一緒に生きてきたのだから。

「ねえ、チー君」

「だから黙って―――」

「聞いて!地牙君!」

 くうを担ぎこの場を離れようとした時、くうが大きな声を出す、彼女が僕をこう呼ぶときは、大抵怒っている時だ。

「チー君……ごめんね」

 一体どんな言葉が飛び出すかと思ったら、次にくうの口から飛び出したのは謝罪だった。

「私、頑張ればチー君に悲しい思いや辛い思いをさせなくて済むと思ったの。私が頑張れば、チー君が苦しい思いをしなくても済むと思ったの……でも違ったんだね、私は自分勝手だった」

 くうが、無理やり僕の肩から降りる、バランスを崩しかけてよろめきながら振り返る僕の前で、くうは、無事な左手と口を使って、自分の着ている服を引き千切った。

 服の下の肌や下着、そして傷口の肩が大きく露出し、僕は思わず、『衝動に抗うため』に目をそらす。

「私がチー君に笑っていてほしいのと同じくらいに、チー君も私に、みんなに笑っていてほしいんだよね。・・・・・・あのねチー君、私は分かるの、チー君の抱える苦しみ、私もその『衝動』を知っているから」

 くうが僕の顔を掴み、無理やり自分の方を向かせる、手負いとは思えないような強い力で。

「どんなにお腹が膨れても満たされない、何かが足りない、常に感じる空腹感、ううん、チー君のはきっと『口渇感』誰に診察してもらっても原因の分からない、私と同じ」

 目線だけでも逸らそうとしても、くうに、くうの傷口に、そこから滴る赤い血から、目が離せない。

「さあ、飲んで、もうチー君の分まで頑張るなんて言わない。一緒に頑張ろう?一緒に笑おう」

 くうの笑顔に吸い込まれるように、僕は彼女の傷口に口を付けた。

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