第5話「月の民の侵入」


 地球が不死の軍勢に飲み込まれようとした時、すべての人類がそれに抵抗するべく戦ったわけではない。

 ある者は、少しでも数を減らそうと、大都市と共に塵となり、ある者はいっそ食われるくらいならと首を括った。

 その中に逃亡という道を選んだ者たちがいた。各国の高官、優秀な科学者や技術者たち、そしてその家族、彼らは世界中の大気圏突破能力を持つ船をかき集め、集められるだけの資料と機材、食糧や水、酸素を乗せて、当時国連主導で建設されていた月面基地への移民計画を実行に移したのだ。

 それは想像を絶する苦難の連続だっただろう、考えられるでも収容数の数十倍の人員の増加、恒久的な酸素、野菜、肉、魚などの食料の確保などの問題点が考えられる。

 問題解決のための、広大な土地の確保、あらゆることが急ピッチで進められた。

 それでも彼らが、生きるだけの環境を整えることができたのは、それだけの資源と人材を確保することができたからだろう。

 それは偉大な功績だ、称えられてしかるべきだろう。彼ら自身がそれを誇り思って当然である。

 だがそれは後に二つの禍根を残すことになる。一つは、それだけの資材と人員が引かれたことにより、地上の世界はより混乱を深めたこと。

 もう一つは、月で生き延びた人々の中に一つの意識が生まれてしまったことだ。

「地球の地上に取り残された人々よりも、自分たちは選ばれた存在だ」という意識を。

 人類の多くが混乱し、以前の科学技術を取り戻すことすら困難な状況の中、月に住む彼らは持ち込んだ最先端の機会を用いて、既存の科学をさらに進んだものへと昇華させていった。


・・・


 正門前に、ゾンビとは違う謎の一団が現れたという知らせを、旧港区ダイバ拠点、指令補佐、勇樹・イケノが耳にしたのは、正午を少し回ったころだった。

「はっきり報告しろ、どういう一団なのだ」

「はっ、全身を機械で覆ったそのロボットのように見える2mほどの一団です、全員が見たこともない武器で武装し、ARF公用語である英語と、地域圏語である日本語の両方にて、ここを管理する責任者に合わせろと申しております」

「なるほど、言葉を話せるならば人間だろう。念のため監視を強化しろ、ただし彼らを刺激するなと全部隊に通達、彼らを迎え入れろ」

 命令を下したのち勇樹は重い腰を上げる。

「相手は恐らく月の連中か・・・・・・まさか実在していたとはな、だがなぜ今更になって現れる?地球の全面復興などと綺麗事を並べに来たならまだマシだが」


・・・


 半時後、長らく使われいなかった貴賓室、本部のお偉いさん用の部屋で、勇樹は三人、いや三体と対峙していた。

「ARF、日本圏、旧港区ダイバ拠点司令補佐、勇樹・イケノ大佐であります!」

 勇樹大佐は叩き上げの左官で、部下にも厳しく当たることで有名だが、礼儀知らずではない。相手がどれほどの存在か分からない以上、自分の名と役職をしっかり述べておくことは大切だ。

 しかし大佐の名乗りにも、二メートル巨大なロボット達からは、表情はもちろん感情も読めない。そもそもこいつは本当に人間なのだろうか?

 勇樹大佐がそう思い始めたころ、ロボットがおもむろに手のひらを差し出す、握手かと思い大佐が手を伸ばした瞬間、相手の掌から、空中に文章が浮かび上がった。

「こちらは地球臨時政府連合である、これよりこの場所は、地球復興を目指す臨時政府によって管理される。現地の民間人およびNGOは、直ちに武装放棄。速やかに不法に占拠した施設から退去せよ。また違法に収集した物資などはすべてこちらが押収する。緊急時の行動として、ここまでの行動のすべては罪に問わない。以後の衣食住は我々が保証する」

「・・・・・・ふざけるな!今更出てきて政府だと?俺たちに出て行けと?物資をすべてよこせだと?貴様らは盗賊か何かか!」

「お静かにお願いします、民間人」

 思わず掴みかかろうとした大佐を相手側の左右のロボット、いや地球臨時政府連合の兵が抑える。

「民間人だと?私は―――」

「我々連合は、ARFなる組織を承認していない。よってあなた方は非政府公認組織となる、我々に逆らわなければ貴方たちは民間人として保護する、抵抗する場合は犯罪者として処理する」

 大佐の額に三つの赤い点が集まる、いったいどういう兵装なのかは大佐には想像もつかない、だがこれ以上言葉を重ねたところで、自分を含めて拠点内の全員が『処理』されるだけだろう。

「わかった・・・・・・だが現在活動中の者たちもいる、すぐにどこかへ移動しろというのは無理な話だ」

「・・・・・・2時間猶予を与える、それまでに全員を、基地前の広場に集めていただきます」

「承知した」

 三人が出ていくまで大佐が彼らを目で追う、そして彼らが出て言った瞬間、大きな息を吐いて席に座り込んだ。

「まったく・・・・・・連絡班、私だ。拠点内の全隊員に通達、一時間半以内にすべての作業を中断し、司令部前広場に集合せよ。あと外に出ている連中にも通達、同じく一時間半以内にすべての作業を中断し、帰還せよ、遅れた場合は厳罰とする。報酬のブラックベリーのジャムもお預けだとな」

 連絡用の内線を切り、大佐は懐を確認する。彼らの兵装を見てからは、護身用に忍ばせておいた実弾タイプのハンドガンがとても頼りなく見える。

「これで基地のすべてが抑えられる、万が一敵対したところで、こちらの武器では連中の装甲すら削れんだろう。動ける人員は分隊が12、いや13か・・・・・・俺も戦場生活は長いが、ゾンビ相手でもここまで絶望的差はなかなかないな」

 自嘲気味に笑ってから勇樹大佐は一度深く椅子に座りなおしてからため息をついた。


・・・


「コードブラックベリー」

「なにそれ?おいしいの?」

「なんで覚えてないんだよ、違う、緊急事態の暗号だよ」

 先生から、月の連中について聞いていた時突然、全部隊への緊急通信が届いた、詳細は不明だけど、要約すると、「一時間半以内に死んでも戻ってこい」だそうだ、しかも緊急事態の暗号付きで。

「説明してもらえますか?地牙君」

「はい、拠点で緊急事態があり、それを外部に伝えることができない上の場合に使われる、一種の隠語です、ブルーベリージャムだと「現在襲撃にあっている帰還時注意せよ」ストロベリージャムだと「拠点陥落の恐れあり、帰還か待機の判断は一任する」そして、ブラックベリージャムだと―――」

「拠点は完全に敵に占拠された、帰還せず第二集合ポイントに集結し情報を集めよ」だ・・・・・・十中八九話に出てきた『月の連中』だなタイミングが良すぎる」

 そうでもなければ、軍事拠点であるダイバ拠点が、なんの連絡もなく陥落するなんてことはありえない。叔父さんやみんなは無事なんだろうか?

「先生、僕らは第二集合ポイントに移動します」

「わかりました、僕らも無線を傍受して、貴方たちに危険があれば動きましょう」

 できれば拠点奪還の際にも協力してほしいのだけど、今は自分たちが生きるので精いっぱいの時代、無理には頼めない。

「その前に、地牙君・・・・・・まだ、目覚めませんか?仲間としての自覚が」

 これは、僕が出ていく際、半ば儀式のようになっている別れの挨拶、先生はくうだけじゃなく、僕にも免疫能力があると、そう言っているのだ

「何度も言っているじゃないですか、僕にそんな力はありません。僕が生き残ってこれたのは、あの子のおかげです」

 毎回のように僕もこう言葉を返す、もちろん他のみんなには、特にくうには聞こえないように。

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