第2話「ARFトウキョウ支部、旧港区ダイバ拠点、物資収集部隊」


「第177分隊、ただ今帰還しました」

「おそい!お前たち帰還予定から何時間経過していると思っている!」

 人類の橋頭保の一つ、旧港区陸上拠点ダイバ、正門に戻ってきた僕たちを待っていたのは、聞きなれた罵声だった。昼寝に加えて、くうの食事に思った以上の時間を取られて、1500(ひとごーまるまる)帰還予定が今は18時過ぎ、そりゃ怒られる。

「しかもなんだ、また血まみれかお前ら!戦闘は避けろと毎度毎度―――」

「分かってるよ叔父さん、監視房で3時間待機でしょ」

「イケノ司令補佐と呼ばんか馬鹿ガキ!」

 さっさと無線を切って僕らは正門の横、外から監視できるようになっている小部屋に入る。

 水筒の水を使って、くうの顔と手の返り血は洗い流せたが、服を洗濯するには足りない、結局外に行くたびに、監視房に入ることが日課になっていた。

 この部屋は、通称監視房、外から帰ってきた奴が血まみれとか、傷があるとか、ゾンビ化する可能性がある場合、この部屋で一定時間監視するのだ。

 なんでも本部の研究とやらによると、配布されている抗ウィルス剤を打ってても、噛まれり血液感染したことにより高濃度のウィルスを摂取した場合、最長二時間でゾンビ化するのそうだ。

 まあ『くう』には万が一にもあり得ないことなんだけど、規則は規則だからしょうがない。

「今日は何して暇をつぶす?またしりとりでもするか?」

「物悲しいからやめろって・・・・・・また昼寝でもするかな」

「膝枕しよっか?」「それとも俺の膝枕か」「冗談は食欲と顔だけにほしいなぁ」

 そろって床の上に正座して、太ももをポンポンしだす美少女(見た目)を横目で見ながら、ため息を飲み込むように僕は一口水を飲む。


・・・


 世界が滅んで人類が皆ゾンビになったのか?と言えば、そうでもない。

 人類の総人口は大きく減少したが、まだまだ人類は健在だ。

 海上でガスマスクを付けながらウィルスを研究し、抗ウィルス剤開発まで持ち込んだ人類、それが僕たちの父や母、祖父や祖母たちだ。

 空気感染をどうにか防げるレベルで、噛まれたり血液感染したら一環の終わりなのは、変わらないんだけどね。


 地球再生軍、アースリカバリーフォース、通称ARF、国も街も失った僕らを統括している軍であり、僕らの家だ。


・・・


「おい、地牙、上から招集かかってるぜ?『地牙(チュウガ)・イケノ少尉以下分隊員二名、監視時間終了次第、イクノ司令補佐執務室まで来い』だって」

「やっぱりか、分かったすぐ行くよ、そっちも見張りご苦労さん」

 昼寝、というより夕寝二時間としりとり一時間の監視時間はあっさりと終った。まあ免疫があるどこか、そもそも「ゾンビの歯が刺さらない」今のくうを含む僕らにとっては、本当に唯の暇な時間だからね。

「バックレちゃダメか?」

「夕食抜かれるよ?」

「チー君、お腹空いた、普通の方で」

 グダグダ文句を言う二人を引き連れて、僕らは司令補佐の部屋がある建物へ向かう。

 球体指令部と呼ばれる部屋を持つその建物は、なんでも昔テレビ放送なるものをしていた場所だそうで、部屋が多く、構造は複雑な天然で要塞化が容易、周囲も開けているという理由から、今はARF旧港区ダイバ拠点の司令部として機能している。

「ったく、エレベーター使わせてくれればいいのに」

「エレベーターは高級将官専用だからね」

「無駄口ストップ、本当に夕ご飯抜かれるよ?」

 イクノ大佐の執務室に近づいてもグダグダ言う二人を黙らせてから、僕は部屋のドアをノックする

「入れ、この階層で騒がしい連中は、お前らか敵くらいのもんだ」

「ばれてるし。地牙・イケノ少尉入ります」

「焔(ほのお)・バクダ技術少尉同じく入りまーす」

「空(くう)・アユム伍長入ります」

「こんのぉ!バカ者どもがぁぁ!」

 扉を閉めると同時に、僕らに飛んできたのはいつもの怒声、耳を塞いでいなかったら絶対鼓膜持っていかれてた。

「まあまあ叔父さん、落ち着いて」

「イケノ司令補佐もしくは大佐と呼べと言っているだろうが!公私混同はするな!・・・まったくお前ら、今月だけで帰還予定の超過十回、定時報告の欠如十五回、すべての収集任務において敵との交戦、命令違反も大概にしろ!!」

 さらに語気を強めながら立ち上がり、上から罵声を浴びせてくる叔父さんことイクノ司令補佐、声だけでゾンビも倒せそうな権幕だ。

「まあまあ、勇樹・イケノ指令補佐殿、超過に関しては敵との交戦を避けるため、定時報告については電波が届かなかったせいだし、ゾンビは避けようとも避けられない場合もある・・・・・・現場上がりの司令補佐殿ならよくご存じだろ?」

「バクダ技術少尉、相変わらず口の回る奴だな・・・・・・確かにそういう面もある、だが、報告が来なければそれだけ経過や捜索の手が必要になって―――」

「でもほら、捜索部隊の派遣は超過から六時間後だし、皆いつものことだって思ってますよ」

「それがいかんと言っているのだ!!!」

 ああもう、せっかくバクが上手いこと言いくるめてくれそうだったのに、だから頭空っぽ略してカラなんて言われるんだよ。

「でもほら、今回の収集物報告見ました?すごいっすよ?ね?以後は気を付けるからさ?ね?」

「・・・・・・二十九年型オーブンレンジにノートパソコンがいくつか、どこにあった?こんなお宝」

「え?そりゃゾンビ蹴散らして―――」

「D地区の建物の中から!いやーこの前の地震で通れなかった部分が崩れたみたいで」

 報告書を持った司令補佐が、頭を押さえる。どうやらお見通しみたいだ。

「お前らまた危険区域に踏み込んだな?扱いやすさに反比例して無駄に実力があるからたちが悪い」

「えへへ、ごめんなさい」

「ごめんで済むか!!」

 バン!と大きく机が叩かれ、びくっと僕を含め三人が姿勢を正す。

「我らARFの収集部隊の役目は何だ!アユム伍長」

「陸上橋頭保より外から、人類再生の役に立つものを持ち帰ることです!」

「規則、第二条第五項を言ってみろ!バクダ技術少尉」

「あー、部隊員はまず生存と安全の確保に努めなければならない」

「お前らがいくら優秀でも、規則は規則、他の部隊に示しがつかん、よって罰として隊長は夕食抜き!」

「・・・・・・」「返事は!」「はい」

 こういう時隊長って不便だよなぁ、特典も特にない、やることは点呼ぐらいの隊長だって言うのに。


・・・


「育ち盛りの青年に晩御飯を与えないって酷いと思うんだ」

「一応軍隊だからな、しゃーないしゃーない」

「軍隊って言っても、なんちゃってだろ?50年前軍隊にいた人間が、今どれだけ残ってると思ってるんだよ」

「ご飯だごはーん、チー君、隊長っていうのは責任を取るためにいるんだぞ?」

 全く反省していない二人に頭を痛める、まあ片や本部が目をかける技術士官、片や収集部隊600と守備部隊300の中で、一番の近接能力を持ったハラペコ女、罰則を与えると後々が面倒くさい。

「・・・・・・散歩してくる」

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