テンテキ・オブ・ザ・デッドwithマシーン
狐猫犬
第1話「幼馴染は不死捕食者(デスイーター)」
かつて、この星の支配種は間違いなく人間だった、だがこれは可笑しな話だと思わないかい?
人間より賢い生物もいる、人間より生命力の強い生物はもっといる、言わずもがな人類より体の大きい肉食種も幾らでもいる。
より大型の肉食生物が生態系の頂点に立つ、自然の法則としては異常だよ。
それでも人間が支配種足り得たのは、人間が科学という名前の、他の生物が持たない武器を持っていたせいだ。
では科学を持ってしても抗えない人類の天敵が現れた時、人類はどうなるのだろう?
自然の法則にしたがうのか、それとも。科学に必死にしがみつき、天敵の天敵の到来を待つのだろうか?
・・・
僕は睡眠が嫌いだ、何故なら壊滅的に夢見が悪いから。特に昼寝なんかをしていると、決まって同じ悪夢を見る。
見慣れた薄暗い船内、鳴り響く非常状態を示すサイレンと赤く点滅する非常灯、赤と黒で彩られた夢の中を、僕はあの子の手を引いて必死に走る。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ」
既にどれくらい走ったかも分からない、住み慣れた、昔から見られていた船内がまるで永遠に続く迷宮のように見える。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ」
走りながら背後を振り返る、あの子の頭越しに見える薄暗い背後に、『奴ら』の姿は見えない。当然だ、『奴ら』の足は遅い、子供の足だって簡単に逃げ切れる。
それでも僕らは、走ることをやめない、何故なら―――
「きゃ!」
「くう!」
手を引いていた彼女が悲鳴を上げて倒れる、疲れて足が縺れたのか?そう思って振り返った僕の顔が恐怖でひきつった。
―――それは相手が人類の天敵であるからだ。
「ひっ」
「チーくん、にげて!」
彼女の細い足に絡まっていた、いや掴んでいたのは無数の腕、逃げることに夢中になる余り、左右への警戒が疎かになっていた。半開きの扉から、無数の腕が彼女の足を掴み、暗い、闇の様に暗い内側に引きずり込もうとする。
「ま、まってて、今助けるから」
「いいから!にげてえ!」
目に涙をためながら、僕に逃げろと叫ぶ彼女を助けるため、震える脚で踏ん張り懸命に彼女の手を引っ張る、それでも彼女はだんだん扉の中に吸い込まれていく。
助けられない、人類の力で、ましてや子供の力では『奴ら』に勝てるはずはない。
足りない、僕に力が足りない。彼女を助ける力が足りない。
「いやあああああああああ!」
手が汗で滑り、彼女が暗い船室内に引きずり込まれた、そして。
ぐしゃ、ばき、グチャグチャ
へたり込む僕の前に咀嚼音と赤い液体が広がっていく。
恐怖からだろうか、喉がカラカラに乾いていた。
・・・
「・・・くん」
「ん・・・血が・・・」
微睡みの中、誰か体を揺すっている、もう少し寝かせてほしい、唯でさえ夢見が悪くて寝不足なのに。
「チーくんってば!」
「あぎぎぎぎ!?」
頬に強烈な痛みが走り、睡魔が銃弾もびっくりの超高速で空の彼方に飛んで行った。
「まへ、ひひれる!ひひれるって!(ちぎれる!ちぎれるって!)」
「もう、ほっぺた引っ張ったくらいでちぎれるわけないでしょ」
僕のほっぺたを引っ張っていたのは、猫のようなくせ毛とポニーテールを揺らしてカラカラと笑う少女だ。長袖のシャツにベスト、汚れたジーンズと服装に色気はないが、幼馴染のひいき目を差し引いても可愛い女の子だと思う。
そんな彼女を睨みつつ、服装的に似たような格好の僕は、黒い犬みたいと言われる髪の毛の中に混ざる、一総の白髪を弄りながら、ため息をつく。
「冗談じゃないよ、自分の腕力考えろよな、カラ」
「カラじゃないよ、『くう』だよ」
夢の中で『奴ら』食われていたはずの少女は、無駄に実った胸を張って笑う。
・・・
僕の世界は、僕が生まれる前に漫画みたいな終わり方をしたそうだ。
それはゾンビの大量発生による世界の終焉。
世界5都市を同時に襲ったバイオテロ。
悪党によって、拡散したウイルスは、本来は人間だけでなくあらゆる生物を死に追いやる、世界を滅ぼすための進化ウイルスだったらしい。
だがウィルスは人を殺すうちに進化した、人間を殺すのではなく、人を別の存在に変えて操る方向へ。
死人が蘇り、人を襲い喰らう。ウィルスに苦しむ人類に新たに生まれた人類の天敵が襲い掛かった。
不死者、ゾンビ、歩く死体、そう呼ばれる彼らの脅威は、ウィルスの空気感染によって被害は拡大し、世界はあっさりと崩壊した。
国通しの繋がりはあっという間に途絶え、国という枠組みが消滅し、それまでの社会は意味をなさなくなった。僕が生きる世界の50年も前の話だ。
・・・
「それで?どうしたのさ、くう。僕たちのノルマはもう終わってるだろ?」
リュックの中の、たくさん詰められた『旧世界』の遺物を指さしながら未だ頬を擦る僕に、くうはお腹を擦りながら言う。
「チー君、お腹すいた」
「またぁ、出かけるたびにそれだな」
ゾンビに対抗するための材料となる、昔の電子部品やら機械やらを集めて持ち帰る、それが僕たちの仕事だ。
もちろん、安全を確保された地域にそんなものは残っていない、未だゾンビが徘徊する危険地帯に思いて作業を行う、稼ぎはいいが命がけの仕事だ。僕ら以外はだが。
眠っていて乾いた喉を手持ちの大きな水筒の水で癒してから、僕は隣で気持ちよさそうに丸まっている奴を見つめた。
「おい、バク起きろ」
割と手加減なしに、部品を抱えて眠っている美少女を叩き起こす。ふわふわの髪の毛、煤で汚れていても分かる絹のような肌、大きな瞳、どうみても絶世の美少女にしか見えないが騙されてはいけない。此奴は男だ。
「なんだよぉこっちは徹夜続きで寝不足なんだよ、吹っ飛ばすぞ?こら」
「懐から妙なものを取り出すな、あとその顔止めれ、美女が台無しだ」
「美女言うな!俺は男だ」
フワフワした顔立ちを、悪鬼の様に歪めていたバクをぺちんと叩き、親指でくうを示す。
「お姫様が本日2回目の昼食をご希望だってさ」
「またかよ、どんだけ喰うんだ、太るぞ」
「太らないもん!噛むよ?」
「やめろシャレにならん」
バクが大きく飛びのきつつ、ゴーグルを付け直す。懐から、先ほどの爆弾チックな物とは別の物、モニターのついた機体を文句交じりに弄っていく。
「周囲に他の連中の反応なし、それで・・・・・・10時の方向200m先に動体反応」
「それじゃまぁ、行こうか?荷物忘れないでよ」
未だゾンビの徘徊する危険地帯で、仲間を示す識別信号の反応がない動体反応。
十中八九ゾンビだろう、本来この装置はそういう反応を察知して、連中を避けるための装置なのだが。
「気づかれずに近づけるか?」
「大丈夫じゃないかな?見られなきゃ20mくらいまでは近づけるし」
僕たちにとっては、別の用途がある。
荷物を背負い、忘れ物がないか確認する。今のご時世、物資一つも貴重品、なくしたり忘れたりしたら、叔父さんから大目玉を喰らう。
「これさえなけりゃ、楽なお使いなんだけどなぁ」
腕に取り付けられた『分隊長』の腕章を見ながら僕は再び水筒の水を一口飲んだ。
・・・
ゾンビ、感染者、歩く死体。『奴ら』を表す呼称は幾らでもあるけれど、もっとも的を射ている呼び名は『不死者』だ。
何故かと言えば、文字通り彼らは不死なのだ、物を食べる必要も何かを飲む必要もない。
本当にそうなのか、誰かが確かめた訳ではないけど、睡眠や病気もないらしいという噂もある。
ではなぜ彼らは人を襲うのか?
本当のところは誰にも分らない、ただエネルギー補給のためではないことは確かだ、一説では趣味か何かという話もある。
一般的には、彼らにとって人間を襲うことは、仲間を増やすための手段、ということになっている、そうお偉いさんが決めたそうだ。
実際に敷地の外で、飲まず食わずで今も平然と動き続ける『奴ら』を見ればそういう結論になったのも分かる。
では、なぜ仲間を増やすのか?といえば、それも分かっていない。
そもそもそんなことを研究している余裕はない、かつてより復興してきたとはいえ、まだまだ人類は生きるだけで精一杯なんだ。
「みーつけた」
かつて沢山の車が走っていたであろう、道路の中央、瓦礫の陰に隠れる僕らの前方を、よろめきながら歩く5人、いや5体の群れ。
「ねね、ちー君、もういい?もういいかな?」
興奮し、息を荒げてこちらに詰め寄るくうを押さえつけながら、僕は慎重に周囲を見回す。事情を知らない人間が見たら勘違いされそうだ。
「恥ずかしいからやめろって言ってるのに。バク、周囲の様子は?『見られていないか?』」
「おーけーチー、ずっとモニターしていたけど他に動くものなし、この距離で俺のセンサーに引っかからない『人間』はいないぜ」
僕はもう一度周囲を確認する、不自然に光るものもない、ちょっと視界が開けていることが気になるが、本当に大丈夫だろう。
「いいよ、くう。あんまり汚さないようにね?」
・・・
『彼ら』がこの辺りにやってきたのはつい最近、集団の中では比較的若い部類の彼らは、久々の『狩り』に興奮していた。
ふと『彼ら』の少し遠くから、人間が歩いてくる。
若くて、『胸肉』がたっぷりと付いた人間の雌、「仲間にする際あまり食い過ぎるな」と上から伝えられているが、あれだけたっぷりと実っていれば、仲間にする前に、多めに『楽しんでも』問題ないだろう。
歓喜の声を上げて、彼らは雌に近づいていく、逃げない所を見ると人間の中にいる『志望者』だろうか?
まあそうであろうと、そうでなかろうと、存分に『彼ら』楽しむつもりだった。彼我の距離が20mほどに近づいたときだろうか、先頭を歩くモノの足が止まる。
『彼ら』全員に得体の知れない感覚が走る、間隔がこれ以上進むなと警告している、しかし足を止めている間も雌はどんどん近づいてくる。
感覚に戸惑っている間に、雌が一番前にいた仲間を押し倒した。明らかな敵対行為、獲物ではなく雌を敵と判断した『彼ら』は己たちの感覚を無視して雌に攻撃を開始した。
狙う部位は、肌が露出している部分、次いで太ももや二の腕など柔らかく肉の多い部分。『彼ら』は自分たちの武器が何かを知っている。自分たちの最も固く、鋭い武器は歯、歯で相手を喰いちぎれば、相手は赤い血飛沫を上げて倒れる、何年もずっと、何回も繰り返してきたことだ。
ところが雌の肌に歯が通らない、雌が特殊な装備を付けている様子はなく、見た目柔らかそうな肌にどんなに力を込めて歯を立てても、その歯が一向に食い込んでいかない。
「もう、くすぐったいよ・・・・・・それじゃあ・・・・・・いただきます!」
『彼ら』は気づくべきだった、先ほどの感覚、それは本能的な恐怖であったことを。
・・・
「終わったか?」
「いや、今4人目を喰ってる・・・・・・どっちが化け物か分かんねえなこれじゃあ」
数十メートル離れていても、ぐちゃぐちゃという音が聞こえる、正直慣れない。慣れないだけじゃない、あの光景を見ているとなんというか、何かが乾いてくるのだ。
あの夢の時もそうだ、あの夢の時はもっとボロボロの姿、体中傷だからの姿だったけれど、あの時も彼女は、『くう』は『奴ら』を食い殺して脱出してきた。
「チー君、逃げよう?大丈夫……私頑張るから」そういって涙目で笑いながら。
「あーあー、しかし免疫保持って言うよりあれは何度見ても―――」
「天敵だろ?……くうは『奴ら』の天敵なんだよ」
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