3"
彼は、私が傍にいることを、はじめは、おかしく思っているようだった。私は努めて、なんでもないふりをした。
しかし、私は他に感じたことのない興奮と、安心感の虜になっていた。なぜだろうか、私にとって彼とは、いったいなんなのだろうか。
私は彼の瞳を繰り返し見た。彼も私を見た。
その回数が増えるたび、私はそれまで創り上げてきた自分がきしみ、音をたてて崩れ落ちていくのを感じた。そして、彼の視線で新たな何かが、わたしの中に築きあげられていくのを感じた。
それは不思議と心地の良いものだった。私は彼の傍でなら、眠れた。寝ても覚めても、私はその傍から離れたいと思わなかった。これまでの誰かには、遠からず、耐えきれなくなっていた。
関心の移り変わりで、それとなく去ったすべての存在が、まるで遠いものに感じた。複雑怪奇であった私とは、こんなにも単純で、分かり易い生き物であったのかと、驚かされた。彼を前にしてはじめて、私は凡庸足り得た。
特別では無い私を、やっと愛せるように思った。
しかし、すべては上手くいかないものだ。私がそんな安心を手に入れたように感じたのもつかの間、彼は私を前に、はっきりとした、何かを示し始めた。
それを私はだんだんと脅威に追い立てるように、私のなんであるかを、思い出させるのだ。そんなことは、またしても、私の知らないものだった。
これまで私をほめそやし、囲んだ存在は、私にそんな動揺を与えただろうか。
これ程までに私を傷つけ、感じさせただろうか。眩暈がした。
世界が、私を中心に、あまりにも高速で回転しているのだ。
彼という世界。彼が私の世界になってしまっていた。
私は、もうどこにも戻れないことを知った。
彼の示すもの一つ一つで、私は自分の呼吸を決めた。そのようなものとして生まれ、そのようなものとして死ぬのだと思ったら、満足できた。
幸福な瞬間の連続が、私を確かにした。
彼の苦しみ、私の痛み。
理性が幸福に足をとられて、ぬかるみに落ちていく。もう、そんな存在には会うことが出来ない。彼に会ってしまった幸福と、不幸。
その意味を、私は永遠の時をかけて、知らねばならない。そのことを私は、耐えがたく感じながら、心の奥底が蠢動するのを、止められないでいた。
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