POLAR TRILLS 1"
いざ、書きだそうとすると、心が震える。やはり、逃げて来たのかと思う。
思い出しながら、作り話をしているのだろうかと、戸惑い、それでも言葉は続いて、私の意識を遠くへ運んでいく。
何が本当だろうかと尋ねながら、真実も嘘も皆、私の心の中にしかないという事実の前に、安堵する。私は、私を肯定したとき、何もかもを本当のことだと言わねばならない。けれど、不安が、絶え間ない不安が私の現在をあいまいにする。
愛とは、何であるのか。なんであっただろうか。これからの私を決め、また決めてきたのは愛だったろうか。
彼への愛?
いいや、私自身を思い出そうとすると、必ずあの人の瞳や、しぐさや雰囲気や、そういった情報のなんと心地よかったことか。
何度も繰り返し、自分を安心させるそういったすべての視覚情報、肌から伝わる空気の振動、匂い、自分の心のゆらぎ、私の反応が彼へと還って行く安堵。
彼が見る私を、私が見ている。私が見る彼を、彼は確認し、また私に何かを与えてくれる。なぜ、限りが無いのか、そんなことを疑問に思うことも無い。
地球へ来たるより、前のこと。
私はどこかの星で生きていた。生まれついて美しかった私の心の孤独を、誰も埋めてはくれない。美しいと言うのは、ただそれだけの価値しかないのだ。同朋が居ない。それは醜いのとは違って、私の肩を抱いてくれるものが無い、ということなのだ。
誰もかれも私を遠くから見つめた。私は遠くにいる生き物を、自分と同じものだと思おうとして、失敗した。先に彼らが私を、彼らと峻別し、避けているのだと気付いたのだ。
どんな美しい言葉も、尊崇も、憧憬も、私の皮膚をかすめてどこかへ霞んで消えていく。私が欲しいものは、そんなものではない。
私を愛してくれる存在は、私をその美しさを理由に愛するだろうか?―否。もし、彼が私を自分自身より美しいと思った瞬間、それはどんな感情足り得るだろうか? 美醜を基準に私を見る限り、私は、永遠にその相手を愛することが出来ない、という確信がある。
その基準は最初に私を孤独にし、欲しいものを明らかにした。そして、その欲しいものを誰よりも遠ざけたのだ。
「美」とは、どこまでも私以外の存在を試す、不遜な生き物だ。独り歩きし、私をやすやすと、浮薄な仮面にしてしまう化け物だ。私は、私に与えられたものを喜ばない。
自分の姿を見て思う。すべてに終わりがあるが、私の顔には、今、終わりがあると。
「終末」に取りつかれた私の願いは、私自身が、何かに心を奪われてしまうことだった。
私が、私であることを忘れさせてくれるものを、私は探した。そのためなら何と思われようと、気が狂っていると言われても良かった。
私は手当たり次第に、研究対象を渡り歩いた。
私は自分の見た目と評判を、そのときばかりは利用した。誰も拒まない。しかし誰も近寄らない。誰も詳しいことを言わない。けれど、私の希望に耳だけは貸してくれる。
私はひとりだった。どこへ行っても、空虚だった。
ひとしきり研究課題に見切りが付いてしまうと、すぐさま私は他を探した。私は私の「執着」を探した。
けれど私の心は、一つのところに永く留まることが出来ないらしいと分かってくると、ますます私は焦りを感じた。なぜ?私は他のものと同じように、ただ、心の棲家を見いだせないのだろう。
満足しろとは言わない、妥協であっていい。しかしそれさえも、私を通り抜けていく。関心の外に向かって、すべてが激流のように流れていく。
私はそのようなものである自分を憎み始めた。つまらない自分を呪った。なぜ、誰しもが私をうらやみ、ほめたたえ、遠くから薄っぺらな、あの善意の「温かな目」で見つめるのだろうか。そんなものがあるから、私は私の満足を得ないのではないか。
彼らが勝手に私に与える幸福を、きっと神は計算に入れているのだ。だから私は私の望む幸福を得られないのだと思った。
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