第13話 囲碁と木野狐(ぼくやこ)
ゴールデンウィーク明けのある日の朝、オレは身体に見覚えのない傷が出来ていることに気付く。
それは5年後の未来で生死の境を彷徨いタイムリープにより一命を取り留めた名残なのだった。
タイムリープに使った魔法は驚いたことに囲碁の碁盤を用いたコウ取りの儀式魔法だ。
正式な魔法名は
『魔法星座盤の転生タイムリープ』
というものらしい。
魔法星座盤とは囲碁の碁盤のこと。
時間を逆戻しにするタイムリープという言葉を使っているのに『転生』としているのはただ単に時間を戻すだけでなく同時に消えた魂を転生というカタチで復活させているからだと図書館に保管されている書籍に記されていたがオレは魔法の専門家ではないのでよく分からない。
タイムリープの当事者である巫女の少女、加持(かじ)マナセは特別な巫女一族の人間で簡単な儀式は出来るもののタイムリープや転生に関して知識があるわけではないらしい。
もう1人のタイムリープの当事者である幼馴染みの柊雪夜(ひいらぎゆきや)は新しい技術を開発して賞を受賞したが、マナセの話によると本来は他の人が開発する予定だった技術だとかで既に雪夜の手により時代改変が行われていてなんだか不安だ。
不安解消の為、巫女のマナセとともに天元シティにある観光案内所兼カノープス(水先案内人)の施設に向かうことになった。
オレが未来で働いていた場所だそうだ。
なんでもタイムリープの儀式にまつわる人間語を話すキツネがいるんだとか……。
天元シティに向かう当日、ファッションセンス皆無のオレはいろいろごまかすために全身黒ずくめの無難なシャツとズボンと斜めがけバッグに縮毛矯正全開でサラサラにした黒髪を念入りに手入れし、他人に馬鹿にされないように最大限に透かして出掛ける準備を整えた。
無言で自室から玄関に向かいこっそりと外出しようとしていたのに運悪く中学生の妹キアラに見つかってしまった。
「お兄ちゃん……なんか今日気合い入ってるね? どこか行くの?」
妹の鋭い洞察力に内心ビビりながらも
「デートだよ……」
と常日頃オレを馬鹿にしている妹を威嚇する為に話を大げさに作る。
女の子と観光地に遊びに行くんだからデートと言ってもいいだろう。
悲しいことに向こうはオレに脈はないようだが……。
「デート? お兄ちゃん……彼女出来たんだ……コミュ症なのに!」
コミュ症で悪かったな。
するとタイミングよく
♫ ピンポーン
と玄関のベルが鳴った。
「……道幻(どうげん)さん、居ますか?」
訪れたのは巫女のマナセだった。
栗色のふんわりした短めの髪に緑色の大きな目のボーイッシュな美少女だ。
薄紫色のチュニックにショートパンツというカジュアルなファッションだが胸が大きめで足も美脚だ。
デートの相手がこれだけ美少女ならオレをコミュ症とバカにしている妹もオレを今後見下さなくなるだろう。
絶句している妹にマナセは
「おはようございます! 道幻(どうげん)さんの囲碁仲間の加持マナセといいます」
とさわやかに挨拶する。
つられて妹も
「妹のキアラです……はじめまして」と挨拶する。
するとマナセはオレとキアラを見て
「兄妹そろって髪サラサラで羨ましいなあ……ふたりは似てるね!」
と禁句のお世辞を放った。
オレ達兄妹は縮毛矯正全開で髪をサラサラにしているエセストレートヘア兄妹だが、どうやら天然ストレートヘアだと思われがちでよく褒められる。
だがキアラも勝負師の卵、一瞬動揺したものの
「よく兄と似ていると褒められますの……加持さん、兄をよろしくお願いします」
と、自慢の縮毛矯正ロングヘアをサラつかせながら年齢に合わない落ち着いたお嬢様キャラで切り返した。
「行ってらっしゃい! お兄様、加持さん。 お土産よろしくいたしますわ!」
エセお嬢様言葉の妹キアラに見送られ自宅を出て地元の駅に向かいオレとマナセは電車に乗り20分ほどで隣町の天元シティに到着する。
天元シティはオレの住む地域では有名な観光地でかつては天領地(てんりょうち)と呼ばれていた。
昔は大きな町の一部だったが独立して現在は小さいながらも観光地としてやっている。
和洋折衷の街並みを白鳥とともにゴンドラに乗って観光出来る。美しい星が見えることでも有名だ。
そして日曜日なこともあり、相変わらず人が多い。
5月特有の陽射しの強さで帽子や日傘を使用している人が目立つ。
もっとも観光客が多いことは地方都市にとってはありがたいことなのでいいのだが……。
「キツネのセシリアはタイムリープの碁盤を守護するキツネ族でその関係で天元シティで働いているんですって! 可愛いからウエイトレスさんとして活躍してるけど」
マナセはセシリアというキツネのことをずいぶんと可愛いがっているようだ。
だが、相手はキツネ。
キツネといえば人を化かすことで有名だ。
「おい、知ってるか? 囲碁の碁盤のことを【木野狐(ぼくやこ)】って呼ぶ理由。 木の野狐と書いてぼくやこ……囲碁もキツネも夢中になって騙されないようにっていう教訓だぞ、多分」
本来は囲碁はキツネのように人を夢中にさせるから碁盤をキツネにたとえているらしいが……。
オレが忠告するつもりでマナセに言うとマナセは
「じゃあボクは道幻さんに騙されないようにします……いろいろ……サラサラの髪の毛とか……」
と生意気なことを呟いた。
髪の毛?
オレ達兄妹のエセストレートヘアに気づいたのか?
言葉に詰まっていると「あはは冗談ですよ……あっ着きました!」
と観光案内所を指す。
すると観光案内所の入り口の「ようこそ天元シティへ」と書かれた看板の隣に耳の大きい可愛らしい小動物の姿が確認出来た。
あれが噂のフェネックキツネ……? なのか?
「セシリア!」
マナセが小動物に話しかけると小動物はコン! とひと声鳴いて返事をした。
天元推理学 星河由乃 @yuino_y115en
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