第5話 囲碁盤上の画竜点睛


「カノープスとは“りゅうこつ座”を指します。りゅうこつ座は船のりゅうこつの部分をいい、神話の水先案内人の名前からカノープスという名前がつきました。言い伝えによるとカノープス座を見た人間はとても幸運だとされ寿命が延びるそうです。また、中国では福禄寿と同一視され、七福神の1人として幸福の象徴とされています」


 僕はカノープスの制服に着替えた後、手渡されたカノープス基礎知識を読み直した。どれも資格試験で勉強したものだけど、お客様に雑学としてお話することもあるらしいので念入りに復習している。


 街の船着き場で、カノープス責任者さんとバイリンガルフェネックキツネのセシリアが無事を祈ってくれるという。


「この若者の船出にカノープスの幸運があらんことを……お気をつけて!」

 そう言って責任者さんは火打ち石をカチカチっとしてくれた。

 厄除けだそうだ。


「気をつけてください……コン!」

 セシリアもキツネらしく今日はコンコン鳴いてくれている、後で知ったがセシリアなりに僕の安全をキツネ語で祈ってくれたらしい。


 この時はこの厄除け儀式やセシリアのキツネ語の祈りがどれほど重要か気づいていなかった。

 道幻さんの妹で美人女子高生囲碁棋士のキアラさんをゴンドラに乗せるのが1日目の僕の実習内容。

 市内周遊の仕事には道幻(どうげん)さんは基本的に同行しないので、キアラさんと道幻さんの兄妹ツーショット……というものは実現しなかった。

 囲碁雑誌の取材の人は兄妹のツーショット写真を撮りたい……というようなことを言っていたが、今回は兄妹取材の企画は見送りになったそうだ。


 道幻さんが事故に遭ってプロ棋士になれなかった……という話も、僕からは聞いてはいけない気がした。

 囲碁雑誌の取材も僕のゴンドラ実習もスムーズに進み、思っていたより好調な実習だった。


 1日目のゴンドラ実習が終わったあとキアラさんから撮影協力のお礼です……と詰碁魔法の書籍を1冊もらい、さらに、塔に向かうなら詰碁魔法の術式をひとつだけでも覚えたほうがいい……とランプの術式魔法を伝授してもらった。ミニ碁盤の上に灯りが灯るようになる魔法でランプ要らずだ。

「兄は闘いで手一杯になるでしょうから、サポートしてあげてくださいね」

 とのこと。


 道幻さんは闘いので手一杯になる……この話をもっと心に留めておくべきだった。


 2日目の実習は塔に星を運ぶこと。

 星を天の川に送る方法のひとつとして、星送りの儀式というものがある。星送りの儀式は塔の最上階で行う。

 そして、魔力の原動力になっている巨大な星が設置されているのも同じ塔だ。

 これがカノープスのもうひとつの仕事である。

 塔は魔力装置がある影響でモンスターが凶暴化しやすい。カノープスの仕事は危険と言われる原因は、道のりが過酷なことも関係あるそうだ。羅針盤役のパートナー道幻さんも一緒に塔に向かう。

 戦闘は道幻さんが引き受けてくれるそうなので、僕はサポートをすればいいという話だったが……。


 塔に向かう水路で僕と道幻さんは水獣達に追いかけられていた。水獣達は星を食料だと思っているらしい。ギャースギャース鳴きながらアザラシの倍くらいのサイズのモンスターが襲いかかってくる。お腹が空いているのか、制服の袖を噛もうとしてくる。

「あのっちょっとこの水路モンスター多すぎませんか?」

「いいからゴンドラが転覆しないように集中しろ!」

 仕方ないので、加速度魔法でスピードを上げてゴンドラを操縦しているけど、僕の魔力ではこれが限界だ。


 すると……頭上から声がした。

「ふーん……苦戦しているようだね、新人君。これじゃ俺たちが来る必要なかったんじゃないの?」

「社長の命令なんだから仕方ないでしょう? ぼうや相手に可哀想だけど、スグ楽にしてあげるから」

 そう言って、赤い髪をポニーテールにした魔術師っぽい女性がミニ碁盤で何か唱え始めた。

 術式魔法⁈

 碁盤から青白い光が映し出された。


「我、盤上に龍を呼ぶ。 偉大なる東方の青き神……画竜点睛召喚、青龍せいりゅう!」


 ゴンドラに強風が襲う。

 僕達の目の前に、青い巨大な龍……ドラゴンが立ちはだかった。

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