第3話 柊雪夜(ひいらぎゆきや)

 あまりにも美しい碁石の流れ……、

 これはまるで……、


「囲碁の神様……!」

 古代中国で星占いに使われていた不思議な囲碁盤。

 人知を超えているだけあって、僕は囲碁の神様と対局しているような気持ちになってしまった。

 道幻(どうげん)さんは指導碁を受けるつもりで、と言っていたけど。

 もう投了(降参)した方がいいだろう……僕が投了しようとしたところで、囲碁盤が話しかけてきた。

『よろしいです。打ち掛けにしましょう。よく頑張りましたね。あなたはちゃんと囲碁アマ初段の腕前はありますよ。合格です』


「えっ合格……?」

 道幻さんも「おめでとう加持くん」と祝ってくれた。


 囲碁盤が話しかけてきた。

『時間がある時でいいですから詰碁を解いてください。今より強くなれますよ。次はアマ二段を目指しましょう。それからあなたにこの小さい碁盤を差し上げます。この碁盤は私の弟子です。仲良くしてあげてくださいね』

 文庫本くらいの小さい囲碁盤が僕の手元に降りてきた。9路盤だ。縁取りに模様が入っている。オシャレな囲碁盤だなぁ。

『はじめまして。これから一緒に棋力と魔法力をあげましょう! たくさん詰碁を解いてね』

 この小さい9路盤も人間の言葉が話せるようだ。

「よろしく」


 道幻さんが、

「加持くん。その小さい囲碁盤は星泥棒との戦いに使う大事なものだよ」

 と、9路盤について教えてくれた。


「戦いに使うってどういうことですか?」


「その囲碁盤は術式用の道具なんだ。詰碁の形に対応して魔法を使うことができる。 棋力が高ければ高度な魔法が使える。加持君はアマ初段だから、そのレベルに対応した詰碁魔法が使えるよ」

 術式用の道具……聞いたことはあるけど、囲碁盤タイプも存在しているんだ。

「明日は早いから休まないとね。部屋に案内するよ」

 僕は道幻さんに連れられて、観光案内所を出た。明日はついにゴンドラに乗って実習だ。


 昔は綺羅星の街というキャッチフレーズに相応しいくらい、星がたくさん見えたそうだ。でも最近は星泥棒のせいで星が減っている。おかげで、ランタンが無いと不安な暗さだ。行政も街に外灯を増やす計画をしているらしい。

 川沿いの道を2人で歩いていると、突然夜空の星がパァンという音とともに弾けて消滅した。


「星が消えた……? これが星泥棒の仕業なんですか?」

 僕の問いに道幻さんは答えず、足を止めた。川の水がチャプチャプ音を立てている。

「……もう来たのか」

 道幻さんの表情が険しくなった。

 銀髪赤目の鋭い顔をした道幻さんと同い年くらいの男の人が僕たちに近づいてくる。

 少し掠れた声で男は話し始めた。

「久しぶりだね道幻……。はじめまして新しいカノープス。僕は雪夜(ゆきや)ていうんだ。世間は僕達の組織のこと星泥棒なんて呼んでるよ。酷いよね、不備のある星を回収してあげてるのにさ」

 男はニヤリと笑って僕たちをみた。


 雪夜(ゆきや)と名乗る銀髪の男……距離が近くなって顔がよく見えるようになると、彼の異質な雰囲気がより一層強く感じられた。

 透き通るような白い肌。

 ルビーの光を宿した赤い瞳。

 銀色の髪は少しウェーブがかっていて絹のように美しい艶がある。

 男性に言うのも不思議だが、妖艶(ようえん)という言葉が彼には似合っている。性別を越えた美しさだ。

 道幻さんもいわゆる美形と呼ばれる部類の顔立ちだけど、道幻さんはきちんと男性に見えるしナチュラルな格好良さだ。

 黒髪青目の道幻さんと銀髪赤目の雪夜という男は対極の存在に見えた。

「この人が……星泥棒」

 気がつくと黒いスーツを着た数人の男達が雪夜を守るように背後に立っている。


「警戒しないでよ。今日は新人君が入ったって噂を聞いて挨拶に来たんだ。いろいろと僕たちの事を誤解しているんじゃないかと思ってね」

 と、言って雪夜は名刺を僕に渡した。


『スノーアンドクリスタルカンパニー代表取締役社長:柊雪夜(ひいらぎゆきや)』

 と、書いてある。スノーアンドクリスタルカンパニーとは最近急成長しているIT企業の名前だ。よくTVCMを目にするから僕でも知っている。


「社長……こんな若い人が社長だったんだ。でも星泥棒って……あれ? どういうこと?」

 雪夜は笑いながら答えた。

「あはは。社長といっても二代目だからまだ若造なんだ! でもアプリを開発して一気にメジャーな企業にしたのは僕なんだよ」

 頑張ったんだからぁ! とまるで屈託のない表情で語る雪夜。なんだか外見に反して緊張感のない人だ。


「おしゃべりはもういいだろう雪夜。大人しく奪った星を機関に還せ」


 道幻さんは雪夜をかなり警戒しているようだ。


「ん〜つれないなぁ道幻は……昔はよく2人で囲碁を打って遊んだのにね……もう少し僕に付き合って欲しいな!」

 そういいながら雪夜は僕がもらったミニ9路盤くらいの碁盤を取り出した。


 まるで本を読むように囲碁盤に向かって何かを唱え始めた。囲碁盤の周りに星のような輝きの碁石が集まって形を作っている。


「詰碁……?」

「伏せろっ加持君!」

 道幻さんが僕の上に覆い被さった。

 雪夜が放ったのは電撃魔法。 これが詰碁魔法の威力なのか。

 電撃が落ちた地面が焼け焦げている。


「ん〜まだ新人君は術式を習って無いのかな〜。もうちょっと手応えのある新人だと思ったんだけど……まぁいいや」


「社長……お時間です」


「えっもう? 今宵はこの辺で、またね!」

 雪夜はウィンクして次の瞬間消えた。空間移動魔法というものだろう。

 予約しておいた宿泊施設まで道幻さんに送ってもらい、疲れた僕はベッドに倒れこんだ。

 今日はいろいろあったな。

 テレビをつけると、さっき会った雪夜が社長を務める会社のCMが流れていた。星泥棒は法の隙間をくぐっていて法律的には罪にならないらしい。星は誰の所有物でもないからだという。


 しかも相手は急成長IT企業の社長だ。なんとも厄介な話だ。

 考えてもしょうがない。 シャワーを浴びて寝よう。


 僕は考えることを止めて、明日の実習に向けて休むことにした。


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