第2話 魔法の囲碁盤

「よろしくお願いします!」


 僕は道幻(どうげん)さんに差し出された手を握り返した。道幻さんの手は大きくてひんやりしている。

 カフェスペースで晩ごはんを食べながらカノープス(水先案内人)の仕事内容について聞くことになった。


【カフェ綺羅星】

 観光案内所の中にあるカフェスペースの名前だ。

 レトロな照明、テーブルにはミニ観葉植物、癒し系のサウンドが流れていて観光客の憩いの場になっている。 道幻さんはここでお客さんに囲碁を教えているそうだ。 お客さん同士で対局することも可能なんだとか。


ちなみに僕も囲碁はちょっとだけ打てる。中学校の選択科目に囲碁が入っているからだ(もうひとつの選択科目は将棋)。

 棋力(囲碁の腕前)はアマチュアの初段くらいだけど、カノープスになる勉強に集中していたから最近はそんなに打っていない。


 そんなことをぼんやり考えていると、隣のミニテーブルから小動物の気配がした。


「あら? 新しいカノープスさん?大変だけど頑張ってね! 今日のカフェ綺羅星オススメディナーは煮込みハンバーグセットよ☆」


 ……! ?

 人間語を話す不思議な小動物が僕に話しかけてきた!

 僕が驚いていると道幻さんが笑って説明し始めた。


「彼女はこのカフェの店員だよ。人間の言葉を話せるフェネックキツネなんだ。加持君は人間語を話せる小動物に会うの初めてなのかな?」


「は……はい! 初めてです」


 天元シティは小さい街だけど、観光地としては有名だから人間語を話すキツネくらいいるのは当たり前なのかも……。


「ふふっ。バイリンガルフェネックキツネのセシリアよ。これからよろしくね! ご注文はお決まりですか?」


「えっと……じゃあ煮込みハンバーグセットで」


「かしこまりました。 道幻さんは……いつものでいいんですか?」

「今日は私も煮込みハンバーグハンバーグセットにするよ」


 まぁ珍しい……といいながらフェネックキツネのセシリアは厨房に向かっていった。

 ……仮にも人間語を話せるのでペット感覚でセシリアを見るのは失礼なんだろう…

。人間語を話した感じをみると僕より年上(?)みたいだし。


 注文した料理は、オートメーションのミニワゴンで届けられた。キツネの腕力でこのワゴンを運ぶのは無理だろう。


 煮込みハンバーグセットは、デミグラスソースたっぷりで目玉焼きとゴロゴロした野菜がたくさん入っている。バターライスとミニサラダ付き。デザートはレモンアイスだ。

「食べながらでいいから聞いてくれるかい?」

 僕はアツアツのハンバーグを堪能しながら、道幻さんの説明を聞くことになった。

 カノープスのもうひとつの仕事、星泥棒の捜索と捜索に使う不思議な囲碁盤についてだ。

 星泥棒が星を狙うようになったのは、10年くらい前から。

 道幻さんは2年前からここで働いているそうなので、2年以上前の事件のことはよく知らないそうだ。

 星はゴンドラで川を渡って本物の天の川に届けられる。だから、ゴンドラを操るカノープス(水先案内人)が星泥棒に遭遇する率が1番高い。

 自然とカノープスの仕事に星泥棒の捜索が加わるようになった。

 次に不思議な囲碁盤について。

 道幻さんによると、囲碁の碁盤は古代中国で星占いの道具として使われていたそうだ。

「囲碁盤が宇宙、碁石が星に例えられているのは、星占いの道具だったからなんだ。道幻さんの使っている囲碁盤は古代中国で使われていた囲碁盤を再現していて、さらに特殊な魔法を使って本物の星の動きを観察できるようにしているそうだ」

 2100年代から高等魔法が復活して、一般人でも簡単な魔法なら使えるようになったから驚くような話ではない。

「ただ……この囲碁盤には“意思”があってね……まぁ囲碁盤と話してみれば分かるよ」

 お互いデザートのレモンアイスをきれいに食べ終わったところで、道幻さんは不思議な囲碁盤をサイドテーブルに置いた。

 通常の囲碁盤より少し小さめ。

 17路盤だそうだ。


「話しかけてごらん」


 囲碁盤に話しかける。

「えっと……こんばんは」

 囲碁盤がカタカタ鳴っている……すると囲碁盤から声がした。


『棋力(きりょく)はどれくらいですか?』


 棋力? いきなり何言い出すんだろうこの囲碁盤は……?


『棋力はどれくらいですか?』

 ちょっと怒ってる?

 何この囲碁盤……? 囲碁の腕前がそんなに重要な訳……?

 おそるおそる僕は答えた。

「アマチュアの初段くらいです」


『アマ初段……では九子置きですね』

 九子置きとは囲碁のハンデのことだ。

 碁石が宙に浮いて碁盤の上に置かれていく。

 そして、囲碁盤は僕に言った。

『もし私に勝てたらあなたを一人前の碁打ちと認めて差し上げましょう! さぁ対局です』

 僕がびっくりしていると、道幻さんが僕の耳元で囁いた。

「この囲碁盤に勝てた人間は今のところ1人もいないから、指導碁を受けるつもりで対局すれば大丈夫だよ」

 勝てた人間は今のところいないって……つまりこの囲碁盤は僕がどれくらい囲碁が打てるかテストしたいだけってこと⁈


『さあ! 早く! あなたが黒番ですよ!』

 魔法の囲碁盤はやる気全開だ。

 もう対局するしかない……。


「お願いします」

『お願いします』

 パチリ。

 パチリ。

 九子のハンデ付きで打たせてもらっているけどまるで歯が立たない……。

 あまりにも美しい碁石の流れ……これはまるで……。


「囲碁の神様……!」

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