困りましたね、ドマイナーどの

 本堂のなかでは、十数人の僧を前に墨羽が〝仏の教え〟とやらを語っていた。


「仏の道を志したみなさんは、衆生救済こそが己が使命と心に誓っていることと存じます。しかるに、衆生とは迷いやすいもの……」


 その声を上に聞きながら人目につかないよう縁の下を匍匐前進で移動するドマイナーは、本堂の下を、寺の奥へと向かっていた。


 蝋燭も松明もなく、暗闇しか見えぬ縁の下を、右顔の探査機能を頼りにそろりそろりと進んで行く。


 やがて床が途切れ、本堂の下から這い出したドマイナーの前には、周囲を機械式松明で囲まれた、巨大な鋼鉄製の六角堂がそびえ立っていた。


「……ここか?」


 六角堂は一階建ての造りだが、その一階の屋根がふつうの民家の二階よりも高い。


 さらに、ドマイナーが六角堂のまわりをぐるりとまわりながら確認したところ、どうやら壁はただの鉄ではなく、内部に隙なく機械の回路がはりめぐらされているようだった。


 よく見れば、お堂の下からも、地中に向かってなにかが伸びている。


 それは、機械都市が土地の養分を吸収するために地中にはりめぐらせる機械根によく似ていた。


 しかし、それがなんのために用意されているものなのかはよくわからない。


 根が続いているであろうお堂野中を探ろうにも、外壁の内部には遮断材が使われているようで、ドマイナー右顔の解析機能を持ってしてもそれ以上詳しく探ることができなかった。


「鍵穴……は、ここか」


 一見ただの柱にしか見えない箇所をドマイナーが軽く手でなぞると、表面が静かに剥がれ、接触式の電磁鍵穴が現れる。しかし鍵などもちろん持っていない。


「……ちょっくら、失礼するとするか」


 ドマイナーは少し悩んだのち、ネジ頭が飛び出している箇所を利用して六角堂の壁面をよじ登り、屋根の上へあがる。そして、屋根の上をしばらくさぐった後、瓦がかさねられているかのように見える箇所の隙間に手をつっこんで、メリメリとそれを引き剥がした。


 瓦の裏側には機械回路があり、はがした下は機械がむき出しになっている。


 ドマイナーがさらにしばらく破壊作業を続けると、やがて六角堂の屋根にはぽっかりと穴があいた。穴の中から、なにやら冷気のようなものが噴き出してくる。


 ドマイナーは、狭い穴を通るのにさまたげになりそうな腰まわりぶらさげている無双八相をはじめとした道具類を屋根の上に置くと、作った穴から体を内部へすべりこませた。




 六角堂の内部は真っ暗で、ひどく冷えた。ドマイナーは右目のセンサーを起動する。六角堂の内部は壁にも床にも機械回路がむき出しの状態で、あちらこちらで低い機械音が唸っている。まるで、なにかの生き物の体内に迷いこんでしまったかのようだ。


「なんだよ、けっこう散らかってんな……ここは単なる物置かなんかか?」


 ドマイナーがさらに周囲を観察すると、あちらこちらになにかが積まれているのがわかった。放置されている、といったほうが近いような雑な置き方だ。さらに、お堂の中央には、ドマイナーの体よりも巨大な金属の塊が安置されている。


 その置き物の凹凸を分析すると、それは、花弁が開いていない何かの花、たとえていうなら蓮のつぼみを思わせた。外で見た時に気になった機械根は床を貫きどうやらその置き物につながっているらしい。


 けれど、肝心のその蓮の蕾の置き物には、機械回路のようなものはなにもついていなかった。


「……?」


 ドマイナーは置き物に近づこうとして――爪先に、なにかが当たった。


「ん?」


 ドマイナーはかがみこんでいまぶつかったものに手で触れる。


 思ったよりも弾力がある。


 布のようなもので覆われている。


 ドマイナーは、右目のセンサーで探るだけではなく、手でもそれに触れた。


 そして、あることに気がついた。


「?!」


 足がぶつかったそれは――人の形をしていた。


 温度は低い。しかしそれは、睡眠スリープモード中のアンドロイドの体温に合致する。しかし、ドマイナーが驚いた理由はそれがアンドロイドであったことだけではない。センサーから、そして手触りから伝わる顔立ち、髪型、体型、衣服の特徴――それらは、ドマイナーがよく知る、あるアンドロイドに似ていたのだ。


「白魚……?」


 そこに倒れていたのは、昼間、ドマイナーの目の前で大鴉にさらわれた白魚だった。少なくとも、それに、とてもよく似ていた。


「いや……そんなはずは……」


 彼女がさらわれたのは機械都市ヨシワラ内でのことである。それきりどこへ行ったかもわからなくなった彼女が、ここにいる理由は、どう考えても、いくら考えても、なにひとつ思い当たらない。少なくともドマイナーには。


 あまりのことにドマイナーは、もしや右目の故障ではないかとまで疑い、その手で白魚を抱き上げてみる。が、いくら確認しても、右目が送ってくる情報と現実との間に乖離はない、ということが分かるばかりであった。


「どういうことだ……?」


 そのとき、突然、周囲がいっせいに明るくなった。ドマイナーは思わず肉眼の左目を手でかばう。


「困りましたね、ドマイナーどの」


「お前……」


 六角堂の入り口の扉が左右に開いて――墨染めの衣を身につけた男が立っていた。


「……墨羽……!」

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