俺を信用すんな!

 機械都市における区画間の行き来は、〝大門〟と呼ばれる巨大な扉つき門をくぐる必要がある。

 そこは、通行証こそ必要とされていないものの、機械都市の自動自治機能により厳しく監視されていた。


 一目で禿とわかる白魚を先頭にして、ドマイナーとアルラマージが、その大門にむかってずんずんと歩いていく。大門の下には、違反通過者が検知された場合に取り押さえるための武装機械兵たちが、置き物のように並んでいた。


「やられたっ! 財布をすられた!」


 背後からのその声に追われるようにして、ドマイナーたちの横を、すばしっこそうな男が駆け抜けていく。


「そいつだあっ! 誰か、つかまえてくれ!」


 その声にドマイナーが一瞬反応するも、直後に、大門から、ウー、ウー、とサイレンのような音が鳴り、大門の下に控えていた武装機械兵たちの頭部についた昆虫のような目が赤く光った。


『ランクC緊急手配犯が大門を通過しようとしています。捕縛実行します』


 大門のからの声に呼応するようにして、置き物のように見えていた武装機械兵たちが、いっせいに立ち上がり、大門を強行突破しようとするスリに殺到。射出された捕縛用の網にかかったスリは、あえなく地面に引き倒される。騒ぎが起こってからわずか十秒足らずの間のことである。


「なかなかやるな」


 ドマイナーが軽く口笛を吹いた。


「機械兵が近くにいる場所でスリなんかするなんて、わざわざ捕まりにいくようなものでありんす……」


 白魚が眉をひそめながら言うのを聞いたアルラマージが白魚に言った。


「機械兵は担当区画が決まっていて、大門を越えて追ってくることはないんですよ」

「へえ……」

「もっとも、区画の中で重犯罪を犯して正式に手配がかかると、そうとも限らないようですけれど……機械都市は区画ごと、機械都市ごとの自治行政が基本になっていますから、とにかく区画から逃げのびればどうにかなる、と考える輩が後をたたないようですね」


 と、大門のほうから、ビビーッ、という警告音。


『警告。通行許可のないアンドロイドが大門に接近しています。このまま大門を通過した場合、ランクC逃亡手配犯として機械兵による捕縛プログラムが実行されます』


「あちきのことでありんすか……?」


 白魚が顔色を失った。


「いや……違うな」


 ドマイナーが、ぐるりと周囲を見回しながら答える。


「ドマイナー……あそこを」


 アルラマージが自分に目配せしているのに気づいて、その視線の先を追うと、少し前を歩いてるふたり組が目に止まった。ともに頭にほっかむりをしている、男ふたり連れである。男同士申し合わせてヨシワラへ繰り出してくるのは珍しいことではないが、その男ふたりは、周囲とはなにか様子が違っている。平静を装ってはいるものの足取りからもなにか緊張している様子がうかがわれ、まるで恋人同士のようになにごとかを囁き合って、肩を寄せ合い歩いていた。大門から再びサイレンが、ウー、ウーと鳴った。


『ランクC逃亡手配犯が大門を通過しようとしています。捕縛実行します』


「走れっ!」

「あいっ!!」


 ドマイナーたちが目をつけていたふたり連れが、大門からのサイレンが鳴ると同時に駆け出した。背の低いほうの男のほっかむりがとれ、中から長い黒髪が乱れ出る。


「あっちも足抜けか」

「どうやらそのようですね。遊女とその情人……といったところでしょうか」


 スリをとらえていた武装機械兵のうち数体が、そのふたり組に対し、捕物用の縄を発射した。ふたりはぎりぎりでそれを避け、さらに大門を目指し走る。その時大門から、再び、ピピーッ、という警告音がした。


『警告。通行許可のないアンドロイドが大門に……』


「――アルラ、白魚。今がチャンスだ」

「え?」

「あっちに人数を取られている間に、俺たちも走るぞ」

「で、でも……」

「うまく行きゃあ、あっちもこっちも両方逃げられる」


 言うなり、ドマイナーは白魚を抱きかかえ地面を蹴った。その時である。


非常事態エマージェンシー非常事態エマージェンシー!』


「?!」


 ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、という、地の底まで響き渡るような大音量のサイレンが周囲に響き渡った。


『ランクS最重要手配犯が大門に接近しました。大門、緊急閉鎖。特定捕縛プログラム開始します。罪名、都市騒乱罪、公共物破壊罪、公務執行妨害、他2件。手配タイプは〝DOA(生死を問わず)〟。周囲の安全は保証されません。帝国臣民の皆様は、速やかに安全な場所へ退避してください』


 そのアナウンスと同時に、大門の鋼鉄の大扉が閉まり始める。扉に挟まれまいと、周囲を歩いていた人々が慌てて飛び退く。

 そして、スリを縛り上げた機械兵と、足抜けしようとしていたふたり連れを追いかけ回していた機械兵の視線が、一斉に、ドマイナーのほうを向いた。


「ドマイナー、最重要手配犯というのは、もしかして……」

「俺か?!」

「そういえば、さっき大暴れしたばかりですもんね」

「逃げるぞ!」

「え……っ」


 白魚をかかえた状態のまま、ドマイナーは来た道を全力で逆走し始めた。アルラマージがその後ろに続く。何事かという表情を向けてくる人の群れをかいくぐりながら、ドマイナーは後ろを振り返った。追いかけてくる機械兵の数が、さらに増えている。


「けっこう多いな……!」

「そうですね。あちらこちらから集まってきているようです」

「くそっ」

「あなたがいると彼らが興奮していけない」

「いったん散るか」

「ここは僕がしのぎます。ドマイナー、あなたは、白魚さんを」

「わかった。五分後に、この街で一番目立つあの塔の上だ。わかるか?」

「忘八の塔ですね。了解です」


 アルラマージが腰に差していたレイピアをしならせながら抜き取ると、その場に立ち止まり、追いかけてくる機械兵たちと向かいあった。


 いっぽうドマイナーは、白魚をかかえたまま、もう片方の手と足とを器用につかって近くの茶店の屋根へと飛び乗った。かと思うと、そこからひょい、ひょい、と屋根から屋根へ飛び移り、武装機械兵たちを振り切ったところで、白魚をおろす。

 そして、右顔をおさえながら、何かを待つように、花街の向こうに広がる空へと目をやった。


「ちょっと遠いか……?」


 白魚のからくり箱を解析したときには黄緑色に点滅していた目の奥が、今度は色とりどりに光りながら、小さくうなっている。まるで、なにかに呼びかけるように。


「ドマイナーはん、それはいったい……?」

「おい、動くな!」

「きゃっ!」


 ドマイナーの声に驚いたのか、単に足場が悪かったのか、足元をふらつかせた白魚が屋根の上でひざを落とす。慌てて手を伸ばしたドマイナーの足元に、屋根の下から飛んできた小型グレネードが着弾した。


「……!」


 すんでのところで飛びのいて直撃は防いだものの、白魚をかばうようにして抱え込んだドマイナーの服の背面が、爆破の熱風で少し焦げる。


「くそっ……やりづれえな!」


 下にわらわらと、十数体は集まっていようという武装機械兵が、次々にランチャーをかまえグレネード弾を発射してくる。ドマイナーは白魚をかかえたまま足元の屋根瓦を蹴り上げ拾っては投げ、飛んでくるそれらを撃墜する。そして、


「河岸を変えるぞ!」


 と、機械兵たちがいるのとは反対側の屋根から、白魚をかかえ飛び降りた。


「お、下ろしてくだしゃんせ!」

「そういうわけにはいかねえだろ!」

「あちきも別行動をとるでありんす! 忘八の塔までなら迷わないでありんす!」

「ちぃっと怖いかもしれねえが、今は俺と一緒にいるほうが安全だ!」

「そうじゃないでありんす!」

「まさかこの後におよんで汗くせえからいやだとか言い出すか?! ったくこれだから女ってやつは……」

「誰もそんなこと言ってないでありんす!」

「じゃあなんだよ?! さっさと言え!」

「だってこのままじゃ……あっちは足手まといでありんす!」

「な……」


 白魚をかかえ裏通りを走り続けるドマイナーは、返事を一瞬ためらった。


「だから別行動するでありんす!」

「んなこた……」


 そしてドマイナーは、返事をためらった自分を戒めるように、舌を鳴らした。


「いいんだよ! んなことして、店のやつに捕まったら、もともこもねえだろうが! 今つかまったら、せっかく隠してたあの形見まで見つかっちまうかもしんねえだろ?!」

「それなら、あれは、あんさんにおあずけするでありんす!」


 白魚は、袖から取り出した蛍ぼかしの手ぬぐいを、ドマイナーのえりぐちからシャツのなかへぐいと押し込む。

 ドマイナーはそれを取り出して白魚の手に押し戻した。


「なんで……」

「大事なもんだろ! お前が持ってろ!」

「でも、これをなくしたら、逃げる先が――」

「俺を信用すんな!」

「え?」

「俺が、お前の友達の形見をあずけるに足る男だとどうして思った? 俺はもしかしたら、お前の足抜けを手伝ってやると言いながらお前を別のところへ売り飛ばすつもりかもしんねえぞ?!」

「な……」


 絶句した白魚に、ドマイナーはいまいましげに舌打ちする。


「勘違いするなよ! 俺にいまそんなつもりはねえ。そんなつもりはねえが……俺にそんなつもりはなくても、俺はいつかお前を裏切るかもしれねえんだよ! ましてやお前は足抜けして誰の庇護もなくひとりで生きて行こうとしてるんだ。大事なものはしっかりかかえて自分で持ってろ! 他人を信用しすぎるんじゃねえ! 俺を利用できるもんならとことん利用しろ! 俺は、都合よく目の前に現れた万能の正義の味方じゃねえ……!」


「で、でも……」


 戸惑う白魚をよそにドマイナーが角を曲がると、開けた視界いっぱいに、ドマイナーに向かって銃口を向けた武装機械兵が並んでいた。


「ちぃっ!」


 ドマイナーは白魚をもときた曲がり角のほうに、なげいれるように押し戻す。その返す手で、角にあった家の戸板を剥いだ。


『掃射開始シマス』


 バラバラバラ、と一斉に機関銃が揺れ弾幕で目の前が霞む。

 ドマイナーは剥ぎ取った戸板を地面に突き刺し、その反動で高くとぶことで初撃を避けると、地面に落下する勢いそのまま、居並ぶ武装機械兵たちの間に飛び込み、二、三体をまとめて殴り倒した。


「きゃあっ!」


 ドマイナーの後を追おうとしてた、角から顔を出した白魚のすぐ上に、流れ弾が着弾。屋根瓦が割れ、金属の破片が舞い散った。


「白魚! じっとしてろ! 顔を出すな!」

「は、はい……え?」


 返事をした白魚の体が、宙に舞った。


「?!」


 ドマイナーの動きが一瞬とまる。そこへ、周囲十数隊の武装機械兵がまとめて押し寄せ網を射出。ドマイナーの右手と左足がからめとられた。


「くそっ、お前ら邪魔だ! なんだあいつは……?!」


 白魚の体を宙に持ち上げたものは――人の体ほどに巨大な、大鴉であった


「きゃああああっ! な、なんでありんすか?! 誰でありんすか?!!」


 白魚が逃げようと必死にもがくも、大鴉の両足はその体をがっちりとつかみ、離さない。ドマイナーが自分を抑え込む武装機械兵を地面に蹴り倒している間にも、大鴉はぐんぐん上空へ舞い上がっていく。


「待て!」


 ドマイナーは周囲を見回すも、追うのは無理と判断したらしく、腰から無双八相をとりあげた。そのドマイナーを、背後から真紅の武装機械兵がはがいじめにする。


『自爆装置起動シマ……』


「うるせえ!」


 ドマイナーは、武装機械兵の装甲のわずかな隙間に手を入れひきはがすと、その奥で起動している自爆装置を引きずり出し投げ捨てる。だがその間にも、他の武装機械兵たちが、次々にドマイナーに襲いかかってきた。


「白魚!!」


「どうか、これ、を……!」


 手足に絡む網を引きちぎり、周囲を蹴り倒しなぎ倒ししながら大鴉をおいかけるドマイナーにむかって、白魚がなにかを投げてよこした。武装機械兵にもみくちゃにされながらドマイナーがどうにか受け取ったそれは、蛍ぼかしのてぬぐい。蕾のような金属のかたまりが入っている、あのてぬぐいだった。


「おい、これは……!」


「あちきのことは……あとは……って…………」


 ドマイナーが見ている前で大鴉は早や飛び去り――白魚のとぎれとぎれの声すらも、やがて聞こえなくなる。


「ちく……しょう!」


 誰もいなくなった空を仰ぎ叫ぶドマイナーの上に、武装機械兵が次々に飛びかかる。土まんじゅうのように武装機械兵が折り重なり、ドマイナーの姿が外からは見えなくなって――しばしの静寂ののち、土まんじゅうの中央から、一筋の白い光が天を貫いた。


 光を中心に誘爆する無数の武装機械兵のなかから外へと飛び出したのは、もちろんドマイナーである。大鴉の飛び去った方角を探すも、鉄塊飛び散る地上とは対照的に、空には青い静寂が残るばかり。


 さきほど突如飛来し去っていった黒い襲来者の存在が、今となってはまるで嘘のようだったが――白魚に代わり手のなかに残された蛍ぼかしだけが、今起こったことが確かに現実であることをドマイナーに知らせていた。


「くそ……っ」


 ドマイナーは、受け取った包みをシャツのなかに押し込んだ。そして、それを上から握りしめるようにして、再び駆け出した。

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