あんたにやるとは言っとりゃせん
「……ごめんなんし」
「べつに、大して痛かねえからいいけどよ」
手の甲に剣山のあとが残る左手を、ぶるんぶるんとふりながらドマイナーが答える。
「つい……本当に、ごめんなんし……」
「大したことねえって言ってんだろ。大体なあ、本当に危ねえと思ったのなら、もっと思いっきり突き刺せ。俺が本当に悪いやつだったら、あれくらいじゃ効果はねえぞ」
「そうです白魚さん、謝ることなどありません。護身用にと剣山を持参し、それでとっさに自分の身を守れた自分の慎重さと大胆さは、誇って良いと思います。あなたのような可憐な少女の口をいきなりふさぐぶしつけなこの男のほうが、どう考えても悪いのですから」
「一番タチが悪いのは、こいつがいるって気づいてたのに黙ってたお前だけどな」
ドマイナーはそう言うと、皿の上に山盛りになっている串団子を三本まとめてつまみあげ、甘辛いタレが塗られた焼きたての団子を口のなかで一気にこそげとった。
「おかげで、余計な寄り道をするはめになっちまった」
「ドマイナー、このような可愛らしいお嬢さんとご一緒できるという栄誉に浴しておきながらその言い草……まったくあなたの正気を疑います」
「アルラお前ってやつは本当に、女って札がついてりゃ見境ねえんだな……」
アルラマージを呆れた表情で見たドマイナーが、次に白魚に目を落とした。
源右衛門の家から再び大通りに出たところにある、まんじゅうや団子などを提供する茶店の店先である。
店先に置かれた長椅子に、ドマイナーとアルラマージに挟まれてちょこんと座っている白魚は、団子を一本手にとったきり、口をつけるようすもなくうつむいている。
「おい、白魚とか言ったよな。お前、なんであんなとこフラフラしてたのか知らねえが――これ食ったら椿屋まで送ってやるから、とにかくさっき聞いたことは誰にも言うんじゃねえぞ。まだ確証のあることじゃねえし、聞いて愉快な話ってわけでもねえんだからよ」
そんな白魚に、ドマイナーは団子を一本とり、目の前につきつけた。
「だから、食えよ。人間向けの食い物はエネルギー効率が悪いから嫌い、とか贅沢言うんじゃねえぞ。食わねえと大きくならねえからな」
「そんなこと言っとりゃせん」
ドマイナーの言葉に、白魚はため息をつく。
「そもそも、アンドロイドはいくら食べても人間のように体が大きくなったりはなりんせん。大きくなりたいなら、躯体を交換しないと……」
「し、知ってるぜそれくらい! 言葉のアヤってやつだ」
「どうでありんしょか……」
「まったくですね白魚さん。この男の適当さには僕も常々頭を悩ませておりまして……」
すかさず、アルラマージが白魚の手を取り微笑みかけた。
「……そして、可愛らしい女性が暗い顔をしていればどうにかその笑顔を取り戻したいと頑張ってしまうのが僕という男です。よろしければそのお団子は食べるしか能のない隣の男にゆずって、あちらへ氷菓子でもみつくろいに行きませんか? 今日は少し暑いですからね」
通りの反対側から、あるいは茶店の中から、アルラマージにちらちらと熱い視線を送っていた女たちの背後から、いっせいに殺気のようなものが立ちのぼる。
その殺気に気づいたわけでもないようだが、白魚は気のない表情でアルラマージに取られた手をそっと胸元に引き寄せた。
「おや……僕に触れられたのが、いやだったのでしょうか?」
アルラマージに囁かれた白魚は、顔を赤くしながら、首をぶんぶんと横に振る。
「では、いったいなんでしょうね? あなたの愛らしい顔をさきほどから濁らせている、その憎い叢雲の正体は……?」
「そ、その……実は……」
「ええ」
「その……」
「はい」
「や、やっぱり、なんでもないで――」
「あ――――っ! 面倒くせえ!!」
アルラマージと白魚の横に座ったまま仏頂面で団子を噛み砕いていたドマイナーが突然叫んだ。白魚の小さな体が、縁台の上でぴょこんと跳ねた。
「なにかあるなら言え! ないならはじめから言うな! 面倒くせえ!!」
「ドマイナー、そういう言い方はいかがなものかと。女性の心とは儚くうつろいやすいもの。その決心が固まるまで、何時間でも、何日でも、何年でも待つのが男の役目です。まったく、それだからあなたは……」
「惚れた女相手ならともかく、ガキ相手にのんびりやってられっかよ。おい白魚、なにかあるなら今言え! すぐ言え! たったいま言え! そうじゃねえなら、もう帰るぞ!」
「か……帰らないでありんす!」
ドマイナーの言葉に、白魚は眉をつりあげ言い返した。
「まだ帰りたくねえなら、用件とやらを言え!」
「だ、だから……わっちはもう、椿屋には、帰らないでありんす!」
「だから……! って……おい、白魚。帰らないってお前、もしかして――」
ドマイナーが、しばらく視線をさまよわせた後、再び白魚を見る。
「足抜けか?」
白魚が、こくりとうなずく。足抜け、とはすなわち、己を管理している廓からの逃亡を意味している。もちろん、見つかれば連れ戻されるし、逃亡の罰として、あるいは見せしめのために、厳しい折檻を受ける。
「逃げたとして……行く先のあてはあんのかよ」
「……風車売りのお菊さんを頼るよう聞いていたでありんす」
「お菊さんなら……もう、いねえぞ」
「……さっきそれを、知ったでありんす」
「…………」
「…………」
「……とりあえず今日のところは、椿屋に戻ったほうがいいのでは?」
黙りこんだドマイナーと白魚の横で、アルラマージが言った。
「無断で外出したことについては、とがめだてしないよう僕たちから遣り手のほうにとりなしますし。ねえドマイナー」
「な、なんで俺に話を振るんだよ。女はお前の得意分野だろ」
「でも椿屋の彼女は、残念ですが僕よりあなたにご執心のようでしたから……まったく、もてる男は羨ましいですねえ」
「なんのイヤミだよ。お前にだけは言われたくねえセリフだな、このスケコマシ野郎!!」
「……帰らないでありんす!!」
ドマイナーとアルラマージの緊張感のない会話を遮るように、白魚が再び声をあげた。
「蛍火が……蛍火を壊した客が、今度はわっちを指名してきたのでありんす! だから遣り手が、わっちを今夜から座敷に出すと……遣り手は、向こうが積んだ大金に目がくらんでいるのでありんす! わっちは、そんな客につくのは、絶対に、絶対に、いやでありんす……!!」
「蛍火?」
「わっちと同じ少女型のアンドロイドでありんす。
白魚の語尾が震え、それきり言葉が途切れた。ドマイナーは着ていた上着を脱いで、うつむいている白魚の上からばさりと落っことした。
「……なんでありんすか?」
上着をかけられたことに気づいた白魚が、ドマイナーを見上げる。
「……別に……」
「白魚さん、この男はこの男なりに、あなたを慰めているつもりなんですよ」
「うるせえ! そんなつもりじゃねえよ!」
「おやそうでしたか。それにしてもその上着、大丈夫ですか? ここのところずっと着っぱなしでしたけど、ちょっとにおったりしません?」
「だ、大丈夫でありんす」
「アルラ、お前なあ……」
ドマイナーが、ため息をつく。
「まあ、とにかくだ、そうと決まれば、アルラ」
「はい」
「あとは任せた」
「任せた、と言われましても」
「こいつ、もう椿屋には帰すな。本人の希望通りな」
「もう帰らないにしても、その後のあてがないのが問題だ、という話をしていませんでしたっけ、いま」
「お前がなんとかしろ」
「なんとか、とは」
「どこでもいい、安全なところまで逃がせ。俺はその間に、お菊さんの仇を探してるからよ」
「ドマイナー……あなたもよくよくご存知のことはとは思いますが、逃亡したアンドロイドは、機械帝国内のどこにいってもすぐに追っ手がかかります。かといって、神聖王国や魔法大国にいけば、機械生命体は異質な存在。石もて追われるならまだいいほうで、最悪殺されてしまうでしょう」
「う……」
「となると……どこの国にも見つからないような場所で暮らしていく、という方法くらいしかありません。ですがそれは、冗談にも安全とは言えない方法でしょうね。恵み少なき原野に危険な生物たち……いかにアンドロイドといえど、人間と同じ環境で暮らすために作られた彼女らをそこに単身放り出すことは、殺すも同然……いえ、もっとひどいことになるかもしれません」
「……だが、お菊さんはそれをどうにかしていたぜ」
「そうなんですよねえ……いやあ、お菊さんは素晴らしいかたですね」
「おい」
「はい、僕には無理です」
「おま……」
「もう一度言います。僕には無理です。僕は、無理なことは引き受けない主義です。ドマイナー、あなたと違ってね」
「アルラ、お前な……」
「あ、あのっ!」
睨み合う二人の間で、白魚が再び声をあげた。
「もしかしたら、これ……」
「ん?」
白魚が、袖のなかから小さくおりたたまれた手ぬぐいを取りだした。
淡い桃色にところどころに蛍のようなぼかしが入るそれの包みを解くと、白魚の小さな両手に収まるほどの大きさの、小さなまるっこい金属の塊が現れる。
「なんだ?」
ドマイナーが無造作に手を伸ばすと、白魚はあわててそれを自分の胸に抱きかかえた。
「おい、見せておいてなんだよ!」
「……これは……蛍火から預かったものなのでありんす」
「蛍火って……昨晩壊されたっていうお前の友達か」
白魚がこくりとうなずく。
「じゃあそれは形見ってことだろ。大事にしまっとけよ。べつに礼なんかいらねえって」
「……わっち、これをあんたにやるとは言っとりゃせん……」
「…………」
「ドマイナー、女性の話は最後まで聞くものですよ」
「わ、わかってるよ! まどろっこしいな! じゃあなんだよ!」
「これはそもそも、蛍火が、お菊さんから預かったものなのでありんす」
「お菊さんから?」
「蛍火からはそう聞いているでありんす。〝大事なものだからしばらく預かっておいてくれ〟と言われてあずかったけれど〝自分の座敷に置きっぱなしにしておいて手癖の悪い客に盗まれると困るから〟と、わっちが預かっていたのでありんす。蛍火は、多分これはお菊さんが逃がし屋仲間との符牒に……お互いを確認するための目印に使っているものだろう、と言っていたでありんす」
「なるほどなるほど。ありえることです」
「だから、これを使えば、他に逃がし屋をやっていたひとを見つけられるんじゃないかと思いんす」
「なるほど、確かにそうですね」
白魚の言葉にアルラマージが、いちいちおおげさに相槌をうつ。ドマイナーはそんなアルラマージを白い目で一瞥したあと、白魚の手のなかの金属の塊へと視線をうつした。
「残念だが、ハズレだ。お菊さんに仲間はいなかった」
「え……」
ドマイナーの言葉に、白魚は目に見えて落胆の表情を浮かべる。ドマイナーもそれにつられるように、ほおの端にしわをよせる。
「……悪いな、だが、本当のことだ。協力者を増やしてなにかあったときに迷惑かけちゃ悪いから、って、お菊さんが言ってたんだよ。外から来たやつだからってことで俺には特別に話してくれたが、それ以外にはお菊さんが逃がし屋だと知ってるやつは、この機械都市のなかに誰ひとりとしていねえ」
「あれ? でも、ご一緒に心中された〝ケン〟さんとやらは、お菊さんが逃がし屋であることを知っていましたよね」
「!」
「彼のことも聞いていなかったとは、ドマイナー、単にあなたが信用されていなかっただけなのでは?」
「うるせえ! 俺もいまそう思ったところだよ! いや……待てよ……」
「あなたが信用されていなかった……あるいは」
アルラマージは、思わせぶりに一呼吸おき、続けた。
「〝ケン〟なる男は、〝この機械都市の外〟の協力者だった」
「……それだ」
「だとすれば――そう、彼らは符牒などなしで互いに顔を認識していました。認識、どころか、恋仲になっていたくらいですからね。あ、ドマイナー、失恋の傷をえぐってすみません」
「今さら構うか。続けろ」
「では失礼して。ケンさんとお菊さんは知り合いだった。もし、蛍火さんがお預かりしたものが外部協力者との符牒に使われていたものだとした場合――外部協力者はおそらく、個人ではなく、組織。顔見知りの個人と個人でやっていたのなら、符牒なんてものはいりませんからね。ということは――」
「その、外にある逃がし屋組織を見つけりゃいいってことか! よし、よーやく話がわかりやすくなってきたぜ」
「ドマイナー、落ち着いてください。仮定に仮定を重ねた話ですから、確実性が高いとは言えません。それにもし本当にあったとして、いったいどこにあるのやら……」
「そうだな……おい白魚、それちょっと見せろよ」
「……あい」
白魚は、ドマイナーに向かって胸元に隠していた金属のかたまりをおそるおそる差し出した。
よく見ればそれは、なにかの花の蕾をかたどった置き物のようだ。
ドマイナーは、さらによく観察しようと手を伸ばし――何かを思い出したようにその手をとめ、自分の左目をおおう。本来ならば右目があるはずの場所にぽっかりと空いた暗い空洞の奥で、黄緑色の光が点滅しはじめた。
「……
「お前のとはちょっと違うけどな」
「脳直結型でありんすか?」
「そういう詳しいこと聞くな。勝手につけられたもんだからよく知らねえよ」
「人間はん言うんは、生まれ持った肉の目か、機械の目か、どっちかしか持てないって聞きましたけど……両方の情報をいっぺんに処理しようとすると、情報処理系が混乱して、脳が壊れる、て」
「あー、それで、これ使うと妙に目の前がぐらぐらすんのか。それは、まあ、慣れだな。こうして片目つぶって右目のほうだけつかってりゃあ、どうってことはねえよ」
「それでドマイナー、なにかわかりました?」
「ああ」
「えっ……!」
ドマイナーが左目を押さえていた手をはなしながら声たる。白魚が、期待に満ちたまなざしをドマイナーに向けた。
「なにがわかったんですか?」
「そうだな。こいつは時に機械の仕掛けもなにも入ってねえ、ただの金属の塊だよ」
「つまり、外の逃がし屋組織についてのヒントは?」
「なにもねえ」
「じゃあ、なにもわからなかったわけじゃないですか」
「なにもわからねえ、ってことが、わかっただろ」
「……なるほど」
「…………」
白魚が再び肩を落とす。その白魚の肩を、アルラマージがそっと抱いた。
「すみません白魚さん、僕の頭の悪い友人が、ご迷惑をおかけしております……」
「なんだよその言い草は! なにごとも当たって砕けろって言うだろ! よし、まずは腹ごしらえだ。おーいオヤジ! 団子あと二十人前追加たのむ!」
ドマイナーが店の奥に向かって声をかけると、奥から、へーい、と威勢のいい声が返ってくる。白魚は不安げな面持ちのまま、皿におきっぱなしだった団子にかぶりついた。
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