それは命令ですか?

「先ほど無双八相の光が見えたと思ったら、それでしたか」

「ああ……」


 ドマイナーが、右の機械の眼窩の奥をチカチカと点滅させ遠くを見ながら答えた。


 この街で一番高い忘八の塔の、展望台のさらに上につくられた屋上庭園に、ドマイナーとアルラマージは立っていた。


 多花弁、壺型、十字形、あるいは、赤や黄色に白に紫、形さまざま、色とりどりの花がところ狭しと咲き誇るここは、もともと観光目的で作られた場所である。しかし己の運命を儚みここから身を躍らせる遊女が後をたたないため、現在は出入り禁止になっていた。


 ヨシワラを一望できるここから周囲を見下ろすと、椿屋の上に置かれた巨大な椿のオブジェがドマイナーたちを睨むように見上げている。


 彼らふたりががそこにいることはまだ幸いにも気づかれていないようだ。しかし、地上やら展望台のなかやらをさきほどからうろうろしている武装機械兵の姿を見る限り、見つかるのは時間の問題のように思われた。


「これからどうします?」 


 隣に立つアルラマージが、近くに咲く花へ愛おしげに顔を寄せながら尋ねる。


「俺はこのまま外に出て、都市外部の逃がし屋を探す。もしかしたら、お菊さんの心中のことについて、なにかわかるかもしれねえしな」

「白魚さんのことは?」

「あいつのことは……アルラ、お前にまかせる」

「おや」

「俺がいると、また機械兵どもが騒ぎ出して周りに迷惑かけそうだしよ……それに……」

「こうも失恋が続くと、さすがに自信をなくしちゃいますもんね」


 そう気楽な調子で語るアルラマージを、ドマイナーはじろりと睨みつける。が、何も言わない。


「〝失恋じゃねえよ!〟って怒らないんですか?」

「失恋じゃねえが……」


 ドマイナーがそれきり口をつぐむ。アルラマージはしばらく次の言葉を待っていたが、やがて肩をすくめ、言った。


「状況は理解しました。が、あなたが外へ出るというのなら、僕もそれに同行します」


「あ?」


「このあたりは恵み少なき土地。機械都市の中ならともかく、その外ではなにが起こるかわかりません。そんなところへあなたをひとりで行かせて万が一にもなにかあれば、僕がロレンスに殺されてしまいますので」


「ここらの土地じゃお前の得意な魔法やら神術やらがほとんどきかねえって話だろ。だったらむしろ、俺ひとりのほうがいいくらいじゃねえか」

「花を散らせるくらいのことはできますよ」


 アルラマージは、香りをかいでいた白い花をそのまま手折り、〝交神語〟と呼ばれている古代言語でなにごとかを唱えた。はじかれたように散った花弁が、ドマイナーの周囲をひとまわりして風に吹かれ庭園の向こうへと消えていく。神聖王国の王族として生まれたアルラマージが行使するそれは〝神術〟と呼ばれるものであった。


「わかったから、せっかく咲いてる花にもったいねえことすんな」

「早いか遅いかだけですよ。花はやがて散るために咲くのです。神術が使えないのなら、その身ひとつを捧げてでも王を助けるべきであった、とロレンスは言うでしょうね。主君を守れぬ臣下に、存在する価値はありません」


「お前のそういう考え方は嫌いだって前から言ってるよな、俺は」

「嫌いでもなんでもそれが僕の生き方ですと前から言っていますよ、僕は」


「…………」

「…………」


 二人の間に咲く花を、風がさわさわとないでいく。沈黙を破ったのは、ドマイナーのほうだった。


「…………頼む」

「……………………」


「白魚のやつを、ほうっておくわけにはいかねえだろ……」


 アルラマージは深く息を吐ると、なにかを振り落とすように、首を軽く横に振った。


「それは命令ですか? 王としての」

「命令なんてものは好きじゃねえ。頼みだ。親友への」

「僕を親友だと思うのなら、どうか命じてください。王命ならば、従います」

「命令は、しない。頼む」


「……どうしてもと仰るのなら、まずはふたりで白魚さんの問題を解決するというのは? 外へいくのは、それからでも」


 アルラマージの提案に、ドマイナーは首をはっきりと横に振る。


「俺がいると、すべてが壊れる。しょせん俺はぶっ壊すことしか能のねえ人間だ。お菊さんも、白魚も……今は、外に出て思いっきり暴れまわりてえ気分なんだよ。俺ひとりの身勝手だってのは百も承知だ。親友。頼む」


 ドマイナーの言葉に――アルラマージは、諦めた表情で頭を垂れた。


「……わかりました」

「!」

「ドマイナー、他ならぬ〝親友〟であるあなたの〝頼みごと〟ですからね」

「アルラ……! さすがは俺の親友だぜ!!」


 ドマイナーに強引に肩を組まれたアルラマージが、渋い顔でため息をつく。


「僕からしたら、命令となにが違うのかという気分ですけれど……お願いですから、無茶はしないでくださいよ」

「わかってるって。おっ……来たな」


 ドマイナーの嬉しそうな声と同時に、周囲に警告音が鳴り響いた。


『接近許可のない飛行物体がこの機械都市に向かって接近しています。帝国臣民の皆さまは、十分な注意をお願いします』


 忘八の塔の上につけられたスピーカーから、そんな機械音声がヨシワラ全体にむかって発せられる。ドマイナーが見ている前で、機械都市をとりかこんでいる透明の皮膜バリアの一部が白濁しはじめた。機械都市の自動防衛機能のひとつである。


「っと……そういや、皮膜に穴をあけてやる必要があるか」


 ドマイナーは腰の無双八相を手にとった。そして、腰の逆側にさしていたバレットケースから弾丸をひとつ弾倉にさしこむと、スイッチを入れ、エネルギーチャージをはじめた。


「おい、飛行物体ってなんだ?」

「鳥かなんかだろ」

「飛行船って可能性もあるぞ」

「今はいきなり迎撃モードにゃならねえけど、戦争中なんか大変だったよなあ」

「接近許可をとり忘れたまま接近してきた間抜けな商船団が、撃ち落とされたりなー」


 足元の展望台で、客たちががやがやと騒ぐ声が聞こえる。ドマイナーは天にむけ、無双八相の引き金を引いた。

 その一発で、白濁していた皮膜にぽっかりと穴があく。そこから、無双八相の弾道を逆走するかのように、銀色の飛行物体が爆音とともに侵入してきた。


「おい、今の光なんだ?! 皮膜に穴が空いたぞ?!」

「なんかここの上から出てたみたいだし、この都市のなにかの機能じゃないのか」

「おい、入ってきたあれ、有人タイプの戦闘機じゃないか?」

「なんで一機だけ……」

「ちょっと不安になってきたんだが……」

「本当に大丈夫なのかよ」

「そういえばさっきから、なんか機械兵たちが騒がしくないか……?」


 階下から聞こえてくる声に強い不安が混じってくるのがわかる。しかも、上空から侵入してきたその戦闘機が、自分たちのほうへと一直線へつっこんでくるや――その不安は、一気に狂乱パニックへと変わった。


「おい、あれ、こっち来るぞ!」

「逃げろ!」

「きゃあっ!」

「ひいいっ!」


 聞こえてくる悲鳴に皺を寄せ、ドマイナーは屋上庭園の端ぎりぎりのところへ立つ。


「テンダーロイン! このまま乗るぞ!」


 ドマイナーの呼びかけに応えるように、上空からドマイナーのほうへ向かって急降下していた戦闘機、テンダーロインが大きく旋回し、水平方向から接近してくる。


「じゃあな、アルラ。後は頼んだ!」

「はいはい……わかりましたよ」


 ドマイナーが足場のないところへと、その巨体を躍らせる。と、遠くから近づいていた爆音が、ゔおおおおおぉん、とすぐ足元を通過して、次の瞬間には、ドマイナーの体はすでにテンダーロインの操縦席にあった。


「……まったく」


 すぐ近くを通過したテンダーロインの爆風によって散らされた無数の花弁が舞う中で、アルラマージは呟く。


「もったいないと言いながら……自分のほうがよほどに、散らし放題じゃないですか……」


 テンダーロインはさらに速度をあげて空へと駆け戻り、侵入してきた箇所から寸分違わぬ位置を通過する。

 そしてその主人ごと、機械都市の外へと消えていった。

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