まったく、問題ってのは次々に起こるもんだ

 花街のなかは、人の流れを制御しやすいよう、あちらこちらに〝お堀〟と呼ばれる人工の川が作られている。


 そのお堀がいっそう深くなる、普段は人のよりつかない路地裏の、水の流れが速くなるあたりの一角が、いまは野次馬でごった返していた。


 ドマイナーとアルラマージは、その野次馬をかき分け中に進む。そして。


「お菊さん……」


 ドマイナーの目の前に横たわる、ずぶ濡れの男女の死体。


 お堀から引き上げられたばかりの、風車模様の着物を着たその女のほうは――紛れもなく、つい先ほど桜の木の前で別れたお菊であった。


「心中死体が上がったってのはここかい? まったく、問題ってのは次々に起こるもんだ」


 源右衛門の声がした。


「おや、お客人。またお会いましたねえ。よくもあたしの前にその面見せられたもんだ」


「てめぇ……!」


 ドマイナーは源右衛門の姿を見るなり、怒りに我を忘れ殴りかかる。が。


「アニキぃっ!!」

「やっぱり無事だったんですねえっ! よかったすぅっ!」


 源右衛門の後ろをついてきていたふたりの男が、なぐりかかるドマイナーに抱きつく。気勢を削がれたドマイナーは、ふたりを自分から引きはがし、怒鳴りつけた。


「キン、ギン、どけ! そいつ、今度こそ殺す!」


「物騒なことを言うねえ。こちとらさっき負った傷の手当てがようやくすんだばかりだっていうのに。あたしの商品を盗むぬすっとの手助けをするばかりじゃなく、今度はあたしの命まで奪うつもりかい」


「アニキぃ、お菊さんのことは源右衛門さんももう諦めるって言ってましたから、この辺りで手打ちってことにしましょうよぉ」


「源右衛門さんも、武装機械兵の流れ弾にあたっちまって、機械技師どころか医者まで呼ぶ大騒ぎ。ついさっきまで修理に治療に大変だったんですぜえ」


 キンとギンがそうとりなすも、しかしドマイナーにはもはや貸す耳などない。


「うるせえ! お菊さんの仇……!」


「修理に治療に……ついさっきまで、ですか?」


 アルラマージが口を挟んだ。


「え? はい、そうっすよ」

「アニキ、このえらい色男さん、アニキのお知り合いっすか?」


「先程の騒動からついさっきまで医者にかかっていた、という事は、もしやこちらの死体は、そちらの源右衛門さんの仕業では、ない?」


「何言ってんだアルラ。そんなわけねえだろうが!」


「あがったばかりの死体が、あたしの仕業ですって?」


 源右衛門が苦笑する。


「まったく、この街で起こる悪いことはすべてあたしがやったとでも? お客人のなかで、この源右衛門はとんだ極悪人ってことになってるんですねえ。あたしゃこれでもまっとうな商いをやってるほうだと思うんですが……」


 言いながら、ひょい、と、ドマイナーの背後を覗いた源右衛門が、顔色を変えた。


「お菊……?」


「わざとらしい演技するんじゃねえよ! お菊さんは、お前が……」


「お菊……お菊……お菊うううっ! お前、いったいどうしてこんなことに……!」


 源右衛門がドマイナーを押しのけ、お菊の死体にすがりつく。その姿はとても演技には見えなかった。

 戸惑うドマイナーに、キンとギンが耳打ちする。


「アニキ、実は……」

「お菊さんは、源右衛門さんの娘さんなんすよ……」


「な……っ?!」


 キンとギンが、神妙なようすで語るには――


「妾との子だったとかで、けっして親子仲良好ってわけじゃなく……」

「お菊さんも源右衛門さんに父親ぶられるのは嫌がっていて……」

「だから、あまり周りにも知られてないんすけど……」

「でも、源右衛門さんのほうは、折々にお菊さんを気にかけていて……」


 呆然と見守るドマイナーの前で、源右衛門の喉の奥から嗚咽が漏れ続ける。


「お菊……お菊っ! お前、なんでこんな……だからあたしの仕事には口を出すなと……」


 上空を旋回する鴉が、カア、カア、と枯れた鳴き声をあげている。


 そして――


『親愛ナル帝国臣民ノ皆サマ、公務デス。速ヤカニ道ヲ開ケテ下サイ……』


 遠くから聞こえてきたその声は、機械都市の治安維持する機能のひとつ、衛生機械兵のものだ。


 かつて機械帝国に君臨していた皇帝ルドルフには、人の死を悼む、という発想がなかった。それゆえ、死体はただ公共の利益を損なう粗大ゴミとして扱われた。


 機械都市内で誰かが死亡した場合、衛生機械兵により遺体はすみやかに回収される。その遺体は高温炉で完全焼却され、共同墓地に形だけの墓碑銘が追加されるのだ。


「や……やめてくれっ! つれていかないでおくれ! お菊は……お菊はまだ死んじゃいないんだ……!」


 野次馬の向こうから無機質な声が聞こえてくると、源右衛門はそう叫びながら、すでに土気色に変わっているお菊の死体にすがりついた。しかし無慈悲にも野次馬の列は割れ、あたまに緑色のランプを回転させたずんぐりむっくりとした姿の衛生機械兵が姿を現す。


『生命反応ガアリマセン。ソレハ傷病人デハナク死体廃棄物トミナサレマス。廃棄物ヲ回収シマス。速ヤカニ道ヲオ開ケ下サイ』


「まだ……まだ、もう少しだけお菊と一緒にいさせておくれ……あたしの……あたしの娘なんだよおっ……!」


『規定秒数ヲ超エル進路妨害ハ公務執行妨害トミナシ帝国治安維持法第342条5項ニヨリ強制排除サレマス。コノ場合ニ発生シタ損害ハ一切保証サレマセン』


「たのむよ、どうか……!」


 衛生機械兵の頭から、ピーッ、と、能天気な警告音。


『強制排除ヲ実行シマス』


 衛生機械兵が、伸び縮みする機械の手をお菊とそれをかばう源右衛門にむかって伸ばした。次の瞬間、その腕ごと、後方にはじけとぶ。


「アルラ! ここは頼んだぜ!」


「え?」


 衛生機械兵を蹴り飛ばしたドマイナーが、両腕にお菊と源右衛門を抱えあげる。そして起き上がろうとする機械兵を今度は踏み切り板代わりに勢いよく踏みつけて、野次馬たちの上を大きく飛び越えていった。

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