第68話 飽きてきたである

 吾輩の一言で謁見の間は一瞬、凍り付いた。

 ある者は目を見開き、ある者は口を開閉させ、そしてある者は恐る恐る王の表情に視線を向ける。そしてそのライアット王は吾輩を睨みつけ黙しているである。

 もしかして、こいつら吾輩が「人間に危害を加えませーん」とか何とか言うと思ったのであろうか。

おいロッテにリンピオ。お前ら何『終わった……』みたいな絶望的な顔をしているのであるか。

 ただ一人、コーリィだけが一切動揺せず吾輩をジッと見つめてくる。テレパシーで一言も交わしていないが、その目は疑いも怒りも悲しみもない吾輩を信じている目である。

 あ、ポチは行儀よくお座りをしているであるな。あーうん、偉い偉い。


「それは、どういう意味だ?」


 お、ようやくライアット王が口を開いたであるな。しかし、その言葉は今までのものよりずっと重い口調であった。

 どういう意味と言われても……吾輩、意味を理解できないような事を言ったつもりはないのであるが?


「やられたらやり返す。それだけである。それが人間であれ、国であろうともな。」

「俺たちの対応次第ではラヘルに牙を剥くという事か?」

「うむ。ま、襲ってこない限り吾輩だって危害を加える気はないし、面倒事は好まぬ。安心していいであるぞ。」


 その証拠にえーっと……ルーなんとかって名前の騎士団長も剣を殴り折っただけで怪我は一切させてないであるからな。

 そこら辺の荒くれとかだったら剣じゃなくて顔に猫パンチをぶちかましたり最悪……殺していたやもしれぬがな。

 さて、ずっと立っておくのもいささか疲れた……わけでは無いが折角ふかふか絨毯があるのだ。腰を下ろそうではないか。

 あぁ、これこれ。このふかふかはやはり上等なものであるな。いやぁ、何故人間はこれの上に立っているだけなのであろうか。寝れば楽であろうのに。



「ほれ、ライアット王。まだ聞きたいことがありそうであるな。」

「聞きたいことと言うか……お前、従魔にしては自由すぎやしないか?力を持っていることは分かるが……本当に従魔か?」

「ハハハ、何を馬鹿なことを。吾輩はまごうことなき従魔であるぞ?このコーリィのな。」


 突然振られたコーリィだが、何も言わず、ただ肯定するようにうなずいた。お前、喋らないつもりであるか?

 ただまぁ、吾輩は本当にコーリィの従魔であるぞ……建て前上ではあるがな!

 さっきは最後の質問とか言っておきながら、その後もワイバーンを倒した時の状況だとかオーク・ジェネラルはどのように相手取ったのかとか。

 話はパーティメンバーにも振られ、コーリィは言葉は発さず首を縦や横に振ることで質問に答え、リンピオとロッテは目に見えて緊張した顔で受け応えをしていた。


 全員には事前に吾輩の情報を喋りすぎないように打ち合わせをしていたのであるが、この調子だと不安であるなぁ。

特にリンピオは質問されると「ひゃいっ!」という返事から始まり、カタカタと身体を震わせながら、噛み噛みで質問に答えたである。

 あいつ、こういう場所に弱かったのであるな。

 パーティメンバーに質問が行くようになってから存外吾輩暇になってきたであるな。

 ごろごろしていると逐一騎士たちが吾輩の動きにビクッと反応するのは面白かったであるが、それも飽きてきた。

 そんな時である。


 キュルルルルル……

 という音が謁見の間に響き渡った。

 小さな音であるのに、いやに鮮明に聞こえたその音は全員に届いたようで皆辺りを見渡し音の発生源を探している。


「何の音だ?」

「魔法か?しかし、攻撃的な音ではなさそうだが……」

「でも聞いたことあるような気がする音だったぞ?」


 謎の音に正体を掴めない者たちは次第に不安に感じて来たのか、同様の色が見え始めた。

 だが、そんなに心配することは無いのである。何故かというと……


「あ、吾輩の腹の音だから気にするなである。」


 そう、あまりの退屈具合に吾輩の腹の虫が鳴いてしまったのである。

 質問に次ぐ質問で、どれくらいの時間が経ったのか分からんであるが、そろそろ腹が減ってきたから終わりにしてほしいのである。

 よし、言ってみるであるか。何やらライアット王は貴族の様ないい服に身を纏った連中を集め、吾輩たちの証言から意見を交わし色々と考えているようである。

これ、もう吾輩たち別にいなくてもよさそうであろうな?


「ライアット王よ。」

「む?何だ?」

「吾輩、腹減ったからそろそろ出て行ってもいいであるか?城下町で食い倒れしたいであるからな。」

「は?」


 あれ?また空気が凍り付いたである。

 うーむ、流石に軽々しく言いすぎたであるかな。しかし、吾輩の腹は鳴る寸前まで減ってきているのである。


「もうよかろう?話すことは話したのである。吾輩を危険因子か、ゆっくり考えるがいいである。別に危険因子扱いされても吾輩的には構わんであるからな。」


 ライアット王は言葉を受け、何故か大きくため息をついた。


「あぁ、分かった。もう終わりとしよう。だが、まだ街には出てはいかん。」

「は?何でであるか。」

「そう安易に行かせる訳なかろう。その代り、今日はここに泊まるがよい。飯も出すし客室も用意させよう。」


 ふむ。城に泊まるなんて滅多にできることでは無さそうであるな。

 吾輩はその提案を呑み、パーティメンバーにも了承を得、城に泊まることとなった。

ロッテは憧れだったのか、嬉しそうであったが、リンピオはあまり寛げそうにはなさそうであるがな。

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