ドワーフの湯 (前)

(御入浴における注意事項)


・当銭湯には、魔術師、エルフ、ドワーフなど様々なお客様が来店します。

 文化や生活習慣の違いによるトラブルがあるかもしれませんが、お湯に流しましょう。

・入浴マナーを守りましょう。番頭さんを怒らせると大変なことになります。

・当銭湯では、デッキブラシによるサービスがございます。



 ドワーフ――背が低く、寸胴で、頑強な種族。


 彼らは大陸の北側にある山岳地帯――『大山脈』を祖国とし、狩猟や農耕は殆どしない。

 主たる産物は、麓に築いた採掘場で得られる鉄鉱。


 また彼らが鋳造した日用品や武具は、非常に質が高く、近隣諸国では高値で取引されている。

 彼らは職人気質である為か、国から出る事なく生涯を終える者が大半だ。


 ただそうではない変わり者も少数だがいる。

 ボルケーノもその変わり者の一人だ。

 彼はある使命から、冒険者の職につき各地を転々としていた。



「お嬢さん、背負ってやろうかの?」


 ボルケーノがそう提案したのは、とある古城を探索中だ。

 仲間のひとりであるエルフの娘っこが虎挟みの罠で足を傷めたのを不憫に思っての事だった。

 「誰がドワーフなんかの世話になるもんですか」

 無下に一蹴されてしまった。


「大体、あんた身体洗ったのいつよ?」

「思い出せんが恐らくは――」

「ドワーフは不潔。不潔は却下。以上」

「うむ。我々種族間には、未だ深い溝が横たわっているようだな」

「ふん!」


 エルフは議論の余地なしとそっぽを向いてしまった。

 成程、これが俗に言うツンデレという奴だな、と好意的に解釈する事にした。

 彼は一般的なドワーフの例に漏れず職人気質で寡黙だったが、前向き思考な持ち主でもあった。


「ここいらで一端休憩するとしよう」


 長い探索の末、一行がたどり着いた広間は、かつての城主であり魔術師でもあった男の実験室だった。


 床のあちこちにある魔法陣の痕跡に、エルフの娘っこは怪我の事も忘れ、「すごいすごい大発見だよ」と興奮しながら床を這っている。

 この澄まし顔と顰めっ面が得意な長寿族は、学者肌で魔術に関連した小難しいことが大好物なのだ。


 そして周りが見えなくなることがあるのが玉に瑕だった。

 つまり彼女は自分がうっかり踏んでしまっている円環が何やら妖しげな光を発している事に気付いていなかったのだ。


「いかん!」


 呪い事にからっきしのボルケーノではあったが、それでも非常に拙い状況であることは理解できた。

 故に、為すべき事を為す事にした。

 つまりは猛然と走り出すと――。


「は?」

「どっせええええい」


 エルフの娘っこを突き飛ばした。

 代わりに自身が、円環の内側に踏み入れてしまったのは御愛敬だ。

 逃げ切る前に魔術が発動し次の瞬間、足元から光の洪水。


「ちょっと、いきなり何すんのよ!」

「南無三……!」


 未だに状況を飲み込めていないエルフの罵声と、様子に気づいた仲間たちの声が上がり――

 途切れた。

 遠くなる意識のなかで、ボルケーノは「ああそういえば身体を洗ったのは半年前だったなあ」と、今更ながらに思い出していた。



 気が付くとボルケーノは座り込んでいた。


「……」


 目の前には薄暗い通路があり、背後は行き止まりで、だからひたすら前に進むことを促されている。

 不安に駆られながら歩いていると、すぐに出口らしき光が見えてきて、何故か天井から垂れ下がった三枚の布を分け上げ潜り抜ける。


「ここは?」


 先程までいた古城はどこにいったのか。

 広がっていたのは見知らぬ光景ーーやや古びてはいるが木造の建物の内部のようだった。


「いらっしゃい、ドワーフの旦那」


 声をかけられ、そちらを見ると背の高い台があり、そこに人がいる。紺色の見慣れぬ衣服を身に纏い、白い手拭いを頭に巻いてる若者だ。

 いらっしゃいませ、というからには、何かの店なのだろうが、状況があまりにも異常だった。 


「一体、何の店かね?」

「ああ銭湯だ」

「セントウ?」

「松の湯という所謂、古き良き公衆浴場さ」

「マツノーユ?」


 改めて辺りを見回りしてみる。

 商品らしきものもそれを陳列する棚も見あたらないので、物を売る商売ではなく、宿屋のような場所なのではと推測した。

 すぐ背後には、三枚の古びた紺色の暖簾が掛かっており、先ほど潜った布はこれらしい。

 それぞれに『男』『人界世異』『女』と見慣れぬ文字がある。

 暗い通路を歩いてここに辿り着いたはずだが、向こう側は明るく喧騒が響いた。

 今は何故か外界と通じているようだ。


「ちとものを訪ねるが、ここは?」

「東京都葛飾区だよ」

「トウキョ……カツシカ……。はて知らん地名だ」


 ボルケーノは髭をしごきながら考える。

 恐らくはあの魔法陣によって『転移』させられたのだろう。

 名前も聞いたことがない以上、遠い土地に違いない。

 非常に困ったことになってしまった。

 店主は、自分は周りからはワカダンナと呼ばれていると告げてきた。


「なあドワーフの旦那」

「うむ?」

「もし入浴するんなら七十G頂くけど、どうする?」

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