第144話

 黒いインパネスコートを纏ったクリストフェルは、四つ脚の獣が持つ瞬発力で

 ゴブリン砦中央へと疾って行く

 その速さは人間の域を遥かに超えていて、まさに俊敏だ

 中央迷宮都市にはこんな言葉が有るらしい

 ――馬より速く走る人(びと)無し――と

 クリストフェルは正にその言葉を体現していた。


 視界にゴブリンが手懐けたと思われるトロールとオーガがぬっと

 飛び込んできても、クリストフェルはその速度を落とすことなく突進しては

 蹴りで一閃し斃してしまう

 獣の咆哮にも似た音がうねり、それぞれの巨体が後方へ吹き飛んでいく

 幾ら迷宮内で鍛えられてきた冒険者であってもこれほどの瞬発力と攻撃、

 そして 正確な体術を再現できるものではない

『幻想の盗賊』クリストフェルと呼ばれている所以はここにある

 幻想とは現実離れした空想や妄想、またそれに基づいた

 小説や物語などを意味する言葉だ

 クリストフェルの二つ名はその様な意味からつけられたのだろう。

 しかし、この幻想の盗賊という二つ名にはもう一つの意味があった

 ――それは、クリスト フェルが戦闘時において一切の魔法を使用しない事だ

 これは、彼の性格と冒険者としての在り方を体現しているといっても

 過言ではないだろう。

 彼は魔法を使えないのだ



「こちとら、母ちゃんから火急のおつかいが下ったんでな

 テメーらの相手は後回しだ」

 背後や左右からゴブリン達や魔物に向かって、クリストフェルは

 吐き捨てるように言う

 襲いかかろうとするゴブリンや魔物の頭上をふわりと次々に

 クリストフェルは飛び越えていく

 その動きはさながら重力を無視するかのように軽々とした動きで、

 戦闘というより演舞の様に見えただろう

 ゴブリン達や魔物が飛び越えて移動するクリストフェルの存在を

 認識するように首を動かすが、それは叶わず地面に突っ伏していく

 突っ伏しているゴブリンや複数の魔物は、動く事無く事切れた様に見えるが、

 彼等は意識を失う程ダメージを受けただけで息はまだあるようで、そのままの

 状態を維持している

 おそらく頸部を斬られたか何かだろう


 砦中央に辿り着いた時、クリストフェルは冷汗を搔きながら軽く舌打ちする

 彼の視界に飛び込んできたのは竜種系の魔獣が二匹、そしてクリストフェルでさえ

 遭遇した事もない魔獣が一匹、数千の甲冑を着込みマントを纏った

 ゴブリン達の姿を捉えた


 二匹の竜種系は、共に大きな体躯だ

 一匹目は頭から蒼白き一角を生やし、美しく幻想的な美しさを感じさせる巨竜だ

 繰り出される攻撃はどれも一撃必殺の破壊力を秘めている

 主に『魔境』の深層林に生息している狂暴な一角竜でもあり、長い角に秘められた

 魔力によって各種魔法攻撃を繰り出す上に、その巨体で突進し獲物を角で貫く

 魔法と物理攻撃の両方に高い耐性を持ち、並の冒険者では太刀打ちできないその

 古龍の名はアングルスと呼称されている


 二匹目は、翼はないが長い牙と頑丈な鱗を持ち先端が棍棒のようになった

 強靭な尻尾が特徴の巨竜だ

 鋭き爪や牙を用いた攻撃を繰り出す破壊力は、頑丈な鎧でさえ

 紙のように切り裂くため、並の冒険者では少々苦戦を強いられる

 古龍の名はベヘモットと呼称される古龍だ

 両者とも共通しているのは、知性が高くまた狡猾であることだろう

 最後の三匹目は、クリストフェルの冒険者稼業では見た事も聞いた事もない

 未知の魔獣だ

 蒼い獅子のような体躯、ヘラジカのような平べったい角は王冠のような

 縦方向に伸び、下顎の犬歯が発達し瞳には知性の光が宿っている

 また、後頭部から首の付け根にかけてたてがみが発達しており、その体躯は

 ドラゴンを思わせるほど巨大だ

 魔獣の体躯からは、赤色の炎より遥かに高温の青色の粉のようなものが

 ゆらゆらと見えた

 それはまるで炎の粉を纏っているようだ

 無地でありながら見る者を圧倒するその姿に圧倒されそうになる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る