第143話

 ―――戦鎚持ちゴブリンがウルリーカによって討ち取られると同時に、

 まだ生き残って闘っているゴブリン達と手懐けられている魔物達が

 何もない虚空へと視線を一斉に貌を向けた

 また、数は少ないが複数の冒険者達も『何か』を察知したのか、視線を

 何もない虚空へ向ける

「空震・・・

 そうかっ!! もう一つの『軍旗』の奪取に成功したか!」

 そう言葉を発したのは、表情を強張らせ、額に汗をにじみださせている

 ヴォルフラムだった


『空震』とは空間の歪が出来る時に起こる空間震動現象で、迷宮や

 魔境においてとてつもなく強力な魔物や魔獣が出現する時に生み

 出す放電現象である

 これから出現するのは、このゴブリン砦の主だ

「こいつは余裕コイて遊んでる時間も暇もねぇ」

 そう呟くのは、少女と少年の美貌を備えた外見の冒険者だ

 細く長い六弦引きを思わせる指を、そっと組み合わせとんでもない音を奏でる

 また従来冒険者の様な鎧装備ではなく、素肌の上から

 直接インバネスコートを羽織ってその前ボタンを留めず開けている


 コートの下は、黒と赤を基調とした軍服の様だが その服には、金糸で

 刺繍が施されている

 また、腰に差した剣も異彩を放っており、鞘に収まっている状態なのに

 見る者の目を釘付けにする何かがある

 両眼から覗く鋭い瞳はどこか退屈そうでもあり、もしくは何かに

 焦がれているようにも見えた

 少女と少年の美貌を備えた外見姿の冒険者が頸から吊るされている

『冒険者階級』の認識票は―――

 この世界においては最高位の『蒼玉』等級だ



 少女と少年の美貌を備える冒険者の名はクリストフェル

 セレネギル大陸の中央迷宮都市地域で活動する達の間では、『幻想の盗賊』と

 呼ばれている凄腕の闘土系『盗賊』職の冒険者だ

 セレネギル大陸では、盗賊職で前衛も務める冒険者は強者である

 特にクリストフェルは、五年ほど前に中央迷宮都市の一つで発生した『氾濫』の

 際に、盗賊職のみで侵攻を防ぎ切った実績がある事からその名声は

 高くなっている

 また、その時に怖気ついて仲間を見捨てた新米冒険者8人を纏めて殺した事で、

 さらに冒険者仲間からの信頼と畏怖を集める事となった



「いよいよ大物が出陣か」

 そう声をかけてきたのは、気配も無く立っていた

 薄汚れた黒いローブを纏った冒険者だった

 ローブ越しでも鍛え上げられた肉体が見て取れるが、フードを

 深く被っているため貌は見ることが出来ない

 が、声から判断するに若い男のようだ

 口調は、何か懸念じみているようでもあり

 どこか楽しそうでもある

 頸から吊るされている『冒険者階級』認識票は

『金剛』等級だ

「へっ ゴブリン共を見てみろよ

 ありゃあ『死兵』じゃねーか」

 それは、ゴブリン集団が死を覚悟した状態異常の事だ

 その状態に陥った者は、死ぬまで敵に対して怯む事無く

 攻撃し続ける

 故に恐怖も痛みも感じない狂戦士と化した

 ゴブリン達の戦闘力は通常の3倍から4倍に跳ね上がる



「では、そこの男前さんは脚が速いんだから一足先にゴブリン砦の

 主へ行ってきなさい!」

 クリストフェルが走り出そうとした時、旅にも耐えるよう

 カスタマイズされた修道服らしきものを身に纏う少女が声を

 投げかけた

 種族はエルフのようだ

 が、普通のエルフ族とは少し雰囲気が違うようだ

 美しいのは同じなのだが、耳がやや長めで肌の色が緑色だ。

 そして瞳の色も薄い翡翠色をしている


「えー、母ちゃん、俺一人で砦の主を相手にしろと?」

 クリストフェルが何処かお道化るような口調で応える

 先に言っておくが、この2人に血縁関係はまったくなく、さらに言えば

 種族が違う

 クリストフェルは人間だ

「誰が母ちゃんですか!」

 憤慨する様にそう叫ぶ

 彼女の名前はエリザイラ、

 セレネギル大陸南部地域を拠点としていた『蒼玉』級『暗闇に轟く伝道者』

 クランメンバーの冒険者だ


 彼女の役職は神官戦士という前衛職だが、武器や防具によって

 様々に形態を変える事も可能なオールラウンダータイプだ

 また、彼女は魔法も使えるため後衛の回復役も務めることが

 出来る万能型である

 頸から吊るしている『冒険者階級』の認識票は

 ―――『白金』等級だ


「その口調がさ、死んだ母ちゃんとそっくり――いや行くから!

 母ちゃんの期待に添えるよう、全力尽くすって!

 すぐに砦の主を片付けて戻ってくるからさ!」

 クリストフェルはそう叫ぶように言い残すと、風の様に走り出した

 まるで母親に口答えをする子供のようだが、血縁関係も無くまして

 種族も違う

 大方冒険者同士の軽いジョークの一種だろう

「なかなかのご子息だな」

 薄汚れた黒いローブを纏った冒険者が、エリザイラに語り掛ける

 何処か愉しげで嬉しげな口調だ


 エリザイラは、その言葉に苦笑し肩を竦める

「私はエルフです!

 ロージアンに来る道中でも私の事を「母ちゃん」と呼ぶんですよ!

 おかけで、クランのメンバーや他の冒険者達もそれで私を弄るというかネタにしてきまして――」

 エリザイラはそう短く応える

 2人はまるで旧知の間柄らのように語り合っている

「まんざらでもなさそうだと見え――怖い怖い」

 薄汚れた黒いローブを纏った冒険者がエリザイラに軽く睨まれると、両手を上げて

 降参のポーズを取った

「息子さんの将来について相談するのは、この修羅場が終わった後にしてくれ!!

 死に物狂いで残りのゴブリンや魔物が来るぞ!!」

 背後に魔力を溜めた氷塊を出現させている冒険者がそう叫ぶ

 周囲に氷塊が浮かび上がると無数の氷弾へと変化し、そしてそれは、放たれる時を

 待ちわびているかのように滞空している

 頸から吊るしている『冒険者階級』認識票は『白金』等級だ

「貴重な時間を削ってまで息子さんの将来を相談することでもないでしょうが――!?」

 続いて、魔力を溜めてる女冒険者が口を挿んだ

 特注の魔法衣を纏っている女冒険者は、握り締めている杖を構えながら

 詠唱し徐々に 氷の槍を具現化させていく


 頸から吊るしている認識票は『金剛』等級だ

「私はエルフですと何回言ったらわかるんですかっ!

 あと相談事ならちびっこ先生にお伺いいたします!」

 エリザイラはその2人に反論するように言うが視線は付近に向けられおり、

 おそらくこのやり取りも冒険者同士の軽いじゃれ合いじみた

 ものなのだろう

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