第11話
――ハインツ一行が中級者冒険者向けの階層を探索している頃、
「冒険者ギルド」のギルドマスターの部屋では、
ハインツ一行に関する報告書を眺める『ギルドマスター』の姿があった
報告書には、ハインツがメンバーとして招き入れた
新人冒険者達について記されていた
そこに記された情報をじっと見つめている彼女の貌には、何とも
言えない複雑な表情が浮かんでいた
「この報告に間違いはありませんか?」
彼女は、背後に控えていた秘書の女性に問いかけると、 女性は
無言のまま小さく肯いた
それを見た彼女は、軽く溜息を吐き、天井を見上げた
タルコット ローザ テレンス カルローラ アトリーサの五人の
身辺調査書に目を通す
5人の冒険者登録に関して書かれた書類は、全部で5枚あった
そして、その5枚の書類はすべて同じ内容だった
「身辺調査で判明したのは、五人が想像していた以上に強いって事だけですね」
秘書の女性が無表情なまま答えた
「訓練場の教官連中を瞬殺したとか、魔物相手に素手で戦えるとか、上級クラスの
魔法を習得してるとか、もう意味不明なんだけど、これ本当なんですか?」
『ギルドマスター』の彼女は呆れ顔で尋ねた
「冒険者ギルドの教官達は、全員が元上級冒険者ですからね。その人達を
相手に勝ったとなると、それはまあ事実でしょうね」
秘書の女性は淡々と答える
特にタルコットについては魔法主兵思想を提唱している教官達の間で、
激しい議論が沸き起こった
結果、彼の唱えた魔法は間違いなく本物であり、詠唱の呪文は正しいという
結論に至ったらしい
「教官達が、このタルコットなる冒険者に魔法学院への入学を強く勧めたともありますが?」
『ギルドマスター』の彼女が尋ねる
「それに対しては初耳ですが・・・確か『テンブルク』迷宮の探索で名を馳せた
教官の1人が、かなり 絶賛していたと聞きましたが・・・」
秘書の女性は、感情を感じさせない口調ながらそんな話は初耳だといった
様子を見せた
その反応を見て『ギルドマスター』の彼女は眉間にシワを寄せつつ、
タルコットの書類のページを捲った
そんな話があれば知らないはずがない のだが、ページを捲った
そこにはその教官の書いた手紙が添えられていた
その教官の個人的な見解と、彼が推薦する理由が簡単ではあるが書かれていた
それは、 魔法師としての才能がずば抜けているという事
その才能は、魔法学院の入学試験でも遺憾なく発揮され、首席で
合格するだろうと予想されるため、あの間違った詠唱方法は今すぐにでも修正すべき
というものだった
また、 魔法学院に入学する事で彼はさらに成長できるだろう と締め括られていた
「・・・・現実問題として、冒険者ギルドの教官による推薦状があるのなら、学院に
入学させるしかないわよね」
彼女は深い溜息と共にそう呟くと、再び別の報告書に視線を落とした
「今からですと秋期試験に間に合いますが、どうしますか?」
秘書の女性は淡々と尋ねる
『ギルドマスター』の彼女は、それを聞きつつも別の報告書・・・ローザについて記載されていた 内容に眼を通す
「このローザっていう名の冒険者を担当した教官は、何か言ってますか?」
秘書の女性は、その問いに対して僅かに首を傾げた その動作は、質問の意図が
解らないという感じだった
「担当した教官は、確かロージアン大陸の魔境で実戦経験を積んだ
ベテランの元冒険者です
「冒険者ギルド」の教官として雇用の時点で、個人で希少種の魔獣を十匹、
協同討伐で十八体の強力な 魔物を討伐した戦果を上げた経験者ですね」
秘書の女性は、まるでマニュアルを読んでいるかのように、淀みなく答えた
「では、その教官がローザという名の冒険者に、魔物による「スタンピード」や
迷宮から 魔物が溢れだす「氾濫」から人々を護らせたら大陸一・・・
いえ、世界一と言われるような 冒険者が集まる「クラン」に推薦状を書いたとしても、不思議ではないですよね?」
『ギルドマスター』の彼女が、書類に眼を通しつつ尋ねる
「・・・かの教官は、滅多に推薦状を書く事はありません。それが今回に限り、
特別に推薦状を書れているのですか」
秘書の女性は、無表情のまま暫く考え込んだ後、静かに答えた
「それも『カンペール』 『クレモンテ』 『ベベルド』の三国にある「クラン」への推薦状です
報告書には教官から、『この者がいずれかの「クラン」に加盟すれば必ず歴史に
残る偉大な冒険者として語り継がれ、次期「クランマスター」になる可能性は極めて高い』 と書かれています」
秘書の女性は、その言葉を聞いた瞬間、表情を変えずに内心驚愕していた
その報告書に書かれている事が事実ならば、ローザという冒険者は間違いなく
空前絶後の上級冒険者になれるだけの素質を持っているという事になる
しかも、三国にある「クラン」は冒険者達の間でも有名な 実力のある 組織だ
そんな組織に、まだ登録したばかりの新人冒険者を推薦状を書いてまで
加入させようとするなど、 普通は考えられない事だった
その書類を最後まで読み続けていた『ギルドマスター』の彼女の瞳の
奥底には静かな炎が宿っているように見えた
それは、彼女の職務に対する情熱の表れだった
「大変な人材を手に入れたものですね」
秘書の女性が、無表情なまま独り言のようにポツリと漏らす
だが、その声は小さくともしっかりと『ギルドマスター』の彼女にも届いていた
「・・・このテレンスという名の冒険者を担当した教官からの報告書には、
かの冒険者の「回復士」としての高い知力と決断力の高さ、
そして治癒技術は寺院の 大僧正クラスだと報告されています」
『ギルドマスター』の彼女が、書類に眼を通しつつ告げる
「滅多に褒める事のない、あの教官がそこまで書かれるとは・・・」
秘書の女性は、ほんの少しだけ眉を動かしたがすぐに元の状態に戻しつつ、
抑揚の無い声で答える
「治癒空間をその場から展開させる事は、寺院の大僧正や司祭長クラスの
高位聖職者でなければ出来ないと言われています
それとこれから言う事は秘匿です――――テレンスという冒険者は「蘇生」
技術を既に習得している可能性があります」
『ギルドマスター』の彼女の言葉に、秘書の女性は一瞬だけ眉をピクリと動かした
「蘇生」技術は、の高位聖職者でも最高技術をもった司教にしか扱えない秘術だ
それを冒険者が修得している可能性があるなど、本来ならあり得ない事だった
もしそんな事が可能なら、彼は冒険者ではなく教会に入っていてもおかしくない
寺院の復活の儀式ともなるとそれなりに金額を要求されるが、その効果は絶大だ
それは、その国の王族や貴族であっても決して無視できないものだ
一応、駆け出しの冒険者は死にやすいので救済の意味を込められて、ある程度の
資金負担が免除されているのだが、それでも高額の費用が掛かる
その為、冒険者の中には蘇生の技術を習得したいが為に冒険者となる者も
いる程なのだ
だが、それは僧侶としての知識と技能を持った人物でも難しい
何故なら復活できる保証が無いからだ
仮に復活したとしても、魂に負担が掛かるので寿命が縮むとも言われている
また一度蘇生した冒険者の大半は、新たな仲間を募ってまた迷宮に潜るか、
引退して 堅気になるかという選択肢を迫られるのだ
その様な状況になっても、冒険者を続ける者などほとんどいない
「冒険者ギルド」では死者の埋葬を行う際に、ギルド所属の神官が祈りを
捧げて安息を願う事で
その遺体の腐敗を遅らせたり、浄化する事が出来ると言われているが、それも
絶対ではない
冒険者にとって、死は身近な存在だ
特に中級以上の冒険者になれば自分の力量を把握しているので、無理をしてまで
命懸けで戦う必要もない
だからこそ、冒険者は自分の能力に見合った仕事をし、危険の
少ない仕事を選ぶ事が多い
中には上級冒険者として、多くの冒険者から尊敬を集める者もいれば、
下級冒険者のまま引退する者も少なくない
しかし、冒険者を辞めても、今まで培った経験や知識、そして人脈や
情報網はそのまま残る
だから、引退した冒険者の中にはそのまま後進の育成や冒険者ギルドの
運営に携わる者も多い
「――そんな人物が今まで野に埋もれていたなんて、信じられませんね」
秘書の女性は、表情を変えずに淡々と呟く
彼女は優秀な秘書であると同時に、各「冒険者ギルド支部」に1人はいる有能な
「冒険者ギルド処刑人」だ
滅多な事で動揺する事はないが、正直今回の件に関しては驚きを
隠す事が出来なかった
何しろ調査対象者の5人共、明らかに新人レベルの冒険者ではなかったからだ
それなのに今まで冒険者登録もせず、「クラン」にも加盟していなかったと
いうのは、どう考えてもおかしい話だった
『ギルドマスター』の彼女は、最後に カルローラと アトリーサを担当した
教官からの報告書に眼を通す
報告書には、各訓練項目に関する評価とスコア、それに対する
コメントが書かれており、そのページの上を忙しく動く彼女の指の速度は、
いつもより 速かった
そして読み終わった後に、小さく溜息をつく
「この カルローラとアトリーサという冒険者の潜在能力も計り
知れないものがあるようですね
・・・担当した教官が、この2人に対して「ヘブリマス」 「ドンディッチ」
「ウォルトン」の都市にある冒険者ギルド本部専属冒険者としての推薦状を既に用意しています・・」
『ギルドマスター』の彼女は、書類を見ながら静かに告げる
秘書の女性は相変わらず無表情なままだったが、僅かに口元を緩めていた
ギルドマスターの彼女も、秘書の女性と同じような感想を持っているようだ
カルローラとアトリーサを担当した教官は、『月光』の二つ名をも持つ
ベテランの冒険者だ
その教官が推薦状を書いたとなれば、つまり能力は保証されているようなもの
過去にも数人の冒険者を指導していた実績もあるので、実力的にも問題は無い
評価とスコアをざっと見ただけでも、全ての項目において高成績の結果を
出しているところを確認すれば――2人の能力は相当なものだと分かる
それに、「ヘブリマス」 「ドンディッチ」 「ウォルトン」
その3つの都市にある 冒険者ギルド本部本部の専属冒険者に成れるかどうかは、
冒険者にとってはステータスとなる
何故ならその三つの都市では、冒険者ギルドの所属員として
優遇措置を受けられるからだ
例えば各都市の冒険者ギルドに所属していると、ギルドが提携している
宿屋や商店などで割引などの特典を受ける事ができる
また、依頼主や商人からの依頼や指名も受けやすくなり、 場合によっては
優先的に依頼を受ける事が可能になる
冒険者が生活していく上でとても有利な事だ
それに、冒険者ランクが上がれば、他の都市のギルドから
スカウトされる事だってある
能力的に見ればその都市以外に行っても、その都市によっては条件や
制限が付くかもしれないが歓迎されるだろう
『月光』の二つ名をも持つベテランの冒険者の報告書には、『私の経験上からも
断言するが、現在この2人の能力は冒険者としてはもちろん、各国の
騎士団や傭兵団の第一線部隊の中であっても間違いなくトップクラスである。
私個人としては、是非とも我がギルドで鍛えてみたいと思っているのだが、
いかがだろうか?』
と書かれている
ギルドマスターの彼女は、少し考える素振りを見せた後で小さく息を吐く
「・・・パーティリーダーのハインツ氏は、大変な資源を身近に置きましたね
冒険者経験としての実戦が無くても、それほどの能力を発揮しているとなると
実戦経験を積ませて成長させたらどうなるのでしょう?」
秘書の女性は、そう呟いた
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