第8話
日が地平線の向こう側から顔を覗かせた頃合い――ハインツ一行は
迷宮から 外に脱出した
脱出後、冒険者ギルドに寄り、迷宮内で得た魔石を売却した。
その時、受付嬢がハインツ一行の顔を見て少し驚いていたが、
特に気にすることはしなかった
売却した金を手に宿屋に戻り、食事を取った
その後、部屋に戻るとハインツはベッドの上に座り込み、これからの事について
考えていた
あれからパーティは、地下一階を隈なく探索して歩き廻った
そこでは外界でも眼にしたことのある魔物達を始め、これまでの迷宮でも
見た事もない
魔物達の手洗い歓迎を受けた
中級冒険者向けの迷宮だけあり、強さも上昇していた
上位種と思われる上位種が群れを成して襲いかかってきても、前衛を務める
「拳闘士」のローザが容赦なく叩き潰した
タルコットの奇行で魔法の力を借りるまでもなく、テレンスが回復を
唱える必要もなく・・・
そして、ハインツとカーリンが戦闘に参加するまでもなかったのだ
それほどまでに圧倒的な強さで、ローザは殲滅していった
しかし、そんな虎の着ぐるみを被っているローザに油断は一切見られなかった
ハインツは改めてローザの底知れぬ実力の高さを思い知らされた
・・・魔物よりも厄介だったのは、至る所に仕掛けられている罠だった
回転する床、隠された扉、さらには落とし穴など それらのトラップも
全てローザが 破壊して回った
また、隠し通路なども発見したのだが、そこら中に大量の魔物達が
生息しており、とてもじゃないが通れる状況ではなかった
たいていの迷宮の魔物は宝箱を隠し持っている
それが迷宮探索をする冒険者にとって一番の楽しみなのだが、今回に
限って言えば、それどころではなかった
宝箱には九割の確実で罠が仕掛けられており、中身を頂戴することが
非常に困難となっていた
本来なら罠を解除できるメンバーが居れば簡単な事だったが、現在いないため
諦めざるを得なかった
迷宮内の構造は地図に記載されていない部分が多く存在していたが
テレンスとローザがいる事で、今まで以上に効率的に迷宮内を探索する
事ができる・・・
滞在時間が大幅に短縮できるが、マッピングスキルや罠を解除できるメンバーを
早く見つけなければ、攻略スピードが著しく低下してしまう
そこで、ローザにお願いをした
彼女の格闘術で、『罠の感知、解錠ができるのではないか?』と
提案をしてみたが
『自分の技は、あくまでも戦闘技術であって、罠の感知や解除の技術ではないです』
と、首を横に振って拒否された
ハインツは脱出後に、『冒険者ギルド』で今後の事も考えて盗賊系のパーティ
募集をかけていた
そうすぐには見つからないだろうと考えていた
翌日の昼頃、『冒険者ギルド』からパーティ人員募集に関しての呼び出しを受けた
ハインツは『よくこんな短時間で募集に応じてくれる冒険者がいるとは』と
感心しつつ、受付嬢の案内に従い応接室へと向かった
だが、その受付嬢が何か微妙な表情を浮かべていたため、ハインツは何か
嫌な予感を覚えた
少し不安を感じながら応接室のドアを開けると、その予感が当たった
「・・・」
ハインツは何か言いたそうな表情で、受付嬢に視線を向けた
「腕は『冒険者ギルド』で保証します。どうぞ、お入りください」
受付嬢は淡々とした口調で言った
そして、椅子に座るよう促す ハインツは言われた通り、席に着いた
ハインツが席に着くと同時に、対面にいる2人の冒険者に視線を向けた
2人の冒険者は、共に女性だ
一人は 歳は十代半ばといった少女といったところだろうか?
もう一人は、歳は二十歳前後の女性といったところだろうか・・・
年齢と性別は置いとくとして、ハインツが何か言いたそうにしたのは、2人の
女性冒険者の服装にあった
2人の女性冒険者の服装は、ハインツはあまりお目に掛かった事はない
十代半ばといった少女は、黄色で背面部に太局図と呼ばれているものを配置した
法衣を身に纏っていた
頭には冠巾と称されている帽子を被り、足防具は道士雲履と呼ばれるものを
穿いていた
少女は腰に帯剣しているが、服装も剣もハインツが見たことがない
細身の剣の様だが、それはどうやら銅貨を赤い紐で結び繋いでいるだけのようだ
一方の女性の方も、かなり印象的な装備だった
少なくともこの国の冒険者が好んで着用はしていない
特徴的なのは鴉を模したであろう外套を身に付けていた
黒い羽根は闇に紛れるようで、見る者を魅了しそうだった
さらに、その貌は口元から鼻までもすっぽりとマスクで覆っている
その素顔を窺うことはできないが、唯一露出している目元は、とても美しかった
頸には十字架のようなネックレスを掛けており、頭には枯れた羽根を模した
帽子を被っている
そんな彼女は、背中にはクロスボウを背負っていた
また腰に下げているのは、折りたたまれた長柄の鋸鉈のようなものが見えた
「・・・ひょっとして貴女方2人が?」
ハインツは戸惑ったような声を上げ、向かい側に座る2人に問いかけた
「 『闇狩人』のアトリーサ」
口元から鼻までもすっぽりとマスクで覆っている女性が、どこか冷めた
感じの声で答えた
まるで感情を表に出さず、ただ与えられた任務を遂行するかのような印象を受ける
しかし、それが彼女の素なのかもしれない
「初めまして 『迷宮道士』のカルローラです」
物腰が柔らかな声で、十代半ばの少女が挨拶をした
笑顔で、ハインツに会釈する
こちらは、まだあどけなさが残る可愛らしい笑みだった
二人の自己紹介を聞いて、『これはどういう事だ?』と疑問と困惑が沸き起こった
冒険者という職業に就いている者達の多くには『前衛』や『後衛』と
言った職がある
それは、パーティを組む際の編成の仕方で変わるものだ
例えば、戦士と回復士をバランス良く配置して、回復役を担わせる事もある
だが、どちらかと言えば、前衛の方に比重を置くのが普通である
特に魔法を使う冒険者の場合、攻撃手段が乏しいため、近接戦闘を
不得手とする場合が多い
そのため、仲間を庇いながら戦うため、必然的に前に出る事が多い
逆に後衛の魔法使いなどは、敵が接近してきた場合に備えて、ある程度の
戦闘能力を持っている事が望ましい
そして盗賊系の職種は、戦闘では主に罠の解除などを担当する
索敵能力にも優れるため、斥候役としても優秀だ
だから、罠の解除や感知ができる盗賊系の冒険者を募集したのだ
―――来たのが『盗賊』ではなく、ハインツは聞いたこともない職に就いている女性冒険者達だった
しかも、見た目だけで判断すれば明らかに前衛向きの装備をしている女性と、
支援に特化したような恰好をした少女・・・
確かに、盗賊系の冒険者よりは戦力になるだろうと ハインツは思った
「お二方は、先日冒険者登録をされたばかりの新人です。
ですので、今回の募集に応じてくれました。
冒険者としての経験はまだありませんが、実力は先ほども申しましたが
『確か』です」
受付嬢が眉間にシワを寄せ、微妙な表情を浮かべつつ淡々と説明した
ハインツは、その表情を見逃さず、『このお二人は、本当に『盗賊』系なのか?』と 疑念を抱いた
「 冒険者としての活動は今回が初めてだが、盗賊技能は冒険者ギルドで
保証されている」
口元から鼻まですっぽりとマスクで覆っているアトリーサが、抑揚のない
口調で言った
表情が見えないため、何を考えているのか分からない
「 ボクも冒険者としての活動は今回が初めてですが、盗賊技能は
冒険者ギルドで認められていますよ。
これでもマッピングも出来ます!」
十代半ばといったカルローラは、どこか誇らしげに胸を張っている
そして、ハインツを見据えて微笑んだ
ハインツは、二人の言葉を聞き、内心穏やかではなかった
「・・・冒険者としての活動については、お2人とも問題はないと言う事ですね?」
確認するようにハインツが尋ねると、2人は同時にコクリと首を縦に振った
それを見て、ハインツは考え込んだ
(どうしたものか・・・)
冒険者のパーティーは、通常4人から6人編成が一般的とされている
ただし、中級迷宮は最低でも8人編成で挑む事が『冒険者ギルド』より
推奨されている
上級迷宮の場合は最低でも10人編成だ
最早軍隊に近い人数だが、上級迷宮内に犇めく魔物達は、それだけの数が
必要な程の強さを持つ
また、迷宮内で遭遇する他の冒険者と協力する事も多々ある
お互いの利益を守るために衝突する事もあるが、中には助け合いながら
行動する 冒険者もいる
中級迷宮以上を攻略するのに、たった4人から6人編成で挑んでいては、
命がいくつあっても足りない
それに、ハインツには懸念があった
この2人の女性冒険者が本当に新人で初心者ならば、この中級迷宮での
戦闘に耐えられるとは思えなかった
しかし、他に選択肢がない事も事実だった
受付嬢が眉間に皺を寄せ、何か微妙な表情をしている事も気になったが、恐らく
個人的な事を言う事はまずないはずだ
そう思い、ハインツは覚悟を決めた
2人の素性に関してはハインツ自身、名前しか知らない
詮索する事は暗黙のルールで禁止されている
そのためにも一緒に迷宮探索して、新米2人はどんな人物かを把握せねばならない
と思った
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます