第5話

 迷宮の二層を突破し三層へ下りると、迷宮の様相は一変する

 出現する魔物もこれまでに加えて、牙竜属、巨人属、魔獣属、 獣人属、鳥竜属、動物属と言った魔物たちが出現する

 中には魔物でありながら、知能を持つ存在も現れるようになる

 例えば――オークの上位種であるハイ・オーク、オーガ、トロール、

 サイクロプス、ミノタウロスといった 種族がそれに当たる


 これらは迷宮内で進化したのか、それともこの階層の守護者として

 君臨しているのかは不明だが、非常に厄介な相手であることに変わりはない

 また、これらの上位種以外にも牙竜属と魔獣属の魔物が多く現れるようになる

 仕掛けられた多種多様な罠が凶悪で殺意に満ちてくるのも、この階層からだ

 油断すれば命を落とすことになる

 そして、冒険者を志した者達が数か月くらいで二階を踏破出来ても大抵の者が

 ここで死ぬか脱落するのもこの階層からだ


 あくまでこれでも新米冒険者向け迷宮なのだが、それでも厳しいことには

 変わりがない

 ハインツとカーリンも何度か死線を潜り抜けてきたが、まだ一度も

 死んだことがないのは幸運以外の何物でもないのだ

 だが、その分得られる経験は格別なものとなる

 そして、ここから先へ進むためには更に困難を極める事になるのだが――――


 三層を降りて直後に、複数のオーガとミノタウロスといった魔物の群れに、

 ハインツ一行は囲まれてしまう

 その数は40匹以上はいた

 あきらかに異常な数だった

 だが、ハインツ達の様な冒険者にとってはそれほど驚くことでもなかった

 というのも、こういった事態に遭遇するのが初めてではないからだ

 多かれ少なかれ、全滅するか敗走するかの違いだが冒険者達にとっては

 日常茶飯事とも言える

 ―――ただ、ハインツが新しく加えた3人の奇妙な冒険者を除けばの話だ


 棍棒や大金槌を振り回ししてくるミノタウロスとオーガの攻撃を、木の葉のようにひらりひらりと 虎の着ぐるみを被っているローザが避けていく

 彼女は右手の拳を握りしめながら、ミノタウロスの頭部に向けて振り抜き撃ち抜く

 鈍い音が響き渡ると同時に、頭部を砕かれたミノタウロスはその場に前屈した

 ローザは手を休めず、左足を軸にして右足を蹴り上げ、その勢いのまま

 身体を回転させる


 背後に迫っていた別のミノタウロスの顎を下から突き上げるように打ち抜いた

 そのまま両足を広げ着地し、今度は前方のオーガに向かって疾走した

 両手の掌底をオーガに突き出すと、強烈な衝撃波が放たれオーガの

 上半身が消し飛んだ

 ハインツもカーリンも呆気に取られていた

 確かに彼女の戦闘スタイルは徒手空拳による格闘術がメインであり、

 それは理解している

 しかし、あの巨体を誇る魔物を一撃で葬れるほどの威力があるとは

 思ってもいなかった


 ましてや素手でだ

 しかも、虎の着ぐるみであれだけのスピードで動き回っていても、息切れ一つ

 していない

 ローザの底知れぬ実力にハインツとカーリンは驚愕するだけだった

 だが、ローザの戦闘力を目の当たりにしたせいなのか、ミノタウロスとオーガ

 の殺意がより一層強く感じられたため、

 一層強く感じられたため、ハインツとカーリンは震え足がすくんだ

 このままではいけないとハインツが言う前に――


「後は、僕が一掃します!!」

 タルコットが大声で叫んだ

 ハインツは別の意味で血の気が引いた

 タルコットの言葉の意味を理解してしまった

 ――つまりこの状況で、今回も一層でも行っていた奇行行為を行うということだ

 ハインツが止めようと叫ぶ前にテレンスが状況を判断して、自身を中心に

 緑の光を放つ治癒空間を作り出した

 これにより周囲は緑色の結界に包まれ、ミノタウロスとオーガの集団は

 その場に留まることを余儀なくされた

 そして、緑色の結界内でタルコットの奇行行為がはじまった


「 オーエンスタンレー オーエンスタンレー オーエンスタンレー 

  オーエンスタンレー オーエンスタンレー オーエンスタンレー 

  オーエンスタンレー オーエンスタンレー オーエンスタンレー 

  最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん

  最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん

  最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん

  最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん 最後の晩さん

  死の行軍  死の行軍 死の行軍 死の行軍 死の行軍 死の行軍 死の行軍 

  死の行軍  死の行軍 死の行軍 死の行軍 死の行軍 死の行軍 死の行軍

  死の行軍  死の行軍 死の行軍 死の行軍 死の行軍 死の行軍 死の行軍

  思い出せ  思い出せ  思い出せ  思い出せ  思い出せ 思い出せ

  思い出せ  思い出せ  思い出せ  思い出せ  思い出せ 思い出せ

   思い出せ  思い出せ  思い出せ  思い出せ  思い出せ 思い出せ

   腹減った 腹減った 腹減った 腹減った 腹減った 腹減った 腹減った

   腹減った 腹減った 腹減った 腹減った 腹減った 腹減った  腹減った

   腹減った 腹減った 腹減った 腹減った 腹減った 腹減った 腹減った」

 

 タルコットは喉から血が出すような声を上げながら、内容がかなり

 不気味な歌詞を歌い始る

 それも、鬼の様に歪んだ凶相で迷宮の床におもっきり額を強く

 繰り返しぶつけながらだ

 そしてタルコットの声には、今までにない強烈な憎悪と憤怒、敵愾心が

 孕んでいた


 ―――その鬼気迫る光景を目撃したミノタウロスとオーガの集団は

動きを止めていた

 ハインツとカーリンは、別の意味で恐怖していた

 何度も、何度も、何度も、何度も額を床にぶつけて血を流すが・・・

治癒空間内なため傷口がまるで、時間を戻す様に修復されていく

 その様子を見ていたハインツとカーリンはドン引きだった

 ――やがて、鬼の様に歪んだ凶相でゆらりとタルコットは立ち上った

 またしても床を爪先と踵で踏み鳴らし、そして足を交互に滑らし前に

歩く様に前進する

 その様子にミノタウロスとオーガ達は本能的に危険を感じたのか、後退りをした

 タルコットの歩みが一定の所で止まる


「まほうはつどぅさせましたぁ――」

 掠れた声で告げると、タルコットは一瞬フワッと地面から浮いた

 前方に向けて、突起状の氷の塊を複数生成させた

 そのまま、勢いよく両腕を前方に突き出す動作と同時に、複数の氷の礫が

 ミノタウロスとオーガ達に向けて放たれた

 ミノタウロスの頭部を貫通し、オーガの腹部を粉砕し、次々と屠っていく

 その威力は凄まじく、氷の礫の速度も速く、あっという間にミノタウロスと

オーガ達の生命活動を停止させていた

 その一連の行動を見たハインツとカーリンは、その威力に言葉を失っていた

 だが、テレンスは強面の貌に笑みを浮かべ、ローザは称賛するように

拍手をしていた

 タルコットは鬼の様に歪んだ凶相から、普段の表情で照れ臭そうに頭を掻いていた



「・・・あの3人は、本当に新人冒険者なのか??」

 呆然とした表情でカーリンが呟いた

 ハインツも同じ気持ちだったのか無言で首肯していた

 そして2合わせると、お互いの貌には同じ考えである事が窺えた

 それは、3人の実力の異常さについてだ

 まず、テレンスに関しては後衛としての戦闘スタイルは文句がない

 治療魔法能力も、他の『回復士』とは比べ物にならないハイレベルなものだ

 それも治癒空間を作り出すほどだ

 聖属性系魔法や神聖魔法の威力に関しても、一撃で葬る程の強力なものだ

 ただ詠唱時には、両眼から血涙を流し、左右の手足から血を溢れさせるが・・・

 次にローザに関して言えば前衛として申し分のない戦闘能力だ

『拳闘土』の中でも、恐らく上位に位置する実力者だろう

 何より驚くべき事は、彼女が扱う戦闘技術の高さだ。

 格闘術や体捌きは勿論の事、徒手空拳による近接攻撃だけでなく投擲技の

精度も高く、特に中距離からの短剣投げの腕前は、眼を見張るものがあった

 とにかく多彩で多彩な戦い方が可能になっている・・・

 ただ、虎の着ぐるみを除いてだが


 そして最後にタルコットであるが、魔法に関しては間違いなく優秀だ

 魔力コントロールにも長けている様で、様々な種類の魔法を自在に操っている

 恐らく、タルコットが師事した師匠の教えが良かったのだろうと推察できた

 しかし、魔法詠唱時に行うあの狂気に満ちた行為は理解しがたいものが正直あった

 特に、今回の詠唱と言うべきか歌は禍々しい狂気に満ちていた

 まるで呪われた邪教徒を彷彿とさせる様な内容の歌詞だった

 しかも、その歌詞は恐ろしい事に意味不明な言葉で構成されていた

 タルコット自身も意図してこの詠唱をしているわけではないようだが、

 彼の精神状態に何らかの問題が生じているのかもしれなかった

 そんな事を考えながらハインツとカーリンは奇妙な冒険者達の方を見ると、

『冒険者ギルドは、この3人の事をどうするつもりなのだろうか?』と考えていた

 これからの事を思うとハインツは、不安でもあり期待もあった

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