22th 恋哀
マジカリア女王――それは、魔法界・テュレーゼを統べる王でもある。
かつてテュレーゼミアル――当時はジョアロトと言った――が、人間界・リーフェに住んでいた頃……一人のマーティンとジョアロトの小さないさかいをきっかけに、戦争が始まった。
長い長い戦争。ジョアロトもマーティンも、たくさんの血を流した。
二百年にも及んだその戦争は、ある十人の若者たちによって幕を閉じた。彼らは全員ジョアロトであったが、中立の立場にあった。
ほぼすべての魔法を使いこなせたとされる“究極の魔導師”マジカリア。
炎系魔法を得意とした“爆炎の貴公子”、アイクレート。
ワニの獣人で土系魔法を得意とした“
氷雪系の魔法を得意とした“白銀の道化”トゥオーレ。
水系魔法を得意とした“
闇系魔法を得意とした“漆黒の乙女”パッフィーナ。
木系の魔法を得意とした“
雲族の妖精で雷系の魔法を得意とした“
治癒魔法を得意とした“安らぎの淑女”ネゼレッタ。
緋色の体をもつ鷹の鳥人であり、光系の魔法を得意とした“緋色の
彼らが現れた頃には、戦争は熾烈を極め、ジョアロトは『魔法使いは人間を魔法で傷つけない』という誓約を破って戦っていた。
マジカリアたちは中立軍として両者に和解を求めたが、両者は一歩も引かなかった。
何度訴えても聞き入れられず、中立軍のリーダーであったマジカリアは、マーティンとジョアロトがこの地で共に暮らすことは不可能だと悟り、あることを提唱した。
「このまま戦争を続けていても互いに被害が増すばかり。だから我々ジョアロトは、この世界とは別の世界に移住するのはどうだろう」
マーティンは喜び勇んだが、ジョアロトは、なぜ自分たちが出ていかなければならないのかと猛反対した。マジカリアは言った。
「元々この世界に住んでいたのは彼らだ。我々は移住者に過ぎない。それに、この世界は彼らの為に在る世界で、我々はその恩恵に与っていただけなのだ。
だから、この世界は彼らに委ね、我々は新たに我々だけの世界を求めればいい。異界の住人の邪魔が入らない、リーフェとは別の新たな世界を」
ジョアロトたちは涙した。新たな故郷として愛してきたリーフェを離れることは、とても悲しかった。
戦争に“敗けた”から悔しいのではない。土地をマーティンに“返す”のが許せないのではない。
思い出深い故郷を“離れなくてはならない”ことが“悲しい”のだ。
そうしてジョアロトはリーフェを離れ、新世界・テュレーゼへと移住した。
その時に終戦へと導いた十人を称え、彼らの名前を国の名前とした。彼らは以後、十貴士と呼ばれ、伝説となった。
ジョアロトのほとんどはテュレーゼへ移住したが、中にはどうしてもリーフェを離れたくないという者がいたので、十貴士のうちの何人かがリーフェに残り、残留者をまとめることにした。
この残留者――ジョアロトの力が、のちに現代の異能として残っている。
マジカリアは十貴士の長として、テュレーゼを治める初代の王となった。代々、マジカリア国の女王がテュレーゼを統べる王となったのはこれが
次期女王が決定したという一報は、テュレーゼ全土に伝えられた。
連日、現マジカリア女王のイリアタルテのもとには、マジカリア国民や王家親類、他国民、王族などあらゆるヒトビトからの祝いの言葉や、謁見を求められた。
明らかに疲れた顔のイリアタルテのもとに、新たな謁見者がやってきた。
立場上、だらけた姿を見せるわけにはいかないので、玉座の背にもたれかかって肩の力を抜いていたイリアタルテは、謁見間の扉が開かれた際に、ささっと姿勢を正した。
入ってきた人物を見て、イリアタルテは軽く目を瞠った。
「ご無沙汰しております、女王陛下」
ショートのコバルトブルーの髪にアイスグリーンの瞳。二十代前半くらいの青年は、やわらかい笑みを浮かべて、玉座に続く階段の前で止まった。
「レイゼル」
「よく来たな、レイ。元気でやっているか?」
シーウォルドの問いに、レイゼルはにっこりと笑った。
「もちろんですよ、国王様。私も后も元気です」
「そうか。しかしだな、レイ。今は公的な場ではないのだから『国王様』でなくていいんだぞ」
「ふふ。そうでしたね、父上」
レイゼル・ブレイファン・ウィル=トゥオーレ。結婚前はレイゼル・グランジェ・ウィル=マジカリア――アスカとカリンの実兄である。
「あなただったの。なら肩肘張る必要はないわね」
イリアタルテはほっとして背もたれに寄りかかった。レイゼルはくす、と微苦笑した。
「大変そうですね、母上。連日の謁見お疲れ様です。けれど私もそのうちの一人ですから。
アスカが次期女王に決まったんですよね。おめでとうございます。アスカにも直接、祝いの言葉を伝えたいんですが、アスカはどこにいます?」
その言葉に、イリアタルテたちは顔を強張らせた。
「……アスフェリカは、リーフェにいるわ」
「リーフェに?」
眉をひそめるレイゼル。
「……まだ修行から帰ってなかったんですか?」
「ええ。一度、里帰りはしたのだけれど……」
「うむ。また渡羽殿と一緒にリーフェに戻ったな」
「渡羽……アスカの
イリアタルテは、あごに手を当てて考えながら言うレイゼルが、シーウォルドの若い頃に少し似ていると思った。
しかしすぐさま、昔を思い出した自分が恥ずかしくなってその考えを振り払った。
だが、その様子を見て、若い頃の自分を思い出していることに気づいたシーウォルドが、ちょっぴり嬉しそうな顔をしたので腹が立ち、
「そうよ。人当たりの良さそうな穏やかな少年だったわね。どこぞの粘着質男と違って」
と、シーウォルドに一発、魔法弾をぶち込んでから笑顔で言った。レイゼルは慣れたもので、その流れを気にしたふうもなく続ける。
「アスカはその少年のために、リーフェに残っているんでしたね。
ですが、それは女王候補だったからこそ通ったわがままです。次期女王に決定した今となっては、リーフェに留まるのは許されないことです。
アスカももう子供じゃありません。それくらいは分かっているはずです。ですから、私が連れて帰ってきましょう」
笑みを浮かべるレイゼルに、イリアタルテの一発から復活したシーウォルドは困った顔をする。
レイゼルの言うことはもっともだ。だが、あのアスカがそう簡単に頷くだろうか。
イリアタルテも同じことを考えているらしい。渋い顔をしている。
だが、遅かれ早かれそうなるはずだった。イリアタルテは体を起こして背筋を伸ばした。
「いいでしょう。アスフェリカのことはあなたに任せます」
「分かりました。では早速行って参ります」
レイゼルは時空移動魔法の呪文を唱え、リーフェへと飛んだ。
女王と国王は気遣わしげに、息子の消えた場所を見つめた。
突如降り出した雨に、渡羽とアスカは慌てて洗濯物を取り込んだ。小雨ではあるが、すぐにはやみそうになかった。
「はい、これで最後ね」
「お疲れ様です、アスカ」
「急な雨だったけど、早く気づいてよかったね」
「そうですね。……でもおかしいですね、今日の降水確率は0%だったんですけど……」
洗濯物はほとんど乾いていたので、たたんでしまう。自分の分の洗濯物を持って、渡羽たちは二階の自室へと上っていった。
ちょうど渡羽が部屋のドアを開けた時だった。天井に、一度どこかで見たことのある黒い穴がぼっかりと口を開いていた。
それが何か渡羽が思い出す前に、黒い穴から人が降ってきた。
「うわあっ」
「どうしたの、渡羽!?」
声を聞きつけて、アスカが向かいの部屋から飛んでくる。そして、降り立った人物を見て目を丸くした。
レイゼルはアスカの姿を認めるとにっこりと笑った。
「久し振りだね、アスカ」
「レ、レイ兄様!?」
なぜ兄がここに? その理由に、アスカはもしやと思い至った。少し前に出会った
俯き、顔を強張らせるアスカ。レイゼルは渡羽に視線を移し、
「君が渡羽飛鳥君だね? レイゼル・ブレイファン・ウィル=トゥオーレです。君のことは父上たちから聞いているよ。いつも妹が世話になっているね」
「いえ、そんな……」
「でも、それも今日で最後だ」
「え?」
レイゼルは微笑みを口元にたたえたまま、蒼い顔をしているアスカに顔を向けた。
「先日、次期女王選定の儀が終了した。最終選定にて、アスフェリカ・グランジェ・ウィル=マジカリア。君が次期女王に選ばれた」
正式名を呼ばれた時に、アスカは大きく身を震わせた。ティアラと渡羽も目を瞠った。
「次期女王に選ばれた以上、リーフェに留まる理由はない。ここで修行をする必要はないんだよ」
「ちょっと待って……」
「君はこれから次期女王として、いろいろと勉強しないといけないことがあるからね」
「なんで……」
「元々、こちらに長く留まることはなかったんだし、本来の流れに戻っただけ…」
「待って、兄様!」
アスカは顔を上げて、兄に問いかけた。
「どうしてあたしなの!? あたしが選ばれるなんておかしいわ! だって、あたしまだ
「――それがパーガウェクオの意思だからだよ」
「!」
「それ以上の理由はない。“パーガウェクオが選んだ”。それが重要なんだ。“どうして”だとか“なぜ”という言葉に意味はない」
そう言われてしまうと、テュレーゼミアルである以上、何も言えない。
パーガウェクオはテュレーゼの至宝。テュレーゼを支える柱であるパーガウェクオの意思は、テュレーゼミアルにとって“絶対”なのだ。
「だから今すぐマジカリアに帰ろう、アスカ。皆、君の帰りを待っているよ」
すっと差し出された手。アスカはその手を見つめ、一歩後ずさりした。
「……イヤ。イヤよ、兄様っ。あたしはここにいる! 渡羽のそばにいたいの! 帰りたくないっ!」
「わがままを言ってはいけないよ。パーガウェクオの意思に反するつもりかい?」
「それは……でも……っ」
首を左右に振りながら、アスカは少しずつ後退する。その分、レイゼルが近づいていく。
渡羽は何か言おうと口を開きかけたが、思い留まる。
何を言うというんだ。アスカは王女で、元々、女王試験のために人間界に来ただけ。
アスカが魔法界に帰るのは自然な流れなのだ。自分と出会ったのは偶然で、これは当然の結果だ。
強く拳を握りしめる渡羽。その耳にアスカの叫びが飛び込んでくる。
「あたしは渡羽が好きなの! だから女王にはならない!」
レイゼルは困ったように微笑んで、ため息をついた。
「まったく……昔からこうと決めたら聞かないね。アスカにとって、マジカリアはその程度の存在だったのかい? 多くの民より、君にとって大切なのはたった一人の少年なんだね」
悲しげに投げかけられた言葉が、アスカの胸を痛ませる。同時に、アスカの頭にはマジカリアの民の姿が思い浮かんだ。
城を抜け出して、内緒で町に出てきた自分を、国民たちは戸惑いながらも受け入れてくれた。
子供たちとは一緒に遊び、時にケンカをし、大人たちにはお菓子をもらったり、連れ戻しに来た兵士たちからかくまってもらったりした。
いつでも温かく迎えてくれた民たち。そんな彼らはアスカにとって大切なもの。そして渡羽も同じくらい。
初めて逢った時、その物腰や笑顔に目を奪われた。再会した時は正直がっかりした。
けれど、眼鏡があろうとなかろうと、優しくて見ていると心があったかくなる笑顔は変わらない。
彼の笑顔を見ると不安が消えていく。安心できる。彼のそばは自分にとってホッとできる居場所なのだ。
どちらも大切で、どちらかだけを選ぶなんて、難しすぎる。
うなだれたアスカを見てから、レイゼルは渡羽にも視線を向ける。二人とも同じように顔をゆがめながらうなだれている。
(父上の言ったとおりだ)
以前、アスカが女王試験終了後もリーフェに残っていることを両親に聞いた時、父からアスカと渡羽がどれだけ互いを大切に想っているかも聞いた。だからこそアスカはここに残っているのだから。
レイゼルは小さく肩をすくめ、微苦笑した。
「アスカ、君はテュレーゼミアルで、渡羽君はリーフェミアル。私たちは住む世界が違うんだよ」
「分かってる。分かってるけど……」
二人の想いの強さは知っていたから、アスカを連れ帰るのは容易ではないことは分かっていた。
だが、決定してしまったことはどうしようもない。パーガウェクオの判断に間違いはない。従うしかないのだ。
さっきマジカリアの民のことを言った時、アスカは確実に揺れていた。愛国心を捨てたわけではないのだ。
「アスカ。今すぐ連れ帰るのはあきらめよう。明日もう一度返事を聞く。その時までに気持ちの整理をつけておくといい」
そう言うと、レイゼルはそっとアスカの頭を撫で、魔法で姿を消した。
アスカはうなだれたまま動かなかった。渡羽も黙ったままだ。ティアラは二人を交互に見、沈痛な面持ちになった。
夜の帷が降り、静寂が辺りを包み込んだ頃、渡羽は一人庭に出ていた。空を見上げれば――望月。
あの日と同じ丸い月が渡羽を見下ろしている。ひと月前、修吾が渡羽を呼び出したあの夜と。
あの時、修吾は言った。
『選ぶべき時が来たら、その時は慎重によく考えてから選びなさい。後悔することのないように』
それがきっと今だ。父さんは分かっていたのだろうか。いつかこうして別れの時が来ることを。
分かっていたのかもしれない。だから、ああ言ったのだ。
渡羽は庭の隅へと歩きだした。ほとんど陽の当たらない一角を見ると、一輪の花があった。
それは、一年前にアスカが植えたルティアの花だった。そう。アスカと出逢ってからもうすぐ一年が経つのだ。
この花は、アスカが女王試験中にこっそり種を植え、芽が出た時に一度、渡羽に見せる予定だったが、シンの邪魔が入りうやむやになってしまった。けれど後日、改めて見せてもらった。
魔法界では雨の多い険しい谷に咲く花らしいのだが、水を多く与えれば普通の土地でも育つらしい。
花が咲いた時、アスカは魔法で花が枯れないようにした。おかげでこの花はいつまでも枯れずにある。
一年。長いような短いような時間。アスカと出逢ってからの一年はとても騒がしかった。
この一年で自分はずいぶんと変わったように思う。それは外面的なものだけではなく、内面的なものも。
アスカとの出逢いは、渡羽にある変化をもたらした。それは渡羽の人生を変えるもの。その人生を歩むキッカケとなった少女。
アスカがそばにいることは自分にとってプラスになるかもしれない。だからできることなら、アスカにそばにいてもらいたい。
アスカの笑顔は周りを明るくさせるのだ。自分の気持ちに正直で、こと決めたらまっすぐに前を見て突き進む。そんな彼女は憧れで愛しく思う。
きっとこの先、こんな風に強く誰かを想うことはないだろう。
渡羽は瞑目し、アスカとの出逢いを思い返した。文字通り突然の、降ってきた出逢いだった。
人が落ちてくるなんて思いもしなかったから、本当に驚いた。
聞き慣れない言葉を発して戸惑った顔をしている彼女を、かわいいと思い、見とれてしまった。その後すぐに藍泉語で話したのでほっとした。
もう少し、彼女と話をしてみたかったけれど、用事があったためその場を離れた。
(さっきの子、かわいかったな)
少し紫がかった蒼い髪。透き通るような碧色の瞳。
(もしかしてヨルムト人……?)
だから言葉が分からなかったのかもしれない。ヨルムト語はあまり聞いたことがなかったから。
でももう会うことはないだろう。そう考えた時、背中から声をかけられた。
振り向いてまた驚いた。もう会えないと思った相手がそこにいた。
どうしてここにいるのかという疑問よりも先に、また会えたといううれしさがこみ上げてきた。
なぜかぽかんとしていたようだけど、そんなことはどうでもよかった。
うれしさで胸がいっぱいになり、呆然としていると彼女は「間違えました」と言って、立ち去ろうとした。
せっかく会えたのに――気づいたら彼女を引き止めていた。
いろいろと話してショックを受けることも言われたけれど、お礼を言うために彼女が自分を追いかけてくれたことがとてもうれしかった。
うれしさのあまり、彼女を家に誘ってしまった。
今思えば、なんて大胆なことを。初対面の、しかも女の子を家に誘うなんて、普通なら引かれてもおかしくないだろう。
けれど、おかげでアスカはそばにいてくれるようになった。一緒に暮らして、恋人になって、時を重ねた。
これからもそうであってほしいと思うけれど。自分は選ばなくてはいけない。どちらかの道を。
渡羽はもう一度、月を見上げた。
ベッドの上で枕を抱え、アスカは悩んでいた。魔法界に帰るか、人間界に残るか……
朱い眼の男の子が言っていたのはこのことだったのだ。迎えが来た時、二つの大きな選択に迫られる。それは今後の人生を決める大事な選択。
帰りたくないと言えば嘘になる。テュレーゼは自分が住むべき世界。マジカリアは生まれ育った国だ。
大切な、愛する故郷。捨てることなんてできない。でも、渡羽と離れたくないのも偽りのない本心なのだ。
帰りたい気持ちと帰りたくない気持ちが心の中でせめぎ合っている。
あの男の子は、すでにアスカが選ぶべき道は決まっていると言っていた。その答えも聞いた。
けれども、どうしても踏ん切りがつかず、抱え込んだ枕に頭を押しつけた。
「姫様……」
滞空しながら、ティアラは気遣わしげに、悩み続けるアスカを見下ろした。
こればかりは自分は何も言えない。アスカが自分で、一人で決めなくてはいけないことだ。
ふと、魔法力を感じて窓の外を見ると、一対の羽の生えた本が浮いていた。
「あれは……っ」
ティアラが慌てて魔法で窓を開けると、本は小さな羽を羽ばたかせて部屋の中に入ってきた。
顔を上げたアスカの前で滞空する本。
「レイ兄様の使い魔……」
エシリムウェルハーがぱらりと開く。何も書かれていないページに、ぼんやりと字が浮かび上がってきた。
【まだ整理がつかないかい? アスカ。でも、君のことだからもうすでに答えは出ているんじゃないかな? ただ、その答えを決定づけるものがなくて悩んでいる。】
エシリムウェルハーは、言葉を遠く離れた相手に文章で伝える物。
アスカは字を目で追って微苦笑した。さすが兄様だ。見透かされている。
【君が渡羽君のことをどれくらい想っているかは知っているよ。だから勘違いしないでほしいのは、私は君たちを無理やり引き離したいわけじゃないんだ。】
「うん……大丈夫、分かってるよ、兄様」
兄様はただ、迎えに来ただけ。でも……
「でもね、兄様。あたしは、渡羽と離れたくないの……」
ページが勝手に繰られ、次の文章が浮かび上がる。
【パーガウェクオの意思は絶対で、選ばれたからには君はテュレーゼに帰らなくてはいけない。テュレーゼミアルはリーフェに留まっていてはいけないんだ。
でも――本当に君が、渡羽君のそばを離れたくないというのなら、リーフェで暮らしたいというのなら……ひとつだけ、方法はある。】
アスカは目を瞠った。渡羽と離れなくてすむ…?
【その方法とは……】
ページが繰られ、新たに浮かび上がった文章を、アスカは食い入るように見つめた。
翌朝、アスカと渡羽は庭に出てきた。そこで待っていたレイゼルに、アスカはゆっくりと近づく。
「おはよう、アスカ。気持ちの整理はできたかい?」
「はい。兄様」
アスカはまっすぐにレイゼルを見つめる。その後ろでは渡羽が無表情で、アスカの『答え』を待つ。
アスカがどちらを選んだのかは渡羽も知らない。そして渡羽にも、選んだ『答え』がある。
夏の少し熱気を含んだ風が吹き抜けた。アスカはゆっくりと目を閉じ、『答え』を出した。
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