アネクドートⅠ この花に永遠を誓う
「姫様ーっ。アスカ姫様ー!」
マジカリア国王城。その広い庭園の中を、妖精・ティアラは慌てた様子で飛び回っていた。
肩より少し長めのチェリーピンクの髪。毛先が少しだけウェーブしている。ストロベリーピンクの大きな瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
ティアラが大慌てで庭園内を飛び回っている理由、それは――この国の第一王女である、今年で御年六歳になられるアスフェリカ様が、行方不明になってしまったのだ。
とはいっても、姫様が行方知れずになるのは別段珍しくない。
彼女はおてんばな上にイタズラ好きで、しょっちゅう大臣様や奉公人たちに、覚えたての魔法でイタズラをしてどこかに隠れるのだ。
『ティアラ様っ、なんとかして下さい! わたくしたちでは手に負えませんわっ』
『ティアラー! 君は王女の側近だろう、しっかり面倒を見たまえ!』
などと言われても、助けてほしいのはこっちも同じだ。
それだけではなく、城を抜け出して町や森に出かけることもしばしば。
そのため、彼女がいなくなることは珍しくはないのだが…ティアラはそんな王女の世話係なのだ。
王女にもしものことがあったら大変だ。罰としてクビになるか、下手をしたら処刑されてしまう。
(うう、そんなの絶対いやです~)
「どこにいらっしゃるんですか、姫様ぁ~っ!」
泣き叫ぶティアラ。そこに上から声が降ってきた。
「おい、そこの泣き虫ティアラ!」
反射的に頭上を振り仰ぐと、木の枝の上に一人の少年妖精が立っていた。空色の短髪に紺色の瞳。
どこか野性的な雰囲気をまとっている彼は、背中の透明な二枚の羽を羽ばたかせて、ティアラの前に降りてきた。
「あう……クラウン……」
ティアラは降りてきた少年――クラウンを見ると、びくっと身をすくませた。
クラウンはティアラより少し高いところで静止すると、腕組みをし、小バカにするようにティアラを見下ろした。
「まーたアスカ姫に逃げられたのか?」
「……ち、違います。ちょっと目を離した隙にいなくなってしまっただけです」
「それを逃げられたって言うんだろ? アスカ姫の側付になって一年も経つっていうのに、信用ないな、お前」
「うう、そ、そんなことは……」
「その点、おれの
クラウンが近づいてきて、ティアラを鼻で笑った。反論しようにも、事実なので何も言い返せない。
彼はアスカの妹姫の世話係。クラウンの言う通り、妹姫であるカデリーン様とクラウンはいつも一緒にいる。仲もよさそうで、問題など何もなかった。
それに比べて自分はどうだろう。姫様は自分に何も言わず行方不明。心を許してくれているなら、何か一言くらい、言伝でも書き置きでもしてくれるだろうに。
(一年も姫様のお世話をさせてもらっていますけど、姫様はいつも私に何も言ってくれません……私は姫様に嫌われているんでしょうか)
じんわりと涙が込み上げてくる。クラウンは、ふん、とそっぽを向いた。
「あーあ、こんなんで側付が務まるのかよ」
ティアラは涙が溢れそうになるのをぐっと堪え、おずおずとクラウンに問いかけた。
「姫様の居場所……知りませんか?」
頭の後ろで手を組み、クラウンは「さあな」と背中を向けた。
「たとえ知ってても教えてやんねーよ」
するとみるみるティアラは涙ぐんだ。
「どうしてですか~」
「ったく、お前はすぐ泣くな! 泣き虫ティアラ!」
クラウンはむっとした顔で振り向き、ティアラの髪を引っ張った。
「ふええ、痛いですーっ。やめて下さい~!」
「へんっ」
ティアラの髪を放すと、クラウンはまたそっぽを向いた。ティアラはクラウンから少し離れ、ぐしぐしとしゃくりあげた。
「ひどいです……クラウンはいっつも意地悪です。村でも私ばかりいじめて……どうしてそんなことするんですか? ……私が、きらいなんですか?」
最後の言葉に、クラウンは目を剥いて、ばっと振り返った。
「そんなわけないだろ! むしろ……!」
言いかけて、クラウンは赤面して口元を押さえた。ティアラはきょとんとしている。ぷるぷると肩を震わせると、クラウンはもう一度ティアラの髪を引っ張り、
「うっせぇ、バーカ! もう知るか!」
ぴゅーっとどこかへと飛んで行ってしまった。ティアラは涙目で髪を押さえて、「やっぱり意地悪です……」と呟いた。
「あっ、いた! ティアラー!」
聞き覚えのある少女の声に、ティアラははっと振り返った。
「姫様!」
てててっと駆けてくるのは、ティアラが捜し求めていた少女だった。
腰まで届く忘れな草色の髪に、アイスグリーンの大きな瞳。頭には紅い玉のついたカチューシャ。
白いパフスリーブのブラウスとピンクのジャンパースカート。そしてグラスグリーンのポシェットを肩から提げている。
「もうー、どこいってたの? さがしたよ」
「それはこちらのセリフですっ! 突然いなくなってびっくりして心配したんですよ!? どこに行ってらしたんですかぁっ!」
わーんと泣き出すティアラ。アスカは悪びれることなく苦笑した。
「またないてるー。ティアラってばなきむしだね」
「姫様が悪いんです~っ」
アスカはよしよしと指でティアラの頭を撫でた。
「あのね、ティアラにあげたいものがあるの。はい」
アスカはポシェットから二つの花を取り出し、ティアラの前に差し出した。
「これは……ルティアの花……ですか?」
「うん、そう!」
オレンジ色の五枚の花びらを持つルティアの花。花びらの先が赤く、オレンジから赤に変わるグラデーションと、ほんのりと香る甘い香りが人気の花だ。
よく生け花やアクセサリー、小物、服などの柄にもなっている。
しかしルティアの花は、雨量が多く険しい渓谷にしか咲かない珍しい花でもある。
一般に店で売っている物は本物に似せたレプリカで、本物には滅多にお目にかかれない。
この辺りでルティアの花が咲いている渓谷と言えば、隣国ジェンディスとの国境近くにあるクルスレート渓谷か、北方のビフォーの谷だ。
「まさか姫様、これを取りに行ってらしたんですか!?」
「そうだよ」
「なんて危険なことを! どこへですか!? クルスレート渓谷!? それともビフォーの谷!?」
「クルスレートけいこく」
にこにこと笑ってアスカは言った。ティアラはほっと息をついた。
クルスレートは険しい谷だが、ビフォーの谷ほどではない。ビフォーの谷は常に強風が吹き荒れる危険地帯だ。雨が降ろうものならまさに嵐となる。
胸を撫で下ろしてからティアラははっとした。そういう問題ではない!
「どこだって同じです! お一人でそのような危険なところに行くなんて…!」
「ひとりじゃないよぉ。にいさまといっしょにいったもん。あと、ほんにんはバレてないとおもってるだろうけどバレバレで、とうさまもこっそりついてきてたし」
「……そ、そうですか……」
心配性な国王様らしい。けれど、殿下もご一緒だったなら大事はなかったのだろう。
さすがはマジカリア国第一王子と言おうか、あの方の魔法力はずば抜けている。
「けど、どうしてルティアの花を取りに行かれたのですか? ルティアの花が欲しいならお店から取り寄せをなさるか、別の方に取りに行っていただくとか…」
「おみせのはほとんどレプリカなんでしょ? にいさまにきいたもん。それに、ほかのヒトじゃダメなの。あたしがじぶんでてにいれないと」
言い切るアスカに、ティアラは手を組んでうなだれた。
「……でも、やっぱり姫様ご自身が行かれる必要はないと思います。もしも姫様の身に何かあったら……私はとても悲しいです。
姫様は……アスフェリカ王女は、私の大事な
「ティアラ……」
しゅんとするティアラに、アスカは目を丸くした。
「それから、どうして私に何も言って下さらなかったんですか? 言って下さればどこでもお供しましたのに……」
「ティアラにいっちゃいみないでしょ。ティアラをおどろかそうとおもってナイショにしてたんだもん」
「そもそも、どうしてルティアの花を……?」
顔を上げると、アスカは満面の笑みを浮かべた。
「きょうはきねんびだから!」
「はい?」
「わすれちゃったの? きょうはあたしとティアラがはじめてあったひだよ!」
「!」
そう。一年前のこの日、二人は出会った。女王がアスカの世話係として連れてきたのだ。アスカはそれを覚えていた。覚えていてくれたのだ。
「それでね、ティアラにはいつもおせわになってるから、なにかしてあげたいなっておもってにいさまにきいたの。
そしたら、ルティアのはなをおくるといいよっていってくれたの。
しってる? ルティアのはなをたいせつなヒトにおくると、ずーっとなかよしでいられるんだって。えっと……きずな? が、ながくつづくんだってー」
無邪気に笑うアスカ。そのために――自分にルティアの花を贈るために、姫様は危険を顧みず、この花を取りに行ったのだ。
自分の手で手に入れ、自分の手で渡したかったから。
感極まり、ティアラはまた泣きだした。ポロポロと涙が零れる。
「あり……ありがとうございます。そんな……そこまでして下さるなんて……」
「あのね、これ、ティアラのかみかざりにしようとおもったんだー。きっとにあうよ! そうおもってもうかこうしてもらったの。
でもこのままだとはながおおきすぎるから、おおきくなって、ティアラ」
「は、はい!」
ティアラは魔法で大きくなった。背の高さはアスカとほとんど変わらない。少しだけティアラの方が高い。
アスカは小さな手で、ティアラの髪にルティアの花をつけていった。
ほんのりと香る甘い香り。それは紛れもなく本物のルティアの花の香りだった。
「よしっ。できたー。うん、やっぱりにあうよ、ティアラ!」
満足げにアスカは笑った。自分では見れないので分からないが、ティアラは姫手ずからつけてもらっただけで充分うれしかった。
「ありがとうございます、姫様。大事にします。ずっと」
目に涙を溜め、ティアラは破顔した。
あなたがくれた想いは、いつまでも私の中で生き続けるでしょう。
あなたのおそばにいられること、それが私の誇り。
――だから。
この花にかけて、一生、姫様にお仕えすることを誓います。
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