エピソード とある夏の日の1ページ

「え? あたしの誕生日がいつかって?」

 棒アイスをぱくりと頬張り、アスカはきょとんと聞き返した。

「はい。昨日言ったじゃないですか。これからはアスカのことをいろいろ知りたいって。それで、まずは手始めに誕生日から訊こうかと」

 カーペットの上で正座して、渡羽はカップアイスを片手に微笑んだ。

「俺たちが初めて会った日、誕生日だって言ってましたから、あの日がそうですか?」

「ううん、確かにあの日、あたしは誕生日だったけど、日にちは少し違うよ」

「え? そうなんですか?」

 目を丸くする渡羽に、かき氷を食べていたティアラが補足する。

「魔法界と人間界では時間の流れが違うんですよ。魔法界の時間はこちらの半分の速さで進みます。

 こっちが一時間進んでも、あっちでは三十分しか進まないというわけです」

「そうなんですか……じゃあ、アスカの誕生日って……」

「あたしの誕生日はあっちの四月七日!」

 アスカは食べ終えたアイスの棒をゴミ箱に捨てた。

「四月七日ですね。俺は十一月一日なんですよ」

「へぇ、一続きなのね」

「はい。ですから覚えやすいと言われます。でも、一続きで覚えてる人にはたまに十一月十一日や一月十一日と間違えられたりするんですよね」

 その一例がバルカンだ。小学生の時に、バルカンは渡羽の誕生日を一続きということで、なぜか一月一日と覚えていた。

 いくらなんでもそれはないだろう。渡羽は当時を思い出して少しむかっ腹を立てたが、アスカには笑顔で尋ねた。

「えーと、じゃあ、次は好きなものとか嫌いなものを教えてくれますか?」

「好きなものは、渡羽かな」

「……そういうことではなくて」

 赤面して、渡羽はちょっと俯いた。

「えへへ。冗談だけどウソじゃないよ。渡羽が好きなのはホントだもん」

「あ、ありがとうございます」

「んーと、好きなもの……それって食べ物とか?」

「ま、まあなんでもいいですよ」

 照れ隠しか、渡羽はぱくぱくと今までの倍の速さでアイスを口に入れる。

「好きな食べ物はー、チョコレート。チョコレートが入ってるものならなんでも好きだよ。嫌いなのはすっぱいもの」

「ああ、だから梅干し食べられないんですね」

「そう! 人間界に来て初めて食べたけど、あれは、あれだけは絶対イヤ! もう二度と食べたくないっ」

 梅干しの味を思い出したらしく、アスカがものすごくすっぱそうな顔をした。渡羽は苦笑する。

「栄養あるんですけどねー。俺は嫌いじゃないですよ、梅干し」

「あたしはイヤ。んー、この話題はもう終わりっ。他に好きなもの…ほうきで空飛ぶのは好きね。得意な魔法だし」

「姫様が唯一失敗しない魔法ですしね」

 ティアラの一言に、アスカはぴくっと頬を引きつらせた。

「悪かったわね、失敗ばかりで!」

 アスカはティアラの体を、指で何度もビシビシとつつきまくる。

「あああっ、すみませ~ん! 痛いです、姫様ぁっ」

「あんたなんか、こうっ。こうしてやる~っ」

「やーんっ」

「あ、あの……もうそのくらいで……」

 なんだかか弱い女の子をいじめているあくどい男のようだ。

「まあいいわ。あとは知らないところを探検することかしらね。それから嫌いなものは、勉強と細かい作業と……しつこいどこぞのストーカー男かしら。」

 ジト目でアスカはきっぱりと言った。その場にひゅうっと冷たい空気が漂う。

「…………………えーと……あ! じゃあ、家族のこととか訊いてもいいですかっ?」

 場を取り繕うように、渡羽はなるべく明るい声で言った。

 話題を逸らそうとしたのだろうが、まったく逸れていない。むしろ地雷を踏んでいる。

 アスカは、しつこいどこぞのストーカー男=シン=父親ということで、この質問には少し不機嫌気味に答えた。

「知っての通り、あのウザ父と女王陛下である母様、それから兄様と妹がいるわ」

「え、アスカって兄弟いたんですか? てっきり一人っ子かと」

 国王様が異様にアスカに執着していたから。

 と思ったがそれは口に出さなかった。言えばたぶん、余計にシンを思い出させるだろう。だが、意外にもアスカの方からそこに触れてきた。

「まあ、父様は一番あたしに甘かったから。あんなバカなことするほどね。母様は誰にでも厳しい人だし、かわいがられた記憶は父様の方が多いかも」

「国王様は優しい人ですね」

「そうなのかな。うん、でもそうかも」

 昔、よく城を抜け出して連れ戻された時も、父様はいつも母様からかばってくれたっけ。

 王女としての自覚を持てと怒る母親に、父親は元気なのは良いことだと、むしろ褒めてくれた。

(その代わりに父様が母様にお仕置きされてたけど)

 そう言うたびに、国王は女王に魔法で吹っ飛ばされていた。

 自分も毎回懲りなかったが、父親も懲りなかったのは、やはり親子ゆえなのだろうか。

「結局、あたしは父様の子なのよねー」

「そうです、アスカ姫。僕とあなたは繋がっているのですよ!」

「「…………………………」」

 アスカの隣で、にっこりと笑うシン。

 予期せぬ登場に、一同は反応できずに固まった。

 そして、三人そろって満面の笑みのシンを指差す。

「「シン/様/さん―――!?」」

「やあ、ごきげんよう、皆の衆! 元気でいたかな?」

「ななっ、なんであんたがここに…って言うか、なんでまたその姿なのよ! 父様!」

 突き出した手をぷるぷる震わせるアスカ。

 目の前にいるこの男、青年の姿をしてはいるが、魔法で若い姿に変身しているアスカの実父・マジカリア国王その人なのだ。

 シンはキザったらしく前髪を掻き上げた。

「この姿の方が何かと便利でして。お気に召しませんか? アスカ姫」

「今さら他人ぶらないでよっ! あーもう、正体分かってるからなんかやりにくいわ! でも、父様がその気なら合わせてあげよーじゃないのっ。 

 というわけだから改めて。シン、なんでここにいるのよ?」

「それは愚問というものですよ、アスカ姫。僕はいつでもあなたをそばで見守っているのですから。そして時に、こうして直接あなたとお話を」

「とどのつまり、四六時中あたしにつきまとってるわけね?」

 ぴきぴきとアスカのこめかみに青筋が浮かび始める。

 渡羽とティアラは、アスカの怒りのオーラを目にし、びくっと身をすくませた。

「ほんと、あんたはどこにでもついてくるわよね。城抜け出した時にもついてきてたし」

 怒りのため精神がいつもより集中しているのか、呪文なしでアスカは魔法でほうきを出した。

「何度追い払っても出てくる上に、人の話全然きかないし」

「…アスカ姫? いつもより目が据わっているようですが…」

「あたしはあんたなんか好きじゃないって言ってるのに、照れ隠しだのなんだの…」

「あの、アス」

 カッと目を見開くと、アスカはほうきを野球のバットのごとく、フルスイングした! 

「いい加減しつこいのよ、このストーカー男ぉぉぉぉぉぉっ!!」

 ガシャーンッ! キラリーン。

 ほうきは見事シンに命中し、シンは窓を突き破って空のお星様となった。

「わーっ、窓がぁぁぁっ」

 風通しの良くなった部屋の中で、渡羽は頭を抱えて悲鳴を上げた。

 そして扇風機がむなしく風を送っていた…………



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