8th 三恋花

 四人はプールの真ん中に立っていて流れをせき止めていたため監視員に怒られたので、昼時ということもあって、プールサイドのレストランにやってきた。

 丸テーブルの席に案内され、一通りオーダーを済ませると、双方の知り合いである渡羽が紹介することになった。

「それじゃあ改めて紹介するよ。二人は俺のクラスメートで、こっちは高尾明衣子たかおあいこさん」

 手で示されて、明衣子はアスカにぺこっと頭を下げた。

「は、初めまして」

「うん、はじめまして」

「で、こっちが――」

 続けて渡羽がバルカンを紹介しようとすると、顔を赤くしたバルカンが自ら名乗った。

坂月将之介さかづきしょうのすけ、十五歳! バルカンと呼んで下さい!」

「ばるかん?」

「ハイ!!」

 小首を傾げるアスカに、バルカンはこの上ない笑顔で頷いた。

 こんなに笑顔のバルカンは、幼学校来のつき合いである渡羽も見たことがない。なんだか不気味だ。

「昔っからのアダ名なんすよー」

 由来は幼学生の頃に流行っていた、特撮ヒーローものの主人公の名前だ。そのヒーローに憧れ、よく真似をしていたので、そう呼ばれるようになった。

「そっか。じゃあそう呼ぶね」

 ニコッと笑うアスカに、バルカンはにへらっと頬をゆるめた。本当に不気味だ。

「えーと、それでこっちが……」

 本名を言うべきかためらう渡羽を察して、アスカは「あ、自分で言うよ」と後を引き継いだ。

「あたしはアスフェリカ・グランジェ。十六歳。長いから、普段はアスカって呼ばれてるの」

「え、あすか?」

「素敵なお名前ですね!」

 明衣子は目を丸くしたが、バルカンはへらへら顔で気にも留めていない。

 不気味なほど笑顔のバルカンに、渡羽はふと、さっきプールから上がる時に見たものを思い出した。それはバルカンの水着。

 彼が穿いている水着は、昨日母親が最初に持ってきた、あの真っ赤な海パンだったのだ。後ろには野太い『漢』の文字。

 もしも、万が一……いや、百万が一、あの海パンを買い、今日穿いていたら……バルカンとおそろい!! 考えるだに恐ろしい。

「それにしても、こんなとこで飛鳥と会うとは思わなかったぜ。飛鳥はこういうとこ来ないと思ってたんだけどな」

「それはこっちのセリフだ。まさかこんなところに来てまで君と会うとは思わなかった」

「なんだよそれー。まるでオレに会いたくなかったみたいな言い方じゃんか」

「こういうところで知り合いに会うのはなんだか恥ずかしいんだよ。それに、バルカンの奔放すぎる行動につき合わされたくないし」

「ひっでー。おまえってホント眼鏡外すと変わるよな~」

 ブーイングするバルカン。明衣子は普段と雰囲気の違う渡羽に困惑していた。

 敬語じゃないし、はきはきとしゃべっている。いつもの控えめで少しおどおどしている渡羽とは正反対だ。

「……さっきから気になってたんだけど、今日の渡羽くん、なんかいつもと違うね」

「ん? ああ、高尾は知らないんだっけか? 飛鳥は眼鏡外すと性格変わんだよ。ハンドル握ると性格変わる、みたいな感じ」

「そ、そうなんだ」

 知らなかった。渡羽とは中学に入ってから知り合った。眼鏡を外す機会などなかったので、こんな一面があったとは。

 無理やりここへ連れてこられた時には、バルカンを恨みもしたが、渡羽の新たな一面を知ることができて、来てよかったと思う明衣子だった。

 アスカは頬杖をついて、運ばれてきたトロピカルジュースの氷を、ストローで掻き回しながら言った。

「へぇ、バルカンは渡羽が眼鏡外したら地が出るってこと知ってるのね」

「そりゃもう! 幼学生の時からの親友ですから!」

「親友じゃなくてただの腐れ縁だろ」

「そんな冷てーこと言うなよっ。いろいろ面倒見てやってたのは誰だと思ってんだ!」

「確実に俺だよ。君がバカやったり、無茶をするたびに俺がフォローしてたんじゃないか」

「ううっ、真顔で真実を。ここは笑って受け流せよぉ」

 バルカンはうるうると目を潤ませて渡羽にしなだれかかる。渡羽はかなり迷惑そうだが、そんな二人をアスカは微笑ましく見ていた。

 なんだかこうして、渡羽が友達と話しているのを見るのは不思議な感じだ。

 渡羽はあまり学校でのことを話してくれない。だから友達といる渡羽を見るのはうれしい。

「そういやさっき、米倉よねくら先輩見かけたぜ。キレーなお姉さんと二人で歩いてた。ありゃきっと彼女だな!」

 渡羽に手で押しのけられながらもバルカンが言うと、明衣子がため息交じりに訂正した。

「何言ってるの、小学生くらいの男の子も一緒にいたじゃない」

「そうだったかぁ?」

「そうよ。バルカンくんったら女の人しか見えてないのね。全然似てなかったけど、たぶん弟じゃないかしら」

 オーダーした料理が運ばれてきた。渡羽と明衣子は冷垂麺れいすいめん、バルカンは冷やしきつねうどん、アスカはざるそばだ。

 冷垂麺とは、ゆでてから冷やした麺に、ハムや錦糸卵、野菜などを盛りつけて、酢やゴマの入ったしょうゆダレをかけた麺料理のことだ。

 渡羽がタレを緑色の麺にからませながら、

「もし弟なら、一緒にいた女の人は姉か母親じゃないか?」

「いーや、あんなに若くてキレーな人が母親なわけねーって! 仲良さげに腕組んで歩いてたから姉貴でもねーよ」

 冷やしきつねどんをズルズルすすりながら、バルカンは自信たっぷりに断言した。

「そうね。でも、その一緒にいた男の子が『今日は父親として家族サービスするから』って言ってたけど、どういう意味かしら」

「さー? ままごとでもしてたんじゃねーの? それにしてもホント、キレーな人だったなぁ」

「君はそれしか言うことないのか?」

「バルカンくんって、本当に女の人しか見てないのね」

 呆れる渡羽と明衣子。バルカンは「うっせー」と油揚げをはむはむ咀嚼する。

 にこにこ笑いながらそんな三人を見ていたアスカに気づき、バルカンは慌てて取り繕う。

「あっ、すんません、さっきからオレたちばっかしゃべってて」

「え? ああ、いいよ、別に。渡羽が友達と話してるの初めて見たから、ちょっと楽しくて。

 バルカンも明衣子も渡羽とは昔から仲良しなの?」

「いや、高尾さんとは中学に入ってから知り合ったんだ。バルカンは幼学校の時から一緒だけど」

「そうそう。確か高尾とは中二の時だよな、会ったの」

「バルカンくんと会ったのは二年の時だけど、渡羽くんとは一年の時に会ったことあるの」

 明衣子の言葉に、渡羽は目を瞬かせた。

「あれ? そうだったっけ」

「一度だけだけどね。……もしかして覚えてない?」

 少し淋しそうに微笑みながらの明衣子の問いかけに、渡羽は目線を上げて思い返してみる。しかし、やはり思い出せなかった。

「ごめん、よく覚えてないな」

「……そっか。そうよね、一度だけだったし、名前とか言ったわけでもないし、覚えてないのも無理ないよね」

 微笑んではいるが、明衣子の声のトーンが下がったのは確かだった。

 四人の間に暗い沈黙が落ちる。こういった雰囲気が苦手なバルカンは、どうにか場を盛り上げようと口を開きかけた。

「あ、あのよ……」

「ねえ! ご飯食べ終わったら、二手に分かれて遊ばない?」

 その場の暗い雰囲気などないものとするように、アスカはいつもの明るい笑顔で言った。

 渡羽と明衣子がそろって目をぱちくりさせている。

「男は男同士、女は女同士積もる話もあるだろうし、そうしよう! ねっ?」

 にっこりと笑うアスカの笑顔を見ていると、なぜだか元気が出てきた。

 数十秒前まであった重い雰囲気が、アスカの言葉と笑顔で一瞬にして払拭された。



 アスカの提案を受け入れ、四人は二手に分かれることになった。

 待ち合わせ時間と場所を決め、渡羽とバルカンは渦潮プールに向かった。渦潮プールに向かう道すがら、バルカンはアスカへのラブコールを始めた。

「いや~、アスカさんってかわいいな。明るいし元気だし、年上だし。

 おまえにあんなかわいい知り合いがいたなんて驚きだぜ。なんで紹介してくんなかったんだよ?」

「俺も会ったのは夏休み直前だったんだよ。紹介するヒマなんてなかったんだ」

 どことなく不機嫌そうな顔で、つっけんどんに言う渡羽。バルカンはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

「ほぉぉう、んじゃ何か。会って間もないアスカさんをプールに誘ったってか。おまえって実は手が早かったんだな」

「あのな。誘ったんじゃなくて母さんが行って来いって……」

「なあ、アスカさんって外国人っつーか、もしかしてヴィジョネリの人か?」

 その問いに、渡羽はぎくりとした。確かに、最初アスカと会った時、渡羽もそう思った。

 ヴィジョネリはここ――藍泉国あいずみこくから見れば異国にあたり、この国とはだいぶ文化が異なる。

 そして、ヴィジョネリ人は主に蒼髪碧眼そうはつへきがんであるのが特徴だ。

 アスカはそれに近い髪と眼の色なので、バルカンがそう思うのも無理はないが……ヴィジョネリと呼ぶのは古い言い方で、今はヨルムトという別の呼び名が流通している。

 今時そう呼んでいるのはお年寄りぐらいだ。

(本当は違うけど、そんなことは言えないし、ここは話を合わせておこう)

 あえて呼び方には触れずスルー。

「あー、うん。確かそうだって言ってたような」

「けど藍泉語ペラペラだよなー。すっげーな、外国語しゃべれるのって。かわいいだけじゃなくそんな特技もあるなんて、尊敬するぜ、アスカさん!」

 顔を赤くしてうへうへと笑うバルカンに、渡羽は薄気味悪そうに、一歩離れて歩いた。

 しかし、バルカンがアスカに一目惚れしたということには、全く気づかないニブチンの渡羽。

「なあ! 一緒にプール来るくらいなんだから、仲はいいんだろ!? アスカさんのこといろいろ教えてくれよ!」

 きらきらと目を輝かせて顔を近づけてくるバルカンに、渡羽は顔を引きつらせた。

「い、いろいろって?」

「たとえば、誕生日とか好きなものとか嫌いなものとか!」

「誕生日…」

 アスカと初めて会った時、今日が十六歳の誕生日だと言っていたから、あの日が誕生日なんだろうが、いつだったかはっきりと覚えていない。

「いつだったかな。夏休みに入る前だから、七月の半ばくらいだったと思うけど」

「何ー!? じゃあもう過ぎてんじゃんか。くそう、もっと早く出会っていれば…っ」

 悔しげに唸るバルカン。

「じゃあよ、好きなものとか嫌いなものは!?」

「え? うーん、なんだろう」

 考え込む渡羽に、バルカンは訝しげな顔で、

「……飛鳥、お前ホントにアスカさんと仲いいのか? アスカさんのことよく知ってんじゃねーの?」

「あ……いや、その……」

「アスカさんのことほとんど知らねーんだなー」

 頭の後ろで手を組み、バルカンはあっさりと何気なくそう言った。

 渡羽は言われて初めて、自分はアスカのことを何も知らないのだと気づいた。

 魔法の国の王女であること、女王試験のために人間界に来たこと、それ以外は知らない。

 アスカ自身のことは何も知らないのだ。好きなものや嫌いなものだって、よく分からない。

 出会ってからひと月。それなのに何も知らないのは、それだけアスカと深く関わっていなかったということだ。

 今頃になって、アスカが「さみしい」と言った理由が解った。



 一方、渡羽が落ち込んでいることなど知らないアスカと明衣子は、泳げない者同士ということで、噴水のあるプールへと向かった。

 そのプールは水深が浅く、ひざとくるぶしの間程度で、子供たちが噴水の水を浴びたり、アスレチックで遊んでいた。

 アスカたちは貸しビーチボールで遊ぶことにした。キャッチボールをしながら、アスカは興味本位で明衣子に訊いてみた。

「ねえ、さっきの渡羽と初めて会った時って、どんな感じだったの?」

「えっ。えっと……私、その日は日直で……クラス全員のノートを運んでたんです」

 その時を思い返し、明衣子は思いを巡らせた。それは中一の秋のこと。

「渡羽くんとは隣のクラスだったんですけど、その時までは名前も知らなかったんです。

 話したこともなかったし、その…あまり存在感がなかったというか」

「あははっ、やっぱり渡羽って学校でも地味なのね~」

「はい。あ、いえ! それで、ノートを運んでいる時に渡羽くんが『重そうですね、手伝いますよ』って声をかけてくれて」

 明衣子はぽっと頬を朱くした。それでアスカは明衣子の気持ちに気がついた。この子は渡羽のことが好きなんだ。

「その時はわたし、渡羽くんのこと知らなかったから遠慮したんですけど、渡羽くんは『気にしないで下さい。俺が勝手にやりたいと思っただけですから』って、結局運んでくれました」

「そっかぁ。優しいね、渡羽は。それで明衣子は渡羽のこと好きになっちゃったんだ」

「えっ! どうして分かったんですか!? あっ」

 驚いて動きを止めたために、ぼむっとビーチボールが明衣子の頭に直撃する。ボールはぷかぷかと水の上を流れていく。

 慌ててボールを取りに行く明衣子の背中に、アスカが笑いかけた。

「やっぱりね。分かるよ。だってあたしも渡羽のこと好きだもん」

「……あの、アスフェリカさんは」

「アスカでいいよ。それに『さん』づけと敬語も必要なし!」

「でも、年上だし……」

「年なんて関係ないわよ! あたしがいいって言ったらいいの。国のみんなもそう呼んでくれたし」

「国のみんな?」

 小首を傾げる明衣子に、アスカは慌てて両手を振った。

「あ。ううん、なんでもない! とにかく、あたしのことはそう呼んで」

「うん、分かった。あの……アスカ……は、渡羽くんと、どういう関係なの?」

 思い切って明衣子は、一番気になっていた疑問を投げかけた。

 やけに親しそうな渡羽とアスカ。二人で来るくらいだし、もしかしてもしかすると……

「どういう関係? んー、そうねぇ、渡羽はあたしのご主人様よ」

「え?」

 びしっと明衣子は固まった。予想とは違う衝撃。恋人かと思ったのだが、ご主人様というのは一体どういうことなのか。

「あ、でも一緒に住んでるから家族って言ってもいいのかなぁ」

「一緒に住んで!?」

 さらなる衝撃。同棲!?

「そう。居候させてもらってるの。えーと、故郷から出てきて住むとこなかったから……って、明衣子? 聞いてる?」

 ボールを持ったまま固まっている明衣子。アスカはきょとんと首を傾げ、少し考えてから言った。

「ねぇ、明衣子。あたしたち、今日初めて会ったばかりだけど、あたし、明衣子のこと好きになったわ。

 渡羽の友達だし、同じ渡羽を好きな者同士、気に入ったの。だから、だからね。明衣子にお願いがあるの」

 固まっていた明衣子は、アスカの不思議と凛とした声で我に返った。

 明衣子が本当に渡羽のことを好きなら…

 アスカは一度目を伏せ、目を開けると、明衣子を正面から見つめた。

「その気持ち、大切にしてほしいの。渡羽を譲るつもりはないけど、あたしに遠慮したりしないでいいから、ずっと渡羽のこと好きでいてほしい。

 明衣子だから、頼めるの。あなたになら許せるから」

 そう言うと、アスカはにっこりと笑った。

 明衣子は何も訊き返せなかった。今の笑顔には、それを思いとどまらせる何かがあったのだ。



 約束の時間になり、渡羽とバルカンは待ち合わせ場所へと向かった。

 待ち合わせ場所ではすでにアスカと明衣子が待っていて、アスカは笑顔で、明衣子はなんとなくぎこちなく迎えてくれた。

 四人は最後に波のプールで遊んでから帰宅することにした。

 ひとしきり遊び、着替え終わった後、渡羽たちはバルカンたちとは帰る方向が違うので、プールのバス停で別れた。

 人もまばらな電車の中で、アスカは子供のように、イスに後ろ向きに座って窓の外を見ていた。

 ほうきで上から見るのと、電車から見るのとではまた違く感じるのでおもしろい。

 渡羽はしばらく無言だったが、思い立ってアスカに話しかけた。

「あの、アスカ?」

「ん? 何?」

「…俺、今までアスカのこと、ずっとほったらかしにしてましたよね。だからアスカのこともよく知らなくて……」

「どうしたの、渡羽。急にそんなこと言って」

「アスカがこっちの世界のことを知ろうとしたり、俺のことを考えてくれたりしているのに、俺はアスカに何もしてない、アスカのことを知らないなって……バルカンに言われて気づいたんです」

 真剣な表情の渡羽に、アスカは姿勢を戻して、隣に座っている渡羽の横顔を見た。

「不慣れな世界でアスカは頑張っているのに、俺は自分のことで手いっぱいで、アスカが苦手な勉強をしていても、いろんなことを我慢していても、アスカがどんな思いでいるのかさえ解ってあげられませんでした。

 今日だってきっと、母さんが何も言わずにいたら、俺は……アスカを泣かせてでも、勉強を続けていたと思います」

 渡羽は膝の上で組んだ手を、固く握りしめた。後悔と自責の念から、くっと顔をゆがませる。

「身勝手で、薄情ですよね。改めて今までのことを振り返ってみると、俺はアスカを傷つけてばかりでした」

「そんな……」

「アスカが何度遊びに誘ってくれても、全部断って。

 夜遅くまで勉強している俺に、疲れを取る飲み物を作ってくれた時も、ろくにお礼も言わず……

 だからアスカは、さみしいと思ったんですよね。それでも、俺のことを思ってワガママを言わずに我慢して」

 渡羽がアスカを見る。アスカはわずかに痛みを堪えるような表情をしていた。

 いつも笑っていたけれど、陰ではずっとこんな表情をしていたのだろう。そう思うとやるせない。

「つらかったでしょう。アスカは細かいことや勉強だけじゃなく、我慢したり、本音を隠すのも苦手ですから。

 すみません、淋しい思いをさせてしまって」

 悲しげに謝る渡羽に、アスカは小さく首を横に振った。

「渡羽がそんな顔することないよ。さみしかったのはほんとだけど、気づいてくれたから。

 気づいてくれたのなら、もういいよ。許してあげる。だから、そんな悲しい顔しないで」

 アスカは大人びた微笑みを浮かべた。いつものような、どこかあどけなさの残る笑顔ではなく、年上だと実感させる大人びた笑顔を。

 その笑顔に、渡羽は泣き笑いのような表情になった。やっぱり彼女は自分より一枚上手なのだ。

 渡羽が笑みを返すと、アスカは一転していつもの笑顔に戻った。

「今日は楽しかったよ! 友達もできたし、渡羽と二人で出かけられたから。またこうして出かけようね! 渡羽の気が向いた時でいいから」

「はい。どこでもお供しますよ」

 いつもの調子を取り戻し、渡羽は穏やかに微笑んだ。

 ほんの少し、渡羽はバルカンに感謝した。バルカンのおかげで、離れかけていたアスカとの距離を取り戻すことができたのだから。

 それどころか、以前よりも距離が近づいたような気がする。とは言え、

「それと、これからはもっとアスカのことを知ろうと思います。バルカンにバカにされるのは気分のいいものではないですから」

「?」

 バルカンの余計な一言は結構、癇に障ったので、意地でもアスカのことを知ってやると、密かに燃える渡羽だった。



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