4th 期限

 アスカが渡羽家に居候してから六日。この間に、アスカはだいぶ人間界に慣れた。

 人間界の文字を覚えたいというアスカに、別に覚えずとも、魔法を使えば読み書きできるのでは?

 魔法界と人間界では言語が違うのに、話が通じるのは魔法を使ったからだと教えられたのでそう言ったのだが、文字は言語と違って魔法で変換できないそうだ。

 なので、渡羽が学校から帰った後などにこつこつと教えた。

 来た当初は、人間界の文字の読み書きができなかったアスカだったが、渡羽に教わった今ではすらすらと難しい文章も書けるようになった。

 勉強が苦手だというアスカだが、頭が悪いというわけではないようだ。

 ティアラも「飲み込みは早いのですが、努力するのが嫌いで、身につけた力を生かすのが下手なんですよねぇ」と笑っていた。

 その後、聞きつけたアスカに「別にいいでしょ! 勉強できなくたって死ぬわけじゃないんだからっ」と怒鳴られていたが。

 母にもすっかり気に入られ、時々、まるで本当の親娘のように見える。

 魔法修行の方はと言うと……あまり進歩していないようである。

 そうして渡羽もアスカも、日々の生活を通して少しずつ、異性として互いを意識するようになっていた。

 それは淡い恋の花。ゆっくりと、けれど確実に、つぼみは開き始めている。

 


 真穂さなほ市立・戸尾ヶ崎とおがさき中学。渡羽の通う中学校である。

 そこそこ古い学校で、校舎や学校の備品にも傷や汚れが目立つ。

 明日から夏休みで、皆、神妙な顔をして担任教師の話を聞いているが、内心はうれしくてたまらない。

 帰りのHRが終わり、渡羽が帰る用意をしていると、前触れなく軽いバックチョークをかけられた。

「あーすか!」

「うわぁっ」

「ようやく終わったなー。明日っから夏休み! 待望の素晴らしき夏の休暇!

 学生やっててよかったと思えるのはこの瞬間だけだぜ」

 渡羽にバックチョークをかけているのは、少し浅黒い肌で、金髪に紫の瞳の男子生徒。額にはバンダナを巻いている。

 彼はバルカン。渡羽の旧友である。

「あとはテストと宿題さえなきゃあなぁ。せっかくの長い休みは楽しみてぇもんな。なぁ、飛鳥?」

「うぐぐ……あの、バルカン……苦しい……です……」

 首に回されている腕を叩いてギブアップを示す。

 バルカンは百七十センチを軽く超える長身で、元・柔道部。

 対して渡羽は百六十センチそこそこの園芸部。体格も力も全然違う。

 バルカンは「お、ワリィワリィ」と腕を放した。そこへ、一人の女子生徒が歩み寄ってくる。

「もう、バルカンくんったら、渡羽くんに乱暴はよしてよ!」

 ダークブラウンのショートヘア。たれ目がちで目元の小さなほくろがよく似合う。女生徒は渡羽を心配そうに覗き込んだ。

「大丈夫? 渡羽くん」

「……ええ、もう大丈夫ですよ、高尾さん」

 弱々しく笑みを返す渡羽。女生徒――高尾明衣子たかおあいこは少しほっとして、次いでバルカンを睨みつけた。

「渡羽くんはバルカンくんとは違うんだから、ちゃんと力加減考えてよ」

「いやー、ついな。幼学校からのつき合いなもんだから。飛鳥なら慣れてるし」

「そういう問題じゃないでしょ? もう」

 あきれて肩をすくめる明衣子。バルカンは豪快に笑うと、ぺしっと渡羽の背中を叩いた。

「安心しろって。飛鳥こいつはそんなにヤワじゃねーよっ」

 本人は『ぺしっ』のつもりだったが、渡羽にしてみれば『ばしっ』だった。

「あいたぁっ!」

「バルカンくん!!」

「おっと、つい。ま、そりゃともかくさ、明日から夏休みだろ? どっか遊び行こうぜー、飛鳥ぁ~? な? な?」

 せき込みながら、渡羽は涙目でバルカンを振り返る。

「な……何を、言ってるんですか。俺たちにそんな余裕は、ないでしょう? 俺たちは受験生なんですから」

 渡羽の一言に、バルカンはだうーん、とものすごく嫌な顔をした。

 受験生。そうなのだ。渡羽たちは現在中学三年生。エスカレーター式の学校ではないので、当然、間違いなく受験生なのだ。

 バルカンだって忘れていたわけじゃない。しかし、考えたくないことだってある。

 せっかくの夏休み。中学最後の夏休み。それを受験勉強一辺倒で終わりにしたくはない。

 頭を抱え、身をよじりながらバルカンは絶叫した。

「ぐわああああっ、それだけは考えないようにしてたのにぃっ! 

 ぐうぅ、さすがは飛鳥。見事なカウンターだ。もうおまえに教えることは何もないっ」

 演技くさく、感慨深げにバルカンは涙を流して笑った。明衣子は渡羽の背中をさすりながら、ため息をついた。

「バルカンくんってば、遊ぶことしか考えてないんだから」

「まあ、バルカンらしいと言えばらしいですけどね」

「受験かぁ……そうよね、夏休みだからって、わたしたちは浮かれていられないのよね。……渡羽くんは、慶星けいせい高学、だっけ?」

「はい。高尾さんもそこを受けるんですよね。高尾さんなら、もっと上の高学校を目指してもいいと思うんですけど」

 明衣子はかあっと頬を赤らめた。まさか、渡羽が狙っている学校だからだとは言えない。

 小首を傾げている渡羽と、赤くなって俯いている明衣子の間に、バルカンが底抜けに明るい笑顔で割り込んできた。

「はいはーい! オレも慶高狙いだぜぃ! みんな仲良くお仲間だな!」

 二人の肩に腕を回し、バルカンは楽しげに笑う。本人は無自覚だし、明衣子の渡羽への気持ちにも気づいていない。

(わざとじゃないのは分かってるけど……少しくらいは空気を読めないの!?)

 明衣子はプルプルと怒りで震えた。

 当事者である渡羽と言えば、いまだに明衣子が慶星高学校を選んだ理由を考えていた。



 渡羽が帰宅すると、アスカとティアラが笑顔で出迎えてくれた。

「あ、おかえりなさいませ、渡羽さん」

「おかえりー、渡羽」

「ただいま、二人とも」

 家の中に上がろうとすると、アスカが軽く制止した。

「ねぇ、渡羽。疲れてるとこ悪いけど、ちょっと付き合ってくれない? 渡羽に見せたいものがあるの」

 にっこりと笑うアスカ。渡羽は微笑みを返した。

「あ、はい。いいですよ」

 アスカは渡羽を連れて外に出た。庭を通り、どこかへと歩いていくアスカに、渡羽は不思議そうに問いかけた。

「どこに行くんですか? 見せたいものって……」

「えへへ、それは見てのお楽しみ!」

 スキップをしそうな勢いで庭の奥へ進んでいくアスカ。その時だった。

「はーっはっはっはっ!」

 聞き覚えがありまくる、嫌なバカ笑いが聞こえてきたのだ。

「ぅげっ、このバカ笑いは……」

「な、なんですか、この笑い声は……」

 苦虫を噛み潰したような顔をするアスカ。渡羽は驚いてきょろきょろと周りを見回している。

「姫様、渡羽さん、あそこです! 屋根の上に!」

 ティアラが指さす先を見て、アスカは眉を吊り上げた。屋根の上で腕組みをして立っている青年が一人。

「うわ、ホントだ。あんたねぇ、迷惑だから降りてきなさい! 人のこと見下ろしてるんじゃないわよ!」

「姫様、そういう問題ではないと思うのですが……」

「ふふふ、あなたの仰る通りです。今、そちらに参りましょう。とうっ」

 青年は屋根を蹴って飛び上がり、くるりと前方宙返りをした。渡羽が目を瞠る。

 青年の体はそのまま落ちることなく、ゆっくりと地上に降りてきた。

「お久し振りです、アスカ姫。そして、初めましてだな、地味男じみおとこ君」

 アスカに向かって恭しく礼をし、シンは渡羽に目を留めると、ふ……、とうすら笑いを浮かべた。

 空から降りてきたので、一瞬驚いた渡羽だったが、アスカの知り合いらしいと知って、同じ魔法使いなのだと理解した。

「誰ですか、あなたは?」

 わずかに警戒心を見せる渡羽に、シンは前髪を掻き上げて嗤った。

「ふっ。君のような凡人君に名乗るような名はないが、あえて名乗ってやろう。

 僕の名はシン。アスカ姫の婚約者フィアンセさ」

「フィ、フィアンセ!?」

 それはつまり、将来を誓い合った相手と言うことでして。しかし、アスカはシンの言葉をそっけなく一蹴した。

「何言ってるのよ、シン! 渡羽、本気にしちゃダメよ。全部、あいつが勝手に言ってるだけなんだから!」

「あ……そうなんですか?」

 呆気にとられつつも、渡羽は内心ほっとした。

「相変わらずつれませんね、アスカ姫。ところで、修行の方はいかがですか?」

「なんであんたに、そんなこと言わなくちゃいけないのよ! いいじゃない、どうなってたって。あんたには関係ないんだし」

「その口振り、どうやら順調に進んでいないようですね」

 図星を当てられ、アスカはばつが悪そうに怒鳴った。

「う、うるさいわね! あんたには関係ないでしょ!?

 それに、あたしの前に、二度と現われないでってこの前言ったでしょ!? さっさとどっか消えてよ!」

 ぎゃんぎゃんと喚くアスカに、シンはいつもの艶やかな笑みを浮かべず、少し真剣みを帯びた表情で前髪を掻き上げた。

「いつもならそうして差し上げたいのですが、そうもいかなくなったのですよ。アスカ姫、あなたはまだ願い事を一つしか叶えていないようですね」

 真面目な顔でまっすぐ自分を見つめてくるシンの瞳を見返し、アスカは初めてシンの前で静かに声を発した。

「! ……なんであんたがそんなこと知ってるのよ」

「アスカ姫のことなら、僕はなんでも知っているからです。

「それよりいいんですか? そんなにのんびりしていて。期限まで、あと一日しかないというのに」

 シンの言葉に反応したのは渡羽だった。

「……え? 期限って……どういうことですか?」

「なんだ、アスカ姫から聞いていなかったのか?

 女王試験には一週間の期限があり、その期限以内に、選んだ人間の願いを三つ叶えなくてはならないのだ」

「三つの願いを叶えられなかったら、罰を受けるというのは聞いていましたけど、期限があるなんて……」

「もし、期限以内に願いを叶えられなければ、罰を受けることになるのさ。

 しかし、どうせこの男は願い事などしない。僕はあなたに罰を受けさせたくありません。

 幸い、この試験は棄権することができます。ですから今すぐ棄権し、僕と一緒にマジカリアに帰りましょう」

「イヤよ! 期限はまだ一日あるんだから平気よ! 勝手になんでも決めつけないで!」

「アスカ姫、僕はあなたのためを思って言ってるんです。さあ、帰りましょう!」

 シンがアスカの腕を引っ張る。アスカは顔をしかめた。

「痛っ。ちょっと何するのよ!」

「シン様! 姫様への乱暴はおやめ下さい!」

 ティアラが二人の間へと滑り下りた。シンはうっとうしげにティアラを睨んだ。

「付き人の妖精がごちゃごちゃと…邪魔をしないでもらおうか」

 シンの鋭いまなざしに一瞬怯んだが、ティアラは一生懸命、アスカからシンの手を離そうとする。

「そうはいきません。私には付き人として、姫様を守る義務があります! その手をお放し下さいっ!」

「なんと言おうと、アスカ姫は連れて帰るぞ!」

「イヤだってば! 放して!」

 アスカはシンの手を振り払おうともがく。

「やめて下さい。嫌がってるじゃないですか!」

 渡羽はシンの手をアスカから引きはがし、シンを突き飛ばした。

「くっ」

「アスカ、こっちへ」

「姫様、大丈夫ですか!?」

 泣きそうな顔でティアラがアスカを見上げる。アスカは「うん、なんとか」と手をさすった。

「……ふっ、この僕を突き飛ばすとはな」

 シンは悔しげに顔をゆがめた。渡羽はアスカを背中にかばい、珍しく怖い表情を浮かべた。

「どうしてあなたは、相手の気持ちも考えずに、自分の考えを押しつけようとするんですか?

 あなたが何者なのか、アスカとどういう関係なのか知りませんが……

 あなたのような身勝手な人に、アスカは渡せません!」

「渡羽……」

 見据える渡羽の視線を真っ向から受け止め、シンは一度目を伏せ、きびすを返した。

「……ふん。そこまで言うのなら、今日のところは退いてやる。

 明日、また迎えに来ますよ、アスカ姫」

 肩越しにアスカを見、一度も笑うことなく、シンは魔法で姿を消した。消える瞬間に、アスカはシンの背中にあかんべーをした。

「来なくていーわよーだ。べーっ」

「アスカ。どうして期限のことを言ってくれなかったんですか? 言ってくれればそれまでに願い事を見つけたのに」

 困惑気味に渡羽が言った。アスカは憂い気な表情になり、しゅんと俯いた。

「わざわざ言うほどのことじゃないと思ったから。それに……」

(もし、願い事を全部叶えちゃったら、渡羽といられる時間が減っちゃう。そうなりたくなかったんだもん……)

「アスカ?」

 黙り込んでしまったアスカに、渡羽は怪訝な顔をする。

 アスカはパッと顔を上げて、暗い雰囲気を払拭ふっしょくするように明るい笑顔を浮かべた。

「別にいいじゃない! 明日までに願い事見つければ。

 もう戻ろう。ホントは渡羽に見せたいものがあったけど、あいつのせいでそんな気分じゃなくなっちゃったし」

 そう言うと、アスカは真っ先に来た道を戻った。

「あ、待って下さい、アスカ」

 慌てて渡羽も来た道を戻って行った。ティアラは二人の間に流れる微妙な空気に、表情を曇らせた。



 その夜。アスカは、ベッド上で仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめた。

「あーあ、今日が人間界で過ごす最後の夜か。さっきは、まだ一日あるから平気、なんて言ったけど、実はかなりヤバイのよね。

 渡羽はマジメだから、たいてい『自分の力でなんとかします』って、願い事してくれないんだもん」

 ため息をついて、アスカは目をつむり、ごろんと横を向いた。

(このまま願いを三つ叶えられなかったら……ううん、たとえ叶えることができたとしても、女王になるために、あたしはマジカリアに帰らなくちゃいけない)

 目を開くと、見慣れた部屋が見える。一週間過ごした家。明日、あたしはここを出ることになる。でも……

「シンの言うとおり棄権すれば、またいつか、試験のためにここに来ることができる。渡羽に逢えるんだ。

 でも、それはいつになるか分からないし、あいつの言うとおりにするのは、なんかしゃくだし……うーん……」

 あれこれ悩んでいると、次第に眠気が襲ってきた。アスカはそのまま眠りに落ちた。



 夢の中、アスカは一人、広い草原のようなところに立っていた。その後ろにシンが現れる。

「アスカ姫……アスカ姫」

「……あれ? ここ、どこ?」

「ここはあなたの夢の中ですよ」

 二人の声が、草原の中で響き渡る。広い空間なのに、なぜか声が反響して聞こえる。

「夢? じゃあ、あたしいつのまにか寝ちゃったんだ」

 はっと気づいて、アスカは勢いよく後ろを振り向いた。

「……って、シン! なんであんたがここにいるのよ。人の夢にまで出てこないでよっ。最悪だわ、この夢!」

「アスカ姫、僕と一緒にマジカリアに帰りましょう」

 夢の中のシンは笑っていなかった。静かな声で、諭すように言葉を紡ぐ。

「しつっこいなぁ。あたしはまだここにいる! 渡羽のそばにいたいの!

 帰りたきゃ、あんた一人で帰りなさいよ。人の夢にまで出てきて……目障りなのよ!」

「そう邪険にしないで下さい。たとえ今は帰る気がなくとも、いつかマジカリアに帰る時が来るんです。

 人間の願いを三つ叶えれば、あなたは女王になる資格を得る。

 そうなればマジカリアに帰り、女王として生きる。二度と人間界には降りられなくなる。

 人間の男に恋をしたって、叶わぬ恋ですよ。あきらめるべきです」

 押しつけるわけでも、無理強いするわけでもなく、ただ事実を述べているだけだ。

 本当は、アスカも分かっている。シンは事実しか言っていないことを。

「……分かってるわよ、そんなこと。でも……仕方ないじゃない! 好きになっちゃったんだもん!」

 ここぞとばかりに、アスカは叫んだ。胸に秘めた渡羽への想いを。

「渡羽とずっと一緒にいたいの! 渡羽と離れるなんて…渡羽に逢えなくなるなんて……そんなの……そんなの絶対にイヤ!!」

「アスカ姫……」

 シンは複雑そうな表情を浮かべた。ゆらりと、蜃気楼のようにシンの姿が揺れた。



「……様! 姫様! 朝ですよっ。起きて下さい、姫様!」

「ん……ティアラ……?」

 翌朝、アスカはティアラの声で目を覚ました。目に涙がたまっている。

「おはようございます、姫様。大丈夫ですか? だいぶうなされていましたけど……」

 不安げな顔でティアラはアスカの膝の上に立ち、見上げた。姫様の涙なんて、何年ぶりに見ただろう。

 涙をぬぐい、アスカは笑った。

「大丈夫。渡羽は?」

「少し前に学校に行かれましたよ」

「そう……」

 アスカは表情に影を落とした。やはり、どうしても頭を占めるのは期限のことばかり。

(今日で渡羽とはお別れ……ヤダな。帰りたくない。

 あたしは渡羽のことが好き。でも、渡羽は? 渡羽はあたしのこと、どう思ってるんだろう)

『あなたのような身勝手な人に、アスカは渡せません!』

 昨日の渡羽の言葉が蘇る。普段、穏やかな渡羽の強い声音。

(あの言葉は……シンを追い返すために、なんとなく言っただけなのかな……

 あの言葉を聞いた時、すごくうれしかった。渡羽はあたしのこと、大事に思ってくれてたんだって。

 でも、直接聞いたわけじゃないから、渡羽の本心は分からない。渡羽の本心が知りたいよ……)

「あのー、姫様? 姫様!」

 いつの間にかティアラはテーブルの方に飛んで行っていて、一通の封筒を持ち上げて見せた。

「へ? 何? ティアラ」

「この部屋の窓に、姫様宛てに手紙が届いていたんです。差出人の名前からして、使い魔を使ったみたいですけど」

「ってことは、シンね? もう、ホントにしつこいわね。なんだって言うのかしら」

 ティアラから手紙を受け取り、封を開けるアスカ。しかし、手紙を開いてすぐに怪訝な顔をした。

「あれ? ねぇ、ティアラ? これって、あたし宛の手紙よね?」

「はい。宛名には『アスカ姫へ』って書いてありましたから」

「おかしいなぁ。これ、頭に『渡羽へ』って書いてある」

「え? 渡羽さん宛なんですか?」

「うん。でも、封筒はあたし宛だったし、読んじゃえ。どうせ、渡羽への悪口とか書いてあるんだろうし。えーと、何々? 

 【本日の午後七時、修羅坂に来い。ただし、一人に限る。決してアスカ姫を連れてくるな。連れて来た場合、万死に値する】

 ……何これ。まるで挑戦状みたいね」

 ティアラも手紙を覗き込み、文字を追ってからため息交じりに言った。

「まるでどころか、これは完全な挑戦状ですよ。どうしますか? 渡羽さんに知らせます?」

「渡羽を危険な目に遭わせたくないわ。でも、あいつのことだから、無視したら何をしてくるか分からないし……仕方ないわね」

「それでは、私が知らせてきます。姫様はここで待ってて下さい」

 魔法で窓を開け、ティアラは渡羽の学校を目指して飛んで行った。

 アスカはティアラを見送り、大仰に肩をすくめた。

「今日が最後だっていうのに、今朝の夢といい、ホント、ヤな奴。

 ……ん? もう一枚、手紙がある」

 二枚目の手紙に気づき、アスカは何気なくそれを開き、しばらくして目を瞠った。


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