第23話~茨姫~Ⅳ
そんな中、岩谷は首相官邸にいた。
先の事件は、既に日本国首相が動くに十分すぎる事件だった。煤原武の招いた災厄は、すでに日本の国民を震え上がらせるものに十分だった。
長野の自然豊かな平原が焼け野原となったのである。国民には山火事ということになっているが、一部のマスメディアは既に特機が動いたことを知っており、真実が国民に知れ渡るのは時間の問題だった。
「では、情報にあったこの煤原武という男・・・本当にナロードの弟・・・ということで違いないのだな?」
「信じるも何も、情報源はうちにいるかぐやです。そしてその男は現に童話を操っている」
「この男がナロードという線は?」
「これはかぐやでなくても、ワシでもわかりますぞ。ナロードのこれまでのやり口としては、強引過ぎる。たしかに武力で既に制圧できるだけの童話を持っているでしょうが、彼はそれを宣戦布告のあの日以降していない。つまり本当のナロードであればそんな簡単すぎることはせんでしょう」
その言葉を聞いて考え込む首相。
だが熟考に入る前に岩谷が先手を打った。
「ワシらはこれから日本海沖にある大戦時使われた、第4防衛島に向かいます」
それを聞いて首相は目を見開く。
「馬鹿かおまえは!?あそこは立ち入り禁止区域にして、平和の象徴たるゆえんの島だぞ!?あそこに踏み入って何をする」
「戦争です」
即答する岩谷に首相がたじろく。
歳を重ねたその顔が鋭く厳しい表情となる。
「煤原はそこにいます。そこにいる全戦力を排除し、我々のどうほ・・・」
「ふざけるな!あそこで戦闘行為をするということは、第4次世界大戦の引き金を引くことと同義なんだぞ!?たかが仲間の一人攫われたぐらいで・・・」
ダンッと机を強く叩く岩谷。既に目の前にいるのが日本の首相ということすら忘れているかのような、怒りの表情である。
「たかが?・・・今たかがと申しましたか?」
その強い語調に顔が引きつる首相。
「なら!たかが一人の国民を守れぬ一国の首相に、億の人間の命運をたかが多数決と!金と!!意地汚い供物の交換で手に入れたその地位にいる価値はありませんな!!!」
「岩谷!!!口が過ぎるぞ、これまでの特機の始末どうやってきたと思っている!!!」
「貴方がそれをいうか?鳩派も鳩派、ひよこのほうがまだいい。保守に回って特機創設に最後の最後まで妨害してきたのはあんただろがぁ!!それが特機が出来て成果が出来たとたんに媚を売ってこなかったとはいわせんぞ!!」
既に岩谷はキレていた。
「・・・・・島前に新自衛隊を配備する」
そう言うしか首相に気力はなかった。だが岩谷の気迫は収まらなかった。
「どうぞ、イージス艦のハープンミサイルでも、アメリカから借りているレールガンでも、クラスター爆弾でも、引き金が引きたかったら核の準備もご自由に。我々に迎えられる刃、銃口、敵意のすべてを敵とみなし我々はそれ相応の対応をしますのであしからず」
「は、ははは・・・で、できるものか・・・きさまは日本とも・・・アメリカを背負った日本と戦争するつもりか!?」
「たった一人しかいない仲間のためならば、いたしかたないこと。ですが、これだけはお覚悟していただきたい・・・・・」
すっと息を吸いドスの聞いた声で、顔がぶつかる寸前まで首相に迫ると岩谷は口を開く。
「その時はまず最初にこの腐った永田町を滅ぼしてやるから覚悟しとけよ、傀儡人形」
そう言い捨てると岩谷は部屋を出た。
そしてそこには一人の人物がいた。
「いやはや、相変わらず敵にしたくないですよ岩谷さん」
「ふん、おまえさん程ではないわ倉敷」
3課の倉敷だった。ここまでの護衛にと私設部隊を引き連れ買って出ていた。
並んで歩く二人。笑顔がトレードマークの倉敷が珍しく真剣な表情をする。
「・・・3課は都市部の警戒任務・・・アリス嬢救出作戦の蚊帳の外ですか・・・」
「不服か?」
「そうですね・・・組織としては賛成ですが、個人的には・・・ね?」
しばし無言で歩く二人。
「政治家は腐っても、国民に罪はない。もし童話が現れた際に対処ができん。それにナロードはこの件をどう思っているのかわからん・・・まず確実に言えるのは煤原ならば、ここにザコをばら撒く。ナロードのほうがまだ美学あるテロリズムだな」
「ククク、たしかに。ですが、その意見には賛成ですね」
「そんなときの3課だ。それに・・・」
「ええ、それに現れたとしても、先ほどのやりとりだと新自衛隊も公安も動かさず、なんで特機がこんなときいなかったんだっていう台本を今せっせと官僚と作ってるんでしょう」
「・・・すまんな」
「いえ、いいんです。それが正しい。ですが今回3課の誰も見返りを求めません。求めるのはアリス嬢だけ・・・せっかくディナーに誘ったのに、まだ来てくれないんですよ?」
「・・・弁慶も見返りを求めないと?」
「ククク、あなたがその心配しますか。彼は今ニックさんといますよ」
「そうか・・・」
岩谷は複雑な表情で首相官邸を去った。
とあるショットバー。そこのカウンターに明らかにバーのものではない一升瓶が置かれていた。マスターは気にした風もなく、接客をしている。そしてその一升瓶をはさんだ二人・・・ニックと岩谷に似た禿げ上がった頭を持った人物がいた。
「「乾杯」」
そう言い、ぐいっとその日本酒を飲む二人。
「・・・まさかこのご時世、新潟の日本酒が飲めると思いませんでしたよ弁慶さん」
そう言われた老人は笑う。
「ガッハハ!そりゃそうだ。今の新潟に生産力はない。これは古酒も古酒、ワシがとっておいた取って置きじゃよ」
「いくらするんで?」
「オークション開けば、銀座にディズニーランドでも建つんじゃないか?」
「金ないですよ岩谷弁慶さん」
かしこまって言ったのは本当に焦ったのだろうニックは冷や汗を流す。
「気にするな、ワシが求めるのは金なんかじゃない・・・・・あの白馬娘さえ戻ってくればそれでいい、これはお前さんへの餞別じゃよ」
「おつりのほうが高そうですがね」
白馬娘、弁慶はその髪型からアリスのことをそう呼ぶ。じゃじゃ馬とかけて。
「そんなこたぁない。今回の任務での最古参はお前さんじゃ。かぐやのとこのやんちゃ姫もおるが、本当の意味での戦争を知っておるのはお前さんの部隊でも少数と兄やんとお前さんだけじゃ、確実にお前さんが最前線での司令塔になる。ワシはそんなお前さんを推してるんじゃ」
そう言われニックは杯を見つめる。
「俺に・・・俺にそんな大役できますかね」
「できるできないじゃない、やるんだ。戦争なんてそんなものじゃろ?」
そう言われニックは苦笑いをしてしまった。
「俺も日和ましたかね・・・こんなことでブレるなんて」
「お前さんもまだ人間を保っておるってことじゃよ。ブレるのは当たり前じゃ。戦争なんて・・・あんなこと誰も二度と経験したくない。つかの間の平和にすがりたくなるのもわかる」
弁慶は前を向き自然と言う。
「・・・・・誰も殺したくない」
ニックは俯きつぶやく。
「・・・・・司令官のつらいところじゃな」
しばし杯が酌み交わされる。
「一つ」
そうぽつりと弁慶が口を開く。
「一つアドバイスをするならばなニック」
弁慶はニックのほうを向き答える。
「お前さんの戦いぬいた戦争は部下を死地に向かわせるしかできなかった。でも今回は違う。じゃじゃ馬どもが勝手に突っ走るんじゃ。お前さんは死なないように手綱を握っておいてやればええ・・・そう考えれば気が楽になると思わんか?」
そう言われ呆けるニック。そして自然と笑ってしまった。
「ははは、違いない」
「おい飲み足りないぞ、今夜はまだまだ行くからな」
「付き合いますって弁慶さん」
そう言ってニックと弁慶は酒を飲み続けた。
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